3話 勇者パーティー
「ちょうど用事でエタールに行く依頼を受けてたんだ! これはもう運命だな!? パーティー入るしかないな!?」
「運命じゃないしパーティーも入らん。そもそも俺はお前なんて知らん。赤の他人だから話しかけないでくれ」
「冗談が上手いなー! そんなに濁った眼はほかにいないぞ! いいからパーティー入ろう! はい申請書!」
レティはニコニコと笑いながら、びっしりと契約内容が書かれたパーティー申請用紙を俺の顔面に突き出す。
俺は無性にこの用紙をビリビリに引き裂きたい衝動に駆られた。
最悪だ。あと少しっていうところでなんでこうなるんだ。
マジでこいつにパーティーに勧誘されたときから運がない。あれから常に視られてるような気がして落ち着かないし、依頼も受けられないから極貧生活で3キロは痩せたし、3日に一回は小指ぶつけて悶絶するし……どうなってんだよ。
レティは申請書を握りしめながら期待に満ちた眼で見上げてくる。
周りの冒険者もこっちを見ながら「あれもしかして、《攻》の勇者様か?」「銅プレート……なんでD級が勇者様に……」とかなんとか話していた。
「レティ、もしかしてそれが言ってた人?」
俺がひたすら赤の他人になっていると、レティの近くにいた2人――おそらくレティのパーティー、の片方の炎のような赤い瞳と長髪の少女が、凛と力強い声で言った。
「そう! めちゃくちゃ強いんだ!」
「ふーん……とてもそうは見えないけどね」
煌めく赤髪を髪留めで縛って左右に垂らし、エルフの特徴である長い耳を持った少女は、こちらを値踏みするように見てそう言った。
「むむっ、確かに目が濁ってて何の貫禄もオーラもないし、やる気も無さそうだけど、強いんだぞ!」
「お前それバカにしてるよね?」
褒める気あんのかこいつ。てかそんなに目濁ってるのか? 生まれた時からこれがデフォルトなんだけど……
「……強そうには、見えない」
ちょっと真面目に整形を検討していると、もう一人の透き通った水色の髪と目を持った少女が、気怠そうな声で呟いた。
外見年齢は15~16歳くらいで、白いローブを着ていることから、回復魔法専門の白魔術師だろう。フードで顔を隠しているので良く見えないが、それでも顔の造形が整っているのが分かった。
少女は冷めた目でぼーっとしていて、何を考えているのかも分からず、これから依頼を受けるというのにやる気が感じられない。なんとなく俺と似ていて親近感を覚えた。
「ところであなた、名前は? レティがいつも話してるけど、なんて名前かは言わないのよね」
「――!? そういえばわたしも知らなかった……」
「なんであんたが知らないのよ……」
赤髪の少女は溜息を吐き、レティはなんも考えてなさそうに元気に笑った。
俺は少し迷ったが、自己紹介することにした。
「ジレイ・ラーロだ。冒険者ランクはD、特技はどこでもすぐに寝れることで、好きなことは寝ることだ。今回の依頼限りだが、よろしく頼む」
どうせ偽名を使ってもすぐにバレるから、本名を言っておいた。ギルドで調べても黒髪のD級冒険者っていう情報しか出ないし、たぶん大丈夫だろう。
「わたしはレティノア・イノセント! 《攻》の勇者で、好きなものは甘いお菓子! 嫌いなものは野菜全般!」
桃色の髪を揺らし、勢いよくレティが言う。レティは見たところ12歳くらいだろう。精神も見た目も幼いし。
「……イヴ・ドゥルキス」
次に、水色の髪と眼の少女――イヴが淡々と言った。
必要最低限な情報だけを言って、気怠そうにそっぽを向く。
失礼極まりない態度だが、別に不快感は抱かなかった。むしろ親近感が増した。今すぐ帰りたいって顔してるもんなこいつ。俺も今すぐ帰りたいよ。
「私はリーナ・アンテットマンよ。冒険者ランクはA、一応魔術師……かしら? 今はレティのパーティーの一員として活動してるわ」
最後に、赤髪エルフ耳の少女――リーナが自己紹介する。
冒険者ランクAか。見た目は……17歳くらいに見える。
エルフは外見から年齢が図りにくいので、実際に何歳かは分からない。
それでも、Aランクになるには才覚と絶え間ない努力が無いと無理だ。かなりの逸材と言える。
というか、それよりも気になることがある。いや、あり得ないだろうけど……
「…………アンテットマンって、まさかあの《紅蓮》のアンテットマンじゃないよな……?」
俺は聞こえないように小声で呟く。
「――! ……へぇ、知ってるんだ?」
しかし、リーナには聞こえていたらしく、一瞬だけ驚いた表情になり、興味深いような、おもちゃを見つけた子供のような顔をこちらに向けてきた。
