49話 魔道具展覧会
「…………や、やっぱり古代遺物は面白いのが多いなぁ! デザインもめっちゃかっこいいし……! ほ、ほしいよなぁー!」
「うん、かっこいい。ほしい」
――あれから、まる一週間が経った。
あの後、ある場所にいってから用事を済ませ、宿屋に逃げ――じゃなくて剥がれてしまった《次元蘇生》を掛けなおす為に数日間集中して引き籠り、術式を組んで再度行使した。めちゃくちゃ辛くて死にそうになった。
次に、ずっと前から楽しみにしていた、古代遺物展覧会が開催される"英誕祭"当日まで隠れ――じゃない、養生していた。
そして、英誕祭当日。
今日は朝から天気も良く、街の雰囲気も明るい。絶好の魔道具鑑賞日和だ。
俺は見つからないように――ではなく、楽しみすぎて2時間前から会場に到着して、始まったら誰にも見つからずに行けるように近くに潜伏していた。
結果的に……そのまま時間になってペアチケットを渡して入場し、古代遺物展覧会の用意された席に座り、多種多様な古代遺物を鑑賞した。
それは……魔道具マニアであれば千金にも換え難い光景といっていい代物。
当然、魔道具大好きマンである俺も例にもれず、めちゃくちゃ楽しい。楽しい…………はずなのだが。
「…………つ、次は《鏡幻影珠》の実演みたいだぞ! ……いやーでもたのしいなーたのしすぎて魔道具の事しか考えられないなー!」
「うん、好き、大好き。ずっと一緒にいたい」
決して横を見ず、前を向いたままそう声を張り上げる。すぐ右隣から聞こえてくるのは、前後の文脈がまったく繋がっていない返答。
い、いやぁ……本当に楽しいなぁ……古代遺物展覧会自体は最高に楽しいんだけどなぁ……
「ね、レイ」
「……なんだ?」
話しかけられたので聞いてみるが。
「何でもない、呼んでみただけ」
そう言って、その人物は何が楽しいのか嬉しそうに頬を緩ませる。
「あの…………イヴ? ちょっと離れて欲しいんだけど……あと、さっきからこっち見るのやめてくれない……?」
さすがに我慢できなくなったので、すぐ右隣の席……いや、こちらに身体を寄せすぎているせいでほぼ俺の席に相席している状態の人物――イヴ・ドゥルキスに向けて、伺う声色でそう呟く。めっちゃ近いし居心地悪い。
「……迷惑、だった?」
「い、いや迷惑とかじゃなくて……そんなにこっちに身体寄せる必要無いし。暑苦しいっていうか……」
「む……分かった」
そう言うと、イヴは少しだけ口を尖らせてむくれたような表情になり、しぶしぶと身体を離して自分の席に座る。そして、ちょこんと左手で俺の服の裾を控えめにつまんできた。……まるで、少しでも離れたくないとでも言わんばかりに。
「……こっち見るのもやめてくれ、落ち着かないから」
しかし、離れたのはいいもののぽーっとぼんやりした瞳で俺の顔を見上げ、見つめたままのイヴ。てかさっきから、古代遺物の実演してるときも俺の顔しか見てないんだけど。何の為に来たんだよオイ。
イヴは俺の言葉に「分かった」と返答はするものの、欠片も俺から視線を外そうとしない。まったく分かってないです。
「……はぁ」
本当なら……今日この古代遺物展覧会は俺一人で見れるはずだった。ペアチケットで悠々と入場し、2人分の席を豪華に使って寝ころんだまま鑑賞する予定だった。
……それが、会場に入って自分の席へ意気揚々と向かったら、イヴがすでに座って待っていたのである。俺が座る予定だった席に。
追い出そうとはした。俺の持っているのはペアチケット、つまり、二人分の席を使う権利があるということ。
しかし、結果的に追い出すことはできず……いまこうして、隣で話しかけられまくっているという現状。
