48話 告白
「うぉぉぉぉおおッ!? うぐッ!? ゲホッゲホォッッ!? なんだこれ、めっちゃ喉いたい……」
意識が覚醒し、跳ね起きる。
「なんだここ……洞窟? 俺、何してたんだっけ……?」
薄暗い洞窟内にいることに混乱し、周りを見渡す……前に、なぜかやたらと喉が渇いていたので《水生成》で喉を潤す。めっちゃ水うまい。
「――!? ――ッッ!?」
改めて周りを見渡すと、こちらを真っすぐに凝視して大きく目を見開き、口をパクパクと動かしているイヴとぱちりと目が合う。いつもまったく動かないイヴの表情が大きく動いている。珍しい。
「なん……なん、で――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……俺もいま思い出すから」
擦れた声で問いかけてくるイヴの言葉を遮り、何が起きたのか、どういう状況なのかを思い出そうとする。
……というか何で、こんなに頭がぐわんぐわんしてるんだ。記憶も混濁してるし……どういうことだマジで。
「…………えーっと、確かエンリと戦ってて……勝ったんだっけ……? それで――――!?」
《高速思考》で思考回路を加速させ、一瞬で結論を出す。全部思い出した。俺は――
「――死んでた、のか」
理解した瞬間、身体を強引に動かして立ち上がる。だとしたらまずい、早く……早くしなければ――
「――イヴ、あいつはどうなった? 俺はどのくらい死んでいた?」
「ぁぇ……え……?」
すぐ傍に居たイヴに、早口で問いかける。イヴは現状が理解できていないようで、言葉にならない声を漏らす。
俺は混乱するイヴに構まず、「戦ってた奴――エンリのことだ。あいつはいま、どこにいる? 死んだのか?」と矢次早に質問した。まだ生きているとしたらまずい。いま襲われたら――今度こそ、死ぬ。
「あ、あれから見てない……け、ど……」
「ということは……死んだ、のか? ……まあいい、それより俺は何分死んでた?」
「さ、さんじゅっぷん、くらい……?」
「そうか……」
周りを最大限警戒しながら、呟く。どうやらそこまで長く死んでいた訳ではないみたいだ。その間に攻撃しても来なかったようだし、エンリは消滅したと考えるのが妥当だろう。
「《魔力探知》《千里眼》《熱探知》《帝位結界》《高速思考》――」
だが念のため、周囲全域への探知魔法と身を守るための結界魔法、覚えている限りの自己強化魔法を行使し、何があっても対応できるように身構える。すると――
「――!」
《熱探知》が俺とイヴ、生徒と護衛たちの骸以外の反応を捉えた。すぐさま剣を持ち、警戒する。
魔力は纏っていない、微弱な反応だ。丸い、手のひらに簡単に収まるほど小さな……俺が死ぬ前は無かった物体の反応。
恐る恐る、反応があった場所へと近づいていく。そこには――
「? 何だこれ……コイン?」
――地面に小さな、一枚のコインが落ちていた。
何らかの罠の可能性を考え、数種類の《看破魔法》をそのコインを対象に行使する。……しかし、何も変わらず、ただのコインのまま。
罠ではない事が確定したので地面に落ちているコインを拾い、手に取る。
「硬貨……か? てかめっちゃ汚ねぇ……風化してて何の硬貨か分からんし――《修復》《洗浄》」
拾った硬貨に対し、復元魔法を行使すると。
「"一万リエン硬貨"? なんでこれがこんな所に……?」
汚れと錆が落ち……全世界、大陸で最も広く流通している、かなり髪が長い女性の横顔が描かれた金色に輝く硬貨――"リエン硬貨"が現れた。
手に取ったリエン硬貨をいろいろな角度から見て、何か変わったところがないか確認するが……どこにも変な箇所は見当たらない、いたって普通の一万リエン硬貨である。どういうことだろう、まったく分からん。
「……まあ、いいか。」
考えてみても分からなかったので放置することにした。なんでリエン硬貨が落ちているのかはさっぱり分からないが……エンリの反応も無いし、やはり最後のあの攻撃は死んだら自動的に発動する魔術か何かなのだろう。たぶん。
それに……どちらにせよ、生きてても死んでても警戒はするから関係ない。今は早くここから離れて安全な所に行くことだけを考えなくては。
「――《蘇生》」
生徒たちと護衛の骸に対し、《蘇生》を行使する。……この出来事を忘れさせるために、すぐに目を覚まさないように、《催眠》で多少アレンジを加えたものを。
ついでに、あの人物の魂に対しても蘇生を行っておく。……あいつがしたことは決して、許されることじゃない。だからこれは、俺のただのエゴ、自己満足だ。
続けて、創造主が居なくなった《異界》の術式へと介入し、操作権を俺に書き換える。……これで、この場所からの《空間転移》が可能になった。あとは眠ってる生徒たちと俺、イヴの魔力を同調させて、座標設定をしてと……
「――よし、これで大丈夫だな」
《空間転移》の転移先を突入前の場所で登録し、一斉に転移できるように設定する。今回は転移させる対象が多いから……少し時間がかかってしまうようだ。五分後に一斉転移……まあそんなもんか、これでもこの人数に対してならかなり早い方だろう。よかったよか――
「ね、ねぇ……なん、で……生きてる……の?」
一安心していると、イヴが幽霊でも見るような顔で声を掛けてきた。ん、何で驚いて――――あ、そう言えば……言ってなかったんだっけ?
