17話 なぜか求婚された
「……は?」
意味の分からない発言に、敬語を忘れて間抜けな声を出す。
「ですから……貴方をわたくしの夫にして差し上げますと言っているんですの。……ふふ、嬉しくて声も出ないのかしら?」
「いや、嬉しいというか……意味が分からないというか……」
「照れなくてもいいですわよ? 本当は嬉しいのでしょう?」
胸を張り、自信満々な様子で言うエレナ。普通に嬉しくない。
「というか、早く賞金と魔道具貰えません? もう疲れたから帰りたいんですが」
「あ……そうでしたわね。では、まず"アレ"を渡してからにいたしましょう。……"スティカ"、アレを」
「かしこまりましたお嬢様」
エレナが近くにいたお付きのメイドっぽい女性――スティカにそう言うと、スティカはメイド服のスカート部分から何かをゴソゴソと取り出し――っておい! どこから取り出してんの!?
「これが、わたくしが特注した世界に一つしか無い魔道具――"グロケロくん"ですわ! ここを押すと魔力切れまで自動で動いて、朝のおはようから夜のおやすみまでしてくれる優れもの! 更に、話しかけると行動パターンが変化して、自分だけのグロケロくんを作ることができるのです! これがあれば話相手には困りませんことよ!!」
「何これ、ゴミ?」
見た目はきもくてグロい、リアルちっくなカエル。どうみてもゴミである。
「わたくしの作った"はなめがね"も見事当てたみたいですし、もはや運命と言っても過言ではないですわ! なら結婚するしかないでしょう!? さあ誓約書にサインを! さあ! さあ!!」
どこからか婚約誓約書と書かれた紙を取り出し、ぐいぐいと迫ってくるエレナ。てかあのクソダサめがねお前かよ。もうこいつに敬語必要ないわ。めんどくさい。
「絶対に、断る」
そう言うとエレナはピキーンと固まり、
「な……なんでですの? わたくし、自分で言うのも何ですが超絶美少女でしょう?」
本当に自分でいうな。
「……まあ確かに整ってると思うが、顔がいいからってだけで結婚したらヤバい奴じゃん。それに、お前と俺は初対面だろ」
「そ、そこら辺は結婚してからお互いを知ればいいんですわ! それに初対面なんて関係ありませんことよ! ずきゅーんとわたくしの心にクリーンヒットの……あれ、ど忘れしちゃった……えっと――」
「一目惚れですお嬢様」
「そうそれ! 一目惚れだったのですわ!」
「嘘つけ! 絶対いま考えただろ!」
エレナは「本当ですの! これはマジですの!」と必死に叫ぶ。めっちゃ嘘くさい。
「それに……俺にメリットが無い。何でお前がそんな事を言ってきたのか分からんが、他を当たってくれ」
「……メリットならありますわ! 結婚したら、わた、わたくしのこの豊満な身体を、すすすす好きにしていいというメリットが! これなら貴方も文句はないでしょう! でしょう!!」
やけくそ気味に腕を組み、胸部装甲を強調させながら叫ぶエレナ。
「豊満な身体……?」
エレナいわく、"豊満な身体"をジロジロと不躾に見る。エレナはなぜか自分で言っておいて恥ずかしいのか、顔を赤くしてもじもじしているが、構わず凝視する。
……確かに自分で言うのもあり、大きな胸部装甲を持っているようだ。
だが、魔道具が好きな俺なら分かる。これは――偽物だと。
「――《帝位鑑定》」
――――――――――――――――――――――――
■魔道具名:模造装甲
■魔道具等級:古代遺物級
【効果】
身体に装着し、装甲を作り出す魔道具。
身体の部位に関連する物であれば再現可能。
色・形・強度を変幻自在に変えることができ、既存の鎧をコピーして、機能や見た目がそっくりの鎧を作り出すこともできる。
腕、手、足などの生身も再現できるが、あくまでも装甲なので、動かすことはできない。
高度な魔力偽装が掛けられており、一見すると魔道具だと分からない。
■装着者:エレナ・ティミッド・ノーブルスト
■装着部位:胸部(AAA→G)
――――――――――――――――――――――――
