7話 同好の士
「それ……イメチェン?」
イヴは視線の先を、俺の頭上――頭髪に合わせ、少し不機嫌そうな声色でそう言った。
「それ? ……ああ、髪色のことか。……けっこう、似合ってるだろ?」
一瞬、何のことかと思ったが、すぐに髪色のことだと理解する。
いまは《変幻の指輪》で黒髪から赤髪に変えてるから、気になったのだろう。俺としては結構、赤髪もいいかなと思ってたり――
「似合ってない。すごく」
「………………」
――したのだが、どうやらそう思っていたのは俺だけだったらしい。泣きそう。
「それで……何であなたが、ここにいるの?」
半眼になって睨むように、問いかけるイヴ。
……正直、ほぼ無表情だから表情の変化がよく分からない。もっとはっきり動かしてほしい。表情筋死んでんのか?
それと……この少女がイヴだと判別できなかったのも、仕方がないと言える。だって前に見たときは、白魔術師のフードですっぽりと顔を隠してたし、こんな服装じゃなかった。
「……俺は、ここの学園長のクソ猫にはめられて、講師をやらされてるんだよ。そういうお前こそ、勇者パーティーはどうしたんだ? クビ?」
「……クビじゃない。私は、ここの卒業生だから」
イヴは気怠そうな声でそれだけ言い、黙り込む。
……え、それだけ? 卒業生だから何なんだよ。言葉が足りてないんだが。
「えーっと……つまりお前は卒業生で――」
「"お前"じゃない。イヴ」
俺の言葉を遮り、自分の名前を主張するイヴ。
「いや、別にお前の名前くらい知ってるけど――」
「"お前"って呼ばれるの、嫌い。イヴって呼んで」
「あ、ああ……別に、何でもいいけど……」
俺としてはどっちでもいいんだが、これだけは譲れないと言わんばかりのイヴの態度に、面を喰らう。結構神経質なのかもしれない。
「それで――イヴは卒業生だから、ここにいるってことか? 母校訪問ってやつ?」
聞くと、ふるふると無言で首を振るイヴ。どうやら、違うらしい。
「じゃあ――何か忘れ物を取りに来たとか? もしくは誰かに会いに来た?」
「違う……でも、惜しい」
イヴは首を振り、本当に惜しいと思ってるのかはなはだ疑問な無表情で、呟く。クイズじゃないんだから早く言えよ。
「……学園長に呼ばれたの。少しの間でいいから、白魔術師の講師をやってくれって」
俺の思いが通じたのか、口を開き、正解を言うイヴ。……なるほど、そういうことか。しかし意外である。こいつがあのクソ猫と繋がりがあるとは……世間は狭い。
「それはまあ……大変だな。でも別に、断れば良かったんじゃないか? 無理に受ける必要はないだろ?」
疑問に思ったことを聞くと、イヴは「事情があるから」とだけ言い、ふいっとそっぽを向いて、黙り込む。
俺は「そ、そうか」と引きつった顔をしながら、苦笑いを浮かべた。
なんというか……拒絶されてる感じがすごい。
すぐ近くにいるのに、何重もの結界魔法が張り巡らされてるような感覚。「話しかけるな」っていうオーラをビンビンに感じる。……俺、なんかしたっけ?
「そ、そういえば! レティとリーナはどうしたんだ? 一緒のパーティーだろ?」
気まずい空気を掻き消すように、無理に明るい声をひねり出す。そもそも最初からそれが聞きたかったんだよ。完全に忘れてた。
「……レティはあのあとすぐ、グランヘーロへ呼ばれて、魔物討伐しに行った。リーナはあれから消息不明。籍は残してある」
イヴはこちらを見ようともせずに、淡々と答える。何これ、マジで何でこんな嫌われてんの?
……しかし、レティは魔物討伐に駆り出されてるのか。やっぱり勇者なんてなるもんじゃないな。休みもなく各地で魔物討伐とか絶対に嫌だ。ブラックすぎる。
リーナはまあ、予想通りである。
めちゃくちゃ怪しいけど証拠がないからパーティー除名は出来ないし、籍だけ残す結果となったのだろう。俺だったら何がなんでも騎士団に通報するけど。
「あと。ユニウェルシア王国の王女様に、あなたが何処に行ったか知らない? って聞かれた。みんなに聞いてたけど……何かしたの?」
「……な、何もしてないけど? なななな、何でだろうな? 覚えがないなあ??」
「…………」
じーっと、少し半眼になりながら、凝視してくるイヴ。俺の額にツーっと、冷や汗が流れる。
「い……イヴさん? できれば、その……レティとラフィネには、言わないで貰えると…………助かるんですけども」
「…………」
何も言わず無表情で、スッと親指と人差し指をくっ付け、円を作るイヴ。おかしいな。お金を要求するときのハンドサインに似てるなぁ……。
「……」
無言で、財布を取り出して、中身をイヴに見せる。イヴはそれを見て、ふるふると首を横に振る。
……仕方ない。ここは俺の奥の手を――
「冗談。……別に、面倒だから言わない」
俺が両膝を地面に付け、流れるように手のひらとおでこもつけようとすると――イヴが淡々と、そう呟いた。
「……まあ分かってたけどな。本当は言う気がないなんてこ――」
「やっぱり言う」
「許して下さい」
俺はぐりぐりと地面に頭を擦り付け、哀愁漂う姿で必死に許しを乞う。マジ言わないでくださいお願いします何でもしますから!
