13話 計画通り
大会会場近くのリサンテ街道沿い、"クルルの宿"と看板に書かれた宿屋の一室にて。
「クックック……フハ、フハハ……ハーッハッハッハァァ!!!」
一人の男が、笑いが止まらないと言いたげな様子で、声高々に高笑いをしていた。
「ククク……計画通り……!」
その男――というか俺、ジレイ・ラーロは目の前の光景を見て思わず、顔を悪人のようにニヤリと歪ませる。
「ひぇぇ……お、お金がこんなにたくさん! いち、にい……か、数えきれないほどあるのじゃ……!?」
近くでちょこんと座っていた幼女――ルナもそれを見て、わなわなと戦慄している様子。
時刻は魔導大会2日目が終わり、日が落ちかけて夕刻になろうかという時間帯。
あれから――俺は魔導大会の1、2回戦を順調に勝ち抜き、2日目の3、4回戦も勝ち抜いて……無事、Aブロックを通過することができた。
ちなみに行った試合はすべて、開始と同時に魔力弾で対戦者が痛みを感じる間もなく消滅させ、一瞬で終わらせた。
その結果。突然現れた新星"魔弾使いロレイ"として、他の参加者や記者たち取材陣から囲まれる羽目になったが……隙をついて逃げたから問題はない。
加えて、大会中はずっと"はなめがね"を装着していたから、俺の顔も割れていない。
今は変幻の指輪で赤髪に変えてるし大会ネームも偽名なので、どれだけ目立ってもまったく不都合はない。完璧だ。
そして現在――宿屋に移動して儲かった金貨を積み上げ、悦に入っているという所である。
「――それにしてもお主、あんなに強かったんじゃな!? 全員ワンパンじゃったぞワンパン! すごい!」
ルナは見たことも無い金の山に興奮しているのか、先ほどから何度も「なんでそんなに強いんじゃ!?」と聞いてくる。俺は「筋トレと魔物討伐」と答えた。
「ふへ……これだけのお金があれば……魔王さまに似合うかわいい服をいっぱい買ったり、ドーレとフィアたちには言わないで、ふたりだけの家なんかも建てたりして――ふへ、ふへへへへ」
ユーリに至っては、積みあがった金貨を凝視して、だらしない顔で妄想の世界に旅立っている始末。
「……そうだ! 魔王さま。この人間が出る明日の試合にもこれ全部賭けましょお! そうすればもう一生お金に困ることはありません!」
「いい案じゃユーリ! 赤い人――いや、"ロレイ"よ。わしはお主に全てを賭けるぞ! お主に決めたっ!!」
びしっと弾んだ声で、こちらを指差すルナ。
「……盛り上がっているところ悪いが、最終戦は賭博NGだから無理だぞ」
水を差すように言うと、「あっ、そっかぁ……」と分かりやすく消沈する二人。
この二人、すぐ熱くなるから賭博とか向いてないんじゃないだろうか。儲かっても次の瞬間には無くなってそうなんだけど。
あと、ロレイは大会ネームで俺の本当の名前はジレイなんだが……まあ、別に訂正するのも面倒だからこのままでもいいか。
「……よし。じゃあ俺はここからこっちを貰っていくな。それじゃまた――」
立ち去ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待つのじゃロレイ! それ、お主の方が明らかに少ないんじゃが……?」
俺が持って行こうと詰め込んだ、金貨が入った袋(1000万リエンくらい)を指さしてそんなことを言うルナ。
「……まあ、今回は協力して貰ったからな。お前たちが居ないとできなかったわけだし、俺はこれで問題ない」
「で……でも! それを言うならわしたちはロレイが誘ってくれたお陰じゃし……それに賭けたお金もわしが3万でロレイが3万なんじゃから、半分こした方が――」
これでいいと言っているのにも関わらず、ルナは納得できないという様子で引き下がらない。
「……別に、俺はぐうたらできればいいだけだから、あんまり金は必要ないんだよ。今回金が欲しかったのも必要になったからだし」
それに……昔からなぜか、金を無駄に多く持っていると、面倒ごとが頻繁に起きるのだ。
一時期、「もし王様になれなかったときのために、一生引きこもれるだけの金をかせごう!」と頑張っていたときがあったのだが、かなりの額が溜まった頃に面倒ごとが起きて全部消えた。
酷いときには持っていた金額よりも消費した金額の方が多くなったりして……いつの間にか、借金が出来てたりする。まったくもって意味が分からない。
だから俺は基本的に、金は必要以上に持たないようにしている。
必要になったら稼げばいいだけの話だし、別に贅沢な暮らしがしたいという気持ちもない。たまに金が多く入って、魔道具が買えれば俺はそれでいいのだ。
今回みたいに急に金が必要になるケースもまれにあるが……それでも、今までなんだかんだで毎回なんとかなっている。
だから、何の問題もない。それに――
「……ま、その金で服とかお菓子とか買ったらいいんじゃないか? 金があれば、お前たちみたいな悪ガキが盗みに入ることは無いだろうしな」
ちらりとルナとユーリのみすぼらしい服装を見ながら、やれやれと肩をすくめる。
この前みたいに店に盗みに入られても困るから、仕方なくである。
以前話を聞いたときによると、二人で旅をしているらしいし……見たところ、親のような存在も居なそうだ。ユーリは姉って感じだし、髪色が違うから血は繋がってないだろう。
「ほんと、本当に……お主はいい奴じゃな! ここまで優しい人間は初めてじゃ……!」
目をキラキラと輝かせて、感極まったような態度でなぜかそんなことを言うルナ。
「やりましたね魔王さま! じゃあ早速このお金で魔王さまに似合う服を買いに行きましょお! さあ行きましょうすぐ行きましょお!」
「わ、分かったから服を掴むでない! おぬし馬鹿力なんじゃから破けるじゃろ!」
ユーリは頬を染めてハァハァと息を荒げながら叫び、ルナとわちゃわちゃする。ちょっとユーリが興奮してて気持ち悪いと思った。
……んん? なんかデジャブ。どこかでユーリに似たような人物を見た気がするような……? まあ、気のせいだろう。ユーリとは初対面のはずだしな。
「人間! あなたはけっこう役に立つようだから、魔王さまがこの世界を支配した暁には、特別に生かしておいてあげても――」
「ユーリ! ロレイは恩人なんじゃから、失礼なことを言うでないぞ! ……ロレイ、わしはマギコスマイアでの用事は終わったから、明日ロレイの試合を見た後に馬車で別の街に行くが……また会えることを楽しみにしておるぞ! その時はわしに出来ることがあれば、何でも言ってくれてよい!!」
「おー。俺も楽しみにしてるわ」
金貨が詰まった袋を異空間収納にぶち込み、扉を開けて部屋から出る間際、ルナたちの方を見ずにひらひらと手を振ってそんなことを言った。
……ルナはあんなことを言っているが、おそらくまた会う事は無いだろう。
旅の途中で何度も同じ人物に遭遇するなんてことはそうそう起こらない。人生は一期一会なのである。
チェックアウトを済ませ、見送りなのか外までついて来て笑顔でぶんぶんと手を振るルナを後目に見ながら。
明日の最終戦の為に寝て身体を休ませるべく……シャルの屋敷へ向けて、歩き出した。