「AAA……まな板の間違いでは?」
「ふぁ!? な、何でそれを――まままままさか透視魔法っ!! こ、この変態! すけべ!」
エレナは顔をボンっと真っ赤にさせ、涙目でそんなことを言ってきた。なんか最初のイメージと違う。こんな子供みたいな感じだったっけ。
「透視魔法なんてするわけないだろ。……まあ、これでデメリットしかないって分かったな? じゃあさっきの魔道具はいらないからさっさと賞金をくれ」
「……ちょっと、ここで待っててくださいな」
「はぁ? いやそんなことより賞金を――」
「――ここで、待ってて、くださいな」
「いやもう話すこと無――」
「貴方、ここで、待つ」
「お、おう……」
有無を言わさない態度でそう言い、スティカを連れて部屋から出ていくエレナ。思わず了承してしまった。
隣の部屋のドアがパタンと閉じる音が聞こえて、
「――――なんなのあの男おぉぉ! わたしちっちゃいの気にしてるのにデメリットとか言うし……! そっちだって目濁ってるくせに! 濁ってるくせにぃ!!」
「――――落ち着いて下さいお嬢様。確かにお嬢様の胸は絶壁で僅かな起伏すら無いですが、それでも健気に生きています。ちなみに私はHカップです」
「――――全然慰めになってないんですけど! むしろ追い打ちになってるんですけど!?」
でかい声で叫ぶエレナと、それを窘めるスティカの声。
「――――というか全然だめじゃない! スティカが『お嬢様の魅力ならあの男を篭絡して手籠めにできるはずです』とか自信満々で言うからやったのに! まったく興味なさそうだったじゃないの!」
「――――おかしいですね、私の推測ではあの男は未成熟な胸の女性に激しい興奮を覚える……いわゆる"貧乳好き"だと思っていたのですが。違うようですね。てへ」
「――――それ間接的に私の胸が小さいって言ってるよね! 言ってるよねぇ!」
隣の部屋から聞こえる、ドタバタと取っ組み合っているかのような物音。
「――――ではお嬢様。こうなったらもう同情を誘いましょう。いい感じにしおらしくお願いしたらいけるはずです。…………たぶん」
「――――いまたぶんっていった?」
「――――言ってません」
そして、エレナとスティカは少し段取りを話し合い、揉めているのかドタバタと騒がしく喚いた後、戻ってきた。
「お待たせっ……ズズッ……しましたわ」
戻ってきたエレナの顔は、泣いていたのか目元が少し赤くなっていて、時折ズビズビと鼻をすすっていた。鼻かんでから来いよ。
「貴方がわたくしと結婚したくないことは分かりましたわ。でも……これを聞いたら、貴方も考えが変わるはずです」
「いや、さっきの全部聞こえてたから。普通に変わらないから」
全部丸聞こえだったわ。変わるわけないだろ。
「え? ちょ、ちょっとスティカ? 音消しててくれたんじゃ――」
「忘れてました。てへ」
機械のようなピクリとも動かない顔で、「てへ」とかのたまうスティカ。
「…………実はいま、マギコスマイアの王宮内で王族同士の継承争いが始まっているのです」
エレナはスティカの言葉に固まってプルプルと震えたあと、何事も無かったかのようにそう言った。……どうやら、聞かなかったことにしてほしいらしい。
「ここ、マギコスマイアは今でこそ、魔導以外の呪術や剣技も評価されていますけど……王宮ではまだまだ魔導至上主義の考えが多いのが現状ですわ」
「ふーん……」
何やら、凝り固まった考えの人間が多いらしい。まあ、そりゃすぐに全員が変わるわけ無いし当たり前だろう。
「その中でも一番、魔導至上主義を謳う、ダリウス・ティミッド・ノーブルスト――わたくしのお父様は『より魔力が多く、様々な魔術に長け、なおかつ強い人物を連れてきた者を王にする』と宣言いたしました」
「……なんだそりゃ。何で"連れてきた者"なんだ? 王族同士で比べればいいだろう」
「兄妹間での比較となると、どうしても優劣が激しくなってしまい公平ではなくなってしまうからですわ。だからお父様は"夫"ないしは"妻"を連れてきて、その人物を評価することにしたようです。……まあ、子孫に色濃く魔力を受け継いでもらいたいという打算もあったみたいですけども」
