22話 気まずい
あれから数十分後。
俺は魔導学園の宿舎までイヴを送るべく、街道を歩いていた。
本当は買い物が終わったら遠回りして家に帰り、ストレス発散しようと思っていたのだが、状況が変わった。まずいやばい。
「「……」」
人通りの少ない街道を二人して無言で歩く。場に流れるのは静寂のみ。
「「…………」」
――めっっっちゃ気まずい。
さっきまでの和やかな雰囲気はどこかに飛んで行ったようだ。戻ってきて下さい。
いや、本当に……思いっきり地雷を踏んでしまった。時間を戻せるなら今すぐ戻って自分をぶん殴ってでも止めたい。
どうにかしてこの空気を変えたいが……さっきから無駄に明るく振舞っても「そう」「うん」とかのそっけない返事しか返って来ない。
このままじゃチケット貰えないかもしれないし……どうしよう。
「……じゃあ、ここまででいい」
必死に現状打破の案を考えていると、もう教員用の宿舎に着いてしまったのか、イヴがそう呟いた。
「ちょ……ちょっと待ってくれ。えっと……その…………まだ話足りないし、イヴの部屋まで行ってもいいか?」
俺は欠片も思っていない事を口に出し、そんなことをお願いする。この雰囲気で別れるのだけはまずい。それだけは阻止しなければ。
「? ……ッ!? …………絶対、駄目!」
イヴは最初に疑問符を浮かべたあと、理解したのか顔をボンっと赤面させて驚いたように目を見開き、睨むような表情になって、珍しく大きな声でそう言った。
「勘違いさせたのなら、謝る。でも、私はそんなつもりじゃなくて……私にはレイが居て……」
俺から目を背けたまま、何やらもごもごと呟くイヴ。勘違いって何のことだ?
「……? いや、あと少し話をしたいだけなんだが。俺も早く寝たいからすぐ帰るし」
疑問符を浮かべながら言うと、
「…………そう。……なら、いい」
了承してくれた。
……が、顔を背けたままだし、何やら耳が赤い。これは相当怒ってるに違いない。どうにかしなければ。
¶
宿舎に入り、イヴの部屋。
「ふーん……結構ファンシーな部屋だな。服とかいっぱいあるし……あれ、魔道具はないのか?」
「魔道具は全部、実家に置いてある。あと……あんまりジロジロ見ないで」
部屋に入り、ぬいぐるみとかも置いてある可愛らしい部屋をキョロキョロと見渡していると、イヴは恥ずかしいのかそう言った。
よく整頓されてすっきりしているし、イヴの几帳面な性格がうかがえる部屋である。
俺は異空間収納に全部ぶち込むから部屋は散らからないが、代わりに中がぐちゃくちゃだからな。単純に凄いと思う。
「それで……話し足りない事って、なに?」
イヴは俺の前に飲み物が入った可愛らしいコップを置いた後、ソファにちょこんと座るとそう問いかけてきた。
「えーっと……それはだな……」
話すことなんてそもそも無いが、必死に頭を捻り、面白い話題が無いか考える。……だが、マジで何も浮かばない。びっくりするぐらい浮かばない。
《高速演算》すら使って思考を高速化させても浮かばず、「降りてこい、頼む……!」と信じても居ない神に頼みこんでいると。
「……ごめんなさい」
なぜか、イヴが急に謝ってきた。
「元気づけようと……してくれてるんでしょ?」
「……まあ、そうだな」
チケット貰う為の打算しかないけど。
「あと……あの時。助けて貰ったときも、ごめんなさい。お礼も言わずに私……酷い態度だった、から。……学園で会った時も酷い態度とって、ごめん」
「助けて貰ったとき……?」
まったく記憶にない。そんなことあったっけ?
疑問符を浮かべていると、イヴは「四天王を、倒してくれたとき」と教えてくれた。あーあの時か。
そういえば、四天王の骸骨を倒した後に、イヴが睨んできたこともあった気がする。
魔導学園で再会した時もやたらと棘がある態度だったし、嫌われてるんだろうなと思ってた。
でも……助けたつもりなんて無いんだが。俺は降りかかってきた火の粉を払っただけだし。
「……羨ましかったの。あなたのその――絶対的な強さが。レイも強かったけど、あなたくらい強ければ死ななかったかも、だから」
「……別に俺は気にしてないから、問題ない」
俺が「気にするな」と言うと、「……ありがと」と顔を俯かせて呟くイヴ。
「それに……別に、落ち込んでたわけじゃない。ただ……昔を思い出して、考えてただけ」
「……なんだ、そうなのか」
てっきり地雷踏み抜いたのかと思ったじゃん。よかったマジで。
俺が安心して胸をなでおろしていると。
「私ね、レイの事が――好きだったの。でも私は馬鹿で、気付くのが遅かったから……告白は、できなかった」
「……そうか」
イヴは顔に陰を落とした表情で、自分の心情を吐露する。
俺には好きな人とか恋人だとかは居たことが無いのでまったく気持ちは分からないが、愛する人と死別してしまうのはきっと辛いのだろう。
どんな言葉をかければいいのか分からずにいると。
「でも……大丈夫。レイは死んでしまったけど――――また、会えるから」
と、イヴはいつも通りの無表情に少しだけ狂気的な微笑みを浮かべ、意味が分からないことを呟いた。また会える? どういうことだ?
「それは……《虚言結界》の"死生逆転"でか? でもあれは、死後から数日程度しか話せないはずだが……」
聞くと、「ううん、違う」と首を振るイヴ。じゃあどういうことだろう。まったく分からない。
他に人を蘇らせる魔法と言えば《回復魔法》の《蘇生》しかない。しかし、もちろん厳しい条件があるし、長い時間が経った人物を蘇らせることなど不可能だ。
俺が覚えてる《蘇生》でも死んで10日が限界。それに、霊魂が現世に残っていなければ蘇生はできない。
イヴの口ぶりからして、もう何か月も経っているだろうし……そんな期間死んでいたら魂はとっくに消滅している。
それでも蘇生できる魔法なんて、もはや"あの御伽噺"の眉唾魔法しか――
イヴははっきりとした、決意したような強い声色で、こう呟いた。
「私は、《世界樹の祝福》を探しているの。レイを生き返らせて――――もう一度、会うために」