10話 英雄レイ
「おー……さすがは"魔導"国家というだけある。どこ見ても魔法が使われてるな……やっぱり、"英誕祭"が近いからか?」
「ジレイくんはあんまりこっちの街道には来ないもんね……。毎年"英誕祭"が近づくと、みんなこんな感じで張り切ってるよ! 早いところだと、もう屋台を出してるお店もあるし――あ! あそこに"英雄まんじゅう"の屋台がある! 食べたい!」
「んー……でも並んでるからなぁ……。俺は魔導大会の受付に行ってくるから、シャルは買っててもいいぞ」
「むむ、じゃあ止める……ジレイくんと一緒に居られなくなるし……」
ルナたちと計画を立てた数日後。
俺とシャルは、マギコスマイアの街道を歩き、魔導大会会場まで向かっていた。
本当は俺だけで会場に向かうはずだったのだが、シャルがお店を休業にしてまで応援に行きたいと言い始めたので、二人で向かっているところである。
別に応援なんて要らないって言ったんだが……まあ、シャルがしたいならそれでいいか。いまもニコニコと楽しそうだし。
「それにしても……ほんと、すごいな」
街のあちらこちらで使われている煌びやかな魔法、魔道具の数々を見て、思わず感嘆の息を吐く。
空を見上げれば、マティータ社製造の、色とりどりな貸出魔導箒(マギコスマイアの固有結界内でのみ使用可能)で空を飛ぶ人々が散見し、
街道を闊歩するのは、魔法で作られた馬型の魔導生物が引く、華美な荷車。
見える人にしか分からない、濃密な魔力と楽しそうな雰囲気に引き寄せられるように集まった、風、土、火などの様々な精霊たち。
街の住民はもうすぐ英誕祭が近いということもあってか表情が明るく、そこら中で行われている、道化師や吟遊詩人の魔法を使ったパフォーマンスを見て、楽し気に笑っていた。
街全体が魔法一色。
マギコスマイアにやってきた初見の人は、まず間違いなく、この光景を見て驚くだろう。それほどまでにすさまじい。
しかも、英誕祭当日はもっとすごいらしいから見ものである。俺は一度も見たことないから知らなかったのだが、今年はイヴに古代遺物展覧会のチケットを貰う(確定予定)ので、どんなものか少しだけ楽しみだ。
「お、あれか。……じゃあ、ちょっと受付してくる。また後でな」
街並みを眺めながら歩いていると、『魔導大会受付はこちら→→(関係者以外立ち入り禁止)』と書かれたプラカードを持った、まったく可愛くないきぐるみの姿が見えたので、シャルと別れて誘導指示に従い、受付に向かう。
……どうでもいいけどマジで可愛くないなこのきぐるみ。今回の大会のデザインキャラらしいが、これ見て可愛いと思うやつ皆無だろ。目飛び出てて可愛いというより怖いし、マジで考えたやつ頭おかしい。
「はいはーい! 参加者の方ですね! では出場券の掲示と、こちらの書類に記入をお願いします!」
受付は思ったよりも混んでなく、数分ほどで自分の番が来た。
俺は出場券を取り出して受付に渡し、大会ネームと所属機関、冒険者ランクなどの簡単な情報を書類に記入し、提出した。
「ふむふむ。所属機関が"王立マギコス魔導学園"で、"推薦者"が……アルディ学園長!? す、凄いビッグネームからの推薦です……!?」
「……ほんと、名前だけは有名だなあいつ」
書類に記載された情報を見て、受付の女性が驚いた声をあげる。
……心底不思議なのだが、なぜかあのクソ猫は魔法関係において非常に有名な人物なのだ。なんでも、魔術機関のめっちゃ偉い地位にいるらしいが……どうでもいいからよく覚えてない。俺の認識ではただの性格悪くて粘着質なクソ猫である。
「悪い、早くして貰いたいんだが……?」
受付が大きな声を出したせいで、ざわつき始めた周りをちらりと見たあと、早くしろと急かす。受付は俺の催促にあわあわと慌て、書類の処理を再開した。
「ご、ごめんなさい! えっと、大会ネームが"レイ・ロジラー"様で…………あの、あまりこう言う事は言いたくはないんですけども、"レイ様"と同じ名前にするのは止めておいた方がいいかと――」
「……なんのことだ?」
書類の名前を見た途端、申し訳なさそうな顔でそんなことを言ってくる受付。同じ名前? そもそもレイ様って誰だよ知らんわ。
「適当に付けただけなんだけど……"レイ様"ってのが誰か知らんが、まあ面倒ごとになりたくないし変え――」
そう言おうとすると、
「――ええっ!? マギコスマイアにいて"レイ様"を知らないなんて、人生の半分は損してますよ! ほらほら! あの方です、あのお方!!」
受付は、なぜか声を荒げて目をぐわっと見開き、少し遠くの広場にある大人三人分ほどのでかい物体――銅像を指差して叫んだ。
俺は気だるげに首を動かし、示された銅像を見る。
スタイリッシュでかっこいいデザインの全身鎧。
同じく、鎧によく似合う、かっこいい感じの長剣。
顔の彫刻は一番気合をいれたのか凄まじいほどのイケメンで、キラキラと目が輝いていそうな二枚目顔。
ポーズは躍動感溢れる、匠の技術が感じられて……一言で感想を言わせてもらえば、「めちゃくちゃ金かけてそうな銅像だな」と思った。
「あのお方こそが、マギコスマイアを救った英雄"レイ"様です! 私も当時、レイ様の活躍を拝見してたんですけども、本当に英雄の中の英雄といっていいほどのお方で……性格も心優しくて、レイ様のおかげで街は発展するし、今でもファンクラブがたくさんあって――」
「なるほど……そっか、うん、うん」
ぺちゃくちゃと怒涛の勢いで「レイ様LOVE」と主張してくる受付。俺は適当に聞いている振りをして、受け流す。だって別に興味ないし。そんなことより早く受付終わらせてくれ。
「それに近々行われる"英誕祭"も、レイ様が赤髪だったことにちなんで、みんな赤髪に仮装して――」
赤髪といえば――修行時代にマギコスマイアに来たときは、赤髪のカツラを被ってたな。
あの頃は思春期特有の病の後遺症で、恥ずかしすぎて変装して、名前を変えてたりしたのだ。完全に黒歴史である。もう二度と思い出したくない。
「レイ……英雄レイねぇ……」
そういや、イヴが言っていた人物も"レイ"って名前だったような……まあ、よくある名前だし関係ないか。人違いだろう。