20話 ファッションデート②
「……どう」
そして、衣擦れの音が聞こえたあと、試着室のカーテンが開かれた。
視界にうつったのは、爽やかな雰囲気の、水色と白色を基調としたワンピースを着たイヴの姿。
すそ部分には可愛らしいフリルが付いていて、少女的な可憐さを際立たせる。頭には水色のヒモリボンが付いた、白いベレー帽を被っていて……一言でいうなら、お嬢様や令嬢が着ていそうな服装である。
俺は熟考した後に、「お嬢様っぽい」と答えた。
「……次は、これ」
次にイヴが着替えたのは、少しだぼっとした白いポロシャツに、水色のパーカーを緩く着込み、ショートパンツといった格好。
頭には、前方につばのついたキャスケット帽を被っており、髪もヘアゴムで短く纏めている。とてもボーイッシュな印象を受ける服装だ。
俺はうんうんと頭を悩ませた後に、「ボーイッシュな感じだ」と答えた
「……ご主人様」
次は、フリフリのフリルがいっぱい付いた可愛らしいメイド服。頭には水色のカチューシャを装備していて、とても可愛らしい。
俺は頭を極限まで捻って考え、「メイドだな」と答えた。
「……ねこ」
次に視界に映ったのは、猫耳と猫の手を模した手袋を着けたイヴの姿。猫の手ポーズで鳴きまねをしている。
俺は深く考えず、「アルディに似てる」と答えた。
「…………魔女」
今度は、つばが広い黒い魔女帽子を被り、これまた黒いゴシック風の服装を着たイヴの姿。
俺はよく考えた後に、「悪い事やってそう」と答えた。
「………………シスター」
次は教会のシスターみたいな感じのやつ。「祈りたくなる」と答えた。
「……………………」
寝巻みたいなやつ。というかパジャマ。「俺はパジャマ着ない派だな」と答えた。
「…………………………」
クマの着ぐるみ。全身を覆っているのでイヴの顔は見えないがいい感じに可愛い着ぐるみだ。
俺は「可愛いな」と思った通りのことを伝える。しかし――
「――絶対、絶対にふざけてる。何で他の服装のときは適当で、これの時はその感想なの。おかしい。絶対に、おかしい」
「ちょ、ちょっと待て! 怖い! その姿だと怖いから!」
着ぐるみ姿のままで、俺のフルフェイス兜を圧し潰さんばかりの力でメキメキと圧迫してくるイヴ。声色がドス効いてて顔見えないからめっちゃ怖い。
というか、何で怒っているのかが分からない。俺は良く考え抜いた上で、ベストな答えを出したと自負しているのだが。
「……もういい。どれが一番似合ってたかだけ、教えて」
イヴは着ぐるみの頭部を脱ぎ、僅かにジト目にしながら、諦めたようにそう呟く。
「うーん……一番似合ってたやつか。……なら、最初の水色ワンピースのやつで」
特に考えもせず、なんとなくでそう言うと、
「……そう。じゃあこれ買う」
水色のワンピースを俺に渡し、「会計してきて」とお願いするイヴ。えっ……そんな適当でいいの? 特になんも考えないで言ったんだけど。
「……これだけでいいのか? 別に他のも高くないし、全部買ってもいいんだが――」
「別にいい。……もともと、一着だけ買って貰おうと思ってたから」
「…………マジか」
値札を見ると、1万リエンも行かない程度の値段。
……どうやら、当初の3万リエンでもまったく問題なかったらしい。俺の努力は何だったんだろう。まあ余れば魔道具買えるから嬉しいんだけど、なんか釈然としない気持ちだ。
会計に行って精算し、ワンピースが入った紙袋をイヴに手渡す。イヴは受け取って「ありがと」と呟き、少しだけ微笑んだような表情を浮かべた。
「……本当に、これで良かったのか? 実は、適当に言っただけだったりするんだが――」
「大丈夫。本当のこと言うと……あんまり期待はしてなかったの。それに――レイも同じこと言いそうだから」
どこか懐かしむような、遠くを見る目をして、そんなことを言うイヴ。
……どうやら、適当でも問題なかったようだ。けっこう頑張って答えてたのに、ちょっと複雑な気分。
「じゃあ……これで終わりでいいのか? ならチケットを――」
くださいと言おうとすると、
「……服はこれでいいけど、せっかくだから――街を見てみたい。予行演習」
