4話 B級冒険者
「それじゃあ、師匠にパーティーに入ってもらうかは多数決で決めよう!」
レティはそういった。師匠と呼ばれているのは何故か分からない。止めろと言っても聞かないから放置することにした。
「私は別に構わないわ……ちょっと気になることもあるし、ね」
リーナは同意し、獲物を狙う蛇のような眼をこちらに向ける。俺は気になることなんて無いんで構わないでください。
「……どっちでもいい」
最後の一人、イヴはぼーっとしながらそう言った。
「どっちでもいいってことはいいってことだな! じゃあ3対1で加入ってことで!」
「待て、勝手に決めるな。俺は多数決でいいなんて言ってないし、どっちでもいいってことは暗に入って欲しくないと言っているに決まってるだろ、ということで俺は入らない。閉廷!」
早口でまくし立て、3人の前から逃げようとするも、リーナに首根っこをつかまれて失敗。だれか助けて。
「むむ、イヴもほんとは入って欲しいに違いない! ほらこの顔を見ろ! 『入って欲しいな~』って顔してる!」
「無表情じゃねえか! めんどくさいどうでもいいから今すぐ帰りたいって顔してるぞ!」
「減るもんじゃないし入ってくれてもいいだろう!」
「俺の貴重なぐうたら時間が減るんだよ!」
俺とレティは互いに大声で言い合う。依頼人はまだ来てないからこの醜態を見られていないのが幸いだ。 だけど、さっきから他の冒険者に注目されているのですごく居心地が悪い。
「ふふ、師匠は強情だな! じゃあ、最終決定はイヴに決めてもらおう! ……うんうん、あー、やっぱりイヴもそう思うかー、そうだよなー……本当は入って欲しいかー…………だって!!」
「嘘つくな! さっきからそいつ口元すら動かしてないだろうが! こんなD級冒険者で眼が濁ったやついれたくないよな? な?」
俺は必死に自身の使えなさをアピールする。自分で言ってて悲しくなってきた。なんで俺こんなことしてるんだろ。
「…………どうでもいいって、いってる……!!」
イヴはそう言って、スタスタと離れてしまった。顔が少しムッとしていたし、しつこすぎたのだろうか。
「……気にしなくていいわよ、あの子いつもああだから」
「そ、そうか」
「このパーティーに入ったときも『あなたたちと慣れ合うつもりはない、私は目的のために入っただけ』って言ってたから。……まあ、目的のために入ったのは私も同じだけど」
リーナはそういった。
二人とも、何か複雑な事情があるらしい。能天気に何も考えてなさそうなのはレティだけってことだろう。
レティは「お腹すいてたのかな……?」と見当はずれの事を言っている。やっぱりなんも考えてないわこいつ。
めんどくさいから、早く依頼人来てくれと心の中で叫んでいると、
「――勇者様、お久しぶりです! B級冒険者のカイン・シュトルツです! まさかこんな所で会うなんて……! まさに運命! やはり高貴な貴方と私は結ばれる運命なんだ!」
という男の声が聞こえた。
男――カインの外見を一言でいうと、よく手入れされたサラサラな金髪が特徴的な優男って感じだ。身なりがいいので、おそらく貴族の出だろう。冒険者はあんなキラキラ高そうな装飾が付いた装備使わないし。
……とてもじゃないが、B級冒険者に値する力を持っているとは思えなかった。
拍が付くからと高ランク冒険者を同行させて、ランクだけを上げる貴族もいるらしいが、それなのかもしれない。
カインは俺を押しのけてレティの前に立ち、べらべらと美辞麗句を並べ立てる。レティの外見は年相応に幼いのだが……まあ趣味は人それぞれか。
レティも褒められてまんざらでも無さそうな顔に……なってなかった。むしろ迷惑そうだ。しかも「だれだコイツ」って顔している。覚えててやれよ。
「それにしても……先ほどから気になることがあるのですが……」
カインはこちらに振り返り、見下した視線で言い放った。
「なんで、この場にD級のゴミがいるんです?」
カインのその言葉で、場はシンと静まり返った。
¶
カインは心底不思議そうな顔をしていた。なんでこの依頼にD級冒険者がいるのかと。分不相応じゃないかと。
「別に、依頼を受けただけだが……?」
俺は偽りなく、そのまま言った。何も恥じることはない。そもそもランクは不問なのだし、問題ないはずだ。
「はぁ……僕はそういう話をしているんじゃないんだ。シュトルツ家の三男の僕が、ゴミにも分かりやすいように教えて上げよう。なんで、C~B級相当の護衛依頼に分不相応なD級がいるんだって言ってるんだよ。分かったか?」
カインは心底バカにした眼でいった。
