34話 鎧男
「え……ここ、に?」
そんな少女に変化が訪れたのは、ある日のことだった。
「そうだ"15番"。今日からはコイツが、お前と同じ牢に入ることになる。クソ加護には呪い持ちの同居人がお似合いだろう?」
奴隷たちを管理している男が、一人の人間を連れてきて言った。
(なんで、鎧……?)
少女はまず、そう疑問を抱いた。その人間はなぜか、鎧を装備していたから。
ゴテゴテで動きづらそうな、大きな全身鎧。
顔を覆い隠すような、フルフェイスヘルム。
普通なら……反抗されないように、装備は取り上げられるはずだ。
それなのにこの人間はなぜか、奴隷の印である首輪も付けられていなかった。
あまりにも――場違いな恰好。
だが、鎧人間を連れてきた男は何等疑問に思っていないようで……牢屋に押し込むなり、さっさと去って行ってしまった。
「……?」
その不自然な行動に、少女は少しだけ疑問を抱く。どこか……目の焦点が合っていないようにも見えた。
少しだけ考える。
「……」
……が、すぐにどうでもよくなって、膝を抱えてふさぎ込んだ。考えても何の意味もない、どうでもいいことだと感じて。
「――なあ、ここって毛布とか布団ないのか? 寝るにしても床は汚いし固いし……まあ別に全然寝れるんだけど」
関わって欲しくないのに、その鎧人間――声色は若そうな男性は、少女に平然と軽い口調で話しかけてきた。
「……」
少女は何も言わず、無言で返す。
「……まあ、別にずっと居るわけじゃないしいいか。すぐに出てくし」
その男――鎧男は良く分からない事を呟いて、ごろんと床に寝そべった。
そしてすぐに、寝息が聞こえてきた。数秒しかたっていないのに関わらず。
「……なに、このひと」
うずくまっていた顔を上げ、鎧男を見る。
――変な人。
少女はそう思った。とにかく、変な人間だった。
数時間後。
鎧男は起床し、「う~ん、よく寝たなぁ」と気持ちよさそうに伸びをして。
「それにしても、本当にここ汚いな……ちゃんと掃除とかしてんのか? ……まあ、俺が言えたことじゃないけど。お前もこんなとこいてつまらなくね?」
なぜかまた、少女に話しかけてきた。
「……」
少女はただ、無言で返す。
「俺だったら絶対嫌だな……なんもやる事なさそうでつまらなそうだし、魔道具も買いに行けないし……ん? いやでも、何もしなくても勝手に飯が出てくるのはいいかも……考えようによっては一生ぐうたらできるよな……? おいお前、ここの飯ってどんな感じなんだ? それによっては一考の価値があるかもしれん」
しかし鎧男は構わず、少女に話しかけて来る。
「……はなしかけないで」
少女はうずくまっていた顔を少しだけ上げ、ぼそっと拒絶の言葉を吐き出した。
これでもう、話しかけられることはない。そう思ったが――
「…………駄目か。……分かった、もう話しかけない。その代わり――ひとつだけ、答えて欲しい」
ため息を吐いた後……急に真剣な声色になって、そんなことを言ってきた。少女はそれで話しかけて来なくなるならと思い、コクリと頷く。
「お前――――やりたいことはあるか?」
聞いてきたのは、訳の分からない意味不明な質問。
「無いなら興味があることでも、好きなことでも、将来の夢でも……何でもいい。……ちなみに、俺の夢は魔王を倒して王様になることだ。でかい夢だろ?」
それは少女にとって予想外の質問だった。だが、そんなもの――
「…………あるわけ、ない」
それだけ言って、拒絶するように膝に顔を埋める。
「……そうか」
鎧男は少女の返答を聞き、何かを考え込むように黙り込む。
そして――少し経った後に、急に立ち上がって。
「――――決めた。やっぱり奴隷は、気に喰わない」
と、決心するようにハッキリと呟いた。
鎧男は「行くぞ」と少女に言い……何もない空間から大振りの剣を取り出し、鉄格子にスタスタと近づいていく。
