1話 なぜか勇者パーティーに勧誘された
「こんにちは! いきなりだが私のパーティーに入ってほしい!」
さらさらな桃色の髪に、淡いガーネットのような透き通る瞳を持った少女は、俺の家のドアとバーンと勢いよく開け、開口一番にそう言った。
「すいません、間に合ってます」
開いたドアを閉め、中断されていた朝食の準備を再開する。といっても簡単な栄養食だから、皿に取り出すだけだが。
こんな街の外れにもセールスって来るんだなーと思っていると、すぐにドンドンとドアを叩く音が響いた。
「なんだよ、あんまりしつこいと騎士団に通報するぞ? お?」
あまりにもしつこいのでドアを開け、語調を荒げて脅す。この手の輩にはこれが効果的なのだ。
「……ちょっと急ぎすぎたかもしれない。ごめん。セールスじゃないから大丈夫だ!」
「あ、違うのか。じゃあ何の用で……っておい! 家の中に入ろうとするんじゃねえ!」
少女は話の途中で、ドアの隙間を無理やりこじ開け、家の中に侵入しようとしてきた。何だコイツ!
必死にドアを閉めようとするが、いかんせんボロいので、バキッとドアが外れてしまった。
「……じゃあ、まずは自己紹介から! 私の名前はレティノア・イノセント! 親しい人にはレティと呼ばれているぞ!」
「ドア壊れたから弁償してくれる?」
少女――レティは我が物顔で椅子に寛ぎ、勝手に話し始めた。そんなことよりドア弁償しろ。
――ん? というかレティノアって名前……どこかで聞き覚えがあるな。何だったっけ。
「ドアはもちろん弁償する。いや、弁償よりもいい提案がある! それは――私こと【攻の勇者】のパーティーに入ることだ! 住むところも用意する! かわいい女の子もついてくる! なんてお得なんだろう!」
そうだ、思い出した。この名前――今代の勇者の一人じゃないか。
【攻】の聖印を持つ、聖剣グランベルジュに選ばれし勇者。それがレティノア・イノセントだった。
今代の勇者は豊作で、他にも【呪】【俊】【運】【才】【硬】……などの10人くらいが勇者になっている。
普通は3人ほどなので、今代はまれに見る多さだ。
しかもこの前、俺と同じ黒髪の勇者が誕生したらしく、黒髪は珍しいから勘違いされまくっている。めちゃくちゃ迷惑極まりない。
「なんで、俺を勧誘するんだ?」
自慢じゃないが、俺は必要なとき以外、基本的にこの小屋に引きこもっている。
外出するのは依頼を受けて金を稼ぐときと、たまに外食するとき。あと面白いものがないか魔道具店を見るときくらいだ。
冒険者ランクもDだし、俺を超エリートな勇者パーティーに誘う意味が分からない。
「それは……あなたとパーティーを組むことが、私の目標だからだ」
「俺と? なんで?」
まったく持って心当たりがない。何かしたっけ?
「むむ、まだ思い出してくれないか……これでどうだ?」
レティは桃色の髪を両手でつかみ、ツインテールの形にした。……んん? 微かに見覚えがある気がする。昔、修行時代にこんな感じの少女を助けたような? いつだったっけ……
「たしか……グレートベアを乱獲してたときだったような……」
「覚えててくれた……! そう! グレートベアに襲われそうになった所を助けて貰った!」
レティはぱぁぁっと顔をほころばせ、満面の笑顔を浮かべた。どうやら、当たっていたらしい。
「あのとき、私はあなたに憧れて……勇者になりたいっておもったんだ! 去り際の言葉はいまでも覚えてるぞ! 『泣くんじゃない、我慢しろ。泣くのは弱者だけだ。それでも我慢できないときは……勇者になれ。勇者になれば弱くて泣くこともない。夢だって叶う……俺も勇者になるために、悲しいときでも笑うようにしている』」
「グゥゥウ!! やめろ! もうやめてくれ……!」
顔を上気させ、誇らしげに語るレティと対象的に、俺のライフはゴリゴリと削られていく。
あのときの俺は思春期特有の病に侵されていて、無意味に説教たれたり、「くっ……右手が疼く! 駄目だ、俺から離れろ!」とやりたいがために、実際に悪魔を右手に封印していたりしたのだ。 当時の記憶を思い出すと、ベッドでジタバタと死にたい気分になる。
「街で見かけたときは運命だと思った! 昔の面影があったからすぐに分かったぞ! 昔とおんなじで目が濁ってたからな!」
興奮した様子で話し続けるレティ。
なるほど、街に出かけたときに見つかって、そのまま家までついてきたらしい。ストーカーかよこいつ。
「それで、返事は……?」
レティはキラキラと期待に満ちた顔で見上げてきた。といっても、俺の答えは決まっているんだが。
「入らない」
はっきりと断言する。
すると、レティはピシッと笑顔のまま固まり、
「聞こえなかった!」
と言った。いや、聞こえてただろ。
「絶対にはいら――」
「聞こえない!!!」
「…………」
もう一度はっきりというも、バカでかい声でかき消される。……こいつ、もしかして断らせる気ない?
このあと、俺とレティは30分くらい入る入らないで押し問答していた。なにこいつ、マジでしつこすぎる。しかもめちゃくちゃ声でかいから耳痛いんだけど。もう帰ってくれないかな? ダメ? お願いだから帰ってくれませんか?
「ハァ……ハァ……わ、分かった、パーティーに入ろう」
押し問答の末、先に諦めたのは俺だった。まるで諦める気がないレティの様子に根負けした。
俺の答えに、レティは顔を輝かせ、「やったー!」と飛び跳ねた。
「クソッ……それで、俺はなんてパーティーに入ればいいんだ? 書類に書いて申請しなきゃ駄目だろう?」
「そうだった! えっと、【黒髪の英雄】っていうパーティーだ! 由来はあなたが黒髪だから!」
レティは元気よくそう言った。名前の由来が俺とか聞きたくなかった。
「そうかそうか……じゃあ、後で申請しとくから、また後日来てくれるか?」
「む? 今日申請するんじゃないのか?」
「色々と準備もあるからな、詳細は後日ってことで……ほら、出てった出てった」
「うーん……? よくわからないけどわかった! じゃあまた明日来るぞ! ばいばい!」
「おう、じゃあな」
俺はレティを家の外に追い出したあと、戻って荷造りを始める。
必要な生活用品を魔法で収納し、魔導不動産に通話魔法で連絡して、物件を解約することを告げた。
「よし、逃げるか」
俺は行方をくらまして逃げることにした。さすがに見つからなければ諦めてどっか行くだろう。
「勇者パーティーなんてそんな面倒くさいのやるわけが無いだろ」
すっかりもぬけの殻となった小屋を飛び出し、今夜泊まる宿について考え始めた……