42話 魔道具店
次の日。
レイとわたしは、昨日行けなかった買い出しをするために街に来ていた。
「……」
すぐ隣を歩いているレイの姿を横目で見て、なんとなく落ち着かなくて手で髪をくるくると弄る。
「――よし、じゃあ早く用事を終わらせるぞ! そしてその次はお待ちかねの……くく、くくくく」
「う……うん」
レイは全身にやる気を漲らせて、待ちきれないと言わんばかりの早歩きで足を進ませ、何が楽しいのかくつくつと笑う。こんなレイは初めて見たので、わたしはその様に面喰らいながら返答した。
そもそも――本来、レイは買い出し当番では無いので来ないはずだった。でも……今回はティズが色々と手を回して、レイを連れ出したのである。
最初は、レイも頑なに拒否していた。「何で俺が行かなくちゃいけないんだ」、「めんどくさい」、「他のやつを当番にしていけばいいだろ」と、布団の中に籠って出てこなかった。
しかし、ティズがそんなレイに近づき――何事かを呟いて一枚の券を目の前でちらつかせると、急に佇まいを正して一瞬で鎧を装着し、「おい、早く行くぞ。何してる早くしろ」と態度を一変させた。
ティズに何をしたのかと聞くと、どうやら、市場で開催していた懸賞で貰った魔道具の割引チケットを餌として動かしたらしい。それでこの変わりようはすごいと思った。
「……それ、面白いの?」
その勢いのまますぐに買い出しを終わらせ、割引対象である魔道具店にやってきて魔道具を楽しそうに物色するレイを見て、わたしは思わずそう質問した。こんなにもレイを……楽し気に、少年のようにさせる魔道具というものに興味がわいたから。
「ああ……めっちゃ面白いぞ! 魔導具ってのは奥が深くてな。……作り手の精巧な技術と緻密な魔力操作、魔法への深い造詣が無いと作り出せない――いわば芸術なんだよ。俺も何個か作ったことはあるんだけど……いや、その話は止めておく。古傷を抉る事になるから」
レイは明るい声色で、熱心に魔道具について語る。……なぜか、最後の方だけ小さな声で言い、気を落としていた。
そして、わたしが魔道具について聞いて気を良くしたのか、近くにあった"魔道具入門用コーナー"と書かれているところの魔道具を物色して。
「どうやら興味があるようだから……これをプレゼントしよう。入門用の魔道具だから扱いも簡単でメンテナンスも不要のやつだ。……ほら、ちょっとやってみろ」
レイはその中から一つの魔道具をささっと購入してきてわたしに手渡し、やってみろと手で促す。
その魔道具は、手の平に収まるほどの大きさの、卵のような形をした魔道具。近くに書いてあった説明を見ると……どうやら、魔力を込めると七色に光る、子供が魔力操作の練習に使う、安価な魔道具のようだった。
「……こう?」
わたしは説明に書いてある使い方を見ながら、魔力を込める。でも――なぜか、光らない。
「んー……ちょっと違うな。もっと、内側に魔力を込めるというか――こんな感じだ」
そう言ってレイは、突然わたしの手を取り……自分の籠手に重ね、魔力の流れを分かりやすく実践する。
「っ……!」
いきなり手を取られて、ドキッと大きく心臓が鼓動した。レイが「分かったか?」と聞いてくるが、心臓がドキドキとうるさくて、すぐに返事をすることが出来ない。
結局……レイに対する返答には声を出さずに顔をうつむかせ、コクリと頷くことしかできなかった。
レイはそんなわたしの様子に「?」と不思議そうにしていたが……すぐに近くにあった魔道具に夢中になり、少年のような声で楽しそうに物色し始めていた。
「……レイは、魔道具について話せる人いないの?」
心臓の鼓動が収まったあと……少し、気になったのでそう聞いてみた。レイは物色する手を止めて、少し考えるように腕を組んだ後、
「居ないな。そもそも俺が高次元すぎて同レベルに話せる奴が少ないんだよ。……いや、探せば居るんだろうけど、めんどくさいからしてない」
「……そう」
どうやら、居ないらしい。魔道具のことについて話しているときのレイは生き生きとしているので作ればいいのにと思うけど……考えてみたら、レイはそういう人間だった。この人は面倒くさがりなのだ。
答えた後、レイはすぐにまた物色に戻る。とても楽しそうだ。
その楽し気な様子をぼーっと見て――ふと、「わたしと魔道具の事で話せるようになったらレイは喜ぶかな……?」と考えた。
「……」
試しに、わたしが魔道具についての知識を覚えてレイと楽し気に話している様子を、頭の中でイメージしてみる。
「……ふふ」
すると――心がほんのりと暖かくなるような気持ちになり、自然と顔の口角が上がって微笑んでしまった。
間違いなく、この人は喜んでくれるに違いない。魔道具についての知識はさっぱり無く、右も左も分からないけど……レイみたいに使いこなせるようになりたいな、と思った。レイと一緒に共通の話が出来たら楽しそうだ、とも。
……そうだ、せっかくなら――内緒で覚えて、びっくりさせてもいいかもしれない。レイ以上の知識で魔道具について話をしたら、きっと驚くだろう。
「――おーい、買い物終わったから帰るぞ! ……ぐふふ、早く帰って弄るぜ……!」
今にもスキップしそうなほどほくほくとした様子で、たくさんの魔道具が入った袋を大事そうに抱えたレイ。今まで見たことが無いくらいとても幸せそうである。
魔道具店から出て、速足で歩くレイの隣に並んで歩き、横目で覗き見るように見上げる。
フルフェイスヘルムで顔は分からないが……間違いなく、満面の笑みを浮かべているという事が簡単に想像できた。
そんなレイが驚く顔を想像し……わたしは自分の表情がレイに見えないように、顔を背ける。
『早くこの人の驚く様子が見たい』、そう思った。