31話 怠惰
「はぁ……?」
エンリの呟いた言葉の意味が理解できず、疑問の声を出す。急に何言ってんだ。
「ふふ……大丈夫。もう分かったから大丈夫だよロレイ。……いや、《怠惰》って呼んだ方がいいかな? 反応が無かったのもおそらくまだ、未覚醒だったからだろうね。ボクたちもまさか人間に"魔印"が出るなんて思いもしなかったし……ほんと、今代はイレギュラーが多いなぁ……」
赤子をあやすかの如く優し気な声色で、呟くエンリ。
というかこいつ……人のこと怠惰怠惰って失礼すぎやしないだろうか。
俺は自分のことを怠惰で自分の事しか考えないどうしようもないクズ人間だと自覚しているが、人から言われたらそれはそれで癪に障る。放っておいて欲しい。
エンリは「《怠惰》ならここまでの異常性にも説明がつくよ」とうんうん頭を頷かせ、納得している様子。……いや、これ全部死にそうになりながらも魔物討伐とか筋トレとかしまくった結果なんだが。怠惰とは真逆の事したからなんですけど。
「《怠惰》、いまならさっき攻撃してきたことは水に流すよ。だからボク――《暴食》の仲間になるんだ。まだ《権能》を使いこなせてないみたいだし、ボクが色々と教えてあげる」
「何で上から目線なんだお前。お前の方が負けてるんだけど?」
握手するかのように片手を差し出し、何故かドヤ顔で命令してくるエンリに、そう指摘する。
「さては……負けそうになったから、仲間になれとかなんとかいって有耶無耶にしようとしてるだろ。違うか?」
言うと、「うぐっ」と図星を突かれたかのような表情になるエンリ。分かりやすい。
「じゃ、じゃあ……《怠惰》が欲しいものを何でも、好きなだけあげるよ。それなら――」
「いらん」
きっぱりと、断言する。
「そ……それなら! ボクの仲間になれば一生、何もしないで怠惰にすごしててもいい! おまけに、欲しいものを言ってくれれば何でも用意するよ。地位でも金でも女でも……《怠惰》の君には、魅力的な提案でしょ?」
「ほう……」
必死な様子で、仲間になるメリットを提案するエンリ。どこまでが本当なのかは分からないが……本当であるなら、エンリに付いていけばとても素晴らしい生活を送ることができるだろう。
「……それは確かに、魅力的な提案だな」
「だよね! ならボクの仲間に――」
「でも――」
顔を明るくさせるエンリの言葉を遮って。
「――お前の下はつまらなそうだから、止めておく」
一足でエンリの近くに移動し、絶対に再生できないように、粉々に消滅させた。
¶
「やったか……?」
粉々になり、跡形もなく消え去ったのを確認した後、ぽつりとつぶやく。
エンリを消滅させた瞬間から俺の体内魔力と外界魔力が徐々に戻ってきたので……おそらく、消滅したはずだ。
念のため、戻ってきた魔力を使って《魔力探知》で反応が無いか確認する。……が、完全に無反応。どうやら、終わったようである。
「……よし、あとはあいつらに《蘇生》をかけて、"アレ"を解除してから腕を治せば……一件落着だな」
剣を鞘に収めて身体を振り向かせ、離れた位置にいるイヴと生徒たち、護衛の姿をちらりと見る。
イヴは俺の言ったことを守ってくれているのか、生徒たちと護衛に向けて声を掛け続けてくれているし、流れ弾で怪我をした様子もなさそうだ。……途中で体内魔力が奪われたと気付いた時は、どうしたものかと思ったが……何事も無くて安心だ。
「あー……めっちゃだるい……ズキズキして痛いし……ちゃっちゃと後始末して早く帰って寝よ……」
もうさすがに疲れた。この剣使ったからいつもより身体が重くてだるいし、左腕が吹き飛ばされたせいでめちゃくちゃ痛い。ずっと我慢してたけどもう無理。きつい。死んじゃう。
早く《回復魔法》を使って治したいが、アレの"解除"には少なくとも1時間は掛かるし……その前に、生徒たちを蘇生させた方がいいだろう。
……あ。解除するってことは――また、数日中アレをやらなきゃいけないのか。めっちゃめんどくさすぎる……でもやらなきゃなぁ……うへえ……。
重たい身体を動かし、イヴと生徒たちの元へ向かう……が。
「――!?」
背後から高速で迫りくる何かの気配を肌で感じ、何も無い宙に剣を振る。すると――
ボトリ、と地面に何かが落ちた。
落ちたソレは、すぐに可視化され……禍々しい、歯や牙を持った黒い口のような物体――《捕食》になった。どういうことだ。エンリは完全に消滅させたはず。なのになぜ――
「くっ……!」
更に、俺めがけて飛んでくる透明の何か――《捕食》。俺はすぐに剣を振り、切り捨てる……が。
「――!? まさか――!」
切り捨てたにも関わらず、俺の遥か"後方"で《捕食》の気配を感じた。
「くそがッ……!」
すぐさま足に魔力を込めて、走り出す。
……だが、まだ《体内魔力》と《外界魔力》が戻り切っていないのか、使える魔力を全力で足に込めても、僅かに《捕食》の方が早い。《空間転移》を使うにも、囚われた《異界》の空間では使うことができない。このままだと――
「とど……けッッ!」
間に合わないと判断し、手に持っていた長剣を《捕食》の気配がする場所へ思いきり投げつける。《高速思考》と《並列処理》を使い、俺の投げる速度と《捕食》の速度を一瞬で計算して、確実に当たるように。
数瞬あと、投げつけた長剣がガキンッと壁にぶつかる音が響いて。
――可視化された《捕食》が、見事に剣に突き刺しになって、壁に縫い付けられているのが視認できた。
「危ねえ……。よか――」
安心した瞬間。
「がっ――――」
拳大ほどの物で背中を殴られたような、強い衝撃。
すぐに何事かと、自分の姿を見ようとする。だが――
「か、はッ……」
それより早く、俺の口から大量の血が吐き出された。なんだ、これ、どうなって――
「――――は?」
ソレを見て、愕然とした。胸の部分――本来なら心臓があるはずの部分に、ぽっかりと大きく穴が空いていたから。
ぐらっと支えを失ったかのように、俺の身体が前のめりに倒れ始める。
視界が徐々に暗くなり、消えゆく意識の中。
「――ッ! ――ッッ!!」
誰かが急いでこちらに駆け寄ってくるような――そんな音が聞こえた。