37話 お願い
その日の夜。奴隷たちが寝静まった時間帯。
少女は、2階にある鎧男の部屋へ足を運んでいた。今からする"お願い"を聞いてもらうために、事前に準備を行った姿で。
「――ククク……フフフフ……」
階段を上がり、鎧男の部屋へ近づくと――何やら、奇怪な笑い声が耳に入ってきた。
少女は耳を澄ませ、その不気味な笑い声がどこから聞こえてくるのかを確認する。――聞こえてくるのは、鎧男の部屋。
ノックしようと思っていた少女だったが、少しだけ興味が湧き……部屋の前にたち、そおっと慎重にドアを開ける。すると――
「クックック……いいぞ……いい感じだ……!」
少女の目に映ったのは、椅子に座ってこちらに背を向け、机の上に置いた何かを一心不乱に弄っている"赤髪"の男の姿。
(……?)
少女は一瞬誰かと思ったが……近くに、置いてあったゴテゴテのフルフェイスヘルムを見て、この男があの鎧男だと確信した。
「……」
そーっと足音を殺して静かに、鎧男が集中している何かを見ようと近づいていく。そして、あと少しで見えるという所まで近づいた時ーー
「――うおおッ! なんだなんだ!?」
地面に置いてあったものを踏んでしまい、気づかれてしまった。
鎧男は一瞬でフルフェイスヘルムを被り、驚いたように少女に振り向く。
「……なんだお前か。めっちゃびっくりした……あのクソ猫かと思った……」
そして、胸に手を当てて心底安心したように軽く息を吐いた。
「――で、なんの用だ? いま忙しいから後にして貰いたいんだけど。そもそも深夜だし、こんな時間に来るなよ。子供は寝る時間だぞ」
しっしと手を振り、少女を追い出そうとする鎧男。
「あなたに――お願いがあって、来た。……じゃない、来ました」
「お願いぃ? やだよめんどくさい。何で俺がお前のお願いを聞かなくちゃいけないんだ。帰れ帰れ」
少女が慣れない敬語でお願いするも、取り付く島もなく鎧男は断る。小馬鹿にしたような声色と苛立つ動き付きで。
「……お願い、します」
諦めること無く頭を下げるが、「いや、でも今日は~」と渋る鎧男。……だが、少女が頑なに動かないのを見て「……じゃあこれ終わったらな」とため息を吐いて了承した。少女はその言葉に、僅かに相好を綻ばせる。
「てか……何だその恰好。外套? お前その外套着ていつも寝てんの? そんな丈が長いの羽織っててよく邪魔にならないな……」
鎧男は少女を頭からつま先までじろりと見て、そんなことを呟いた。少女の恰好――地面に付くほど長い、身体全体を覆い隠した灰色の外套に、少し疑問を抱いたからだ。
「寝巻……じゃない、です」とたどたどしく答えると鎧男は「ふーん」とだけ言い、先ほどまで一心不乱に弄っていた何かの作業に戻る。
「それ……なん、ですか?」
少女は鎧男が楽しそうに弄っている物に少しだけ興味を持ち、そう問いかける。
「お、興味あるか? これはだな……魔道具の《天翔靴》だ。かっこいいだろ?」
そう言って手に取り、見せてくれたのは――金属状の、羽根の装飾が為された靴。
「魔道具、ですか?」
「あぁ。これは見て分かる通り、足に装着する魔道具でな。装備するとなんと……空を飛ぶことが出来るんだ! メンテナンスが大変だからそう何回も使えるものじゃないんだけど、めちゃくちゃかっこいいと思わないか? ほら見ろこの流れるようなフォルム! かっこよすぎるだろ……!」
鎧男は興奮したように声を荒げ、少女の方に身を乗り出して説明する。その声色はとても楽しそうで……普段の冷たい印象の鎧男とは違って、まるで少年の様だった。
少女はそんな鎧男に少し面喰らいながら、「……分からない、です」と答える。すると鎧男は「……そうか」としゅんとしたように落ち込んだ。少女はその姿を見て、子供っぽい所もある人なのかなと思った。
数分後。
「――――ふぅ。それで、お願いしたいことって何だ? しょうもないことだったら怒るぞ」
用事を終えた鎧男は少女の方に振り向き、軽い調子で呟く。
少女は自分を落ち着かせるように軽く深呼吸し――――濁った瞳の中に希望が灯った瞳で、こう言った。
「わたしを……殺して、ください」
¶
「…………は?」
少女から吐き出された言葉に、鎧男は唖然とした声を漏らした。意味が分からない、とでも言いたげに。
「あなたなら……わたしの加護が効かないみたい、ですから……わたしを、殺せます。だから――」
「ちょ、ちょっと待て……何で俺がお前を殺さなくちゃいけないんだ。それに……加護? 意味が分からないんだが」
鎧男は「???」と頭に疑問符を浮かべる。少女はその疑問に答えるように、自身の加護についての説明を淡々と行った。
そして数分後。少女の説明で理解した鎧男は、あまり興味がなさそうな、つまらなそうな声色で。
「――なるほどな。それはそれは……大層な加護を持ってるもんで。……それで、なぜか加護が効かなかった俺に殺して貰おうってことか」
「そう、です。だからわたしを――」
「断る」
言いかける少女を遮り、即答する鎧男。
「そもそも……俺にメリットが無いし、そんなことするつもりもない。……話はそれだけか? じゃあ早く自分の部屋に戻って寝ろ。俺ももう寝る」
鎧男はしっしと手を振り、少女を問答無用で追い出そうとする。だが、少女は部屋を出ていくこと無く。
「――メリットなら、あります」
ぼそりと呟き、身体に纏っていた外套の留め具に手をかけて――
「――――この身体を……好きにしていい、です」
外套を脱ぎ……生まれたままの一糸纏わぬ姿になって、そう言った。