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8話 英誕祭

「え、イヴって《天魔翼(デビルウイング)》持ってるのか? うわ、めっちゃ羨ましい……! なあ、ちょっとだけ見せて貰う事って――」


「ダメ、いまは家の倉庫に保管してあるから」


「じゃあ家に行っても――」


「絶対、ダメ」


「……そ、そうか。それは残念……」


 授業終わりの休憩時間。


 俺とイヴはいつものように、魔道具談義に花を咲かせていた。


 場所は講師が使う休憩室ではなく、使われていない教室の一室。


 ここなら、他の講師陣がいないから思う存分、周りを気にせずに話すことができる。学園長であるアルディには一切許可を取ってなくて無断使用しているが、たぶん大丈夫だろう。


「そういえば――あと少しで"英誕祭"だけど、その時にやってる"古代遺物展覧会(アーティファクトショー)"に応募したか? 俺、毎年応募してるんだけど、一度も行ったことないんだよなあ……」


 近々開催される"英誕祭"のことを思い出し、恨みがましい声で呟きながら、がっくりと肩を落とす。


 『英誕祭』


 俺も詳しくは知らないんだが……なんでも、数年前にマギコスマイアに誕生した、英雄を称える祭りらしい。


 英誕祭の日は、街中がお祭り騒ぎになって屋台も多く出店されるから、楽しみにしている人間も多い。


 それだけなら、一般的な祭りと変わらない。しかし、英誕祭の最大の特徴は――マギコスマイア中で、ほぼすべての住民が、赤髪に仮装することだろうか。


 どうやら、マギコスマイアを救ってくれた英雄が、赤髪の人物だったらしい。だから、この祭りの日は仮装してるんだという。


 あと、赤髪のカツラを装着していれば、屋台が2割引きの値段になる。そりゃみんな仮装するわ。


 俺もこの前、街を歩いているときおっさんに「お、気が早いな兄ちゃん!」とか言ってバシバシ背中叩かれたし……みんな、楽しみにしているんだろう。


 まあ……正直俺は、英誕祭にはまったくもって興味が無い。それよりも、英誕祭のときにある場所で行われる、"古代遺物展覧会(アーティファクトショー)"の方が楽しみにしている。


 のだが、"古代遺物展覧会"は、応募してチケットが当たった人物しか入場させてくれず……俺は毎年応募しているにも関わらず、毎回外れている。なんでだよふざけんな。


 しかも、チケットは転売禁止の術式が組み込まれており、入場する際に本人じゃなかったら自動的に焼却される仕組み。


 二人で入場できるペアチケットなら、なぜかその仕組みは搭載されていないんだが……その分、かなり倍率が高い。とてもじゃないが無理だ。


「…………これ」


 主催者に本気で呪いでも掛けてやろうかと考えていると、イヴがほんの少しだけ口角を上げ、近くに置いてあった可愛らしい手提げバッグから、一枚の紙を取り出す。……ってそれ、まさか――


「う、嘘だろ……!?」


 あまりの事に驚愕し、イヴが自慢げに見せている長方形の紙を凝視する。だってその紙は――


 俺が毎年応募して落とされ、切望してやまなかった――"古代遺物展覧会"の、ペアチケットだったのだから。





「こ、こここここっ……これを、どこで……!?」


 めちゃくちゃどもり、過呼吸になりながら、イヴが持っているペアチケットを見る。


「私、これの主催者の知り合いだから。……貰ったの」


「ふ、不正でチケットを得るとは……魔道具マニアの風上にも置けない奴め! 俺はそんな汚い事をして古代遺物展覧会には行きたくない!」


「……発言と行動が、逆」


 イヴは地面に土下座をする俺を指差して、そう言った。どうやら、体は正直だったらしい。流れるように土下座してた。


「で、でも主催者と知り合いなら、一人や二人ねじ込めるんじゃないか?」


 必死に頼むが、


「それは、だめ。このチケットも、無理いって用意してもらったから」


 返ってきたのは無慈悲な返答。


 「そこをなんとか!」とプライドをかなぐり捨てて全力で頼み込むが、イヴは相手にしてくれない。いいじゃん一人くらい!


「主催者にお願いするのはできないけど――代わりにこのチケットを、あげてもいい」


「え……? ほ、本当か?」


 イヴのあり得ない発言に、俺は目を点にして、口をわなわなと動かす。


「か、神……!」


 もはやイヴは絶対神。いまこの瞬間、無宗教だった俺の信じる神はイヴとなった。女神イヴ降臨である。


 思わず「これからは様付けで呼びます」と言うと、イヴは「絶対やめて」と嫌そうに拒否した。


「でも、本当にいいのか? だってこれ、ペアチケットだし……誰かと行く予定だったんじゃ?」


「行く予定だったけど――今年は行けないと思う、から」


 少し顔をうつむかせて、表情に影を落とすイヴ。……なんか、複雑な事情がありそうだ。ドタキャンでもされたんだろうか。


「じゃ、じゃあ遠慮なく俺が――」


「あげてもいいけど、その代わり……取引」


 チケットにふらふらと手を伸ばし、掴みかけるが――そう言ってスッとチケットを遠ざけるイヴ。だが、そんなもの――


「――問題ない。なんでも言ってくれ」


 俺はこのチケットを貰えるのであれば、犯罪以外ならば何でもやる。それこそ足を舐めろと言われたら、ノータイムで従うだろう。一生奴隷になれとかはさすがに嫌だけど、1年くらいなら考えてもいい。そのくらい、このチケットは希少なものなのだ。


