エピローグ D級冒険者の俺、なぜか勇者パーティーに勧誘されたあげく、王女につきまとわれてる
――マジで、どうしてこうなった。
「ひぃ……ひぃ……な、なんだあいつしつこすぎる……何で俺がこんな目に――」
雲一つない晴天、吹き付ける爽やかな風を頬に感じながら、足を止めることなく整備された街道を疾走する。
「…………た、たぶん撒いたはずだ。ちょっときゅうけ――」
「――ジレイ・ラーロ様ぁぁぁ! …………あれ、いない。声が聞こえた気がしたんだけど……どこいったのあの男ぉ!」
疲れすぎたので足を止め、ガラガラの喫茶店の中に入り少しだけ休憩しようとすると……ドアがバーンと開かれる音とそんな叫び声が聞こえてきて、即座に天井に張り付いて隠れる。あっぶね。
「間違いなく、あの事件を解決したのはあの男……なら、継承戦に有利に働くはず……! わたしの引きこもりライフのために絶対、諦めないんだから……!」
そんな事を呟き、その人物――マギコスマイア第六王女、エレナ・ティミッド・ノーブルストは勢いよく退店していく。俺は念のため、天井に張り付いたまま。
数分後、気配を感じなくなったので地面に着地し、何も頼まずに即座に退店する。店員はなんだコイツって顔してた。
店を出た後、走り出そうとすると近くの壁に貼ってあった張り紙が視界に入り……すぐさま、剥がして丸めて異空間収納の中のゴミ箱に捨てる。
その張り紙の内容はこうだ。……ここ最近起こっていた子供の心臓が抜き取られている"悪魔事件"が正体不明の"赤髪の人物"によって解決されたようで、王様がその人物を連れてきた者には褒賞を与えるというもの。
なんでも……王様自身がその人物をいたく気に入ったから、是非とも王宮に連れてきて話がしたいとか。気に入るな。
いや、本当に止めて欲しい。それが理由で、その赤髪の人物=俺だと判断したエレナに、いまこうして追いかけられる羽目になっているのだ。……いや、実際俺なんだけども、間違いじゃないんだけども。
そもそもなぜ、"悪魔事件"が解決したと分かったのか。それは……被害者の心臓が抜き取られた少年たちが、五体満足で生き返ったから。
確かに、その少年たちを生き返らせたのは俺。魂がまだ現世に残っていて10日以内だったからついでに生き返らせておいたのだ。
始めは、少年の親たちも生き返った少年たちを見て、アンデッドモンスターか何かだと思ったらしい。……だが、しっかりと息をしていて魔物ではないと診断されてからは、"英雄レイの奇跡"が起こったと街中で話題になった。今も街中でみんな騒いでいる。めっちゃうるさい。
なんで英雄レイなのかと言うと……少年たちと死んでいた魔導学園の生徒たち、護衛が一斉に口並みそろえて、『"赤髪の人物"に助けられた』と発言したから。
……あとで気が付いたのだが、《催眠》をアレンジした《蘇生》で生き返らせて忘れさせようとしたのが駄目だったようだ。肉体の記憶を弄ったのはいいものの、魂の記憶が弄れていなかった。
結果として魂の状態で覚えていたおぼろげな記憶が僅かに残ってしまい……よりにもよって俺の姿の記憶が残ってしまった。
そのせいで"助けたのが"赤髪の人物"だと発言され、赤髪だった"英雄レイ"と一緒だから"英雄レイの奇跡"と巷で噂になっているということである。
それで、何も言わずに立ち去った赤髪の人物を王様が気に入って、探すべく全力で動いているそうな。ストレスで禿げそう。
「あれからルダスたちもめちゃくちゃ付き纏ってくるし……どうなってんだ……」
