4話 決闘
「ルールは簡単。先に降参した方が負け。魔法、剣、使えるものは何でもありだ。分かったか、オッサン? あ、もしかしてビビって声も出ないかぁ??」
「だから俺はお兄さんだって言ってんだろ。一生もんのトラウマ植え付けてやるから覚悟しろクソガキ」
場所は教室から移動し、学園併設の闘技場。
俺とルダスは、広い円形状の闘技エリアでお互いに向かい合い、舌戦を繰り広げていた。マジこいつ絶対に泣かす。
「――ルダスぅ! 今月の小遣い、お前に賭けてんだから負けんなよぉ! 負けたら許さねえぞぉ!!」
「――いやここは大穴で先生でしょ! せんせー! うちの財布の為に頑張ってねぇー! 勝ったらキスしてあげるよおー!!」
観客席から、どちらが勝つか賭けでもしているのか、熱い声援を送り、盛り上がる生徒たち。ろくでもねえなこいつら。
「おいオッサン! 俺、大体の魔法は使える天才なんだけどさぁ。火魔法がちょおーっと苦手なんだよな。だから、もしかしたら手加減出来なくて、丸焦げにしちゃうかもしれないけど――その時は、ごめんなぁ?」
見下し、にやにやと笑うルダス。
「そうか。実は俺も……魔法はあまり得意じゃなくてな。剣技の方が自信あるんだわ。本当は剣を使いたい所だが……お前みたいなクソガキに使うのも大人げないし、魔法だけで戦うことにする。子供に手加減できる俺、優しいだろ?」
「――っっ!」
負けじと、煽り返す。ルダスは顔を怒りで赤くさせ、「殺す」と言わんばかりに睨んできた。この程度で頭に血が登るとはまだまだガキの証拠だな。大人の俺とは大違いだ。
……あ、どうせならもっと怒らせるか。どうせ俺はあと数日で居なくなるし、こいつの親が怒って学園に殴り込みでもすれば、アルディを困らせられるだろう。うん。そうしよう。もっと煽ろう。
「そうだな……少し、ルールを変更するか。俺はハンデとして、ここから一歩も動かない。加えて、3分間手出しもしない。少しでも俺にキズをつけることができたら、お前の勝ち。無傷だったら俺の勝ち。それでどうだ?」
自慢の魔法がキズ一つ付けられなかったら、プライドが高そうなこいつは、きっと絶望するに違いない。
それに、大貴族の子息を傷つけて、賠償金とか請求される事態も防げる。我ながらいい案だ。マジ天才すぎる。神かな?
……まあ、この闘技エリアには《虚言結界》で《競技戦場》が掛かっているから、塵になって死んでも試合後には何ともないんだけども。
それでも、試合中の痛みは覚えているから……念のため、保険としてだ。決して、こいつの身を案じているわけではない。
「舐めやがって……! 後悔させてやるよオッサン!! ――天翔ける疾風、全てを焼き尽くす猛炎――」
ルダスは腰に下げた高そうな魔法剣を抜き、詠唱を始める。まだスタートの合図だしてないんだが……まあ、いいか。
「――グロワール家次男"ルダス・グロワール"が命ずる。消えぬ地獄の焔にて、我が敵を燃やし尽くせ! 《迅風獄炎》!!」
そして、詠唱が終了し――轟々と燃えるどでかい炎塊を、眼にも止まらぬ速度でこちらに撃ちだした。
《火魔法》と《風魔法》、加えて《闇魔法》の複合魔法か。……なるほどな。これほどの魔法を使えるのであれば、調子に乗ってしまうのも頷ける。しかし――
「――なッッ!!?」
俺は宣言通り少しも動かず――ルダスの魔法に直撃した。…………が、もちろん身体にはキズ一つ付いていない。無傷である。
ルダスは俺を見て「ありえない」と言いたげに目を見開き、口をパクパクと動かす。
まあ自慢の魔法が微塵も効いてなかったら驚きもするか。さっきの五節の最上級魔法だったし、自信もあったんだろう。
