6話 フィナの思い出
フィナは顔を上気させ、興奮しているようだった。
「運命の人か……じゃあこの依頼も、その"黒髪勇者"に会いに行くためってことか。依頼人が非公開だったのは……それなりの立場なんだな」
「……立場上、素性が知られるわけにはいかなかったので、依頼人は非公開にしました。申し訳ありません」
フィナは申し訳なさそうに頭を下げる。
「別に謝られることじゃない、"あいつ"がいれば俺たちの安全は保障されてるしな」
「――ッ! ……気付いていたんですか」
馬車の御者を指さしてそういうと、フィナは顔をこわばらせた。
ちらりと馬車の御者を見る。すらりとした長身の女性だ。顔の上半分を仮面で隠している。
「……かなりの実力者だな。あいつがいれば俺たち冒険者の護衛なんて要らないだろう? だけど、あいつには極力戦わせたくない……護衛の剣筋を見られたら流派が特定されて、芋づる式に主人もバレるからか? だからいざという時以外は冒険者に護衛してもらうことにした。違うか?」
フィナは一瞬だけ目を鋭くさせ、すぐに観念したように溜息をついた。
「D級冒険者と聞いていましたが……当てにならないものですね」
「いやいや、人を測るのが得意なだけだ。俺はただのD級冒険者だよ」
あの御者の実力は――少なくとも、Aランク冒険者相当ではあるだろう。もしかしたらSランクもありえる。
「その通り、彼女は私の護衛です。あなた方を信じていないわけではないですけど……申し訳ありませんでした」
フィナは沈痛な顔になり、頭を下げる。
「別にいいよ、それより……さっき言ってた"運命の人"のことを聞かせてくれないか? 俺と同じ黒髪のやつは少ないから、少し興味がある」
空気をかえるために、別の話題を投下する。実際は、あまり興味はないが。
だけど、このままだと聞きたいことが終わったフィナは俺をこの馬車から追い出すだろう。冒険者たちが箱詰めされた息苦しい所に行くのは嫌だ。俺は
できるだけ長くこの快適な空間にいたい。
「聞きたいですか! ……しょうがないですね、大切な思い出なのであまり人に話したくないのですが、黒髪のあなたには特別に話してあげましょう!」
フィナは一転して顔を耀かせ、身を乗り出してきた。鼻息が荒いし近い。さっきまでの儚い少女のイメージがどっかにいった。もどして。
「そう、あれは私が6歳のときでした――」
フィナは柔らかに微笑み、思い出を懐かしむように語り始めた――
¶
「――それで、あの人は本当にかっこいいんです! 仮面をつけていたので素顔は分からないんですが……本当、清廉潔白でクールで強くて、絵本に出てくる王子様みたいな人なんですよ! この指輪も彼に貰ったもので――」
3時間後、俺は延々とのろけを語り続けるフィナに辟易していた。
最初の方はなんとか興味を持っている体で聞くことができたが、1時間を超えたあたりから項垂れて、2時間を超えたときには横になってハイハイソーナンダと繰り返すロボットになっていた。長すぎい!
しかもさっきから「じゃ、じゃあ俺もうあっちの馬車に行くから…」と逃げようとするも、「ここからがいい所ですから!」と引き留められて逃げられない。いま休憩時間なのに……他の冒険者はのんびりしてるのに……。
「――だから、これから会う"黒髪勇者"さんには期待しているんです。あの人も――勇者になると、いっていましたから」
ここまでフィナの話を簡潔にまとめると、昔に仮面を付けた黒髪の少年に助けられ、その人と将来結婚する約束をしたらしい。
んで、勇者になると言っていた少年を見つけるために探し回っているだとか。
他にもいろいろ言っていたけど覚えてない。たぶんこんな感じだと思う。てか、仮面を付けてたんだから分からなくね?
「……でも、そいつが本人だって分かるのか? 素顔は分からないんだろ?」
「だ、大丈夫です、"目印"の傷跡がありますから」
フィナは少し顔を赤くさせ、恥ずかしそうに言った。「目印? 何処にあるんだ?」と聞くも、「そ、そんなの恥ずかしくて言えません!」と教えてくれない。
そういえば、俺の体も傷跡だらけだな……服に隠れて見えないからまだマシだけど。
「――フィナ様、今日はここらへんで夜営にしたいとおもいます。夕食は如何なさいますか?」
修行時代を懐かしんでいると、御者の女性が入ってきて、そう告げた。
「え!? もうそんな時間ですか! ……興奮して喋りすぎてしまいました……」
フィナは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「助かった……! じゃあ俺はあっちに行くから――」
「――待ってください! 話を聞いてくれたお礼に、一緒に夕食でもどうでしょう? まだ話し足りないですし……」
「やっと解放される!」と意気揚々と立ち去ろうとすると、フィナが引き留め、夕食に誘ってきた。
「い、いや遠慮しとくよ。申し訳ないしな」
正直、これ以上のろけられたくないのが本音だ。もう解放されたい。
フィナは少し悲しそうな顔になり、
「そうですか……夕食は高級食材を使って豪華にしようと思ったのですが……」
と言った。
「……高級食材?」
「はい、"走鎧鳥"のお肉をメインに作って貰おうと思っていましたけど……残念です」
走鎧鳥は獰猛さと強さ故にAランク魔獣に分類される魔物だ。その肉は噛めば噛むほど染み出てくる肉汁、口に入れたら溶けるほど柔らかい肉として有名で、高級食材として市場で扱われている。
だが、俺が高級食材につられることなどありえない。走鎧鳥の肉は前に食べたことがあるし、めちゃくちゃ美味しくてまた食べたいけど、俺はそんな餌で屈したりはしない!
「……"竜卵"のスープもありますけど、そういうことなら仕方がないです。またの機会ということで――」
「ご相伴に預かろう」
俺は夕食をご馳走して貰うことにした。断じて"竜卵"のスープが珍味でめっちゃ旨いと聞いていたから食べてみたいと思ったわけではない。ただ俺は、もう少しなら話を聞いてもいいかなと思っただけだ。うん、ただそれだけである。いやほんと。