話を聞いて分かったのだが……どうやらイヴはこの古代遺物展覧会の主催者の娘――正確には養子なのだという。
しかも、それはそれは大層可愛がられて大事にされているそうで……たまたまチケットを手に入れただけのD級冒険者なんて追い出すことも楽勝なわけで……つまり、そういうことである。泣きそう。
「――レイ」
ガチで泣きそうになっていると、イヴがまた声を掛けてきた。俺は「……なんだ」と生気が失われた顔で返答する。
「好き、大好き」
「…………」
潤んだ瞳でこちらを見つめたままのイヴによる、熱烈なラブコール。俺のメンタルに多大なダメージ。
……さっきから、ことあるごとにこうして声を掛けてきて、雛鳥のように懐いて擦り寄ってくる。何回も好き好き言われて頭がどうにかなってしまいそうだ。悪い意味で。
あんなにクールで無口無表情だったイヴがどうして、こんな風に好き好きマシーンになってしまったのか。意味が分からない。……いや、原因は分かる。分かるんだけど、理解できない。
「……あのな、イヴのその気持ちは気の迷いなんだ。あの時のは確かに俺だが、あれは自分の為にやったことだし助けたつもりなんて――」
ここまでで何回も行った説明をするが。
「それでも、いい。わたしがレイに救われたのは事実。……レイが好きなのは変わらない」
「いや……な? でもな……? あと、俺はレイじゃなくてジレイなんだけど……」
「……愛称みたいで、わたしだけ特別っぽくてすごくいい」
ふふんと言いそうなドヤ顔でそんなことを宣うイヴ。いや、止めてほしいって意味なんですけど。
「…………まあ、それは置いておこう。それより――俺は前に、きっぱりと断ったはずなんだが……?」
1週間前。なぜか唐突に『付き合って欲しい』と告白され、俺はマジで意味が分からなくて混乱した。理解が出来なさ過ぎて、素で「え、いや無理」と答えてしまったくらいだ。
そしてその後、身体を寄せてきて離れようとしないイヴにどういうことか説明して貰い、やっと原因が分かった。理解は出来なかったけど。
要約すると……4年前に、修行やら何やらをやらせた灰色の髪をした少女がイヴだったらしく、《世界樹の祝福》で生き返らせようとしていた"レイ"なる人物も俺だった、ということだ。なにそれ意味分かんない。
それで、当時の俺に救われてからずっと好きで、どんなに時間がかかってもいつか生き返らせて告白しようとしていたらしい。だからあの場で告白したんだとか。すごいドラマチックだなぁ……(他人事)
いや……でも正直、最初にイヴとあの灰色髪の少女が同一人物と言われた時、まったくピンと来なかった。
だって、当時と今じゃ髪色も瞳の色も違う。あの頃はもっと表情も動く奴だった気がするし……そもそも俺自身、"灰色髪の少女"として覚えていたので、気が付けなかったのだ。
何で髪色と瞳の色が違うのか聞いてみても、「……内緒」といって教えてくれないし……何があったのか全く分からない。
それに、俺に救われたと言っているが……それは間違いだ。俺はただ、自分勝手に好き勝手やってただけだから。
奴隷商を潰しまわって世話をしたのも俺自身が気に入らなかったのと勇者になるためだし、名前とか目標を与えたのもうじうじとした態度が見ていてムカついたからだ。つまり全部自分の為。救ったつもりなんてない。
だから、誤解だし勘違いだからときっぱり断った。それはもう懇切丁寧に説明して、俺は眼も濁ってるしロクな人間じゃないからと言い、諦めて貰おうとした。自分で言ってて少し泣きそうになった。
「確かに、断られた。でも……やだ」
少しだけ顔をむくれさせ、ふてくされたような表情になるイヴ。やだって……子供かな?
