12話 魔導大会開始
『――それでは只今より、第86回マギコスマイア魔導大会、Aブロック第一試合を開始致します! 対戦者の方はそれぞれ、所定の位置に――』
対戦表が発表され……待ちに待った、魔導大会が始まった。
今回の大会の総参加人数は64名。
数百人規模の大きな大会とかと比べると、少ない人数といえる。
しかし、参加者はそれぞれ一人一人が選りすぐられた猛者たち。決して油断はできないだろう。
大会は3日間続けて行われ、1日目と2日目はA~Dブロックで勝ち抜き戦を行い、最終日に勝ち上がった4名の通過者で総当たり戦が行われる。
開催する年の主催者の意向により、始めから総当たり戦になったり、2~4人で組むチーム戦だったりするが……今回はそのどちらでもないようだ。
しかし、そちらの方が俺にとっても好都合である。勝ち抜き戦の方が全体的なオッズの比率が大きいし、あの計画も……夢が広がるな。
『選手のご紹介を行います――なんとあのビッグネーム、アルディ学園長の直々の推薦! "D級冒険者"、ロレイ・ラージ選手!』
俺の登録した大会ネームが声高々に呼ばれ、Aブロック会場内にまばらに声援が上がる。
そして、空中に投影された魔導掲示板に俺のオッズが30倍と表示された。
「思ったより低いな……まあ、大丈夫か」
想定では50倍は行くかなと考えていたのだが……アルディの紹介ということで多少の期待を持たれたのだろう。まあ正直、今回の試合のオッズはどうでもいい。それよりも――
「――先生ー! 勝ったら何か奢ってくれよー!」
「――ジレイくーん! 頑張ってー!」
思案してたら、見知った声が観客席の方から聞こえてきた。
見てみると、ルダスを含めた八名の学園の生徒たちと、目が合って嬉しそうに手を振るシャルの姿。
俺は苦笑いを浮かべながら、観客席に向かって軽く手を振る。
シャルが居るのは分かるが……あいつらも来てたのか。……仮にも有名な子息、令嬢なのに、見る限り近くに護衛がいないのは問題ではないだろうか。
……いや、アルディの事だからおそらく、反感を買わないようにこっそり護衛を付けているのかもしれない。たぶん。
「あいつらは……よし、ちゃんと来てるな」
ついでにと観客席を見渡した後、目視で目的の人物――ルナとユーリを発見する。バックレてないで安心だ。
……ちなみに、いま俺はあのクソダサい魔道具"はなめがね"を装着している。
本当は死んでも付けたくなかったのだが……なんでも、主催者である王族――エレナとかいう王女が試合を見に来ているらしく、大会関係者から「強制は出来ませんが、お願いですから付けて出場してください」と涙ながらに懇願されてしまったのだ。
なので、誠に遺憾ではあるが仕方なく、付けている。できることなら今すぐ地面に叩きつけたい。
『対するは、"剛勇怪傑"のクランマスターであり、第84回魔導大会の覇者! 今大会の優勝候補でもあり、S級モンスターの単眼巨人をたった一人で討伐したことで有名な――"戦剛鬼"、グラン・ロウバウスト選手!』
対戦相手の男――鋼のような筋肉に分厚いフルプレートを纏った大男を実況が紹介する。
と同時に、Aブロック会場内に熱狂的な声援が巻き起こった。
魔導掲示板に投影された大男のオッズは1.05倍。かなり低い。
優勝候補と謳っていることから、誰もがこの男の勝利を疑っていないのだと推測できる。
つまり……俺はクソ雑魚だと思われているということだ。だがそれでこそ、あの計画が栄える。
「では……両者、試合を開始して下さい!」
試合開始のホイッスルが鳴り、お互いに対峙する。
「――棄権しろ。貴殿では俺に勝てん」
相手の出方を伺っていると、大男――グランが地を揺るがすような低い声でそんなことを言ってきた。挑発か?
