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5話 依頼主

 ――その声には、魔力が宿っていた。


『口を塞ぎ、剣を下ろしなさい』


 少女はカインにそう"命令"した。


 カインはチャックを閉めたかのように真一文字に口を結び、振り上げていた剣を下ろす。


《言霊魔法》


 それは言葉に魔力を乗せ、対象を強制的に操作する魔法。魔力があれば行使することはできる《五大元素系魔法》と違い、《言霊魔法》は才能が無いと習得できない《特殊魔法》に分類される。


 《言霊魔法》を使える術者は数少ない。カインも自分が何をされたのか分かっていないようで、意に反して動く体に混乱していた。


 俺の体は拘束されていなかったので、少女の姿を改めて見る。


 よく手入れされ、腰まで伸ばされた艶やかな黒髪。 着ている服装からは高級な生地を使っていると一目でわかる。


 俺と同じ黒髪、だがその姿形は――幻。


「《変幻の指輪》、か」


 聞こえないようにぼそりと呟く。

 

 少女が左手の人差し指に付けている指輪――《変幻の指輪》は装着者の姿形を変えられる魔道具だ。


 とても貴重で珍しい魔道具で、所有者は数えるほどだろう。マーケットに出したら億は軽く超える。

 一見、普通のシンプルな指輪なので貴重なものだと分からないが、いままで魔道具を数多く見てきた俺ならわかる。


 ……実は、俺も前に持っていた。のだが、誰かにあげてしまったのだ。そんな貴重な指輪をなぜ手放したのかというと、物の価値が分からなかったからである。

 ……ほんと、なんであげちゃったんだろ。誰にあげたか覚えてないし、カッコつけのためにあげるんじゃなかったわマジで。


「弁明の機会を与えましょう。《口を開くことを許可します》』」


 黒髪少女はカインに喋ることを許可する。


「は、早くこの拘束を解け! 僕が誰だか分かっているのか!? 僕はあのシュトルツ家の三男で――」


 カインはやっと開いた口で、自分の家がいかに偉いかをまくし立てようとした。


「私はエタールまでの護衛依頼をお願いした依頼主です。……シュトルツ家から一人、腕利きの冒険者を送ると言われていたのですが……聞き間違いだったみたいですね」


「なッ……」


 しかし、黒髪の少女はカインの言葉を遮り、そういった。


 カインは顔面蒼白になり、口をわなわなとさせて言葉もでなくなった様子だ。


「本当であれば依頼契約を解除したいです。しかし一応、シュトルツ家の面目を考えて同行を許します。ですが、次に同じ事をしたときはしかるべきところに"報告"させてもらいます」


 黒髪少女は言外に、「次やったら許さねえぞ」と告げる。カインは顔面蒼白のまま、コクコクとうなずいた。


「あなたはこれくらいで……次は――あなた」


「え、俺? 俺も?」


 一件落着だなと思っていると、矛先がこっちに来た。え、俺も怒られるの?


「当たり前です。むこうが悪いとはいえ、煽るようなことを言って無駄に怒らせたでしょう? なんで自分は言われないと思ったのですか?」


「すいませんでした……」


 黒髪少女は、腕を組んで俺に説教する。なんとなく母親に叱られているような気分になった。ママァ……


「……ということで、あなたには言いたいことがまだ山ほどあります。なので――私の乗る馬車に同乗して頂きます」


 数十分ほど叱られ、菩薩の境地に達しかけていると、黒髪少女がそう言った。


「……マジですか」


 美少女からのお説教タイム延長入りまーす! ……俺にそういう趣味はないんだけど、免除にして貰えません?


 しかし交渉むなしく、他の冒険者たちの憐れむような視線を感じながら、少女の馬車に連行されていくのだった……





「事情があって真名は明かせないんですが……それだと不便ですので、"フィナ"と呼んでください」


「……これはこれはご丁寧に、ジレイ・ラーロです」


 黒髪少女――フィナに連行された後、華美な馬車に乗り込み、なぜか俺たちは対面に座って自己紹介をしていた。なにこれ。


「まずは謝罪を。強引に連れてきてしまってごめんなさい。……本当はあなたに聞きたいことがあったんです」


 お説教タイム延長だと思っていたが、そうではないらしい。やったぜ。


「俺に聞きたいこと、ですか」


「ふふ、畏まらなくて大丈夫ですよ。お願いしているのは私ですから」


 慣れない敬語で喋ると、フィナは慈しむようにやさしく微笑んだ。敬語苦手だから正直助かった。


「……じゃあそうさせて貰う。それで、俺に聞きたいことって何なんだ?」


「あなたの……出身を教えてもらえませんか?」


「出身? アロー村だけど」


 俺の出身なんて聞いてどうするんだろう。ただの田舎村なんだが。


「……その村には、ほかに黒髪で、仮面をつけた方がいませんでしたか?」


 フィナは真剣な顔でそう聞いてきた。黒髪で仮面をつけたやつ? そんな変な奴がいたらすぐ分かるだろう。まったく覚えにない。


「いや……村に黒髪は俺だけだし、仮面をつけた奇特なやつもいなかったな」


 そういうと、フィナは「そうですか……」と少しだけ気を落とした。


 実際、黒髪はほとんどいない。さらに俺は黒髪黒目なので、かなり珍しかったりする。なんでも、先祖が黒髪黒目だったとかなんとか。先祖返りってやつだろう。


「……そういえばこの前、エタールで聖印が現れて勇者になった奴がいるって聞いたな。黒髪の勇者が現れた! って騒いでたわ」


 その"黒髪勇者"のせいで、街を歩いてたら勘違いされて話しかけられ、違うと言ったら勝手に失望される毎日。あまりにも理不尽すぎる。一回会ったら文句の一つでも言わないと気が済まない。


「そう! そうなんです! やっと……やっと現れたんです!」


 俺が"黒髪勇者"に怒りを募らせていると、フィナが興奮した様子で立ち上がり、言った。


「今度こそ……今度こそあの人のはず! やっと会える……! 私の――"運命の人"に!」


 





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