「言わないから……それ、やめて」
イヴは地面に華麗な土下座をキメる俺を叩き、「早くやめて」と少し焦った声を出す。
……どうやら、周りの視線が気になるようだ。まあそりゃそうか、ここ、普通に他の講師もいるし。めちゃくちゃ見られてるからな。「やべえ奴」「ドン引き」「ご褒美かよ」とか声が聞こえるし……恥ずかしいんだろう。
「ならよかった。約束だぞ? 絶対言うなよ?」
「分かったから……もう、話しかけないで」
念押しすると、不機嫌そうな声でそう言い、魔導書を取り出して読み始め、「話しかけるな」オーラを醸し出すイヴ。なんかさっきよりも嫌われた気がするけど……多分、気のせいだろう。
「……」
俺も立ち上がってイスに座り、テーブルに頬をつけて突っ伏し、寝ようとする。
「「…………」」
隣同士でお互いに無言のまま、魔導時計がチクタクチクタクと針音を鳴らす。
……気付けば、俺たち以外の講師は出て行ったようで、この空間には二人だけ。
「「……………………」」
ぺらりと、イヴの読んでいる魔導書のページをめくる音が、俺の耳に聞こえてくる。
「「………………………………」」
――正直に言おう。めちゃくちゃ気まずい。
別に話がしたいわけじゃないんだが、ちょっとでも知り合ったやつが近くにいて、二人きりで無言はめっちゃきつい。しかもちょっと喧嘩してる雰囲気となれば、倍プッシュできつい。きつすぎる。
席を移動しなかった自分が恨めしい。対角線上に座ればよかった。気まずすぎて寝れないし、今更移動するのは変だし……
……そうだ。こんな時は――魔道具でも弄って、気を紛らわせよう。
俺は異空間収納から適当に、魔道具を何個かテーブルの上に出し、メンテナンスを始める。
「あれ? これってどうやるんだっけ? ……やべえ、完全に忘れた」
しかし、長らく使ってなかった魔道具だったので、メンテナンス方法が記憶から消却されていた。
……どうしよう、適当に弄ったら壊れるかもしれんし、かといっていまメンテナンスしなかったら一生しない気がする。でも思いだせないし――
「……それ、《天翔靴》?」
必死に思い出そうと頭を捻らせていると――イヴが魔導書を読む手を止め、声をかけてきた。
俺が「そうだけど」と答えると、イヴは魔導書をパタンと閉じ、なぜかこちらにイスを移動させてき――って近ッ! 近いんだが!?
「《天翔靴》はここに魔力を入れて、最初に起動させる。それからメンテナンスしないと駄目。壊れちゃうから」
「お……おお……」
イヴはテキパキと《天翔靴》を起動させ、まるで熟知しているかのように、メンテナンスを行う。魔道具の中でも極めて扱いが難しい《天翔靴》をいとも簡単に……こいつ、まさか――
「――白い鷹、化粧美人、誘導思念」
俺はコアな魔道具好きなら分かるであろう、単語を呟く。すると、イヴの耳がぴくりと動き――
「――《黒鷲》」
迷いなく、即答した。
「……恐怖、醜悪なゴブリン、憎しみ」
「《次元幽霊》」
これも即答。
「片思い、赤い呪い、ドジっ子メイ――」
「《双子人形》」
言い終わる前に即答。
「黒い餓鬼、白い深淵、死んだ生贄――」
――このあと、俺とイヴは30分くらい、禅問答を繰り広げていた。
俺の問いかける質問に対して、イヴは間違えることなく、正解の魔道具を即答する。はたから見たら、何やってるか分からないだろう。
「……やるな」
「……あなたも、やる」
俺とイヴは同じタイミングで互いに手を差し出し――ガシッと、熱い握手を交わす。
こいつ……間違いない。かなりの魔道具好きだ。
真の魔道具マニアとして認められるための登竜門、『これが分かれば魔道具マスター! S級魔道具判定テスト!』の難問を難なく答えるとは……ただ者じゃない。
「「…………」」
互いに握手したまま、目と目で会話する。
……なんとなく、激戦を共に勝ち残ってきた戦友といるような気分になった。
イヴも心なしか、顔が笑っているような気がする。ほぼ無表情だけど。なんとなく。
その後――午後の授業を知らせるチャイムが鳴り響き、俺とイヴは重い足取りで、それぞれの受け持ちクラスへと向かった。
この日から、俺たちは授業の休憩時間に毎回、魔道具の事で話し合うようになり――ここまで語れる奴は初めてだったので、とても有意義な時間を過ごすことができた。
俺は「これが友人というやつなのか」なんて、人生初の感覚を覚え……「なかなか悪くないかも」と、そんなことを思ったのだった……。