「んなこと言われても、俺は――」
「……レイ、4年前に"好きに生きろ"って言った」
「ぐっ……た、確かに言ったけど……」
「"周りの人間なんて気にせずに、自分のしたいようにすればいい"って……言ってた」
イヴは口を尖らせて、拗ねた顔で言う。俺は何も言い返せず、「うぐぐ……」とうなることしかできない。昔の俺なに言ってくれちゃってんのマジで。
「それに……前に聞いたとき、レイは好きな人いないって言ってた。なら……わたしでもいいはず」
イヴは自分をアピールするように、またこちらに身体を寄せて、そんなことを言ってくる。
「……そういう問題じゃないだろ。何回も言ってるが、俺は誰ともそういう関係になるつもりはない。だから言われても困る」
いやマジで、1週間前に告白されて断った後、悲し気な顔で「レイはもう好きな人……いるの?」と聞かれ、「え、いや居ないけど……」と正直に答えたのが失敗だった。
それを聞いたイヴは顔を隠すように俯かせて「そうなんだ……」と呟き、一時は引き下がった。
俺は分かってくれたものだと安心し、疲れていたので近くの宿屋に直行して即座に眠りについた。何も食べず寝床に潜って、布団の温もりに幸せを感じていた。
次の日、若干の空腹感で目が覚めた俺の鼻孔に香ってきたのは美味しそうな匂い。寝ぼけてシャルがご飯を作ってくれたのだと思い起きると……そこにいたのは、かわいらしいエプロンを付けたイヴと、出来立ての健康的な朝食。
俺は混乱した。何食わぬ顔で「おはよう。……レイ、髪はねてる」と言い、柔らかに笑うイヴに理解が追い付かなかった。理解が出来なさ過ぎたので思わず聞いてみた。
『……わたしを好きになって貰おうと思って』
するとそんな返答が返ってきて、俺は更に理解できなくなって固まった。たっぷり5分はフリーズしてた。
頭が落ち着いてきたあとに聞いてみると……どうやら、俺に好きな人がいないのであれば、朝食を作ったり何だりをして一緒にいることで、自分を好きになって貰おうとしたらしい。なにそれ。
そしてそれから始まったのが、怒涛の好き好きアピール。
俺は耐えられなくてすぐに宿屋を変更し、見つからないように引きこもった。姿を隠せばきっと諦めてくれるだろう、諦めて下さいと願っていた。
「じゃあ……そういう関係じゃなくてもいい。一緒に居させてほしい」
しかし、どうしても魔道具展覧会には行きたくて来てみたらこれである。まったく諦めた様子が無い。
……やっぱり、もっと突き放すような態度で言わないと分からないのかもしれない。ここはしっかりと、ビシッと言っておくべきなのだろう。
「ハッキリ言わせて貰う……俺は――」
"ぐうたらしたいから付きまとわないでくれ"と言いかけるが。
「――それにわたしと一緒にいてくれるなら、お得。後悔はさせない」
「……お得?」
イヴのその言葉に、思わずそう聞いてしまう。お得って何がだろう。俺には損しかない気がするんだが――
「――わたしは、魔導具をいっぱい持ってる。……もちろん、古代遺物も」
「……それがどうしたんだ?」
確かに、前に古代遺物の《天魔翼》を持っているとも言っていたし、実家に保管してあるとも言っていた。……だが、それが何だというのか。
「……あれ」
イヴは離れたところに展示してある古代遺物を指差し、次々と違う古代遺物に対して「あれも」「これも」と呟く。……何がしたいんだ?
突然の行動に疑問に思っていると。
「――全部、わたしの。……レイがわたしと一緒にいてくれるなら、あげてもいい」
そんなことを言ってき――え、ちょ……え? マジ!?
「そ、そ……そんな甘い言葉に俺が騙される訳ないだろ! いい加減にしろ!」
「……身体は正直」
展示してある古代遺物のショーケースに抱き着く俺を指さすイヴ。どうやら無意識に身体が動いていたらしい。
「……あと、わたしも魔道具好きだし、レイと同じくらい話せる。趣味も合うし、毎日楽しいはず」
「うぐ……ぐぐぐ……」
耳元にこしょこしょと悪魔的な囁きをしてくるイヴ。なにそれぇ……それはずるいじゃん。あまりにも卑怯じゃん……!
「レイに迷惑だろうから、ずっと一緒にいてくれなくてもいい。1週間に1日、一緒に居る時間を作ってくれて、"少しだけ"お願いを聞いてくれればそれでいいから……だめ?」
頭を押さえて必死に欲求を抑える俺に、更に追い打ちが掛かる。もはや俺の精神は崩壊寸前。
「………………本当に一日だけなのか?」
気づいたら、そんなことを聞いていた。イヴがそれを聞いて、「――! ……うん、一日」と顔を耀かせて頷く。
……いや、これは決して、俺が欲望に負けてしまったとかそういう訳ではないのだ。ただ、俺とイヴの利害が一致してウィンウィンだと思ったから了承したわけで……俺は合理的な判断を下しただけなのだ。うん、つまり俺は正しい、正しいのだ。
「じゃあ……ここにサインお願い」
「おう!」
何も考えず、イヴが差し出してきた1枚の紙にすらすらと必要事項を記入していく。名前、血判と……よし、完璧!
