14話 【硬】の勇者
ルナたちと別れて家に帰ってご飯食べて寝て翌日。
『ただいまより――第86回マギコスマイア魔導大会最終日。通過者4名による総当たり戦、第一試合を開始いたします!』
魔導大会の最終戦、総当たり戦が始まった。
会場も勝ち抜き戦の時と違い、更に広い何千人も入りそうな会場。
「……よし、行けるとこまで行ってみるか」
正直、当初の目的であるお金は手に入れたので、ここで棄権しても問題はない。
しかし……今回の大会の優勝賞品は例年と違い、魔道具。
優勝賞品になるほどの魔道具であれば、是が非でも手に入れたいと思うのがコレクター魂と言うものだろう。つまりめっちゃ欲しいから棄権したくない。何が何でも絶対に手に入れる。
……ちなみに、リーナも魔導大会のBブロックで出場していたようだが、あと少しで通過という所で棄権したらしい。
火力が足りないとかなんとか言って棄権したようだが、詳細はよく分からない。まあ対戦相手の相性が悪かったのだろう。たぶん。
『では、選手のご紹介を――まさかまさかの大波乱! 誰一人として、この展開は予想していなかったに違いありません! Aブロックにて優勝候補だった"戦剛鬼グラン"を打倒し、"剣舞姫アローレ"、"闇呪師ワイズ"といった猛者達をも倒した、今大会で一番注目されている期待の新星! D級冒険者とは思えない圧倒的な魔力弾で対戦者を一瞬で消滅させた男――"魔弾使い"、ロレイ・ラージ選手!』
俺の紹介が行われ――会場内から耳が割れんばかりの、熱狂的な声援が巻き起こった。
……思った以上に、注目されている。
大会後にはいろいろと面倒なことになりそうだが……何の問題もない。名前も偽名だし姿も違う。逃げればいいだけの話だ。
俺の実名を知っているのは、提出した書類を見た大会関係者と、主催者である――エレナという王族くらいだろう。
参加者の情報は漏洩しないはずだし、王族とは関わることもない。つまりまったく問題ない。
『対するは――これまた大会初出場者! 自分では一切手を出さず、Bブロックの全ての試合で対戦相手に降参を選択させた新星! そのねちっこくしぶとい戦闘スタイルが亀に似てることから"亀勇者"と揶揄され、会場は冷えっ冷えでブーイングの嵐! A級冒険者で【硬】の勇者でもある男――ロード・シュヴァッハ選手!』
実況が俺の対戦相手を紹介すると同時、会場内にブーイングが巻き起こる。「ちゃんと戦え!」「亀勇者!」と、物を投げてくる観客もいた。これはひどい。
「フッ……世俗の評価で我を測ることなど不可能……! 我は唯一無二にして絶対的な存在。その程度の中傷で傷つけられることなどあらぬ……!」
対戦相手である男――ロードは銀色に輝く前髪をファサっと巻き上げ、ニヤッと笑みを浮かべる。
「おい……足、震えてるけど」
「……気のせいであろう。我は【硬】の勇者ぞ? その精神強度はオリハルコンの如く。周りのブーイングが怖くて泣きそうなんてことは……ないのである。ないのである」
「……そういうことにしておく」
不遜な態度と裏腹に膝が笑いまくっているようだが……突っ込んで欲しくないみたいなので、これ以上追及するのは止めた。
「というか、その話し方止めてくれないか? 昔を思い出して死にたくなるから」
こいつの話し方……いちいちキザったらしくて、聞いているだけでもぞもぞとするのだ。
まるで、13歳くらいの思春期特有の病を患っていたころの自分を見ているようで。
「フッ……それはできぬな。これは我の"存在証明"。我その者と言ってもいいのだ。捨て去ることなど不可能!」
「まあ、別に人の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ。……その恰好はさすがに、数年後に後悔するかもしれないから、止めたほうがいいぞ」
