2話 学園長
「……どういうことだ、なんでお前がここにいる」
心底嫌な顔で、クソ猫――アルディを睨む。もしかして不法侵入か? ……それ以外考えられないな。よしつまみ出そう、そうしよう。
「まあそう言うなジレイ。俺は――呼ばれてきた、客だぜ?」
「……はぁ?」
アルディの首のうなじを掴み、つまみ出そうとすると、そう言ってきた。何言ってんだこいつ、そんなわけないだろ。
「なんかこの不審猫がこんなこと言ってるが……シャル、本当か?」
「うん! アルディさんにお願いして、ジレイくんの推薦状を書いて貰ったの! 今日はサプライズゲストとして呼んだんだよ!」
「……………………嘘だろ?」
ニコニコと、善意100%の笑顔で、そう言うシャル。あ、これマジのやつだ。
「……シャル。ちょっとここで待っててくれ。この猫と話があるから」
俺はアルディを引きずり、隣の部屋へ移動して、シャルに聞こえないように、ドアをバタンと閉める。
「――おいどうなってんだクソ猫。なんで俺がお前からの推薦を受けて、魔導大会に出ることになってんだよ。納得できる理由を五秒以内に答えろ。五、四――」
「待て待て! だからオレは、菓子屋の嬢ちゃんに頼まれたんだって!」
手をぶんぶんと顔の前で振り、弁明するアルディ。
「……仮にシャルが頼んだとしよう。でもお前は、俺がそんなのやりたくない性格の奴だって分かってるよな?」
「い、いやぁ……昔はそうだったけど、今は変わってるかなぁって……」
「眼をそらすなオイ。絶対分かっててやっただろ」
詰問すると、アルディは眼をあさっての方向にそらし、ヒューヒューと口笛を吹く。わざとらしすぎる。
……まあ正直、別に魔導大会に出ることは構わない。賞品の魔道具にも興味があるし、賞金もたんまり出る。そこに不満はないのだが――
「……やっぱりダメだ、この話は無し! 白紙! キャンセル!」
「ふっふ……もう遅いぜジレイ。既に管理協会には推薦状を送り、出場券を獲得済み……! 大人しく、オレの学園の講師として出場するんだな……!!」
にやりと笑う、アルディ。やばいめっちゃぶん殴りたい。
出場に不満はない。しかし……出場条件に①を使っているのが問題なのである。
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①指定された組織、機関、団体に所属していて、推薦を貰った人物
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この場合、俺が『王立マギコス魔導学院』に所属している人物であり、『アルディ・アウダース学園長』から推薦を受けたという状況。
つまり――俺が出場するためには、マギコス魔導学院に所属していなければならない。しかし、もちろん俺は所属なんてしてるわけがない。
おそらく……書類をでっち上げて、俺が所属している体で申請を行ったのだろう。普通なら確認するが、学園長からの直々の推薦だ。疑いすらせずに通したに違いない。
「ま、まあちょっとくらいいいじゃねえか! 魔導大会までそんな日数ないし、それまでの間でいいからよ!」
「……本音は?」
「あわよくばそのまま一生所属して貰って、お前の魔法を思う存分研究したい」
「ふざけんな絶対に嫌だ」
シャルに「出場しないって言うから」と立ち去ろうとすると、「頼む! ちょっとだけ! ほんとちょっとだけだから!」としがみついてくるアルディ。
俺は嫌悪感むき出しに顔を歪め、引きはがそうとする。ちょっとだけとか言ってるけど絶対嘘だ。こいつのしつこさはもう身に染みて分かっている。
……思えば、こいつと初めて出会ったのは四年前、マギコスマイアに来た時だった。
Sランク魔獣が近くの森に出没したとの噂を聞きつけ、やってくると――モンスターに襲われている、アルディの姿。
すぐさま魔法でモンスターを瞬殺して救出したのは良いんだが……なんでも、そのとき倒したのがSランク魔獣だったらしい。
