19話 ファッションデート①
翌日。
「どうしよう……マジでどうしよう……」
俺は混乱していた。
あのあと、当初の目的である、イヴの買い物に付き合う為の資金ができたので、イヴに準備ができたと連絡しにいった。
すると「じゃあ明日付き合って」と言われたので了承した後、帰って速攻、すべてを忘れるように寝た。布団の中は幸せに満ち溢れていた。
そして――朝起床して気持ちよく大きく伸びをしてから、ふと現実に帰った。「どうしようこれ」と。
そもそも、なぜラフィネがマギコスマイアに来ているのかが分からない。場所は誰にも言っていないはずだ。
なのに、前回関わった奴らが勢揃いしそうな状況。レティとウェッドが居たらほぼフルコンプリートである。ふざけるな。
「というか、第四王女とはいえ王女のラフィネが街を出歩いてたらダメだろ……!」
見たところ護衛も居なかったし……まあ、ラフィネの《言霊魔法》ならそうそう危ない事にはならないんだけども。それでも不用心である。
しかもおそらく、誰にも言わずに出てきたのだろう。誰かに言ってたら一人で出歩いているわけが無いし、護衛がわんさか周りにいるはずだからだ。
と、いうことは……ユニウェルシア国内は今頃、めちゃくちゃ騒ぎになっているのではないだろうか。ファンクラブや王様が阿鼻叫喚してそう(小並感)。
ラフィネのあの口ぶりからして、今もどこかで見ていそうだし……非常に落ち着かない。さっきから何度も周りをキョロキョロして挙動不審になってるまである。
「……さっきからどうしたの?」
挙動不審になっていると、水色の髪の、女の子らしいおしゃれな服装の少女――イヴが心配そうな声色で話しかけてきた。
現在時刻は朝早く。イヴの買い物の為に慣れない早起きをして、待ち合わせ場所で落ち合ってさあ行こうという状況。
「大丈夫だ問題ない」
俺はまったく大丈夫ではないが、そう答える。大丈夫じゃないけど大丈夫だと思えば大丈夫なのだ(混乱)。
「やっぱり、やめる?」
「やめない。絶対にやめない」
イヴが俺の様子をみて中断を提案するが、秒速で拒否。それだけは絶対にできない。チケット貰えなくなる。
「本当に問題ない。ちょっと見つかりたくない奴がいるだけだから。……今日からは《魔力偽装》もしてるし、髪も《変幻の指輪》で赤髪に変えてるからな。問題ないはずだ」
「……そう。……そんなに見つかりたくないなら、顔も変えればいいのに」
「確かにその通りなんだが……顔を変えすぎると感覚変わって気持ち悪いから嫌なんだよ」
《変幻の指輪》は自由自在に姿を変えることが可能だが、実際の自分と乖離した姿にすると、感覚が変わってなんか気持ち悪くなるのだ。
それに顔を別人にするのはなんとなく嫌だ。俺は俺。髪色とか少し程度ならいいが、全部変えるのは嫌なのである。
「あと俺、自分の顔が好きだし……イケメンだろ?」
「……目が濁って無ければ」
ひどい。
「顔を……隠せるものがあればいいの? なら少し、待ってて」
イヴはそれだけ言ってどこかにスタスタと去り、少しして金属状のゴテゴテとした何か――鉄鎧とフルフェイスの兜を両手で抱えて、戻ってきた。
「――これ、着て」
「買ってきてくれたのか? ……悪いな。金はいくらだった?」
「お金はいい。だからこれ、着て」
金を出そうとするも、そう言ってぐいと兜を俺に押し付けるイヴ。ならお言葉に甘えることにする。
「ん……軽いな。仮装用か」
持ってみると、通常の重さよりもかなり軽い。どうやら、仮装用のレプリカのようだ。
ゴテゴテのフルフェイス兜を被り、顔を隠す。《魔力偽装》もしてるし、これなら余程のことが無い限り、俺だとバレないだろう。これで安心――
「これも、着て」
だと思ったのだが、なぜか鎧部分もぐいぐいと渡してくるイヴ。
「いや、別にこれだけで問題ないんだが……?」
「どうせなら、着たほうがいい」
「めんどくさいから着なくても――」
「着たほうがかっこいいから」
「でも――」
「チケット」
「着ます」
鎧も着ることになった。鎧大好き!
