41話 馬子にも衣装
あれから――わたしはみんなと打ち解け、よく話しかけられるようになった。
もともと口下手であまり話すのが得意じゃなく、たどたどしく返答することしかできなかったけど……それでも、みんなはこんなわたしを受け入れてくれた。
レイとの修行も《回復魔法》の《微再生》《治癒》といった簡単な《回復魔法》であれば行使できるようになり、レイもこの調子のまま行けば、数年以内には《精霊契約》の為に必要になる魔力や取得魔法の条件はクリアできるかもしれないと言ってくれた。
そんな、厳しいが楽しく思える日々を過ごしていた――ある日の事。
「イヴっち、次はこれね! それでその次はこっち! ……いやー、やっぱり素材がいいから楽しいねえ……! これで先生もイチコロだよ!」
その日、わたしはなぜかいろいろな服を着せられ、着せ替え人形にされていた。
「……別に、もうこれでいい」
こちらに多種多様な服を渡し、興奮した様子で遊んでいる女の子に苦言を漏らす。もうかれこれ1時間はこうして言われるがままに服を着せられている、さすがに疲れた。
「ダメ! 今日はせっかくイヴっちと先生が二人きりで買い出しに行けるようにセッティングしたんだから! 精一杯おめかしして行かないと!」
しかし、その女の子はこちらに顔をずずいっと近づかせ、有無を言わさない口調でわたしの提案を拒否する。
この女の子――ティズは最近わたしとよく話すようになった子だ。とても元気で明るい子で、おしゃべりが大好きな女の子らしい少女。
無口で口下手なわたしにもよく話しかけてくれる優しい少女……なのだが、少し困る事が一つあった。
「いやー……まさかイヴっちがねぇ。確かに最近、ずっと先生のこと眼で追ってたし……うんうん、応援するからね!」
親指をグッと立て、ふんっとでも言いそうな顔でそんな事を宣うティズ。
そう、この少女……なぜか最近、わたしとレイを積極的に一緒に居させようとするのだ。
いまこうして着せ替え人形にされているのも、このあと街に買い出しに行くからである。しかもレイと一緒に、なぜか二人きりで。
わたしとしてはどんな服装でもいいと思い、先ほどからそう言っているのだが……「女の子なんだからおめかししないと!」といって聞いてくれない。
そもそも、本来であれば……今日の買い出し当番はちゃんと他にいて、わたしではなくティズと数人のはずだった。
しかし、ティズはなにを思ったのか急に当日になってから当番を変わってあげると言いだし、わたしに押し付けてきたのだ。意味が分からない。
……思えば、ティズがこんな感じでレイとわたしを一緒にしようとしだしたのも、あの"変な風邪"について相談してからだろうか。
最初にこの症状が出た日からこの変な風邪は長引いていて、治ったと思ったら頻繁に再発し、身体が熱くなって顔が赤くなる。本当に良く分からない風邪だった。
レイと一緒にいると風邪の症状が出ることが多かったので、まさかレイが風邪の病原菌を持っているんじゃないかと疑ったりもした。……でも、それなら他の子も同じ症状が出ていないとおかしいのでその疑いはすぐに晴れた。レイは疑いの目で見るわたしに困惑していて申し訳なくなった。
その後、じゃあどうしてだろうと色々と調べてみても解決策が見つからず、おまけに熱を測ってみてもまったく無い様子だったので流石に心配になり、ティズに相談したのだ。
すると、楽しそうな顔で「風邪でも病気でも無いから大丈夫だよ。でもそっかぁ……頑張ろうね!」と何故か喜ばれた。
それから事あるごとにレイとわたしが一緒になるように画策され、今現在に至る、ということである。よく分からない。
この風邪の原因を知っているようだったので聞いてみても教えてくれないし、日常生活には異常が無いので放置していたけど……やっぱり、これは風邪なのかもしれない。だって、それ以外でこんな症状が出る事なんて無いと思う。ティズの診断が間違っていたに違いない。
「――うん、いいね、いい感じだよ……! イヴっちかわいい!」
それから更に少しして。やっと納得がいったのかティズは満足したようにうんうんと頷き、「ほら、かわいいでしょ!」と手鏡をこちらに渡してきた。
わたしは「やっと終わった……」と若干の安堵感を感じながら手鏡を受け取り、自分の姿を見る。
「……分からない」
しかし、自分で見てみてもかわいいのかどうかわからず、そんな言葉をぼそりと呟く。