アルディは「そんな魔法見たこと無い!」「オレの学園の講師になってくれ!」と熱烈な勧誘をしてきて……もちろん、俺は断った。
追いすがるアルディにしっかりと断って立ち去り、一時は諦めてくれたと思った。
だがしかし、次の日から始まったのは怒涛の勧誘攻撃。
俺の行く先々に出没して勧誘し、ときにはエキストラを使って、
「おっ! あの兄ちゃん、マギコス魔導学院の講師にうってつけの顔してんなあ!」
とか、
「おすすめ定食一つですね! ……お兄さん、もしかしてマギコス魔導学院の講師の方ですか? 違かったらなったほうがいいですよ!」
とか、もはや勧誘ではなく粘着質な嫌がらせをされたのだ。
あれから、このクソ猫は俺の中のブラックリストの一人になった。だってマジでしつこいんだもんこいつ。
見つからないように、ゴテゴテの全身鎧を着て顔を隠し《魔力偽装》を使ってなけりゃ、地の果てまで追いかけてきただろう。ふざけんな。
「――でも、こうして会えて嬉しいぜ。……あのあと、大変だったんだぞ。ほんと、どこいってたんだ? 街中、赤髪の奴を探したのに見つからねえし……死んだと思ってたんだからな」
ばしばしと柔らかい肉球で俺を叩き、嬉しそうに笑うアルディ。
そういえば――あの時は、少し事情があって、赤髪のカツラを被ってたんだった。
今も《変幻の指輪》で赤髪に変えてるから……俺が本当は黒髪だって、こいつは知らないのか。よし、絶対に言わないでおこう。
「とりあえず、俺は絶対に講師なんかめんどくさい事はやらんからな。キャンセルしとけよ」
アルディにそれだけ言い、シャルの所へ向かう。
「……まあ、ジレイがそう言うならオレは別に構わねえよ? でも――果たして、キャンセルできるかなあ?」
去り際、ニヤリと悪い笑みを浮かべるアルディ。……何言ってんだ? 別に、こいつが管理協会に土下座すればいいだけだろう。何の問題も無い。
「あっ……ジレイくん! お話終わったの?」
シャルは俺の姿を見るなりソファから立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってくる。
俺はニコニコと笑うシャルに、
「ああ。……シャル、魔道大会の事なんだが――悪いけど、出場はキャンセルにしようと思う」
と伝える。すると――
「…………え?」
シャルは顔を愕然とさせて固まる。
そして、ぽろぽろと涙を流し始めて――ぇ、えっ? なんで??
「ごっ……ごめんなさい……わたし、ジレイ君のこと考えずに……か、勝手な事しちゃって……迷惑だったよね。ほんとにごめんね……」
大粒の涙を流し、動揺で瞳を震わせるシャル。ちょっと待ってちょっと待ってなにこれ。
「しゃ、シャル? いや、別に迷惑とかじゃなくてな? ただ出たくなくて――」
「うん。本当にごめんね。ジレイくんの嫌がることはしたくなかったのに……」
「い、いやだから……」
なんとか宥めようとしても、自分を責めるだけで一向に泣き止まない。しまいにはひざを抱え始めた。やばいずきずきと心が痛い。
「ジレイ………………な?」
アルディはポンっと俺を叩き、穏やかな顔を浮かべる。コイツゥゥウ!!
「…………う、うっそー! 冗談だぞシャル!! 本当は出場するぞー!!!」
「……え? な、なんだあ! 私、本当にジレイくんの迷惑になっちゃったのかと思ったよお! えへへ……良かったぁ!」
シャルは心底安心したような顔になり、ほっと胸をなでおろす。
「講師就任おめでとう! 歓迎するぜ!」
「ぐぎぎ……このクソ猫がァ……!」
「歓迎会しなきゃな! 嬉しいだろ?」
「あ、ああ……嬉しいよほんと。今すぐお前をボールにして、蹴り飛ばしたいくらいになァ……!」
こうして――俺のマギコスマイア魔導大会出場と、魔導学院の講師就任が確定した。わーうれしいなー(棒読み)。
めちゃくちゃ嬉しいから……あとでアルディはボコる、と心に誓った。嬉しすぎて手が出ちゃってもしょうがないよな。うん仕方ない。マジで仕方ない。絶対に仕方ない。