プロローグ 怠惰な日常
俺――ジレイ・ラーロの一日は、起床後の二度寝から始まる。
まず、朝の適当な時間に目を覚まし、
喉が渇いていたら、寝ころんだまま《水生成》で喉を潤したあと、
《異空間収納》から、食べられるものを適当に取り出して食べ、もう一度ふかふかの毛布の中に潜る。
そして、二度寝特有の、今すぐにでも眠りそうなふわふわとした気持ちいい感覚を味わいながら、眠りに落ちるのだ。
俺はこの感覚が世界で一番好きだ。
現実で何か嫌な事があっても、この瞬間だけは何も考えずに忘れられる。……例えば、なぜか勇者パーティーに勧誘されて、一国の王女に求婚される、なんてことも。
「最高だ……ぐうたら生活は最高だぁ……!!」
もふもふの高級そうな毛布の中にくるまりながら、ぬくぬくと気持ちのいい、至福の瞬間を全身で味わう。
……思えばここ最近、いろいろな事が起こりすぎて、まったく休まることがなかった。
街の外れの小屋で、ぐうたら過ごしていたら、なぜか《攻》の聖印を持つ勇者の少女――レティがやってきて、勇者パーティー勧誘されたり、
護衛依頼を受けたら、魔王軍四天王の趣味悪そうな骸骨と遭遇して戦うはめになったり、
あげくの果てには、国民に絶大的な支持を受ける、ユニウェルシア王国の第四王女――ラフィネの"運命の人"がなぜか俺だったらしく、求婚される始末。
もう本当、激動の日々だった。二度とあんなめんどくさいことにはなりたくない。マジで。
――あれから俺は、マギコスマイアまで休みなく全力で走り続け……二日で到着することができた。
本来ならば、馬車で十二日はかかるところを、二日である。俺がめちゃくちゃ頑張ったことが分かるだろう。
マギコスマイアに到着した後は、昔、少し縁があり、世話をした少女――シャルの家を訪ね、少しの間、匿って貰うことにした。
渋るかと思ったが、シャルはむしろすごく嬉しそうに「ずっといていいよ!」と歓迎してくれた。やったぜ。
そしてまあ、色々と生活用品やら何やらを全部用意してもらって(シャルの金で)、現在、シャルのどでかい屋敷の一室に居候している、という状況である。
居候後、最近の忙しすぎた日々の反動で、一日中この家に引きこもっているが……それも致し方ないと言えるだろう。
トイレや風呂のとき以外は、ベッドから動いてすらいないけど、それも仕方ない。何の仕事もせずに完全ヒモ状態だけど、仕方ない。仕方ないったら仕方ない。そのうち働くから大丈夫。たぶん。
「――くん! ――きて。 ――ジレイくん、そろそろ起きて!」
「さーて、もう一度寝ようかな」と、毛布にくるまり、まぶたを閉じていると――かわいらしい、少女の声。
「あと3時間後に起こしてくれ……」
毛布を更に深く頭から被り、答える。
「だーめ! ジレイくん、昨日もそう言って起きなかったでしょ! それにもう12時! お昼ご飯の時間だよ!」
しかし、少女は諦めることなく、「おーきーてぇー!」と俺の身体を揺らして起こそうとしてくる。
「――ふっ……甘いなシャル。俺をその程度の揺れで起こそうなど……! 俺に《睡眠》の加護が付いているのを忘れたのか? 逆にゆりかごみたいで眠くなってくるぜ……!!」
「――なっ……で、でも《睡眠》の加護があっても、こんなに起きないなんて――ま、まさか加護が進化して……!?」
「よく分かったな。そう、俺の《睡眠》は一つ上の階級、《永眠》に進化して――」
「――もお! ふざけてないで起きて! お仕事の休憩時間に戻ってきて、お昼ご飯作ったんだからぁ!」
少女――シャルは「ジレイくんのために作ったんだから!」「一緒に食べようよお!」と俺をさらに激しく揺らし、起こそうとしてくる。