つまり、トーナメントでド派手に魔法をぶっ放してしまった俺に目をつけて、こうして話を掛けてきたということだろう。何それめんどくさい。
「ですから……お願いします! わたくしにはもう貴方しかいないんですわ!」
「うーん……でも結婚とかはなあ……」
先ほどまでのふざけた様子と違い、必死の顔で頼み込んできていることから……継承うんぬんは事実なのだろう。こいつ演技できなさそうだし。
もしかしたら、兄妹に命を狙われているから仕方なくとか、そういった事情があるのかもしれない。まあ俺には……関係ないんだけども。
でも、結婚は絶対に嫌だが、もう少し話を聞くくらいならしてやっても――
「そうです。お嬢様には貴方しかいないのです。昔からお稽古をサボりまくっていて未だに《初級魔法》すら使えず、舞踏会でダンスに誘われても挙動不審になって大失敗しちゃう陰キャのお嬢様には、もはや貴方という選択肢しかないのです。そもそもお嬢様が継承戦に参加したのは、一生独り身で王宮内に引きこもってだらだら過ごす予定だったのに、王に叱咤されて他の貴族と婚姻させられそうになったからですし、そんなどうしようもないお嬢様には、もう貴方しかいないのです」
「断る。断固として断る」
訂正。話すら聞く価値ないわコイツ。
「そ、そこをなんとか! 考え直してくださいませ!」
「絶対、無理」
「じゃあちょっとだけ! ほんのちょっとだけ!」
「ちょっとだけって何だよ! そのまま引きずり込むつもりだろお前!」
俺はエレナが縋りついてこようとするのを必死に抑える。目が血走っててハァハァ言ってて怖い。
そのまま言い合うこと数十分弱。
「ぐ、ぐぎぎぎ…………わ、分かりました。諦めますわ」
「ハァ……ハァ……や、やっと諦めてくれたか。じゃあ、俺は帰るから――」
「諦めますが――ただで出れると、思わないでくださいまし?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるエレナ。……ああ、さっきから気になってたけどそういうことか。
「それは――さっきから周りに潜んでる奴らの事か?」
俺はちらりと、僅かに感じる魔力の流れに目を向けて、そう呟く。
「――っ! ……さすがですわね。高度な《妨害魔法》と《偽装魔法》を使っているはずなのですけど……貴方には、意味がないということかしら」
そもそも、この部屋に案内された時から気になっていた。
敵意や殺意は感じなかったから放置していたが……こいつの差し金だったようだ。
潜んでいる人数は7人。気配を完全に消していることから、かなりの実力者であることが分かる。
「どうです? さすがの貴方でも魔導士である以上、この広くない室内で魔法を使う事は難しいでしょう? 加えて、潜んでいる彼らは対魔導士の精鋭。……今なら、先ほどの言葉を撤回すれば助けて差し上げますが――」
「いい感じですお嬢様。そんなことしたら犯罪ですし、ただの脅しなのでするつもりなんてまったく無いのに、いい感じの演技です。大根役者のお嬢様にしてはいい感じですよ」
「スティカぁ! なんでいうの! なんでいうのぉ!!!」
暴露したスティカに涙目で抗議するエレナ。
……どうやら、ただの脅しのようである。なんだそりゃ。
「……もう帰っていいかなこれ」
エレナはスティカに「だいたいスティカは日ごろから私のことを馬鹿にして――」とかなんとか言って涙目で訴えてるし、スティカは平然とした顔で佇んでいる。なんかめんどくさいし、帰ってもバレないのではないだろうか。
だが……出入口は潜んでいる奴らに完全に封鎖されている。強引に突破することは出来るが、できれば見つからずに逃げたい。
……となると、取れる手段は一つ。
「できれば使いたくなかったが――」
足元に青白い魔法陣を展開させ。
「――《空間転移》」
呟いた後、俺はその場から跡形もなく掻き消えた。