「悪い、言うの忘れてた……俺は"死んでも生き返れる"から大丈夫なんだ。だから安心してくれ……幽霊じゃないから」
そう言うと、更に「???」と頭に疑問符を浮かべて混乱するイヴ。ちょっと説明足りなかったかも。
「……正確には『"死んでも一度だけ生き返れる魔法"をかけてるから大丈夫』、か。……だから、いま死んだらもう生き返れない。つまり、また掛けなおさないといけないってことで……はぁ……めんどくせ……」
この後やらなくちゃいけない事を思い出し、ため息を吐く。マジでめんどくさくてだるい。
「う、嘘……そんな魔法……聞いたこと、ない」
イヴは混乱し、理解できないと頭を振る。
「まあ……そりゃそうだ。だってこれ、自分で作った魔法だし」
「……え」
――《次元蘇生》
それがこの魔法の名称。俺がむかし、作り出した魔法。
効果は単純。行使した対象の心臓が止まり、生命の活動が停止した際に自動的に発動し、蘇生させる魔法。
というのも、この魔法は俺が小さかった時――9歳くらいの時に、覚えていた魔法の術式をこねこねこねくり回して作りだした魔法なのだ。
なんでそんな事をしていたのかというと、単純に死にたくなかったから。勇者になるために数多くの死闘を繰り広げなきゃいけないのに、死んだら元も子も無いからである。いくら強くなっても油断してた所を不意打ちで殺されたら終わりだし、絶対に死にたくなかった。
……あのころはマジで死にたくなくて色々と死なない方法を探してた。吸血鬼になる方法とか不老不死の薬とか《世界樹の祝福》とか……そのほとんどが徒労に終わったけど。
全然見つかる気配も無かったので「じゃあ自分でそういう魔法作ればいいじゃん」となり、覚えていた初級魔法である《微再生》の自動回復と、時間と空間を操作する系統である《次元付与》の術式をベースにして混ぜ合わせ、作ることにした。本当は《上位治癒》の方が良かったのだが、当時は覚えていなかったから諦めた。
それで、寝る間も惜しんで毎日毎日研究に明け暮れ、魔力量だとか掛ける誓約だとかを考えて実験していたら……結果的に、なんか出来てた。
当時の俺は喜んだ。これでもう死なないはずだと。
寝不足の顔でキャッキャキャッキャはしゃいでた。
しかしそこで、予期せぬ事態が判明。
なぜかこの魔法、カテゴリ的には《次元魔法》であるにも関わらず、《回復魔法》扱いになっていたのだ。
構造的には《次元付与》をベースにしているので、死後の肉体あるいは現世に残った魂を使い、死ぬ前の健康的だった肉体に巻き戻すという術式になっている……のだが、どういうわけか入っていたのは《次元魔法》ではなく《回復魔法》のカテゴリ。意味が分からない。
おまけに、初級魔法なのに魔力を込めまくってあるせいで……同質の魔法である《上位治癒》などの最上位魔法の《回復魔法》を弾いてしまう始末。
……つまり、《次元蘇生》が身体に行使されているときは《回復魔法》が効かない身体になってしまったということだ。ふざけんな。
これにより俺は《次元蘇生》が掛かっている限り、どんなに身体が傷ついても癒すことができないこととなった。《次元蘇生》の副次的な効果で自然治癒能力が上がっているから大抵の怪我は自動的に癒えるのだが……大きな怪我の場合、治らずに残ってしまうのだ。
そのせいで、俺の身体は常に古傷だらけ。傷の位置が服で隠れるからまだマシなのが不幸中の幸いである。
……いや、いちおう治せるっちゃ治せる。でも何でもかんでも癒していたら身体の自然治癒能力が低下して《次元蘇生》の効果に影響が出る恐れがあるし、命の危険が無い限りは治さないことにしている。いざという時に死にたくないし。
そして、最大の問題点として……この魔法、《次元付与》を使っているからか魔法の術式が完全じゃないのか、蘇生したあとに死ぬ前の記憶が飛んでしまったりすることがある。酷いときでは3日間くらい記憶が無くなってて、なんで死んだのかの原因すら分からなかった時もあった。