もちろん《睡眠》の加護なんてものはない。そもそも加護は進化とかしない。適当なことを行ったらシャルがノってくれただけである。この少女はノリがいいのだ。
「分かったって………………ちゃんと起きるから、頭の部分を左右に激しくシェイクするのは止めて。吐く、吐いちゃうから」
ブンブンと激しく揺らされ、若干の嘔吐感を味わいながら、毛布から顔を出す。
「やっと起きた! ジレイくんこっち! こっちきて!」
俺が起きたと見るや、シャルはパタパタとドアまで移動し、嬉しそうな顔で手招きしてくる。
俺は改めて、シャルの容姿をじっと見る。
焔のように紅い、輝く赤髪。
紅玉のごとく、鮮やかに煌めく、美しい瞳。
エルフの特徴である長い耳に――500歳越えとは思えないほどに、瑞々しいツヤを見せる肌。
髪の長さは肩にかからず、顎よりすこし下あたりでそろえられており、キュートなうさぎの髪留めを前髪にとめている。全体的にふわっとした髪型だ。
それと、すごく気になることが一つ――
「――じ、ジレイくん? な…………なに?」
シャルはじっと見つめる俺に、顔を赤くし、もじもじしながらそう問いかける。
「…………」
俺はベッドから降りて立ち上がり、シャルの元へずんずんと進んでいく。
「……シャル」
そして――シャルの両肩をがしっと掴み、じっと目を合わせる。
シャルは顔を真っ赤にしながら「え?」「これって」「嬉しいけどこんな昼間から」とかなんとか言って――なぜか目を瞑り、唇を尖らせる。……何やってんだ?
「ここ、寝ぐせついてるぞ」
「優しくし――へ?」
俺はシャルの頭頂部で、ぴょこんと跳ねている寝ぐせを指摘し、教える。
シャルは顔をさらに真っ赤にさせ……両手で隠すようにして、うつむいた。
……やはり、女の子として、寝ぐせを見られて恥ずかしかったのだろう。
俺には全く分からない気持ちだ。髪のセットとかやったことないし。出かけるときもいつもそのままだからな。めんどくさくて。
「――もおお! ジレイくんはいつも、勘違いさせるようなことして! 女の子はそういう事されると困っちゃうんだからね!!」
シャルは数秒ほど俯いてプルプルと震えた後、ぷんぷんと頬を膨らませながら、「わたし怒ってます」って態度でそう言ってきた。本人は怒ってるつもりなんだろうが……小動物みたいに見えるせいで、全然怖くない。
俺が「へーへー分かりやしたぁ」と適当な返事をすると、「こら! お姉さんの言う事は聞きなさい!」とぽかぽか叩いてくるシャル。
……ちなみに、さっきから俺を"くん"付けで呼ぶのは、自分の方が年上だかららしい。
最初の出会いがギャン泣きで威厳もクソもあったもんじゃないのに、よくお姉さんぶれるなと切に思う。
あと、年齢差500歳オーバーはもうお姉さんじゃなくて、おばあちゃんだと思う。言ったら泣かれて追い出されそうだから言わないけど。
それに――以前、そのことについて言ったら、3日間くらい作ってくれるご飯のグレードが下がったことがあった。
必死に謝ってもつーんとした態度で許してくれないし、めちゃくちゃ旨いシャルの料理が食べられなくて、マジできつかった。あれは新手の拷問である。
あれ以降、俺は絶対にシャルに年齢のことについて言及しないようにと、心に決めている。わざわざ自分から地雷を踏みに行く必要はないからな。
「――ジレイくん、こっち! こっちにご飯用意してあるから!」
服の裾を引っ張り、誘導するシャル。
俺はシャルに引っ張って連れてかれながら、今日の昼飯のメニューが何かを想像しつつ、期待に胸を膨らませるのだった……。