赤髪の人物だと分かってもイコール俺だとはならないはずだ。"英誕祭"前で赤髪のカツラを被っていたやつはわんさかいるし、俺だと特定することは不可能に近い。そもそも俺はもう《変幻の指輪》を解除してるから黒髪だし。
……しかし、否定しているにも関わらずルダスや学園の生徒たちは前よりも更に付き纏ってくるようになったし、エレナは俺だと確定して結婚しろと追いかけまわしてくる。誰か助けてください。
「ほんと、どうなってんだよマジで……! "あいつ"は全く諦めてくれる様子ないし、ただでさえ"追いかけてくる奴が一人居る"のにこれ以上増えるとか意味分かんないんだが……」
意味が分からないことに、俺を追いかけて付き纏ってくるのはエレナたちだけではない。ほんとに意味が分からない。
「――よし、国外に逃げよう。一応シャルには『事情が変わったから出ていく』って連絡したから大丈夫だし、逃亡資金もアルディから強奪した(講師の給金として)。しばらくは問題ないはずだ」
いやほんと、最近不運すぎる……。色んな事に巻き込まれるせいで全然ぐうたらできんし、俺の人生計画が破綻しまくってる。どうしてこうなった。
……思えば、こうなり始めたのもあの"アホ勇者"がやってきて勇者パーティーに熱烈な勧誘をしてきてからだろうか。絶対に許せない。
「……ん? なんだあれ――――!?」
不運になる呪いでも掛かってるんじゃないかと考えながら、国外へ逃亡するべく関所へと向かっていると……何やら道端にある物体が落ちているのを発見した。
「ま、マジかよ……しかもこれ、欲しかったやつじゃん……なんでこんなところに落ちてんだ……?」
すぐさまその物体――魔導具の元へ駆け寄り、周りをキョロキョロと見渡して誰もこっちを見ていないかを確認し手に取る。魔導具ゲットだぜ!
「これは落ちてた物、つまり誰に取られてもおかしくなかったってこと……そいつが悪い奴だったらきっと、質屋にでも持って行って金に換えてしまうだろう。……であれば、魔導具が大好きで詳しい俺が拾った方がいいという事なのではないだろうか?」
ブツブツと呟き、自分を納得させる。……うん、その通りだ。持ち主が現れたら返せばいいし、それまでの間、魔導具に詳しい俺が管理してあげた方がこの魔導具にもいいはずだ。そうに違いない。
そう結論を出し、《異空間収納》の中に放り込む。いやーいい事もあるもんだ。最近不運続きだったから、それが幸運として帰ってきたのかもしれない。やっぱり俺の日頃の行いがいいおか――――
「――うぉ!?」
そう喜んでいると……突然、背中に何かがぶつかってきたような衝撃。
「な、なにが――」
何事かと首をひねって後方を確認する。そこには――
「――レイ、つかまえた」
俺の背中にぎゅっと抱き着いて離さない、透き通るような水色の髪をした少女――イヴ・ドゥルキスの姿。
「ど、どうしてここにいるとバレ……ちょ、おい! 顔を埋めるな止めろ!」
抱き着いた後、背中に顔を埋めてぐりぐりしだしたので必死に剥がそうとする。……が、ひしっとしがみつかれているせいで剥がすことができない。助けて。
「……レイはすぐ逃げる。だから、考えた」
「考えたって……なにがだよ。というか早く離せ!」
そういうもイヴは全く離れる様子を見せず、そのままの状態で呟く。……くそ、魔導具に気を取られすぎていて全く気づけなかった。殺意も敵意も無かったから分からんかったし。ちくしょう。
「レイを捕まえるのは一人じゃ難しい――なら、手伝って貰うことにした。ちょうど、"ある勇者"と利害が一致したから――――レティ」
イヴが誰かに呼びかけた後。
