プロローグ 魔導馬車in連行中
――俺は思う、人はもっと自由であるべきだと。
「――ジレイ様、お疲れでしょうし、こちらに横になってくださいませ。大丈夫です。ええ、なにもやましいことは考えておりません。ですのでさあ、ご遠慮なさらず……」
「――レイ、お腹空いてる? お弁当作ってきたから、一緒に食べよ」
「――ししょー! すごい! 飛んでる! この馬車飛んでるぞ!!」
「生活のために」とやりたくもない仕事をやってストレスを溜め、自分の意志を他人に委ねて、振り回されるように日々を浪費する。
そんな人生は、はたして自由であると言えるのだろうか?
……否。断じて否!
人はもっと、自分のために生きてもいいはずだ。
何者にも左右されずに、自分の好きなように生きてもいいはずなのだ。
そもそも、人生なんて究極的に言えば自己満足。
自分の道を貫こうとして、誰かに批判や嘲笑をうけることもあるかもしれない。
でも、自分がそれを本当にやりたいのであれば……好きなのであれば、他人の意見なんて気にする必要は無い。好きなようにやればいいだけだ。
一回しか無い人生。好きなように生きて、最後に笑って死ねるように日々を精一杯生きる。それでいいじゃないか。それがいいんじゃないか。
つまり……まあ、俺が言いたいのは、そのですね。
「この状況はおかしいと思うんだ。うん」
俺は自分の状況――頑丈なロープでぐるぐる巻きにされ、ギチギチに拘束されて自由を奪われまくっているいまこの現状に対して、そう呟いた。
手足を動かそうとする――が、後ろ手に拘束の魔導具をつけられていて、手足どころか指先すら動かすことができない。なにこれ?
なんなら、左右を白髪と水色髪の二人の少女にがっしりと捕まれ、頭部……というか髪を桃色髪の少女に引っ張られているせいで、身じろぎすらもできない。痛い痛い痛い。
「……なあ、さすがにもう逃げないって。だからこれ、外して欲しいんだけど」
「駄目。レイはいつもそう言って逃げる」
「い、いやほんとに……あ、そうだトイレ! 急にトイレに行きたくなってきた! 外してくれないと漏らしちゃうなぁー!?」
俺が必死に声を張り上げると、水色髪の少女は「分かった」と言ってゴソゴソと何かを取り出し、こちらに渡してくる。
「……酒瓶?」
それは、何も入っていない空の酒瓶。
「大丈夫、見ないようにするから……どうぞ」
「何いってんの?」
両手で顔を隠すように覆い、でも指の隙間からチラチラとこちらを見る水色少女。マジで何いってんの??
「……はぁ」
空を闊歩する魔導馬車。その車窓から入ってくる爽やかな風を頬に感じながら、女性三人のわーわーと姦しい声を聞いて、死んだような顔でため息をつく。マジでうるさい。
……いや、こんなはずじゃなかった。俺の考えではいまごろ、悠々自適で優雅に馬車に揺られ、ぐうたらな時間を満喫しているはずだったのだ。
なのに、現状はこれ。
走って逃げようとしても拘束されていて逃げられず、《空間転移》で逃げてもクソ猫が邪魔をしてくるせいで転移先を割り当てられ、速攻で捕まる始末。ふざけんな。
「ジレイ様、どうぞこちら……私の膝の上をお使いくださいませ。大丈夫です。安心して身体をお預けください。……決して、そう決して私がジレイ様の髪を撫でたいとかそういうやましい気持ちはございませんので。ええ、決して」
「レイ、口あけて。あーん」
「ししょー! みて、みてあれ! あの雲うんこみたいな形してるぞ! おもしろいなー!?」
天使と見間違うほど美しい白髪の少女――ラフィネに強制的に膝枕されそうになり、
水色髪の少女――イヴに美味しそうなサンドイッチを口元にグイグイと無理矢理押し付けられ、
桃色髪の勇者の少女――レティに髪を引っ張られながら、わーわーとやかましい声を耳元で延々と聞かされる。もちろん俺は無表情。地獄かな?
そもそも、なぜこうなってしまったのか。きっとそれは、あのクソ猫にある事を頼みにいってしまったのが間違いだったのだろう。もし今朝に戻れるのであれば、自分をぶん殴ってでも今すぐ止めろと言いたい。
カッポカッポと馬型の魔導生物が元気よく空を駆ける魔導馬車の中。その心地よい振動に揺られつつ、俺は心の中でふぅとため息をつく。
そして、小さな声で呟いた。いまの俺が求めている心の底からの願いを。ありったけの想いを込めて。
「だれか助けて」
いやほんと、だれか助けてください――