「"今回は"ちゃんと覚えてるな。良かった……」
いやマジで、この魔法欠陥すぎる……。術式が複雑すぎるから掛けるのに数日集中して慎重に行使しなきゃいけないし、その間は何も食べられないで断食状態だし……めちゃくちゃめんどくさいしつらい。今回死んだせいでまたやらなきゃいけないし……考えただけで死にそう。誰か助けてください。
しかも、この魔法が欠陥なのはそれだけじゃない。この魔法……死んだときの身体の損傷具合に応じて、《次元蘇生》が発動するまでのラグがあるのだが、あまりにも損傷が酷すぎると――移動するのだ。物理的に。
俺があまりの欠陥さに頭を抱えていると……イヴが困惑した様子で声を掛けてきた。
「意味が、分からない。……"今回は"って……まるで、"何回も死んだ"ことがあるみたいに――」
「……ん? いや、今までで何回も死んでるぞ。最近は死んでなかったけど。確か、直近で死んだのは――"龍"と戦ったときだっけ……いや、マジでめちゃくちゃ強かったんだよな……」
「………………ぇ?」
そう言うと、愕然とした表情になるイヴ。……まあ確かに、何回も死んでるって言われたらそんな顔にもなるわな。俺だって言われたらなる。やべえ奴だもん。
「そ、れって……どこ、で……?」
イヴは動揺しているのか、声を震わせながら擦れた声で質問してくる。どこって……えっと――
「――確か、"4年前"にアルディに追いかけまわされてた時だから……"マギコスマイア"……だった気がする。たぶん」
最後に覚えている記憶は、一体の龍を倒したあと、おかわりで二体の龍が現れた所まで。……つまり、俺は力及ばず死んでしまったのだろう。その後どうなったのかは分からないが……たぶん騎士団か誰かが倒してくれたんだと思う。
できればすぐに、どうなったのかの詳細を知りたかった。でも――俺が《次元蘇生》で蘇生したあとまず視界に入ってきた光景は、緑々と生い茂る森の中。
あとから分かったことなのだが、どうやら俺は《次元蘇生》が発動された時の損傷状態があまりにも激しすぎたのか、最北端の未踏破区域――ラススヴェート大陸まで飛ばされていたらしい。何でだよ。
そしてそれから始まったのが地獄の日々。
移動したのが《空間転移》扱いだったのか、蘇生してからすぐに副作用が現れ、乗り物酔いと風邪と頭痛と腹痛と睡眠不足と筋肉痛を同時に喰らったかのような感覚に襲われた。それも、身体を少しでも動かしたら言葉にするのもはばかれるほどの激痛もセットで。
《疲労回復》をかけても治らないレベルだし、その状態のまま数日間まともに動けず、強力な竜や魔物がうじゃうじゃいる所で外敵に怯える日々を過ごした。
なんとか動けるようになったあとも1カ月は体調が戻らず、ただ水だけを飲んでなんとか生きていた。もう二度とあの地獄は味わいたくない。
……まあ、その状態でも当時の俺は、強力な魔物たちに意気揚々と挑みまくっていたから結果的にいい修行になったんだが。強力な魔物を見つけしだい戦って倒したし、めちゃくちゃ逃げ足が早い狐の魔族を追いかけまわしたりもした。先に攻撃してきたのはあっちだから執拗に追いかけまくった。その魔族には結局逃げられた。
結果として、マギコスマイアであの後どうなったのかを知ることはできず、ラススヴェート大陸での壮絶な日々で余裕がなさ過ぎて、今の今まで忘れていた。あの龍より強いのうじゃうじゃ居たからなぁ……
「そ、の……ときに、鎧って……着てた?」
「鎧? 着てたけど……?」
思い出に浸っていると、イヴが更に質問をしてきた。
あの頃は粘着してくるアルディから逃げる為にゴテゴテの鎧とフルフェイスヘルムで完全に顔を隠し、絶対に見つからないように《魔力偽装》もかけていた。完全防備である。