「――わかった! ししょーお久しぶりだ! パーティー入ろう!」
さらさらな桃色の髪に淡いガーネットのような透き通る瞳を持った少女――レティノア・イノセントが元気よく、そう叫んで勧誘してきた。うっそだろお前なんでここにいんの。
「な、なんでお前がここに……グランヘーロにいたんじゃあ………………ん、いや待てこれは――」
――閃いた。これはむしろ……逃げるチャンスなのでは? いい感じにレティを言いくるめてイヴを止めて貰えば……よし、そうだそうしよう、レティはめちゃくちゃアホだからいけるだろ。たぶん。
「レティ! 実はいま、イヴは《操作魔法》で操作されているんだ……! だから早くこいつを止めないと……! くっ……どうしてこんなことに……俺もこんなイヴは見たくない! 止められるのはもうお前しか居ないんだ……!!」
俺が迫真の演技でそう叫ぶと。
「そ、そうだったのかー!? 分かったししょー! わたしが止める!」
意図した通り、レティはアホなので騙されてくれた。ちょろすぎィ! よっしゃ早く逃げ――
「――レティ、騙されちゃ駄目。事前にレイがそういう事を言ってくるって言ったはず。これは嘘」
しかし、イヴがそう言うと「はっ!? そうだった! 騙したなししょう!」と気づいてイヴを抑えようとしていた手を止めるレティ。
「……レティとわたしの目的は完全に一致した。レティはパーティーに入って貰いたい。わたしは一緒に居たい。……つまり、二人が協力すれば完璧。レイも女の子に囲まれて嬉しい。うぃんうぃん」
「なにそれ地獄?」
ただでさえうるさいレティに好き好き言いまくるイヴに囲まれる日常とか心労で死にそうになるんだけど。殺しにきてるのかな?
「それに……レイと一緒なら、魔王も倒せるはず。そしたら――――平和になった世界で、二人でのんびり過ごす。きっとたのしい」
「そうだぞししょー! パーティー入って一緒に魔王倒そう!! たのしいぞ!!!」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
抱き着いたまま離れないイヴと「じゃあこれにサインしてくれ!」と勇者パーティー申請書を眼前に突き出してくるレティにそう叫ぶ。ふざけんななんで俺が魔王を倒さなくちゃいけないんだよいい加減にしろ!
逃げようとするが、ひしっとしがみついたイヴと俺の手を掴んで申請所までぐいぐいと引っ張ろうとするレティを引きはがすことができず、逃げられない。
……いや、《身体強化》しまくって無理に引きはがせば逃げられるけどそれしたら間違いなく怪我させてしまうから出来ない。くそ……もうこうなったら"アレ"を使うしか――
「――その二人、《その方から離れなさい》! いまです、こちらに!」
「――!? なにこれ、身体が勝手に……?」
「??? どうなってるんだー!?」
諦めて"アレ"を使って逃げようとしたとき、美しい声色の少女の声が聞こえ、なぜかレティとイヴが俺から離れる。
「――ッ! 助かる!」
よく分からんが助けが来たようだ。神は俺を見放して無かった! フゥ!!
「危なかったです……隠れられる宿屋を知っていますので、そこへ行きましょう。こっちです!」
「分かった!」
俺は助けてくれた"黒髪"少女の案内に従い、駆け足でその場から離れる。誰だか知らんがマジで助かった。逃げ回ってめっちゃ疲れたからその宿屋で休憩しよう。
「――ここです。部屋は取ってあるのでこちらへ……」
「何から何まで助かる……神かよ……」
少し走り、街の外れにある宿屋に到着したあと、用意していたらしい部屋に入る。
