3話 魔導学園
「――あんたが新しい講師かよ? ……へっ! 弱そうなオッサンだな! 俺様の方が数倍――」
あれから数日後、俺は王立マギコス魔導学園にやってきていた。
「――ってことで、講師だからって偉い態度取るなよ? まっ、そんなことしたら俺様が調教してやるけどな!」
めちゃくちゃ来たくなかったのだが、行かないとシャルに泣かれそうになるから来るしかなかった。もう帰りたい。
「――おい! 聞いてんのかオッサン! 無視してんじゃねえよ! お前なんて――」
あーもう帰りたい。早く帰ってベッドに寝転がりたい。てか、なんで俺がこんな事しなきゃいけないんだ。めんどくさい。マジでめんどくさい。
「無視すんなオッサ――」
「うるせえクソガキ。いま考えてるから静かにしろ。……あと俺は18だ。オッサンじゃなく、お兄さんと呼べ」
語気を荒げ、さっきから喚いてくるクソガキを黙らせる。
クソガキは注意され、怒りで顔を真っ赤にして、さらに激しく喚く。うるさい。
「はぁ……」
思わず、ため息が出る。
結局――魔導大会までの日数だけ、魔導学院に講師として所属する羽目になった。
籍だけ置いて、あとは適当にしようと思ったのだが……アルディが俺に、受け持ちのクラスを与え、あとはよろしくとぶん投げてきたのだ。
しかもそのクラスは、学園の問題児たちだけを寄せ集めた、肥溜めみたいなクラス。
なんでも、実力はあるんだが性格に難がある生徒たちばかりで、どの講師も二日で逃げ出したとか。そんなの俺に任せんな。
アルディは俺にこのクラスを何とかしてほしいと思っているようだが、そんなことするつもりはない。それに――
ちらりと生徒たちを見渡す。
黙々と本を読んでいる生徒。
机の上に化粧道具を置き、爪の手入れをしている生徒。
イスの上で坐禅を組み、瞑想している生徒。
そして――先ほどから俺に突っかかり、やかましく喚く生徒。
などなど。合計八名(平均年齢12歳)が思い思いに、好き勝手やっていた。
一応、授業中だというのに、受ける態度が微塵も感じられない。そもそも俺の存在に気づいているのかすら怪しい。
……まあ、むしろ好都合か。こいつらにその気がないなら、俺も真面目にやらずに済む。さてと、お昼寝でもしますかね。
俺は魔導黒板に汚い字ででかでかと『自習』と書き、イスに身体を預けて寝ようとする。だが――
「――だから無視すんなよオッサン! お前なんて潰してもいいんだからな! グロワール家の次男である俺様が父上に言えば――」
やかましく喚く、男子生徒の声で妨害される。
「……俺にお前らの講師をやる気は、一切ない。お互いの利害は一致してる筈だ。だから放っておいてくれ」
「別にそんなのどうでもいいんだよ! 俺様は、お前のその態度が気に食わねえの!」
追い出すようにしっしと手を振るも、何が気に食わないのか、さらに突っかかってくる生徒。
俺は教卓の上に置いてある資料をちらりと横目で見て、もう一度、生徒の情報を確認する。
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【名前】ルダス・グロワール
【年齢】13
【家柄】グロワール家次男
【魔法力】魔術機関B判定
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グロワール家は、国内で高い権力を持ち、数々の名だたる魔導士を排出している大貴族の一つ。
13歳という若い年齢にして魔術機関B判定を取得していることから、類まれな魔法の才能があることが分かる。
さぞかし、期待され、天才ともてはやされてきたのだろう。それで調子に乗ってこんな性格なってしまった、と。
……今までの講師たちがすぐに逃げ出すのも納得だ。
難癖つけられて、グロワール家に目を付けられたら、魔導士としてのキャリアが潰されるようなものだからである。
学園に多額の寄付金を送られていることもあり、アルディも強く出れないのだろう。何とも世知辛い。
しかし、講師が逃げ出すのはそれだけが理由じゃない。もっと大きな理由は――ここにいる生徒が全員、国内でかなり有名な、大貴族や商人の子息、令嬢だから。
そりゃもう尻尾撒いて逃げ出すに決まってる。いちゃもん付けられてどこか一つにでも目を付けられたら人生終了だ。そんなのやってられんわ。
「――もう許さねえ! 決闘! 決闘しろ! ボコボコにしてやる!!」
ムキーっと顔を真っ赤にして、そう喚くルダス。……こいつ誰かに似てるなぁと思ったけど、分かった。あの高飛車B級冒険者のカインに似てる。顔は似てないが、性格がまんまである。リトルカインだ。
「……決闘? それ俺にメリットある? めんどくさいんだが?」
「お前が勝ったら講師として認めてやる! ……おい、みんなもそれでいいよな!!」
生徒たちは「御意」「り」「おっけー」とそれぞれ承諾する。ちょっと待て、俺は別に――
「俺はやりたくな――」
「まさかやらないとかださいこと言わねえよな? オッサン?」
舐めくさった顔で、挑発してくるルダス。
だがこの俺がそんな挑発に乗るわけがない。俺はもう18歳。大の大人なのである。こんな子供とは精神年齢が違うのだ。
「オッサン! おい逃げんのか! あ、もしかしてビビっちゃってんの?」
だから、どんなに挑発されようと絶対に俺が動じることはない。そう、絶対に――
「オッサン! おい目が濁ったオッサン!! ビビってんじゃ――」
「絶対に泣かす。お前絶対に泣かしてやる」
もう許せない。さっきからこいつ俺のことオッサンオッサン連呼しやがって……俺はぴちぴちの18歳だって言ってんだろうが!!
マジで絶対に許さん。一生のトラウマを植え付けてやる。泣いてももう許してやらねえからな!! 覚悟しろクソガキィ!!!