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33話 灰色の少女

 ――夢を、見ていた。


『ふふ……これで■●●も、お姉ちゃんね』


『感慨深いなぁ……きっと、この子も■●●みたいに美人さんになるに違いない! ■●●がこんなに可愛いんだからね!』


 顔がぼやけて認識できない金色の髪の夫婦と、楽し気にはしゃいでいる"灰色の髪"を持った女の子の夢。


 誰なのかは分からない。


 ただ、その少女はとても幸せそうで……楽し気な様子を見ていたら、何故か不思議と心が暖かくなった。


『おかあさん! わたしも▲▲■だっこしたい!』


 少女は生まれたばかりの金色の髪をした赤子を胸に抱く女性に、「抱っこさせて!」と元気よくせがむ。


 夫婦も、そんな無邪気な少女を愛おしそうに見つめ……赤子を優しく慎重に、少女の小さい腕に抱かせた。


 少女はその小さな命を真剣そうな顔で、まるで危険物でも扱うかのようにそおっと抱く。夫婦はそんな少女を、柔らかい目で見守っていた。


 とても暖かい、仲がいい親子の光景。


 きっとこの親子は、これからも幸せに暮らすのだろう。そう思えるほど、その光景は暖かいものだった。


 本当に、幸せそう――







 ――ノイズが走る。







『なんだ、これ。……■●●、その禍々しい魔力は何だ、何をした。どうして▲▲■が――死んで、いるんだ』


『ち、ちがう……わたしはなにも――』


 一転して視界に映ったのは、ピクリとも動かない"赤子によく似た肉の塊"と、怯えた目を少女に向ける、夫婦の姿。


 そこに先ほどまでの幸せな光景は無かった。わけが分からず混乱する少女と、少女を化け物でも見るような目で睨む、夫婦がいるだけだった。


(やめて……! もう見たくない……見たくない!)


 何故か、これ以上先は見たくないと強く感じた。これはただの夢のはずなのに。関係ないはずなのに。


 しかし、わたしの意思とは無関係に夢は流れていく。


『お、おとうさん、おかあさん……こわい、こわいよ……たすけて…………!』


 少女は自身を囲むように覆う"黒い禍々しい魔力"に怯え、夫婦に手を伸ばして助けを求めた。


 きっと、ただ安心させて欲しかっただけなのだろう。両親ならなんとかしてくれると思って、手を伸ばしたのだろう。でも――


『ひっ……! ば、化け物!』


 夫婦は少女を"化け物"と呼び、少女が伸ばした手を叩いて、拒絶した。


 恐れている目だった。


 我が子を見る目ではなかった。


 夫婦が少女を見る瞳の中にはもう――可愛がっていた、娘だった少女は映っていなかった。
















「――寝てんじゃねえ"15番"! ……ったく、また生き残りやがって……この"悪魔"が。早く死んじまえってんだ」


 ガンッと金属が響く音と、怒号で目が覚めた。


「……」


 重い身体を起こし、周りを見渡す。


 囲むように張られた鉄格子。


 ろくに手入れもされていない、灰が被った空間。


 「あーあ、もったいねえなぁ……ツラは良いんだから変態に高く売り飛ばせるのに、クソ加護のせいでそれもできねえ。……お前なんかを管理しなきゃいけない俺の身にもなってほしいもんだ。……本当、早く死んでくれよ」


 鉄格子越しに対面する男。


 その男は苦々しく顔を歪めながらそう言って、唾を吐いて去っていく。


 殴られたりはしない。


 いつものように意味もなく叩き起こされ、罵倒されるだけ。


「……」


 顔を下げ、自分の姿を見る。


 ボロ布のような薄汚れた服。


 不健康すぎるほどに白く、痩せ細った身体。


 そして――首に装着された、首輪のような物体。


 ボロ布の服は大量の汗を吸ったからか濡れていて、額からは玉のような汗が出ていた。


「また……あの、夢」


 何度見たかも分からない、悪夢。


 二度と思い出したくない、昔の自分の夢。幸せな日々が壊れ始めた瞬間の夢。


 夢の中のわたしは、少女とは無関係な傍観者なのに……目が覚めたら、全てを思い出す。思い出してしまう。あの少女が――自分だという事を。


「……」


 体育座りになり、自分を守るように膝をぎゅっと抱える。


 この悪夢で起きたときは毎回こうして膝を抱えて、忘れるまでうずくまる。



 ――わたしは何のために生きているんだろう。



 家畜のように扱われる日々。ただ命を繋がせるためだけに与えられた、僅かばかりの食事。


 友人も家族も居ない、趣味も夢も目標も希望もない、空っぽの人生。


 いつ死んでもよかった。


 もう死んで楽になりたかった。


 早く誰かに殺して貰いたかった。


 でも……それすら、許されなかった。



 ――剣で首を跳ね飛ばされても。


 ――魔法でぐちゃりと圧し潰されても。


 ――轟々と燃える炎で全身を焼かれ続けても……。


 死ぬことは、決してなかった。


 この身体に刻まれた"加護"と名のついた"呪い"が、死なせてすらくれなかった。


 いくら剣で斬り刻まれようと、発生した黒い魔力が数秒後には跡形もなく完治し。


 魔法で肉塊になるまで圧し潰されても、少し経てば元の身体に修復される。


 首を跳ね飛ばされ、意識を失っても……起きたときには跳ね飛ばされたはずの首が綺麗に生えていて、身体にはキズ一つ無い。


 傷つけられたときに発生するその黒い魔力は、わたしの意思とは無関係に、わたしを生かし続けた。


 そして――わたしを害した人間に、死の厄災を与えるのだ。


 みんな、化け物でも見るような目で睨みながら死んでいった。怨みがましい表情で、絶望に染まった顔で。


「……」


 娯楽も無く、鉄格子の中に繋がれた生活。


 違法闘技場で他の奴隷と闘わされ、仮面で顔を隠した貴族たちに面白可笑しく見世物にされる日々。


 救いを求める気持ちなんて、とうの昔に消えた。


 両親に化け物と拒絶されて捨てられて。


 甘い言葉を掛けてきた男に奴隷として捕まって。


 何度も、期待しては裏切られて……そのうち、誰かを信じることは無くなった。誰も信じられなくなった。


「……」


 顔を膝に埋め、ぎゅっと脚を抱く。すると――頭の中に勝手に、ひとつの御伽噺が思い浮かんでくる。


 それは、もう名前も覚えていない母親だった人に寝る前の子守歌として読んでもらった、勇者が魔王を倒して、神様に一つだけ願いを叶えて貰うという、シンプルな英雄譚。


 物語の中で勇者が何を願ったのかは、もう覚えていない。でも、もし――勇者ではなく、私が一つだけ願いを叶えられるとするならば――



 ――助けなんて求めない。意味が無いから。



 ――過去に戻ってやり直すこともしない。もうどうでもいいことだから。



 何もいらない。何も欲しくない。ただ一つ、私が願うことは――――



「……終わらせて、ほしい」



 ――この生に、終わりが来ることだ。

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