観客席からも、「はぁ!? なんだ今の!?」「え? いま明らかに当たってたよね!?」とかの驚いた声が聞こえてくる。
「……あれ、もしかして手加減してたか? 別に、しなくてもいいんだけど?」
とぼけた顔で、ルダスを煽る。
……どうせなら、こいつの使えるすべての魔法を無力化させて、プライドをズタボロにしてやろう。
そうすれば、このクソみたいな性格も、少しはマシになると思う。
決して、俺の個人的な気持ちは一切ない。だって子供を正すのは大人の役目だし。だから俺がこいつをボコボコにしても問題ない。オッサンとか言われて腹立ったけど、それは一切関係ないのである。
「――このッ! どうせ魔導具でも付けて無効化したんだろ!! それなら――」
ルダスは顔を真っ赤にして激昂しながら、《水魔法》《光魔法》《闇魔法》などの様々な魔法を撃ちだしてくる。だが――
「――これで終わりか?」
そのすべてをキズ一つ付けられることなく、無力化させる。
「ど……どうなってんだよ! なんで当たってんのに効かねえの!?」
理解ができないと驚愕の声をあげるルダス。
「そんなの……簡単な話だ。俺の《身体強化》がお前の魔法を上回った。ただそれだけ」
魔法対決は基本的に魔力量が多い方が勝つ。見習い魔導士でも知っている、常識中の常識。
俺の《身体強化》で纏っている魔力の量や密度が、こいつの魔法を無力化できるほど高かった。ただそれだけの話である。
そんな当たり前のことを知らないとは……こいつ本当に魔導士か? いくらなんでも授業サボりすぎだろ。ちゃんとやれよ。
「――はぁ!? 高度な結界魔法も破壊できる俺様の《迅風獄炎》が、ちょっと強化される程度の《身体強化》なんかで防げる訳ないだろ! 意味わかんねえよ!!」
ルダスは俺の説明に納得がいってないようで、「どういうことだ」「何をした」とギャーギャー喚く。うるさい。
「まあ、そんなのはどうでもいい。決闘は――俺の、勝ちだな?」
「――!?」
ちらりと、ちょうど3分が経過した魔導時計を見て、言った。
ルダスは「嘘だろ」とでも言いたげな顔で、魔導時計を凝視する。そして、少し放心するように硬直した後――
「…………くそぉ」
負けを認めたのか、地面に膝をつき、首を垂れた。
……よし。これくらい痛めつければ、こいつはもう、俺に生意気な態度を取ることはしないだろう。安心安心!
「うおおお!! すげぇ! ルダスが負けたぞおおお!!」
「さっきのなに!? どうやったのせんせー!? 教えてよー!!」
「これで邪魔されず、教卓で悠々自適に寝ることができる!」と喜んでいると――観客席がワァッと、でかい熱狂に包まれる。え、なにこれ。
意味が分からずうろたえていると――生徒たちがこっちにやってきて、あっという間に囲まれる。
なんだこれ。一斉に話しかけられて何言ってんのか分からんし、めちゃくちゃ声でかくて耳が痛い。
「ちょっ……何なんだお前ら! 離せ! 服を掴むんじゃねえ!!」
逃げようとするが、四方八方囲まれているせいで逃げ場がない。しかもベタベタ触ってくるせいで暑苦しい。マジで何なんだ。
「――完全に、俺の負けだ。オッサ……いや――兄ちゃんを、講師として認めるよ。兄ちゃんは他の講師とは……違うみたいだしな」
しまいには、ルダスもそんなことを言ってきた。
え、何この空気。俺はただボコボコにしようとしただけなんだけど。なんで暖かい空気になってんだ。
その後、生徒たちにしつこく「何をしたか教えてほしい」「魔法教えて」と言われ、あまりのしつこさに根負けして――なぜか、魔法の授業をすることになった。本当に意味が分からない。お前らやる気なかったんじゃないのかよ。