「確かに、隣国エタールまでの道中はD級じゃ厳しい。……でも受けちゃダメとは書いてなかっただろう?」
隣国エタールへの道中はCからB級相当の魔物が出現する。2つランクが下なD級だとお荷物だとカインは言っているのだろう。
それを聞いたカインは大きく舌打ちをして、
「どうせ、貴族様に気に入られようとか、ほかの冒険者のおこぼれを貰おうとか思っているんだろう? 本当、これだから低ランクのゴミは嫌いなんだよ」
カインは大きく顔を歪ませ、罵倒の言葉を連ねる。
「どうせ金が欲しいだけだろう? ほら、拾え」
カインが金色の硬貨を10枚ほど地面に投げ捨て、そういった。見ていた冒険者達にどよめきが走る。
「――ッ! この――」
「レティ、待て」
さすがに我慢の限界が来たのか、怒り顔でカインに掴みかかりそうになったレティを手で制す。
「拾ったら依頼を破棄しろ。D級冒険者じゃ何の役にも立たん。分相応に惨めに薬草採取でもしてるんだな」
俺にとって、労せずして金も手に入り、レティから逃げられる絶好のチャンスだ。
……でも、俺は金貨を拾わなかった。
「どうしたゴミ、早く拾えよ。……ああ、もっと欲しいのか。ほら、これでいいか」
カインはさらに10枚の金貨を地面に投げ、冷たい目で俺を見下す。まるで羽虫を見るかのように。
「……はぁ、本当に低ランク冒険者はゴミしかいない。ギルドも使えないゴミはすぐ処分すればいいのになぜしないんだ、やっぱり僕が成り代わって制度を変えるしかないか……」
カインはギルドの現状を憂い、やれやれと肩をすくめる。
「確かに、金が欲しいのは間違ってないな」
「……し、師匠?」
レティは瞳を揺らし、縋りつくような目でこちらを見た。思っていた答えと違かったという顔だった。
……悪いが、俺はレティが思うほど綺麗な師匠サマじゃない。金は欲しいし、自堕落に過ごしたい。ただの怠惰な人間だ。
「俺は英雄や勇者とは程遠い人間だ。ただの怠け者さ。お前の言ってることもそう間違っちゃいない」
「何を当たり前のことを言って――」
「俺は、ゴミみたいな人間かもしれない。だけど……低ランク冒険者は――あいつらは決してゴミなんかじゃない!」
俺のことを悪く言うのはいい。だが、ほかの低ランク冒険者も悪く言われるのは我慢できなかった。
俺は低ランクでもすごい人がたくさんいることを知っている。
誰よりも薬草に詳しい人や、
魔物の生態に詳しく、解体が上手い人、
街のために、誰もやりたがらないドブさらいや清掃などの依頼を率先して受けている人など、たくさんのすごい人を見てきた。
確かに、低ランクは全体的に質が低く、態度も悪いので街の人たちからは敬遠されがちだ。だけどそれは、高ランク冒険者にも言えることじゃないか?
低ランクだって、真面目に頑張って努力してるやつがいる。自分の仕事に誇りを持って、街のために頑張っているやつだっているんだ。
「……ゴミが何を言ってもゴミなのは変わらないんだよ。さっさと拾って失せろ」
カインは冷たく一蹴する。
「……分かった。実は財布の中が空っぽでね。この金は貰っておくよ」
俺がそう言って散らばった金貨を拾い始めると、カインはニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。
ちらりとレティを見ると、心配そうにこちらを見ていた。口を開けたり閉じたりして、何か言いたそうにしているが、言葉が出ないようだ。……まあ、見てろって。
「いち、にい……すごいな、20枚もある。ありがたく貰っておくよ」
「ああ、ゴミ同士でよく分け合うといい」
カインはニヤニヤと愉悦に笑う。
「拾ったならさっさと失せ――」
カインが言い切るより前に、拾ったばかりの金貨を地面にぶちまける。
「……少し考えたんだが、やっぱり俺よりもお前のほうが必要だろ? しょうがないからやるよ」
「……何を言っている? 僕はあのシュトルツ家の三男だぞ? そんなはした金いるわけがないだろう」
カインは理解できないといった表情で言った。
「いやいや、お前にこの金は必要だよ、だってさ」
俺は一呼吸おいて、
「家督を継げない三男には必要だもんな? この金で茶菓子でも買って依頼主に媚うったらどうだ? 親の金でB級になれた、高ランク冒険者サマ?」
カインは一瞬ポカンと口を開け、数秒後、顔を真っ赤にし、装備していた華美な剣を鞘から抜き、奇声を上げて突撃してきた。やっぱそうなるよな。
俺は溜息をつき、帯刀していた剣に手をつける。
そして、カインの剣が俺の頭上に振り下ろされる瞬間――
『――静まりなさい!』
透き通るような、美しい声色をした少女の声が響いた。