「この部屋なら《防音魔法》《妨害魔法》《隠蔽魔法》を使っているので、余程の事が無い限りは外から見つかることはありません。立地的にも、あまり人は通りませんので……安心してください」
「そうなのか、これで一息つける……」
……確かに、あまり人通りがよくない立地に建てられていることもあり、隠れ家に最適な宿屋である。見つからないように魔法も掛けてくれているようだし、これなら時間を稼げるだろう。大声や物音を出しても気づかれることはないし、これで安心して休憩でき――
「あれ、何かおかしいような気が…………なあ、そう言えばあんた誰――」
部屋に備え付けてあった、ダブルベッドかってくらい大きなベッドに腰を下ろし、そういえば名前を聞いていなかったので問いかける。しかし――
「――やっと、やっと二人きりになれましたね……」
黒髪少女に問いかけたその瞬間、なぜかこちらに倒れ込んできて、ベッドに押し倒されるような形になった。え、え、なにこれなにこれ。
「"ジレイ様"が悪いんですよ……? 私はずっと待っていましたのに、何時まで経っても迎えに来てくれないんですもの……"ジレイ様"が恥ずかしがり屋さんなのは分かっていますが――」
黒髪少女は俺の上に馬乗りになりながら、身に纏っていた白い衣服を少しはだけさせ、肌を露出する。そして、自らの黒髪をちょこんと掴み――
「――あ……あああ……」
俺は驚きと恐怖のあまり、言葉にならない声を出してしまう。身体もガクガクと震えて制御が出来ない。なにこれなにこれなにこれなにこれ。
「ああ、ジレイ様の匂い……ずっとこうしたかったです……」
黒髪のカツラを外し、"白髪"に変貌を遂げたその少女――ラフィネ・オディウム・レフィナ―ドはそう呟きながら、俺の両手首をガシッと押さえつつ、胸に顔を埋めてハァハァと息を荒くする。俺も息が荒くなった。意味が分からな過ぎて怖くて。
「ジレイ様……私、考えたのです。恥ずかしがり屋さんでいつも逃げてしまうジレイ様に正直になって貰うためには――――どうすればいいか」
「だ、誰か助け、助け――」
押さえつけられている腕を動かし逃げようとする……が、力が強すぎるのかピクリとも動かない。何この人ゴリラ? 何で動かないの?
ラフィネは俺の救助を求める声など聞こえないかのように、俺の手首を拘束しながら器用に着ていた服をしゅるしゅると更にはだけさせる。
「本当はもう少し、ロマンチックで雰囲気がある所が良かったですが……致し方ありません。それに……世継ぎの為にいっぱい作らなければいけませんので、初めてなど些細な問題です」
「な、なにを――」
言っているんだと言おうとするが。
「きっと、お父様も喜んでくれるはずです。もしかしたらびっくりさせてしまうかもしれませんけど……ジレイ様と私の子供ですもの。可愛くて許しちゃうに違いありません。……ではジレイ様――」
ラフィネは馬乗りになりながら俺の方を一心に潤んだ瞳で見つめ、ハァハァと息を荒くして。
「――既成事実、作りましょう?」
と、言った。
「………………は?」
意味が分からなくて混乱する。ラフィネの発言が理解できない。マジで。
「ちょ、ちょちょちょちょ……ちょっと待ってくれ! どうしてそうなった!?」
「え? どうしてって……そうすればジレイ様も正直になってくれるかなと――」
「そんな訳ないだろふざけるな」
どうやったらそんな発想になるんだよ。
「まぁ……ジレイ様ったら恥ずかしがり屋さんなんですから……大丈夫、私は分かっていますので」
「一ミリも分かってない」