「灰色、の……髪の女の子に、会わな、かった?」
詰め寄る様にこちらに身体を寄せ、俺の顔を凝視したままそんなことを聞いてくるイヴ。灰色の髪の女の子……ああそういえば――
「そんな奴いたなぁ……余ってる魔力増強剤飲ませて、修行させたりしてたわ。めっちゃ懐かしい……いま、どうしてるんだろうな。ちゃんと精霊契約出来たならいいんだが……」
そういえばあの時からだ。あの灰色の少女の諦めたような顔が気に入らなくて、奴隷商を潰し始めたのは。ムカつくんだもんしょうがないね。
「名前も無いみたいだから、適当につけたんだっけな……まあ、流石に適当に付けたのなんて嫌だろうし、別の名前になってると思うけど…………あれ、そういやなんでイヴが知ってんだ? 誰にも言ったことないはずなんだけど――!?」
黙って地面に顔を向けているイヴの方を見て、思わずぎょっと身体を竦める。……イヴが、ぽたぽたと涙を流していたから。
「え、ちょ……ど、どどどうした……? 何で急に――」
めちゃくちゃどもった。
いやマジで急にどうしたんだ……どこか痛い所でもあるのか? だとしたら普通に言って欲しいんだけど、びっくりするから止めて欲しい。
「……生き、てた。レイが、レイが――」
イヴはぽとぽとと落ちる涙で地面を濡らしながら、嗚咽が混じった小さな声で言葉を吐き出す。
この急変具合……まさか、精神汚染魔法でも受けているのか? ……いや、それはないか。イヴの方には攻撃されないようにめちゃくちゃ注意してたから。そんな魔力も感じなかったし。じゃあなんで――
「――あ、もう少しで転移するから……歯食いしばってたほうがいいぞ。すぐ《疲労回復》使うから大丈夫だけど、それでもめちゃくちゃ気分悪くなるから」
そうこうしているうちに、一斉転移まであと一分という事に気づき、イヴに注意しておく。今回は《次元蘇生》がかかってないので、《疲労回復》を使うことが出来る。つまりあの苦しみを味わうことはない。マジでよかった。
そんな事を考えていると、
「――あのね、レイ」
「……ん?」
歯を食いしばれと言っているにも関わらず、イヴが話しかけてきた。……というか、俺はレイじゃなくてジレイなんだけど。言い間違いかな。
「わたし……好きな人がいるの」
「…………なんの話だ?」
好きな人……? 何でいまこのタイミングでそんな事を言うんだろう。
「……あの頃は気づくのが遅くて、言えなかった。でも、次に会ったら――絶対にこの気持ちを伝えたいと思ってた」
「……そうか。まあ、いいんじゃないか? よく分からんけど」
取り合えず適当に返答する。何を言いたいのか分からないが、したいなら好きにすればいいと思う。俺は関係ないし。
「だから――いま、いうね」
「……? それって、どういう――!?」
言いかけて、身体の体勢を崩しかける。――イヴがなぜか、こちらに身体を預けるように倒れ込んできたから。
それと同時に転移魔法が行使され、視界がぐにゃりと揺れたあと、突入前の風景に切り替わった。まだいじけたように地面に絵を描いていたアルディがこちらに気づき、パッと顔を上げる。
「ジレイ! どうなっ――?」
「あなたのことが、好き。わたしを救ってくれた、ぶっきらぼうで口が悪くて、でも優しいあなたが……好き。大好き。わたしと――」
アルディは開いた口をぽかんと開けたまま、イヴは俺に身体を預けながら、こちらを真っ直ぐに潤んだ瞳で見つめ、一つ一つ言葉を紡ぐ。そして――
「――付き合って、欲しい。……やっと、言えた」
はっきりと、そんな言葉を吐き出した。その瞬間、場の空気が完全に凍結し、静寂に包まれる。
数十秒後。
「………………えっと、どういう状況……?」
アルディが困惑した表情で、そう言った。意味分かりません理解できませんって感じで。
……いやそれ、俺が聞きたいんだけど。