ティズはかわいいと言ってくれているけど……よく分からなかった。自分で自分の見た目を好きとは思っていないので、褒められてもあまりピンとこなかった。
でも……どうなのだろう。レイはわたしのこの姿を見てかわいいと思うのだろうか。……ちょっとだけ興味が湧いた。ほんとにちょっとだけ。
「――そろそろ終わったかぁ……? いくらなんでも遅すぎなんだが。もう三時間待たされてるんだが」
そんなことを考えていると、扉の向こうでずっと待っていたレイの死んだような声が聞こえた。気付けばそんなに時間が経っていたらしい、朝からやっていたので、もう昼時の時間帯になっていた。
「ほら見て先生! イヴっちかわいいでしょ! かわいすぎて好きになっちゃうんじゃない!?」
「んぁ? んー……」
押し出されるようにして目の前にやってきた私をみて、レイは思案するようにフルフェイスヘルムの顎部分に手を当てる。
わたしはそんなレイを見て心臓がドキドキとうるさくなり、これから言われる言葉をしっかりと聞きとれるように耳を澄ませた。しかし――
「――"馬子にも衣裳"、だな」
よく分からない返答が帰ってきた。
「……? 先生、それってどういう意味?」
「"どんな人間でも身なりを整えれば立派に見える"って意味だ。どっかの国で使われてる言葉らしいが……どこの国かは分からん。前に実家の蔵にあった本に書いてあったから言ってみた、まさにこの状況のことだと思ってな」
レイの失礼極まりない返答を聞いて、顔を引くつかせるティズ。レイは上手いこと言えて満足したような様子。
「……脱ぐ」
着ている服に手をかけ、脱ぎ捨てようとするが「わー! わー!」と騒ぐティズに止められる。
「先生! そこは冗談でもかわいいっていう所でしょー!? ほら見てイヴっちのこの顔! かつて無いくらい顔にしわ寄せてるじゃん! 怒ってるじゃん!」
「……別に怒ってない」
ティズは何を言っているというのか。別に、レイに褒められなかったからと言ってわたしが怒る道理はない。だから別に怒っていないし拗ねてもいない。ただ、いま着てるこの服を衝動的に脱ぎ捨てたくなっただけである。
「よく分からんが……用意終わったなら早く行くぞ。先に外で待っとくから早くしてな」
レイはまったく興味が無い様子でそれだけ言い残し、部屋を出て行く。わたしの服の事なんて眼中にも無いと言わんばかりの態度だ。
「あちゃー……ごめんねイヴっち。まさか先生がこんなに分かってないとは思わなくて……だからそんなに怒んないでよぉ」
「怒ってない」
「どう見ても怒ってるよ! めっちゃ不機嫌そうな顔してるよ!」
怒ってないと言っているにも関わらず、怒ってると言ってくるティズ。不機嫌そうな顔なんてしてないし、してるとしたらそれはわたしのデフォルトである。だから欠片も、レイに興味を持たれなかったことを気にしてなどいない。かわいいと言われたかったなんて思ってすらいないのだ。
……でも。
「――ティズ、それ貸してほしい」
わたしはティズの持っている、女性のファッションについて書かれた雑誌を指さしてそんなことを呟く。ティズは「え? これ?」と目を丸くして驚いた表情になる。
「それ見て、研究する」
……別に、レイにどう思われようと気にしてない。
でもなんとなく、あの失礼極まりない男にわたしのことをかわいいと言わせたいと強く感じたのだ。何故かはわからないが。
ティズはそれを聞いて顔を楽しそうに耀かせ、「じゃあこれとこれも~」「頑張ろうね!」と両手でガッツポーズをする。
わたしはコクリと力強く頷き……この瞬間から、ファッションを研究してかわいくなると固く決意した。
おそらく、これは対抗意識なのだろう。レイが素直にかわいいと言ってくれなかったからかわいいと言わせてみたいと思った。ただそれだけなのだ。別にわたし個人が腹が立ったからそう思ったわけではないのだ。
「……」
さっそく、渡された大量のファッション雑誌をティズと一緒に読みながら、どうすればかわいく魅力的に見えるのかを考える。いつか――あの失礼な男に、かわいいと言わせてみせる、そんな意気込みを心に抱いて。
――数時間後。
待ちくたびれたレイが庭で爆睡していたのに気付いたのは、すっかり日が落ちた頃だった。
当然、行けなかった買い出しは翌日に持ち越されることになり……わたしはすごく、申し訳ない気持ちになった。