21話 昼休憩
イヴのおすすめの定食屋に移動すると、街の市民や冒険者のような恰好をした人たちで混んでいた。
案内された定食屋は、庶民から中流冒険者までがよく使うであろう大衆食堂。値段も定食が300リエンからとかなり安い。
ウェイトレスが注文を取りに来てくれる形式ではなく、自分から受付に行って注文し、出来たら呼ばれる形式を取っている珍しい店だった。
俺はそれを見て、イヴの分も買ってこようと席を立ったのはいいものの……イヴは「疲れてるだろうから待ってて。買ってくるから」と言って、さっさと行ってしまった。いや、まだ何食いたいか言ってないんだけど。
……まあいいか、たぶんおすすめを持ってきてくれるんだろう。
俺はイヴの言葉に素直に甘えることにして、鎧と兜を脱ぎ、椅子にだらっと座り休憩。
すると――こんな会話が、耳に入ってきた。
「――――おい、聞いたか? また"悪魔"が出たんだとよ。今度はアレクトリオン街道沿いのジークの店の裏で倒れてたらしい。ほんと、おっかねえなぁ……」
「――――またかよ……これで何人目だ? 騎士団は早くとっ捕まえろっての」
「――――確か……6人目だな。胸糞悪ぃ……子供を狙って"心臓"を抜き取るなんて、悪魔にしかできねえよ……」
「――――早くなんとかして貰いてえな……悪魔が怖くて、うちの子も遊びに出かけさせれんし……」
「――――はあ……誰でもいいから早く解決してほしいもんだ。こんな時に、英雄レイが居てくれたらなぁ……」
30代くらいの男たちはそんな事を話し合い、溜息を吐く。
「……物騒だな」
話を聞いている限り、なかなか物騒な事件が起きているようだ。……まあ、俺にはまったく関係ない。関係ない話だが――
「今日は少しだけ、遠回りで帰るか」
ぼそりと、呟く。
……なんとなく、たまにはいいだろう。
帰り道で怪しい人物を見かけたらぶちのめしてしまうかもしれないが、最近ストレスが溜まっていたから発散に丁度いいかもしれない。
「怖い顔、してる。……どうしたの?」
そんなことを考えていたら、イヴが両手に大量の料理を持って帰ってきた。怖い顔? 別にしてないけど。いやそれよりも――
「多すぎじゃないか……? 俺、こんなに食えないんだけど……」
イヴが持ってきた料理の多さに仰天する。何皿持ってきてんだよコイツ。広いテーブル席なのに料理で埋まってるんですけど。
「大丈夫。私が食べるから」
そう言って、「あなたはこっち」と料理を数品こちらに寄せてくるイヴ。いや、食べるってこれを全部? どう考えてもイヴの細い身体に入るとは思えない。物理的に無理――
「――いただきます」
――だと思ったが、イヴが料理を口元に運んだ瞬間、吸い込まれるように虚空に消えたその光景を見て、杞憂だと分かった。マジかコイツ。
次々と魔法のように消えていく料理。
残るのは白い皿。
美味しいと思っているのか不明なイヴの無表情。
魔力は感じなかった。……と、いうことは目の前のこの現象は魔法ではないということ。信じられない。
自分の食事に手を付けずに、イヴのその様子を凝視していると。
「あんまり……見ないで欲しい。恥ずかしい」
「あ、ああ……悪い」
イヴが頬を僅かに赤らめながらそんな事を言ったので、俺も食器を手に取り、自分の食事を開始する。
「ん……結構うまいな」
「……でしょ。ここは安いけど、おいしい。コスパ抜群」
少し口角を上げ、自慢げな様子になるイヴ。
コスパて……服の時もそうだったが、正直こういう庶民向けのお店に通うイヴのイメージが無かったから、ギャップがすごい。
お互いに食事に集中するべくそこから黙り、次々と料理の皿が消えていく。主にイヴの方に置いてあるやつが。
俺が作法なんてめちゃくちゃの汚い食べ方をしていると。
「……それ」
と、こちらを指さして何かを伝えようとしてきた。俺は何のことか分からず、「?」と頭に疑問符を浮かべる。
そしたら、イヴは席から腰を浮かし、こちらの方に何かを取ろうと手を伸ばしてきて――俺の頬に付いていたらしい、パンくずを取ってくれた。
「付いてたか……悪い」
「いい。なんかあなたって……子供みたい」
お礼を言うと、急に中傷された。俺が子供? そんな訳が無いだろう。
「いや、俺ほど大人なやつは他にいないぞ。俺って食べ物の好き嫌いしないし。めちゃくちゃ苦い魔力増強剤だって毎日欠かさず飲んでたほどだ。どこからどうみても大人じゃないか?」
「……やっぱり、子供」
イヴは「ふふ」と目尻を下げて口角を上げ、柔らかに笑う。今まで見た中で一番、表情が動いた気がする。というか――
「イヴって……ちゃんと笑えたんだな。つまらなそうな顔してるより、そういう顔してた方がいいぞ」
思ったことを何も考えずにそのまま言った。
「…………え」
すると、イヴは目を見開いて俺の顔を凝視する。そして、ツーっと静かに一筋の涙を流し――んん? いきなりどうした??
「どうし――んぐっ……ゴホッゴホォォッ!?」
慌てすぎて喉が詰まった。
「ンンッ……ど……どうした? 眼にゴミでも入ったか? ハンカチいる?」
「……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけだから」
「……? なら、いいが」
突然泣くから俺の方がびっくりしたわ。
「……やっぱりあなたは、レイに似てる。ちょっとじゃなくて、すごく。行動も性格も――そっくり。生き写しみたい」
「ほーん……」
そんなに俺に似てる奴がいるのか。俺は自分のことを世界に唯一人の存在だと思っているから、それだけ似てると言うならちょっと見てみたい。ひょっとして俺本人だったりしてな!
……まあ、こんな無表情で感情が動かない水色髪の人物なんて俺の記憶にないから、無関係だろうけど。
「どんな奴なんだ? 俺みたいにイケメンだったか?」
興味がわいたので、質問してみる。
「知らない。顔は見たこと無いから。でも、本当に凄い人。誰よりも優しくて、強くて……私を救ってくれた、大切な人。顔なんて関係ない」
「お、おう……そうか」
いつもより饒舌に喋りだしたイヴを見て、少し面食らう。めちゃくちゃ愛されてるじゃんそいつ。
それにしても、イヴみたいな美少女にこんなに好かれるなんて罪な男である。
今年の魔道具展覧会も一緒に行く予定だったのに来ないらしいし、なんてひどい男なんだ。まあそのおかげで俺が行けるからいいけど!
「でも――そんなにすごい奴なら、今ごろ勇者にでもなってそうだな!」
茶化すように言うと。
「ううん。それは絶対に……ありえない」
はっきりとした口調でそう断言された。
「なんで――」
言い切れるんだと言おうとするが、俺の言葉を遮り、イヴは顔に陰を落とした表情でこう言った。
「だってあの人はもう――死んで、しまったから」