「……少しだけだ。勇者の聖印を詳しく調べてるやつに聞いたんだよ」
「……なんだ、そういうことね」
焦りながらもなんとか平常心を保ち、ポーカーフェイスを作って嘘をついた。
リーナは表情を一転させ、つまらなそうな顔になる。
……危ない危ない。まさか"本物"だったとはな。
《紅蓮》のアンテットマン。その名前は、おそらく聖印を詳しく研究しているやつでないと知らないであろう名前。
正式な名前は、シャル・アンテットマン。《紅蓮》の聖印を与えられた第5期勇者であり、17歳という若い年齢にして、当時の魔王を討伐した天才少女。
だがその勇名を知る者は少ない。なぜなら……記録に残っていないから。
残された記述書にはシャル・アンテットマンという名前は載っていなかった。かわりに載っていたのは別の勇者の名前。
別にこれは、手柄を乗っ取られたとかではない。むしろその逆――別の勇者に手柄を渡したからだ。
彼女は英雄になることはできなかった。それは彼女の家系が深く関係していた。
それは――アンテットマン家が、暗殺者一族だったから。
それも、王族お抱えの凄腕暗殺者集団。
影に潜み、一般人に成りすまして暮らしていたアンテットマン家が顔を公表できる訳がない。
一人が表の世界で目立ってしまえば、芋づる式に家系も注目されてしまうからだ。
こうした理由で、彼女の名前は記述書には残らず、聖印図鑑に何の成果も残さなかった落ちこぼれ勇者、《紅蓮》のアンテットマンとだけ名前が残ったのである。
アンテットマンという姓は珍しいが、一般人にもたまにいたりする名前だ。それだけの記録ならどこの誰かもわからない。
……これがアンテットマン家に関する秘密。超極秘シークレットで、王族でも知っている人は限られている。知ってたら殺されるくらいヤバイ情報だ。
そんな情報をなんで俺が知っているのかというと……答えは簡単で、直接聞いたから。第5期の魔王を倒したシャル・アンテットマンに、直接。
というのも、修行のために格上のモンスターに挑みまくってたときに、俺にシャルが暗殺者として送られてきたのだ。
生態系を壊す魔人が発生したので討伐してほしいということで駆り出されたらしいが……いくらなんでも何も勧告せずに寝てるときに殺そうとするのは理不尽だと思う。
俺は殺気で目を覚まし、目の前で振り下ろされるナイフをはじき返し、齢500歳越えのはずなのに少女の姿をしたシャルを反射的にボコボコにした。
それはもう、容赦ないほどにボコボコにした、あの時はマジで強盗だと思ったからね。しょうがないね。
俺が止めを刺そうとしたとき、必死に命乞いしながら嗚咽を漏らすシャルがベラベラとすべて白状した。
本当は勇者になりたかったけどパパとママが許してくれなかったとか、
暗殺者じゃなくてほんとはお菓子屋さんになりたかったとか、
平和に生きたいのに周りの兄弟が血の気多くて怖いとか、
他には王族の喋っちゃいけない事情とか、自由になって素敵な人と結婚して過ごしたいのにとかなんとかいっていた。
目の前でギャン泣きされた俺は、さすがに哀れに思った。
当時の俺と同じくらい、見た目15歳くらいの少女が、顔をボコボコに膨れ上がらせて涙やらよだれやら血液やらをダラダラ流しているのだ。そりゃ同情もするだろう。ボコボコにしたの俺だけど。
シャルのギャン泣きが収まった後、ポケットにあった飴玉を取り出し、包み紙を取ってから渡した。
始めは宝石かなんかだと思ったようで、指でつんつんといじってみたり、眺めたりしていた。
食べるように促すと、恐る恐る口に入れ、始めはびっくりして、そのあとすごく幸せそうな顔になった。
どうやら、今まで甘味を食べたことが無いらしく、お菓子屋さんになりたかったのも物語で見たことがあって憧れていたそうだ。
シャルはリスのようにほおで飴玉をころころと転がし、初めての甘味を幸せそうに堪能していた。溶けて無くなってしまったときの絶望した顔は今でも思い出せる。
その後は、暗殺に失敗して帰るところが無いシャルを少しのあいだ匿い、一緒に住んで生活するすべを教えたり、一人前になったシャルをお菓子職人の弟子にしてもらってから離れようとしたら離れたがらなかったり……まあいろいろあった。
とにかく、分かったのは目の前にいる赤髪エルフ耳の少女があのアンテットマン家の人間ということだ。
シャルから聞いた話によると、アンテットマン家は闘争心が強く、強者との戦いを好むと聞く。そんなめんどくさいやつらに絡まれたら最悪だ。
――俺は、リーナ・アンテットマンには極力かかわらないようにしようと心に決めた。関わんなきゃ大丈夫だろ、たぶん。