何を言ってるんだこの少女は。瞳の中にハートマーク浮かんでるしマジでヤバい。逃げなきゃ。
「うぐ……く、くそ……逃げられない……!?」
必死に逃げようとするが、腕を押さえつけられて、ついでに脚もラフィネの身体で抑えられているせいで身動きを取る事が出来ない。なんでこんなに力強いの? 誰か助けて。
「大丈夫です。ジレイ様は天井のシミを数えていて頂ければすぐに終わりますので……初めては痛いらしく怖いですが、頑張りますね……!」
「や、やめろォォ! 助けて、誰か助けてェー! 襲われるゥー!!」
声を張り上げて助けを呼ぶが、《防音魔法》が掛かっているからか誰も来る様子が無く……じりじりとラフィネの顔が近づいてくる。やばいやばいどうするどうする。
俺は《高速思考》で頭を回転させ、現状を打破できる案を幾つも考えて、一つの結論を出した。……"アレ"を使えという結論を。
「て……《空間転移》!」
叫んだ後、青白い魔法陣が一瞬で展開され、俺はその場から掻き消えた。
「うぶぇぇぇぇ……ぎもぢわるい……死ぬぅ……」
《空間転移》した後、転移先の場所で副作用が現れて気持ち悪すぎて四つん這いになる。死ぬ、マジで死ぬ。
「はぁ……はぁ……よし、落ち着いた。早く逃げ――」
「――あれ、師匠……? 何でここに……も、もしかして見ててくれてたんですか!?」
落ち着いてきた後、逃げようと身体を立ち上がらせると――少年の声が聞こえた。
「まさか師匠が模擬戦を見ててくれたなんて……光栄です……!」
「は、はぁ……?」
武骨な鎧に身を包み、シンプルな長剣を腰に下げたその金髪の少年――カイン・シュトルツは俺の方を感動したような目で見ながら、そんなことを宣う。俺は何でここにカインがいるのかとか模擬戦って何だよって思って理解が出来なくてそう返答した。
「師匠! 僕の剣筋、どうでしたか!? あれから、師匠の隣で戦える男になるために毎日鍛錬しているんですが、あまり上達できなくて……良ければ、ご指導お願いしたく――」
「ちょ、ちょっと待て……意味が分からん……」
状況を理解しようと周りを確認する。
視界に映ったのは円形状の闘技場の上で、冒険者と思わしき人物が、剣や魔法を使って模擬戦を行っている光景。見た感じ……冒険者ギルドに所属している冒険者が使える模擬戦場のように見える。というかまさにそれだった。
「――カイン、模擬戦終わ……お? その人誰?」
考えていると茶髪の冒険者の少年がこちらに歩いてきて、カインに話しかける。
「アルト……うん、終わったよ。この人は僕の師匠で――いつか必ず、"SSSランク冒険者"になる方さ」
「おおー、その人か! いつもカインがいってる人! 確か、めちゃくちゃ強くて……カインがギルドマスターを目指してるのもそれが理由だったよな!」
その男――アルトは「俺はアルト! ヨロシクゥ!」と元気よく挨拶し、強制的に握手してきて「あんたもD級冒険者なんだな! お互いに頑張ろうぜ!」とかいろいろ話しかけてくる。めっさ暑苦しい。
……いや、その前に聞き捨てならない事が聞こえた気がする。なんか、SSSランク冒険者になるとか――
「な、なあ……さっきの、SSSランクがどうとかって――」
冗談だと思い聞いてみるが。
「はい! 僕が必ず、師匠をSSSランク冒険者にしてみせます! だって、師匠の仲間になるため、隣で戦うためには――当然のことです」
「意味分からんのだが」
意味不明すぎて熱出てきた。頭痛い。なんでコイツも俺を慕ってんのか分からんのだけど。俺は無自覚に洗脳魔法でも周囲に巻き散らかしてんのかな?
