11話 ランダムくじ
「……それでは、こちらの書類で申請させて頂きますね。大会ネームが"ロレイ・ラージ"様で問題ありませんか?」
「ああ、それで頼む」
書類に書いてある内容を確認のために復唱する受付に、俺は問題ないと告げる。
結局――やはり噂の英雄との名前被りは何かと面倒な事が起きるかもしれないと思ったので、名前を変えることにした。
適当につけた名前でめんどくさいことにはなりたくないし。避けれるなら避けるべきだろう。
「では、受付申請も終わりましたので、本日の正午から対戦表が発表されます。……あとこれをどうぞ」
そういってスッと、四角い箱を取り出して机の上に置く受付。
「……何だこれ?」
「これは出場者の方に装着して頂く、アクセサリー型魔道具のランダムくじです! デザインがいいものばかりなので、けっこう好評なんですよ! あ、もちろん無料ですし、気に入らなかったら着けて頂かなくても大丈夫です。出場者プレゼントだと思って貰えれば!」
「……へえ、どれどれ」
無料で魔道具貰えるなんてラッキーと思いながら、四角い箱の上部に空いている丸い穴から中に手を入れ、ガサゴソとくじを取り出す。ちょっと楽しい。
「えーと……"SSS賞 ???"。……なんだこれ」
引いたくじを開いて中身を見ると、虹色の文字で書いてあったのは、???と書かれた名前不明の魔道具。
「おおっ! これはすごいです! 大当たり~!!」
俺がくじを受付に渡すと、近くに置いてあったベルをリンリンと鳴らし「おめでとうございます!」と言ってきた。周りにいた出場者たちも、なんだなんだと注目の視線を向けてくる。
「おめでとうございます! 今回の大会のために、主催者の王族様が特注で作った、一つしかないSSS賞です! ぜひとも装着して出場してくださいね!」
どうやら、なんかすごいのを当ててしまったようだ。さすが俺だな。やれやれ、自分の才能が怖い。やれやれ、やれやれ。
「まあ、そこまで言うなら付けてもいいかな? それで、どんな魔道具なんだ?」
俺まったく興味ありませんけどまあ仕方なく? といった冷静な態度を装いながら、内心めちゃくちゃワクワクして問いかける。
受付は魔道具を取りにいくために、一度席を離れてすぐに戻り「はい! こちらになります!」とSSS賞の魔道具が入った箱を俺に渡してきた。
王族特注と言うからには、さぞかし高機能でデザインがかっこいい魔道具に違いない。イケメンの俺が装着したら更にイケメンになってしまいそうだが、まあ大会のルールというのならば付けてもいいだろう。まったく、俺は興味などないんだがな。どれどれ、見てみるか。
……なるほど、これがSSS賞の魔道具か。ふむふむ、確かにこれは王族が特注で作るほどの代物――
「――じゃないんだけど。なにこれいらない」
俺はSSS賞の魔道具を受付の机にバァン! と叩きつけ、受付に返品の意思を伝える。
「ええっ! SSS賞の"はなめがね"ですよ!? 本当にいいんですか!?」
「何だよ"はなめがね"って……名前からもうめちゃくちゃダサいんだが。実際これダサいし」
視力を増強させる魔道具"めがね"に似ている造形に、ところどころに装飾された花の飾り。
装着したら鼻をすっぽりと覆えるほど大きな、実際の鼻を模した鼻がめがねに装着されている。全体的にファンシーな魔道具……なのだが、可愛くもないし致命的にダサい。考えたやつのセンスはどうかしてる。
「……それ、絶対に"エレナ様"の前では言わないほうがいいです。あの方、本気でこれがセンスいいと思ってるので……」
受付は小さな声で申し訳なさそうに、そう言った。なるほど、この悪趣味な魔道具を特注したのはエレナという王族なのか。聞いたこと無い名前だな。
「まあ……別に大会中の装着は強制じゃありませんし、せっかくだし記念に持っておいてはいかかでしょう?」
「……まあ、持っておくだけなら。……ちなみに、これは何に使える魔道具なんだ?」
性能次第ではまあ使えないことも無いだろうと思って聞く。特注するほどの魔道具だし、何かしらに使えるはずだ。
「……使えません」
「……は?」
しかし、受付は申し訳なさそうに目を逸らしながら、返答する。魔道具で使えないってなんだよ。意味が分からないんだけど。
「その魔道具はただの飾りなので、アクセサリー以外の用途には使えません。めがね型魔道具に人気な"遠視"も"探知"もついていません。壊れないように"頑強"、"自動修復"、"耐性"はついています。たぶんS級モンスターの攻撃でも壊れません……すごい!」
「すごいじゃないが」
つまり、どんなことでも壊れないクソダサめがねってことだろう。すごくいらない。
「……やっぱり、要らないからお前にやるよ」
「いえ! そんなの要らな――じゃなくて、王族特注の魔道具なんて私ごときには恐れ多いので、遠慮しておきます!」
俺が「遠慮するな!」と押し付けようとしても、「くじで当たったのであなたのものです!」と一向に受け取ろうとしない。それならと周りの出場者に呼びかけるも、みんな目を逸らして逃げるように去っていく。
「……くそ。仕方ないから異空間収納に閉まっておくか……本当はこんなおぞましい物体いらないけど――」