「……? 行くって……?」
意味が分からず混乱する少女をしり目に、鎧男はそのまま鉄格子に向かって勢いよく剣を振り――
「決まってるだろ? この闘技場を、ぶっ壊しに行くんだよ」
――綺麗に切断され、カラカラと地面に落ちる鉄格子を見ながら、そう言った。
¶
例えるならそれは、暴風のようだった。
鎧男が大振りの大剣を一振りするだけで、混乱して逃げまどう貴族たちは、モノ言わぬ骸へと変わった。
鎧男の通った道は、まるで大型の魔獣が大暴れしたかのように、死肉と死臭で満ちていく。
ゴテゴテとした武骨な鎧は、返り血で真っ赤に染まっており……悪魔と言われても、誰一人疑わないだろう風貌になっていた。
――あれから。
闘技場をぶっ壊すと宣言した鎧男は、宣言通り、完膚なきまでに破壊の限りを尽くしていた。
最初は、突然現れた侵入者に対して、貴族たちは嘲笑し、余裕の態度を取っていた。
だが……護衛として雇っていた屈強な戦士や魔法使いが一振りで命を失ってからは混乱し、逃げまどうようになった。
中には自分の剣闘奴隷に、犠牲になって逃げる時間を作れと命令する者もいたが……目にもとまらぬ速度で命令主である主人を先に殺し、無力化させていた。
鎧男は無言でただ剣を振り続け、肉塊を積み上げる。
「な……何なのだ貴様! ここは、選ばれたモノしか入れないはずで……それなのになぜ……!」
そして気づけば、逃げまどう貴族たちは居なくなり、あと一人――豪華な装飾や指輪で自らを飾り立てている、ぶくぶくと太った男だけになっていた。
「ぁ……」
少女はその太った男の姿を見て、小さく息を零す。その姿に……見覚えがあったから。
奴隷同士の殺し合いを、見晴らしのいい特等席で視聴して、歪んだ笑顔を浮かべていた男。支配人と呼ばれ、奴隷商たちがペコペコと頭を下げていた男。
「ああ、それなら――何の問題も無く、入れてくれたぞ。……ちょっとだけ魔法で弄ったけど。……まあそんなこともう、どうでもいいだろ?」
鎧男は腰が抜けて地面に倒れた男を見下ろして、大剣を振り下ろそうと、高く掲げる。
「ひっ……わ、私はこの国の宰相の息子であるぞ! 私を殺したら貴様は――」
太った男は自身の地位の高さを、唾を吐き出しながら叫ぶ。しかし――
「……それで? 別にお前が偉いとかそんなの、心底どうでもいいんだが」
鎧男は意にも介さない態度で、言った。
「なッ……! そ、それなら欲しいものを言うがよい! 金か? 女か? それとも地位か? 何でも好きなものをくれてやる! だから――」
「魅力的な提案だが……何かが欲しくてやったわけじゃないし、遠慮しておく」
「じゃ……じゃあ何が目的なのだ! 何のためにこんなことをした!」
「いや、何のためにって言われても――」
鎧男は大剣を下ろし、少しだけ思案するように考え込んで、
「――ただ、奴隷ってやつが気に入らなかった。それだけだ」
と言った。わがままな子供のように。
「そ、そんな自分勝手な理由で……?」
「……はぁ? お前たちだってこうして、好き勝手やってただろ。それに、そもそも奴隷は犯罪のはずだ。何で犯罪者であるお前らにそんなこと言われなきゃいけない?」
「た、確かに奴隷は犯罪だが……我々は、何も悪い事なんてしていない! 価値の無い平民ごときを有効活用してやってるのだから、むしろ感謝されるべきだろう!」
太った男はそう醜く吐き捨てて、弁明する。
「それに私をここで殺しても、奴隷は無くならん! ……そうだ! なら私も奴隷を無くせるように協力しよう! この国だけでも他に奴隷商はたくさんいる! 私がいれば――」
「いや、別に――」
ヒュンッ、と何か大きな物体が風を切るような音が聞こえて。
「――俺一人で全部潰すから、お前はいらん」
次に少女の視界に映ったのは、ボールのような丸い物体――男の首が宙高く飛ぶ、そんな光景だった。