ロードの姿を指さしながら、呟く。
暗殺者かと見間違えそうなほど真っ黒な服装に、これまた黒い胸当てや籠手などの装備を着けた風貌。
髪はさらさらとした銀髪で、瞳は魔道具で変えているのか左右で赤、金と違った色。
そして、アクセサリーなのか腕には包帯が巻かれていて――なぜか、動きにくそうな漆黒のマントを羽織っていた。
黒で全身を覆うのは確かにかっこいい。俺も昔、そんな時期があった。
だがしかし。それはいずれ自分を苦しめることになる諸刃の装備。
こいつの年齢は……見たところ17歳くらいだろうか。いつから発症しているのか分からないが、ご愁傷様と言うほかない。
「それでは――両者、試合を開始してください!」
そして、実況の試合開始を告げるホイッスルが鳴り響き、試合が開始された。
俺は他の試合と同様に、この試合も一瞬で終わらせようと魔力を練るが、
「フッフ……"魔弾使い"よ。貴様もなかなかやるようだが……我に勝つことはできぬ。なぜなら我は【硬】の勇者であり――"深淵の監視者"なのだから――」
「……"深淵の監視者"?」
よく分からない事を言いだしたロードの言葉に、首を傾げる。
俺も勇者を志望していた身なので、聖印や勇者関係の情報をある程度は知っている。
【硬】の勇者が使える中で、有名なのは――《絶対防御》だろう。
自身の周りに高度な結界魔法を幾重にも展開させ、絶対的な防護結界を発生させる……【硬】の勇者にだけ使用可能な結界魔法。
その防御力は、帝級の防護結界を何度も重ね掛けしたのと同じくらい絶対的な防御力を誇るらしく、聖印図鑑に載っていた情報によると、Sランク龍のブレスを受けてもキズ一つ付くことが無かったらしい。
……だが、"深淵の監視者"なんて固有名称は勇者図鑑でも聞いたことが無い。なぜかちょっとだけ聞き覚えがある単語だが……もしや、こいつだけが使える特殊な魔法か何かなのか?
未知の魔法に警戒していると、
「……そう、我は"深淵の監視者"。すべての魔を滅する存在であり――"王"の帰還を待ち望む"従者"。そして――」
そう言いながら、本のような、分厚い何かを懐から取り出すロード。
「この聖典――"深淵ノ滅命創成期"こそが我がバイブル! 我の人生を変えた、"王の書"……! ……フフ、羨ましいだろう!」
「……ん? ちょっと待て。それ、どこかで――」
興奮した様子で見せびらかしてきたそれ――ロード曰く"王の書"を見て、呟く。
黒一色の装丁に、禍々しい魔力を纏った魔導書らしき本なのだが……なぜか、どこかで見た気がする。
しかも、見ているだけですごく嫌な感覚を覚える。まるで、今にも頭を抱えてじたばたと動き回りたくなるような――
「そも、我が勇者になったのも……この聖典を書き記した"王"――"ジ・ゼロ"にお仕えする為! あぁ、我が王よ……! 早くお会いできぬものか……!」
「……それ、ちょっと見せて貰えないか」
「ぬ? ……フフ、やはり貴様も、王が作られたこの"王の書"に興味があるのか……だがしかし! これは世界に一つしか無い、我がバイブル! 言伝にて布教するのは構わぬが、触らせる訳にはいかぬ! ……だってこれは、我が必死こいて何回も修復魔法をかけて復元した、"王の書"なのだからな!」
「それよこせ今すぐ燃やす」
思い出したと同時、ロードの持っている"王の書"を、今すぐにでも燃やしたくなる衝動に駆られる。
あのかっちょいい感じの装丁、"ジ・ゼロ"と言う名称、"深淵の監視者"という聞き覚えのある単語。
ロードが持っているそれは完全に間違いなく、5年前に俺が衝動的に書いた、書いてしまった――黒歴史ノートだった。