さっきからマジで怒涛の理解不能展開で脳が処理しきれない。もはやショート寸前である。
頭を押さえて絶望していると。
「――ッ!?」
何か鋭利な物体が高速でこちらに飛来してくる気配を察知し、すぐさま軌道を予測して手で掴み取る。見てみると――シンプルな赤い刀身の短剣。
「師匠!? 大丈夫ですか!?」
慌てるカインを手で制し、周りを警戒する。……特に、不審な点は見当たらない。――視界上では。
「そこにいるのは分かってる。出てこい」
何もない空間に向けてそう声を掛ける。限りなく微弱で小さいが、《魔力探知》に僅かに反応した。気配を消していて一見気が付けないが、そこにいるのは間違いない。
「これは警告だ。早く出てこないと――」
「――まあ、そうよね。やっぱりこの程度じゃダメ。もっと、強くならないと……」
そんな声が聞こえた後――何もない空間から、炎のような赤い髪を左右で結んでツインテ―ルにし、エルフの特徴である長い耳を持った人物が現れた。
「……何で俺に攻撃した。あと、この前ラフィネに攻撃したのお前だろ」
俺はその人物――リーナ・アンテットマンを睨みながら、問いかける。何で急に現れて攻撃してきたんだコイツ。ふざけるなよ。
「あなたは――強い。すっごく、誰よりも、いくら壊しても壊れないくらいに……」
「……?」
顔を俯かせてブツブツとそんなことを呟き始めるリーナ。いきなりなんだよ、怖いんだけど。
「今まではこんな人居なかった。貴方なら私の全てをぶつけられる。私を分かってくれる……やっと、やっと見つけたのよ…………だから――」
リーナは顔を上げ、自身の身体を抱きしめて恍惚そうな顔で俺を見つめながら……こう宣言した。
「あなたは――私が殺す。……それだけ言っておくわ」
宣言し、一瞬でどこかに掻き消える。……気配も消えたからもうここにはいないようだ。さすが暗殺者といったところか。
「し、師匠? な、何か怨みでも買ったんですか……?」
おろおろと心配そうな顔で問いかけてくるカイン。
「……」
俺はそんなカインを一瞥し、フッとニヒルに笑った後……何も言わずに駆け出した。出口めがけて全速力で。
「ひぃぃ……ほんとどうしてこんな目に……俺が一体何をしたっていうんだ……!」
全力疾走後、ひいひいと息を切らしながら壁に手をついて呪詛を漏らす。マジで意味が分からない。何が起きてんだこれ。
「さ……さすがに撒いたはずだ。ちょっと休もう、さすがに死ぬ……」
そのまま木陰に座り、だらっと全身の力を抜いて休憩する。めっちゃ疲れた。死にそう。
「ふぅ……よし、じゃあもう一踏ん張りして逃げるぞ、早く国外へ逃亡しないと――――?」
休憩後、足に力を込めて走り出そうとすると……視界に、見覚えのある一人の少年がぽつんと突っ立っているのが見えて、足を止める。
その少年は広場でボール遊びをして遊んでいる少年たちを見ながら、何度も頑張って声を掛けようと口を開きかけ、直前で言葉を飲み込んでしまっていた。
そして、少年は諦めたのか顔を俯かせ、とぼとぼと歩き始める。……少年たちが遊んでいる広場とは逆方向に、遠ざかる様に。
……あいつは、何をやっているんだ。せっかく俺がちょちょいっと《催眠》で被害者の少年とあいつの記憶を消したというのに……遊んでる少年たちは被害者の少年たちとは別人だし、輪に入りたいなら行けばいいものを――
「――――おい」
「ッ!? なん、ですか?」
その様子を見ていたらイライラと我慢が出来なくなったので、声を掛ける。そいつはビクッと驚き、おどおどと自信がなさそうな顔で返答する。
「俺は……甘いものがそんなに好きじゃない」
「……?」
いきなり話しかけられて、混乱する少年。俺は構わず言葉を続ける。
「だから――――これをお前にやる」
そう言って、《異空間収納》からシャルに大量に貰っていたシャルテットのお菓子が詰め込んである大きな箱を取り出し、そいつの手に強引に持たせる。
「え……これ、あの有名店の――?」
「……たくさんあっても食いきれないからな。だから、やる」
お菓子をくれたシャルには申し訳ない。しかし、俺はあんまり甘いものが好きではないのである。正直、貰ったものをこうして人に渡してしまうのはなんだか忍びない気分になるが……シャルも誰かにあげてもいいと言っていたから問題ないはずだ。