嫌々、異空間収納に放りなげようとすると、
「――はぁ!? ちゃんと申請しておいたはずなんだけど! 何かの間違いだろ!?」
耳に聞こえてきたのは、室内に響き渡る、男の大きな声。
何だろうとそちらに顔を向ける。
視界に入ったのは別の受付で騒ぐ、剣士の恰好をした茶髪の少年と、淡々と対応している受付の女性の姿。
近くにはパーティーメンバーと思われる、黒いローブを着た茶髪の少女と、軽装剣士風のシンプルな装備を身に着けた、さらさらとした金髪の少年が、困惑した様子で見守っていた。
「申し訳ありません。出場条件を満たされていなかったため、申請は無効にいたしました。詳しくはこちらの用紙に書いてありますので――」
「へ? ……あ、ほんとだ書いてある。なんだよせっかく来たのによー」
「……アルト。ほかに言う事があるんじゃない? 自分の勝手な勘違いでマギコスマイアまで連れてきたパーティーメンバーと、迷惑をかけた受付さんに、言う事があるわよね?」
「ん……ああ。ルーゼも出たかったのか? 何だよそれならそう言ってくれれば良かったのに……よし、二人でゴネるぞ! そしたら多分いけると思う!」
「いける訳ないでしょこのアホ! いいから早く謝りなさい! は、や、く!!」
「いでで! だから耳はやめて! 分かった! 分かったから!!」
そう言って、茶髪の気が強そうな少女と、茶髪のバカっぽい男はドタバタと言い合う。とても騒がしいパーティーである。
「はは……まあまあ。アルトも悪気は無かったと思うし、ほかの人の迷惑になってるから……」
もう一人のパーティーメンバーである金髪の少年は、苦笑いを浮かべて周りに申し訳なさそうにしていて……あれ、なんかどっかで見たことがあるような――
「――え」
金髪の少年を見ながら誰だか思い出そうとしていたら、ぱちりと視線が合ってしまった。金髪の少年が、驚いたようにこちらを見る。
「あれ、師匠――」
「――!!」
俺はやっと、誰だか思い出した。と同時に、手に持っていた"はなめがね"を一瞬で装着する。
「カイン? どうかしたの?」
「……いや、何でもない。師匠があんなめがね付けるわけ無いし……赤髪だし……気のせいかな」
金髪の少年――カインは「人違いだった」と仲間に言い、こちらから視線を外した。
……危なかった。なんでカインがこんなとこにいるんだ。なんか装備も前のキラキラしたやつと違って、ちゃんとした武骨なやつだし……まるで好青年だ。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「――じゃあこれで頼む」
俺は長机に申請書類を叩きつけ、すぐさま受付会場を後にした。別にこそこそと隠れる必要はない……が、うかつに接触したら何かと面倒くさいことになると俺の勘が告げている。面倒ごとに自分から首を突っ込む必要はないのである。
¶
数分後。
場所は避難するために逃げ込んできた、大会出場者のために用意された個室。
受付で貰ったプレートに自分の大会ネームを記入して扉に貼り付けた後、正午まで休憩しようとごろごろしていると――こんな声が聞こえてきた。
「――リナちゃん、今日は頑張ってね! リナちゃんが勝てば、師匠である私に研究資金がたんまり入るから! 死ぬ気で頑張って!! 死ぬ気で!!」
「――正直、出たくなかったけど……ま、ほどほどにやるわよ。練習台に丁度いいし」
ここは俺専用の控室なので、そのまま通り過ぎるだろうと思っていた。だが――
「――そんなこと言わずに頑張ってよー! リナちゃんが頑張ってくれないと……あれ、誰かいる? 不法侵入??」
そんな声が聞こえたと同時、扉が開かれる。――なぜか、俺の個室の扉が。
「"出場者名ロレイ・ラージ"……ここじゃないでしょ。……ごめんなさいね。ちょっとこの人、頭がおかしくて――」
入ってきたのは、魔術師のようなローブを身にまとった、爛々とした雰囲気の女性と、
気が強そうなキリっとした瞳に、長い髪を髪留めで縛って左右に垂らした少女。
そしてどちらにも共通しているのが――赤髪赤目で、耳がエルフのように長かったこと。
まるでシャルのような見目をした少女たちだ。なぜだろう、すごく見覚えがある。というか……
「――んん? あなたどこかで、会ったことあるような……」
「……初対面なんだが? お前の事なんて、見たことも聞いたこともないんだが??」
赤髪少女――リーナは、顎に手を当てて不思議そうな顔で、俺の顔を凝視した。俺は冷静を装いながら手で顔を隠し、退出を促す。
「……まあ、気のせいよね。変なめがね付けてるし、あの男は黒髪だったし……それにここで会ってもいまの私じゃ、勝てないもの。もっと強くなってから挑まないと――殺せないからね」
そう言い、「ごめんなさいね」とローブをまとった女性を掴んで退出していくリーナ。
「……やれやれ」
バタンと扉がしめられたあと、椅子に深く腰を掛けて座り、嘆息する。
なんでリーナもここにいるんだとか、念のため"はなめがね"つけてて良かったとか、何で命狙われてるんだよ意味分かんないとか、あの時の紅蓮の炎お前だろふざけんなとか、言いたいことはいくらでもあるが――
俺はキリっとした顔で、言った。
「――全部終わったら逃げよう。大至急」