9話 魔王さま?
「ふぬぬぬぅ……! あと少し、あと少しで桃源郷がそこにあるのじゃあ……!!」
「魔王さまファイトですっ! ……でも、こんな事せずに、ふつーにこの壁をぶっ壊しちゃえばいいんじゃないですかあ? あ、良かったらわたしが――」
「――だからダメっていってるじゃろが! そもそも、人間には絶対に危害を加えるなって言ったじゃろ!」
「えー、でも――」
金髪の幼女と緑髪の少女は肩車をしながら、やかましく言い合う。声がでかいのでモロバレである。
幸い、通りには人影が少なく、見られてはいなさそうだ。しかし……泥棒にしては、あまりにもお粗末と言える。
「――おい、お前ら」
そのまま少しの間観察していたが、一向にこちらに気づく様子が無かったので、声を掛けた。
「――!? い、いやこれは別に、泥棒とかじゃ……ヒッッ! ま、魔人!!?」
すると、幼女はビクッと驚き、苦しい弁明をしながらこちらに顔を向けて――なぜか、肩車状態から転げ落ち、俺から大きく距離を取った。え、なにその反応。
「魔王さま落ち着いてください! この人間、確かに目は濁ってますけど、黒髪じゃないです! 別人ですよ! たぶん!!」
「た、確かに、あの魔人とは髪色が違う……目は濁っててそっくりじゃが……」
「何なのお前らバカにしてる?」
こいつらさっきから、魔人とか目が濁ってるとか……初対面なのにあまりにも酷すぎる。泣きそう。
「それより、この店に侵入しようとしてたみたいだが……なにか、言うことはないのか?」
侵入しようとして開けたであろう、シャルテットの窓を指で示し、少し圧をかけて問いかける。
「こっ……これは別に、窓が閉め忘れてたから、閉めてあげようと――」
苦しい言い訳をする幼女。
「ほう、それはそれは……あ、もしかしてここの従業員だったのか? それなら納得だが……」
「そ、そうじゃ! わしはここの従業員なんじゃ!! だから――」
「――でも、おかしいな。俺はここの経営者の知り合いなんだが、お前みたいなやつはいなかったけどな? んーこれはおかしいなぁ? どうしてだろうなぁ??」
「ぐぬぅ……は、ハメおったな……!!」
俺がわざとらしく首を傾げると、幼女は悔しそうにぐぬぬと歯噛みし、恨めしそうにこちらを睨みつける。……いや、あの程度の誘導尋問に引っかかるお前も悪いと思う。悪い奴に騙されそうで心配になるぞ。
「ちょっと! さっきから人間風情が頭が高い! ここにおわす魔王さまはいずれ世界を支配し、全てを蹂躙する唯一無二の存在なの! あなたみたいな人間は家畜になる運命で――」
「ユーリィィ! だから、それを止めろって言ってるんじゃあ! そもそも、魔王じゃなくてルナと呼べと何度言ったら――」
緑髪の少女――ユーリが俺に突っかかってよく分からないことを喚くが、幼女――ルナがあわあわと慌てて、やかましいユーリの口を塞ごうと飛び跳ねる。
なんというか……「めっちゃ幸薄そうな幼女だなあ」と思った。まだ幼女なのに、いろいろと苦労してそうな気がする。
魔王とか人間風情とか言ってるのもおそらく、ままごとか何かの一種なのだろう。俺の小さかったころも、村で勇者ごっこが流行ってたし……女の子だと、魔王ごっこが流行っているのかもしれない。
「……」
俺はちらりと、二人の姿を改めてみる。
なめらかな金色の髪を顎下あたりで切りそろえ、少し毛先がカールしたのが特徴的な幼女と、
深い翡翠色の髪を腰まで伸ばし、喋らなければお淑やかな令嬢に見える少女。
「……なるほどな」
そして――二人に共通していたのが、その整った見目には不釣り合いな、その辺の古着屋で買えそうなほど、安っぽい服装に身をつつんでいたこと。
スラムの子供か、奴隷のような服装だが……それは絶対にない。だって前に、俺が無くしたから。
となると……この二人は、どこかのご令嬢のお忍びか、もしくは貴族から没落して平民になってしまった少女たちなのかもしれない。
または、朝から並んで抽選券を貰ったが当たらなくて買えず、自暴自棄になって侵入しようとしたのかもしれない。
まあ、どちらにせよ泥棒は犯罪だ。しかるべき対処を取る必要がある…………のだが。
「――ちょっと、待ってろ」
「う……うむ?」
俺はそれだけ言って、シャルテットの裏口に向かう。ルナはきょとんと頭に疑問符を浮かべていたが、説明はせずに、ずんずんと歩く。
そしてシャルから貰っていたシャルテットの従業員用の合鍵を取り出し、裏口の扉を開けて中に入った。
「これとこれと……あとこれ。…………まあ、こんなもんでいいだろ」
煌びやかなお菓子が並んでいるショーケースからひょいひょいっと目に留まったお菓子を取り出し、手提げバスケットの中に詰め込む。