「……うん、完璧」
イヴは俺の姿を見てうんうんと頷き、満足した様子。よく分からないけどまあ喜んでるならいいや。
「じゃあ……買い物いこ」
そして――心配だった問題点が表面上は解決されたので考えないようにして(実際は解決していない)、俺とイヴは買い物を始めることにした。
「この、お店」
イヴに連れていかれるまま10分ほど歩くと、目的である服屋に着いた。
「……普通だな」
店の外観を見て、おもわず呟く。
店名は『VillageIsland』。平民や、少し裕福な富裕層向けの衣料品を扱っている、有名な服屋だ。
正直、「全部買ってもらう」と言っていたので、もっと高いブランド物がわんさかある服屋に連れていかれる物かと思っていた。そのために金を工面したんだし。
「……なに。もっと高いとこだと思った?」
「思ってた。めっちゃブランド物を奢らされるものかと思ってた」
「別に……あれは、言ってみただけ。それに、高いから良いものがある訳じゃないから」
イヴは少しだけ眉を寄せてムッとした表情になり、そう呟く。意外と庶民派だったようだ。金がかからなそうで俺としては嬉しい誤算である。余った金で魔道具買おう。
そして――俺とイヴは店内に入った後、イヴが目当ての服をちょちょいっと手に取って個室の試着室に持って行き……今回の買い物でお願いされていた「イヴのファッションショーを俺が評論する」という、謎イベントが始まった。
「どう……?」
まず初めにイヴが着替えたのは、水色を基調とした、おしゃれちっくな服装。
「うーむ、いいんじゃないか?」
「似合う?」
「いい感じだと思うぞ」
「……そう」
試着室のカーテンがシャーっと閉められ、違う服に着替えているのか、衣擦れする音が聞こえる。
「……これは?」
次に着替えたのが、これまた水色を基調とした、おしゃれちっくな服装。
「むむ……いいと思うぞ」
「……そう」
カーテンがシャーっと閉められ、衣擦れする音。そして次に着替えたのがまたまたおしゃれちっくな服装。
「……これ」
「いい感じなんじゃないか?」
ノータイムで答えると、イヴは俺の方に近づいて来て、
「真面目に、答えて」
と、俺が被っているフルフェイスを両手でガシッと挟み込み、ぐぐぐと力を込めて圧迫する。無表情で目が笑っていない。怖い。
「いや……真面目にやってるんだけど」
「ちゃんとどこがいいとか、これがこうだから似合ってるとか言ってくれなきゃ……参考にならない。これじゃ鏡に見せてるのと変わらない」
俺のレビューに不満の様子のイヴ。
「そんなこと言われても……ファッションとか全然分からんし、正直さっきの全部同じに見えたぞ。……というか、服なんて着れればそれでよくないか?」
言うと、イヴは顔をムッとさせて、
「さっきのは、全部違う。……あなたはもう少し、見た目に気を使うべき」
「俺も少しは、気を使ってるんだけどな……着心地とか」
「そういうことじゃない」
イヴはこれはこうこうこういう名前の服で、これは~とかなんとか言っているが、まったく頭に入ってこない。
正直、服なんて見た目がダサすぎなければそれで良くないかと思う。着れば全部同じだろ。
「……はぁ」
まったく話を聞いていない俺にあきらめたのか、ため息を吐くイヴ。
「……じゃあ、次からはもっと、分かりやすい服装にする」
イヴはそう言って店内から数着を手に取り、試着室に入っていく。……まずいな。少し声色が怒っている風だったから、次からはしっかり考えて答えなきゃ不味い。頑張ろう。