「え、でも――」
だが、少年は急に話しかけられて高級お菓子の詰め合わせセットを貰う事に気が引けるのか、こちらに押し返そうとする。
「……いいから、やるって言ってんだから受け取れ。それに……菓子を食うにはちょうどいい時間だ。食べればいい」
「こんなに食べれない……です、けど。あ、じゃあこれだけ――」
黙って受け取ればいいのにも関わらず、少年はそう言って少しだけ取って、残りを律儀に返そうとしてくる。……分からないか。
「……そうか、じゃあ――あそこにいる奴らと一緒に食べたらどうだ? 子供は菓子好きだし……もしかしたら、仲良くなれるかもしれないな」
「ぇ――」
少年は俺の発言に、遊んでいる子供たちに視線を移動させる。
「…………じゃあ、俺は急いでいるからもう行く。別に一人で食べてもいいし、捨ててもいい。あとは――お前次第だ」
それだけ言って、後ろは見ずに歩き出す。
……あいつがしたことは決して許されることなんかじゃない。本来であれば、ちゃんと法で裁かれるべき事をあいつはした。やってはならないことだ。
俺が蘇生させて無かったことにしたとは言え、あいつがやったという事実は無くならない。あいつは罪を償うべきだ。
だから……これは俺の自己満足で、ただのエゴ。
「おじさん、ありが――」
「おじさんじゃねえ、お兄さんだクソガキ!」
振り返らず、背中から聞こえてくる生意気な声にそう叫ぶ。
……よし、これでスッキリした。あとは国外へ逃亡して見つからないように身を隠せば――
「あーっ! ししょー発見! イヴー! こっちいたぞ! こっち!!」
「うげっ――」
そんな悠長な事を考えていたら、どこからか飛び出してきたレティに見つかってしまい、慌てて走り出す。最悪だ、こんな事してる場合じゃなかった。
「――――ジレイ、こんなとこにいたのか! めちゃくちゃ探したぜ……なあ頼むって、生徒たちも望んでるみたいだしオレの学園の講師になってくれ!」
「――――ししょー! とりあえずサインしよう!! サイン!!!」
「――――レイ、逃げないで。絶対後悔はさせないから……きっと楽しいはず」
「――――ジレイ様! お父様を説得できるか心配しているのですね! でももう了承は取ってあるので大丈夫です! なぜか"ミンチにする"って言ってましたけど……たぶん結婚式のメニューのことでしょう。だから大丈夫です! 安心して私と結婚しましょう!」
「――――師匠? 何で走って……はっ!? なるほど、これも修行の一環ですね! なら僕もご一緒させて下さい!」
「――――ジレイ・ラーロ様ぁ! やっと見つけましたことよ……! 逃げないで話だけでも聞いて下さいまし! ちょっとだけ、ちょっとだけですからぁ!」
必死に全速力で走るが、逃げた先々でアルディ、レティ、イヴ、ラフィネ、カイン、エレナが次々と出没し、逃げる俺を追いかけてくる。なにこれ地獄。
……いや、おかしい、マジでおかしい、何がどうなってんだこれ。何で俺がこんな追いかけまわされなきゃいけないんだよ。
そもそも俺はD級冒険者のはずだ。面倒ごとは避けてのほほんと適当に過ごすために、D級冒険者になったはずなのだ。
それなのに……なぜか各所で勘違いされまくって慕われ、アホな勇者と無口白魔導士に勇者パーティーに勧誘されたあげく、ユニウェルシア、マギコスマイアの王女につきまとわれて逃げ回ることになる始末。この世界狂ってる。
「――――ジレイ!」
「――――ししょー!」
「――――レイ!」
「――――ジレイ様!」
「――――師匠!」
「――――ジレイ・ラーロ様ぁ!」
頬に暖かな風を叩きつけられながら、俺は後方から聞こえてくる声に返答することなく、追いつかれないように必死に足を動かし続ける。
――マジで、どうしてこうなった。
意味の分からない現状に、心の中で信じても居ない神にあらん限りの呪詛を吐く。それはもう口汚く、神なんて滅びてしまえと。
雲一つない晴天。どこまでも広がる青空と照り付ける日差しが今ばかりは非常に腹立たしい。まるで、この状況を神が笑っているかのようで。
俺はそんな青空に向かって……もしも神がいるのであれば届けと言わんばかりの大きな声量で、叫ぶ。
「俺はぐうたら過ごしたいんだよ! 構わないでくれ!」
ここまでで2章&あらすじ部分が終了、第一部完となります。