「――これやるから早く帰れ。親が心配するぞ」
そして、ルナたちのところに戻り、お菓子がいっぱい詰まったバスケットを差し出した。
ルナはきょとんと、状況を理解できてなさそうな顔で俺とバスケットに詰まったお菓子の間で視線を往復させ、「え、これ貰っていいの?」と言いたげに何度も自身を指さす。俺はこくりと頷いた。
……別に、俺としてはしかるべき対処を取り、こいつらを騎士団に突き出してもかまわなかった。
だが、びくびくして怯えているこの幼女を見ていると……まあ、一度くらいは見逃してもいいかなと思ったのである。
それに、閉店後の日が落ちかけたこんな時間帯に、店の前で騒いでたら何かと危ないのも事実。だから目的であるお菓子をあげて、さっさとどっかに去って貰おうということだ。
しかし決して、俺に善意があってこんなことをしているわけではない。俺はそんないい人間じゃない。
だからこの行動も善意ではなく……俺のための行いなのだ。もしこいつらを放っておいて、誘拐されたり死なれたりすると、間違いなく寝覚めが悪くなる。つまり……すべては俺のため。俺のためなのである。
「こ、こんなにたくさん……! お、お主、いいやつじゃな!? この恩は絶対に忘れぬぞ!!」
ルナはやっと状況を理解できたのか目をキラキラと輝かせ、すごく嬉しそうな顔で、お菓子がパンパンに詰まったバスケットを大事そうに抱える。
「あ、いまお金を――」
「金はいらん。その代わり――もう二度とするなよ。分かったな。」
懐からガサゴソとお金を取り出そうとしたので断り、そう言い聞かせる。ルナはキラキラとした純粋な目で俺を見ながら、コクコクと頷いた。
そもそも俺はシャルからいつでも店に来て、お菓子をタダで持って行っていいと言われている。だから金は必要ないのだ。
「本当に……死ぬ前に一度食べてみたかったんじゃあ……何回も朝から並んでるのに、抽選当たらなくてお菓子買えないし、お財布なくして着てた服を売ることになるしで……もうこれしかないと思って――」
「そ、そうか……」
悲壮感あふれる表情でつぶやくルナ。なんか思ったよりも、不幸な境遇の幼女っぽい。かわいそうになってきた。
「……でも、やっぱり人間はいい奴ばかりじゃな! あの黒い魔人とは大違いじゃ!」
「黒い魔人……?」
誰の事だろうと思うが、"魔王ごっこ"の一環で、嫌いな人を当てはめてるのだろう、と考える。
俺も思春期特有の病にかかっていた時は、黒っぽいモンスターのことを深淵の使徒って呼んでたし。似たようなものだろう。
「ふんっ! 人間風情がわたしの魔王さまに気に入られようったってそうはいかな――」
「――ユーリ! ……ではまた会おうぞ赤い人! この恩はルナ・ドゥルケ・エウカリスの名において、一生忘れんからの!!」
ルナはまだ突っかかってきそうなユーリを手で押しとどめ、バスケットを大事そうに抱きしめながら、ぶんぶんと手を振って去っていった。
「……変なやつらだったな」
まあこれで、明日の魔導新聞の一面に、気分の悪くなるニュースが載ることも無いだろう。安心安心!
よし、帰ってご飯食べて寝るか。今日は気持ちよく寝れそうな気がする。
「…………んん?」
一目散に帰宅しようとするが――ふと、何かを忘れているような気がして、立ち止まった。
「――そうだ。それよりも……金をどうにかしなきゃなんだった」
強烈な出来事との遭遇で頭からすっぽり抜けていたが、本来の目的である、金を工面しなければならないことを思い出す。完全に忘れてた。
「本当にどうするか……うーむ……」
うんうん頭を捻ってみても、革新的なアイデアは出ない。魔導大会まで時間ないし……そうだ、魔道大会内で行われる、勝ち負けを予想する賭博に参加してみるのはどうだろう?
……いや、そういえば参加者が自分に賭けるのはNGだった気がする。でも誰が勝つか分からない博打なんてやりたくないし、俺に賭けてくれる人を探そうにも信頼できるやつが居ないし…………ん、信頼?
「――!」
ピカッ! と、天啓的なひらめきが頭に舞い降りる。思わず、自分が天才なんじゃないかと自画自賛したくなった。
「おーい、さっきの二人! 借りについて、さっそく返して貰いたいんだが――」
俺はまだ見える位置にいた、先ほどお菓子を上げた二人の元に走り、不思議そうな顔を浮かべる二人に、ある提案を持ち掛ける。
それを聞いた二人の反応は対照的で、ルナは否定的で、ユーリは肯定的。
そして――最終的には、不安そうなルナを説得し、俺の革新的な提案による計画は遂行されることになった。これでお金の問題は解決である。やったぜ。