「…………あれ? なんかこれ、魔術契約書に似てるような気が……それに、よく考えたら何でこんなの書く必要――」
記入した後、ひっかかりを覚えてその紙を確認しようとする……が、イヴにささっと取り上げられ、すぐに持っていた手提げバッグの中に仕舞われた。なんか怪しい。
「なあ、さっきの紙、よく見てなかったからもう一度見せて欲し――」
「――大丈夫、たいしたことは書いてないから」
紙をしまったバッグを後ろ手で持ち、俺から遠ざけるような態度をとるイヴ。なぜか嫌な予感がする。
「……」
「……ぁ、駄目――」
無言で、《空間転移》の応用を使い、イヴのバッグの中から先ほどの紙を俺の手に転移させて、止める声を無視して内容を確認する。すると――
――――――――――――――――――――――――
【初級】
■朝ごはんを一緒に食べる。
■手を繋いで出かける。
■昼ごはんを一緒に食べる。
■魔道具について話す。
■晩ごはんを一緒に食べる。
■一緒の布団で寝る。
↓
――――――――――――――――――――――――
「な、なにこれ……」
思わず愕然とした声を漏らしてしまう。
いや、もうこの際この紙が魔術契約書であやうく契約させられそうだったとかそんなことはどうでもいい。それよりも――
「え、えっと……この、ずらっと並んでる項目は何なんですかね……?」
魔術契約書の、契約内容欄にめちゃくちゃ小さな文字でぎっしりと書かれている項目の方が問題だ。……おかしいな、ここに書いてあることは絶対に順守しなきゃいけないことのはずなんだけど。一日のスケジュールでなんでこんなにいっぱい敷き詰められてるんだろうなぁ……それに【初級】ってなんだよ、下の方に【中級】とか【上級】もあるけど怖くて見れないよオイ。
「……別に、ふつう」
「普通じゃないが」
出来るわけないだろこんなん。どんだけハードスケジュールで1日の予定立ててんだ。終わった後には疲労で過労死しそうになるわ。
「あと、この最後の黒く塗りつぶされてるやつなに書いてあったんだ……? めっちゃ気になるんだけど」
一番下に書いてある、文字が潰されている項目を見て質問する。なぜかこれだけが黒く塗りつぶされているので気になった。
すると、イヴは顔をぼんっと赤くさせて。
「……言えない。はずかしい」
両手で顔を隠して、恥ずかしそうに俯いた。え、何その反応。
「……でも、レイが結婚してくれるなら――しても、いい。……初めてだけど頑張る、から」
「……」
イヴは顔を真っ赤にして、そんなことを宣う。俺は良く分からないけどこの魔術契約書はあとで破り捨てようと固く決意した。
「いやでも、さすがにちょっとこれはな……物理的にも精神的にも無理というか……てか、なんでこんなに詰め込んだんだよ。無理に決まってるだろ」
そう聞くと。
「……だって、レイと一緒に居たかったんだもん」
唇を尖らせ、子供のように顔をむくれさせて呟くイヴ。なんかさっきから幼児退行してません?
「……やっぱりこの話は無かったことに――」
してくれと言おうとするが。
「……やだ」
イヴは首をふるふると振り、俺の服を掴んでいる手の力をぎゅっと強くする。
「やだっておま――」
「だって、レイに好きな人が居ないなら……ちゃんす。絶対にわたしを好きになって貰う。諦めない」
俺の顔を上目遣いで見つめながら、決意を込めた瞳でそう宣言するイヴ。マジで止めて。諦めて下さい。
その後、俺が「無かったことにしてくれ」と何度いっても拒否され、ごねまくるイヴに魔法で複製した魔術契約書の偽物を渡し、ぐいぐい来るイヴをなんとかやりすごして楽しかったはずの魔道具展覧会を極度の疲労状態で終えた。
そしてすぐに宿屋に戻って本物の魔術契約書を破り捨てたあと、ベッドに倒れ込んで顔を突っ伏した。
眠りに誘ってくる心地のいい毛布の感触を顔面で味わいつつ……こう思った。
――いやマジでどうしようこれ。
と。