「……やってみなきゃわからないだろ?」
「勘違いするな。別に挑発しているのではない。貴殿の事を思って、言っているのだ。……傷は癒えるが植え付けられた恐怖は消えぬからな」
グランは少し目線を落とし、俺たちが立っている場所――"Aブロック第一闘技エリア"に目線を向けたまま、どこか悲し気な表情を浮かべる。
「ああ……そういうことか」
俺は顔に少し陰を落としたグランを一瞥して、何が言いたいのかを理解した。
《競技戦場》
《虚言結界》の一種である競技戦場は試合後にはどんなに損傷しても元通りになるが、記憶が無くなるわけでは無い。
この男は敗北するだろう俺を気遣い、前もって忠告したのだろう。挑発してきたのかと思ったがそうではないようだ。案外いい人なのかもしれない。だが――
「悪いが……棄権はできないな。負けるわけにはいかないんでね」
「……そうか。貴殿もこの大会に、譲れぬ物があるのか」
グランは一瞬だけ目を見開き、決心したかのようにそんなことを呟く。なんか大層な感じで言ってるけど、別に金が欲しいだけって言った方がいいのかなこれ。
「ならば俺は――貴殿の勇猛に応えるべく、グラン・ロウバウストの名において、全力を出すことをここに誓おう」
グランは全身に闘志をみなぎらせ、背中に背負っていた重そうな大剣を、片手で軽々と構えた。
凄まじい闘気。
さすがは84回大会の覇者といったところだろうか。この男が立っているだけで空間が圧され、ビリビリと震えているのが分かる。
「――参る」
そして、グランは亀裂が入るほどの勢いで地面を蹴り――俺に向かって突進した。
鈍重そうな外見からは考えられないスピード。
あのどでかい大剣をこの速度のまま叩きつけられたら、帝級の結界魔法でもただでは済まないだろう。
グランが迫る一瞬。
俺はちらりと、観客席にいるルナとユーリを見る。すごく不安そうにわたわたしているが……問題ない。
この試合よりも俺は、あの日立てた"計画"をちゃんとルナたちが行えているかの方が心配だった。
そう、天啓の如く舞い降りた、あの"計画"を――
¶
「へ? お主に全額賭ける?」
ルナたちに声を掛け、俺の考えた革新的すぎる計画の概要を話すと……ルナは目を丸くして驚き、そんな事を言った。
「ああ、大会のルールで自分には賭けられないから……お前たちにやってほしいんだ」
「でも、それって不正だと思うんじゃが……?」
「大丈夫だ。別に俺が賭けるわけじゃないからな」
ルナを安心させるように、自信満々に言い放つ。自分に掛けるのは禁止だが、他人に賭けて貰うのは禁止されてない。つまり合法。合法なのである!
「で、でもお主が勝つかも分からんし……お金もこれしか無いし……」
「魔王さま! せっかくだしやりましょお! この男が勝てばいいだけの話ですし、もし負けたら私がミンチにします!」
不安そうに、懐からガサゴソと取り出した数枚の硬貨を見ながらつぶやくルナを、乗り気のユーリが後押しするようにそんなことを叫ぶ。
ユーリの後押しも合ってか「うむむ……でも博打は良くないし……お金もちょっとしか……むむぅ」と悩み始めるルナ。よしよし、あと少しあと少し。
どうやらお金の面で迷っているようなので、俺はルナを安心させるように、優しい声で諭すようにこう言った。
「大丈夫だ。俺も賭け金は少し出すし、合計金額が少なくても問題ない。――だって、一つの試合に賭ける訳じゃないし」
「……? どういうことじゃ?」
こてん、と可愛らしく首を傾げ、「?」と頭にクエスチョンマークを浮かべながらこちらを見るルナ。
俺はなるべく分かりやすく説明するために、口を開く。
「つまりだな――」
¶
「――なぜ、避けてばかりで攻撃して来ない! 顔つきも腑抜けていて……俺を馬鹿にしているのか!?」
考え事をしながら、息つく間もなく振られる大剣をぎりぎりで躱していると――グランの怒気をはらんだ叫び声が、俺の意識を現実に戻した。
……あの日のことを思い出していて、試合がそっちのけになってしまっていた。どうやら顔にも出ていたようだし、怒らせてしまったようだ。
「すまん。別にあんたを馬鹿にしているわけじゃなくてだな。……少し、"計画"について考えてたんだ」
「……"計画"、か」
グランは大剣を握っている手を少しだけ緩め、ここではないどこかを見るような遠い目をしながら、平坦な声で復唱する。
俺はなぜか少し虚ろな表情を浮かべるグランを横目で見ながら、道化のように調子よい声色で言った。
「――少し、算術の問題だ。『今回の試合のオッズは俺が勝つと30倍。6万リエンを賭けたらいくらになるでしょう?』……簡単だな?」
「……急に何を言っている。そんな事どうでもいいだろう」
「正解は180万リエン。大金だが……高価な服を買い漁るとしたら、これだけじゃ不安だ。次の試合でまた賭けるにしても、優勝候補であるあんたに勝った俺は当然、次の試合のオッズは低くなる……たぶん、いって2倍ってところか」
胡乱げに睨むグランを無視して、呟く。
グランは突然変な事を言いだした俺を訝し気に睨み、何が来ても対応できるように大剣を更に深く握った。
「順調に勝ち上がって……決勝の総当たり戦までの合計試合は、これ含めて4試合。次のオッズが2倍でその次が1.5倍、次が1.1倍だったとしても――貰える金は594万リエン。二等分したら290万ちょいにしかならない。……これじゃ、やっぱりちょっと不安なんだよな」
「……」
無言で警戒するように、こちらを睨むグラン。
「――そこでだ。この大会には一試合に賭けるのとは別で、ブロック通過者を予想する賭けがある。これに参加したら代わりに、他の賭博に賭けることはできなくなるが……もし、"D級冒険者"である俺が通過したら――オッズは何倍で、6万賭けたらいくらになると思う?」
「……戯言を。そんなもの知ら――」
「正解は――」
言いかけるグランの言葉を遮り、右手を向ける。
「"1483.578倍"、6万賭けで――――8898万リエンだ」
呟くと同時。無数の魔法陣を周囲に展開させ、膨大な魔力弾をグランに向けて放出した。
破壊音が幾重にも鳴り響き、周囲を覆い隠すように舞い上がった砂煙が収まったころ。
「これであと、3試合」
グランがいた周辺だけ、ぽっかりと抉るように大穴が空いた闘技エリアを見て、俺はそう呟いた。