「予行演習? ……まあ、もともと買い物に付き合う約束だったし、俺は構わないが……」
「ん。……じゃあ、いこ」
イヴは、俺の手甲部分をちょこんとつまんで引っ張り、店の外へ連れ出す。俺も何も言わずに、ただ引っ張られるままについていった。
そして――俺たちは、マギコスマイアの魔法溢れる街を回ることになった。
ある時は、路上パフォーマンスをしている、観客が少ない大道芸人の芸を鑑賞して、イヴが無表情でピクリとも笑わずにいたら大道芸人が泣きながら逃走したり。
またある時は、英誕祭へ向けて作ったのだろう"死霊屋敷"と書かれたアトラクションに入って、イヴが一切驚かずに無表情で通り抜け、最速記録を叩きだして景品を貰ったり。
魔導銃を使った射的屋で一度も外さずに景品を落としまくり、店主に許してくださいと言われたりした。何やってんだ俺たち。
「めっちゃ疲れた……」
そして今、疲れたので近くの広場のベンチで休憩している所である。いろいろ回って結構疲れた。
「……ごめんなさい」
ベンチに背を預けて休憩していると、なぜかイヴが顔に陰を落として、そう謝ってきた。
俺は何で謝られたのか理解が出来なかったので、「え? 何が?」と応える。
「……貴方には、つまらなかったと思う。だから……ごめんなさい」
「……別に、そんなことないが」
そもそも俺は、こういったことを誰かとするのは初めてだったので、結構新鮮で楽しかったりした。
なので、イヴの心配は無用である。それに――
「――俺が楽しかったかなんてどうでもいいだろ。それより……イヴは、楽しかったのか?」
そっちの方が重要だ。俺が楽しいかどうかなんて考える必要が無い。
俺の言葉に、イヴは俯いていた顔を上げて、
「……うん、楽しかった」
と、少しだけはにかんだ表情で呟いた。
「なら……それでいい。そもそもこれ自体、イヴの希望でやってるんだから俺のことなんて気にする必要はない」
自分が思ったことをそのまま伝える。
「俺は接待者でイヴは接待される側。なら、イヴがしたいことをすればいい。……人間、自分のやりたいようにするのが一番だからな」
「っ…………ありがと」
イヴは俺の言葉に一瞬驚いた表情を見せ、地面に視線を向けたままで、そう答えた。
「じゃあ……次はどうする? そろそろ昼時だし、腹も減ったから飯にしないか? ……まあ俺、おすすめのお店とか分からないんだけどさ」
広場に設置してあった大きな魔導時計をちらりと見て、提案する。
「私も、お腹減った。……お店は私が知ってるから、ついて来て」
イヴはそう言って、立ち上がろうとベンチに手をかけるが。
「――――痛っ」
と小さく呟き、右手の人指し指を抑えた。
見てみると……指の腹が少し切れていて、血が出ているのが分かる。
……どうやら、ベンチの一部がささくれていたらしく、材質が木材だったこともあり、指を切ってしまったらしい。そんなに深くは切ってなさそうだが、血が出ていて痛そうだ。
「《治癒》――」
すぐさま回復魔法をかけようと手を掲げるが。
「大丈夫。大丈夫だから――使わないで」
回復する前にイヴが「止めて」と拒否したので、行使を中断した。
「いや、でもそれ――」
「大丈夫……このくらい舐めておけば、治る」
「男気」
人差し指を口の中に含み、ちゅーちゅーと吸うイヴ。男らしすぎる。イヴ△。
普通に回復魔法かければいいじゃんとは思うが、白魔導士の中には軽度の怪我なら自然治癒で治す派の人もいる。
おそらく、イヴも自然治癒派なのだろう。それに、過度な回復魔法は逆に危険でもあるからな。
「――ん。……じゃあ、ついて来て」
少しだけ経ち、イヴは血が止まったのか口から人差し指を出し、案内するために歩き出した。
「――――あれ」
俺も、スタスタと歩き出すイヴに付いていくために足を動かすが――それを見て、少しだけ違和感を覚える。
「……《回復魔法》、使ってたっけ?」
血が止まった……というより、元から怪我なんてなかったかのように綺麗になっているイヴの右手人差し指を見て、呟く。おかしいな、魔力は感じなかったと思うんだが。
…………まあ、いいか。こっそりと使ってたんだろう。たぶん。