「私と買い物に、付き合って欲しい」


「ああ、分かっ……え? 買い物??」


 予想外の取引内容に、思わず聞き返す。


「うん。服を買いたい」


「服ぅ??」


 俺はジロジロと、不躾にイヴの姿を見る。


 ……たしかに、言われてみれば――しっかりとコーディネートが考えられた、センスよさげな服装である。

 小物もアクセントとして可愛らしく、イヴの容姿によく似合っている……ような、気がする。服とか興味無いからよく分からんけど、なんとなく。


「わたしも、女の子だからファッションくらい、する」


「い、いや別に意外とか思ってたりは――」


 イヴは少しムッとした顔になりながら、そう言った。俺は慌てて弁明する。やっぱり止めるなんて言われたら最悪だ。


「それにこれは……"レイ"に見せるために、だから」


「レイ?」


 誰だろう。行く予定だった知り合いとか恋人とかだろうか? 言い方的に恋人っぽいな。たぶん。


「そう。わたしの好きな人」


「へー……そうなのか」


 イヴはなぜか少し、顔に影を落としながら呟く。やはり、恋人だったらしい。別になんでもいいけど。チケットさえ貰えるならそれで。


「それより、買い物に付き合うだけでいいのか? なら今からでも――」


 行こうと言おうとすると、


「うん。買うもの全部あなたに買ってもらう」


「……マジ?」


 こくりと無言で頷くイヴ。いやまあ、魔道具マニアの間では超高額で取引されているペアチケットが貰えるなら、奢るくらいわけない。むしろ、安いくらいだ。


「わ……分かった。それでいいぞ……!」


「……顔」


 イヴはスッと、手鏡を取り出して俺の前に出す。


 見てみると、めちゃくちゃ顔が引きつって歪んでいる俺の姿。いっけね、本音が顔に出てた。


「あと……買い物中に色々な服を着てみるから、感想を教えて欲しい」


「俺が? 何で?」


「あなたはレイに、すごく似てるから……性格が」


「……まあ、別にそのくらいならいいけど」


 俺に聞かなくても、本人に聞けばいいのにとは思う。でもイヴがそう言うなら従う。今の俺は従順な僕なのだ。下手に断って、じゃあ止めたと言われるのは困る。


「じゃあ、魔導大会の後くらいにお願い」


 俺は「了解!」と返事し、今年は古代遺物展覧会に行けるという幸運に打ち震える。しかも、ペアチケットでだ。イヴは行かないらしいから、二人分の席を独占できる。最高すぎるだろ……!





 ……と、思っていたのだが――


「金が無い」


 魔導学園からの帰り道。羽のように軽い財布を見ながら、呟いた。


「3万リエンじゃさすがに足りないよな……」


 財布の中に入っていたのは、たったの3万リエン。高い服を一着買えば簡単に吹き飛ぶような金額である。やばい


「どうしよう」


 さすがに、この持ち金で奢れると考えるのは浅慮すぎるだろう。となると、どうにかして金を工面する必要がある。


「ギルドで依頼を受けるか……? いやでも、D級で受けられるものには限りがあるし、大して金は入らないだろう。じゃあレアモンスターを探して、換金してもらう? いや、魔道大会までたいして時間もないから……そんなことしてる暇はないな」


 うんうんと頭を捻らせて考えるが、いいアイデアは浮かばない。


「……いっそのこと、シャルに借りるか?」


 いや、それはダメだ。余裕で貸してくれそうだけど、ただでさえ現状で結構な借金額が溜まっている。この前も身の回りの物買ってもらったし、これ以上はまずい。なぜかシャルはやたらと貸したがってくるが、毎回甘えるのは違うだろう。


「クソッ! どうして俺はこんな時に貯金をしていないんだ……ッッ!」


 いや原因は分かっている。魔道具に散財してるからである。でもしょうがないじゃん、欲しくなっちゃうんだもの。


「うーん……本当にどうするかな……」


 屋敷に帰りながら、考えていると――シャルが経営している、"シャルテット"の近くに通りかかる。この時間帯はもう閉店しているので、お客さんはいない、はずなのだが――


「――魔王さま! あと少しですよお! 頑張ってください!」


「――ユーリ! だから大きな声を出すんじゃないって言ってるじゃろが! もう少し静かにしておれ!」


「分かりましたああ!!!!!」


「いや、だからそれが――」


 シャルテットの裏手側の通路で騒ぐ、二人の少女の姿。


 いや、一人は幼女といった方がいいか。金髪の幼女と、深い緑色の髪の少女だ。


 別に店の近くで騒いでいるだけなら、大して問題はない。だがその少女たちはなぜか、肩車して――シャルテットの少し高い位置にある窓から、侵入しようとしていたのだ。完全に不審者である。


 俺は少女たちを見て、こう思った。


「なんだ、こいつら」 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか自然と面白さが出てきてる。 見てて、惹かれます! [一言] 最初は 「似てる作品があったような気がするけどなぁ」 と少し疑いながら読みました。 結論から言います。 そんなの無かったで…
[良い点] 楽しい [一言] 毎秒更新して?
[良い点] ストーリー キャラクターがすごくいい たまにぶっこんでくるネタも面白い [一言] 続きが早く読みた過ぎて1日5回くらい更新されてないかチェックしてしまいます。応援しています!
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