30話 黒剣
「…………へ?」
パラパラと地面に落ちる《捕食》を見て、間の抜けた声を出すエンリ。
「ちょ……ちょっと待って! なに、何それ? なんでボクの《捕食》が斬れるの!?」
「何でって……斬れたとしか」
驚いたように声を荒げるエンリに、そう返す。
「ボクの《捕食》に触れた瞬間、その剣は消滅するはずなんだ! それなのになんで……!」
「……結果的に斬れたんだから、そんなこと言われても困る。……というか、やっぱりこれ使うとだるいな」
握っている、剣身が真っ黒なのが特徴的な黒剣を見て、呟く。
この剣、2年前にある場所で拾ったものなんだが……なぜか、鞘から剣身を抜くとめちゃくちゃだるい気分になるのだ。
それはもう、今すぐにでも寝転がって何もしたくなくなるくらいのだるさ。マジでだるい。もう寝たい。
何かの魔剣なんじゃないかと思って調べたりもしたが、《帝位鑑定》でもなぜか分からなかった。
普通なら、ロングソードとかショートソードとか少しの情報は分かるはずなのだが、なぜかこの剣だけは分からない。
それが気持ち悪くて捨てたりもした。だが、捨てても捨ててもいつの間にか俺の元に戻ってくるのだ。
遥か遠くまで《空間転移》までして死にそうになりながらも捨てに行き、やっと手元に無いことに安心して寝て起きたら枕元に置いてあるし、知らない誰かに無理やり譲渡しても気付いたら腰に装着されている。
それなら壊そうと思い、地面に置いて使える攻撃魔法を全てぶっ放しても、地面にでかいクレーターが出来るだけでこの剣自体には一切、キズすらついていなかった。意味が分からない。
しかもこの剣、なぜか一定時間俺の身体に触れさせていないと猛烈に頭が痛くなるのだ。もはや呪いが掛かっているとしか思えない。
……だが調べてみても呪いじゃないっぽいし、なら使わずに収納しておこうと《異空間収納》にしまおうとしても何故か入らない。そのうちめんどくさくなって諦めた。
それから俺は、寝ているときも全裸でシャワーを浴びているときもご飯を食べているときも肌身離さず、傍に置いている。
そしたら次第に愛着がわいてきて……今では子供のように思えてきた。
――――ということは全くなく、寝ているときは寝返りをうつときにすこぶる邪魔だし、ご飯を食べているときはガチャガチャとクソ邪魔。もはやこの剣に殺意すら抱いている。壊せるものなら今すぐにでもぶち壊したい。ふざけんな。
時間を巻き戻せるのであれば、この剣を拾おうとした自分をぶん殴ってでも止めるだろう。そのぐらいこの剣はクソ。クソすぎる。
……が、まったく利点が無いわけでは無い。
この剣、何故か分からないがめちゃくちゃ耐久性が高いのだ。
"耐性"、"頑強"などの魔法が掛かっていないにも関わらず、俺の攻撃魔法を全て耐えるくらいには硬い。
しかも、普通の剣であればたまにメンテナンスが必要なのに対し、"自動修復"とかも掛かっていないのになぜか、どんなに汚れても一瞬でピカピカになる。めっちゃ便利。すごい。
この剣なら、エンリの《捕食》も斬れるだろうと思ったら案の定あっさり斬れたし、欠点に目を瞑れば最高の剣と言える。使ってるとめっちゃだるいけど。今すぐにでも全部放棄して寝たくなるけど。
「……意味が、分からない。なんでボクの《捕食》が……? いや、それでも《捕食》に少しでも触れさせれば何の問題もないか。それなら――」
エンリはブツブツと呟いたあと、パチンと指を鳴らす。すると、周囲に漂っていた《捕食》が混ざるように一か所に集まり――
「……でかいな」
目の前の、視界を埋め尽くすほど大きく膨張した禍々しい物体を見て、ぽつりとつぶやく。
「ふふ……これならもう、どうしようもないでしょ? そんなちっちゃな剣で、こんなに大きい《捕食》を斬ることなんてできないからね」
確かに……俺の持っているこの剣では、剣の長さが圧倒的に足りない。この大きさの物を斬るのは普通に考えて難しいだろう。……でもまあ、たぶん。
少し考えていると、エンリはそんな俺の様子を見て焦っていると思ったのか、顔に余裕の笑みを浮かべる。
「じゃあ――今度こそ、さよなら」
そして、俺に向けて《捕食》を撃ちだしながらそう言った。嘲笑とも取れるような表情でこちらを見ながら。
放たれた巨大な《捕食》が俺に触れる一瞬。
「――ふんッッ!」
剣を強く握り、左下から右上に流れるように、勢い良く振る。すると――
「――――――へぁ?」
巨大な《捕食》が、俺が振った剣筋をなぞる様に、すっぱりと真っ二つに斬れた。
「なッ……なあッ……」
エンリはそれを見て動揺しているのか、パクパクと口を動かし、言葉にならない様子。
これだけの大きさなので分断できるかどうかちょっとだけ不安だったが……問題なく斬れてよかった。たぶんいけると思ったんだよな。
「お……おかしいでしょ!? 明らかに、その剣の大きさじゃ斬れないはずだよ!?」
「いや、現に斬れただろ。それに、勢い良く振れば風圧で剣の長さ以上に斬れるし」
「た、確かにそうだけど、それでもできて剣の長さの5倍くらいのはず……! ボクの《捕食》は三十"メートル"くらいあったのに――」
「そんなこと言われてもな……」
やってみたら斬れたとしか言えない。
前にとんでもなくでかい魔物と戦ったときにも一振りで分断できたし、今回も出来るかなとやってみたらできた。それだけである。
「おかしい、絶対におかしいよ君……! 魔法もあり得ないくらいだったのに、剣技はそれ以上なんて……本当に、人間なの?」
顔を引きつらせ、化け物でも見るかのようにこちらを睨むエンリ。失礼な奴だ、どこからどう見てもイケメンの人間だろうに。
「そもそも、ボクの《捕食》は絶対に防げない筈で、それこそ防げるとしたら、現段階の"勇者"かあの《権能》くらいしか――――!」
エンリはブツブツと不気味に呟き……急に何かを思いついたかのように、バッと顔を上げる。
「あは……そう、そうだったんだ……そっか、君が――――あは、あはははははははははは」
そして、俺の顔をマジマジと見つめたあと、頭がおかしくなったのか突然、楽しそうに笑い出した。なにこいつ怖い。
「……どうりで、見つからないわけだよ。まさか魔族じゃなくて人間に出てるなんてね……そりゃ、ボクの《捕食》が斬れるわけだ。あの《権能》ならできて当然だよね。まだ使いこなせてる訳じゃ無さそうだけど……まあ、それはボクがゆっくりと教えればいいかな」
楽し気に、友人や仲間に話しかけているのかの如く、明朗な声色で話しかけてくるエンリ。急になんだコイツ。俺はお前の敵なんだが。
エンリはにっこりと親し気な表情を浮かべ、こちらに手を差し伸べて……こう、言った。
「君……ロレイが――――"《怠惰》"、だったんだね」