エピローグ 王女につきまとわれてる
――困ってる。いま俺は、めちゃくちゃ困っている。
「――ので、結婚式は王国内で一番大きな式場でやろうと思います! 市民の皆さんも喜んでくれるでしょうし、お父様も祝福してくれるはず! あ、でも安心してください! 慣れない王宮暮らしでジレイ様も不安だと思いますので、私がいつもお傍にいますから! あとは――」
あれから――魔王軍四天王の骸骨を消滅させてから、まる一日が経った。
あのあと、なぜか抱き着いてきて離れようとしないラフィネを力づくで引きはがし、倒れていた冒険者の男をエタールの治療院に運ぶという口実で、俺を囲んでくる冒険者たちに一旦落ち着いて貰った。
そして、男を治療院の集中治療室に押し込んだ後、俺を囲んで質問攻めする冒険者たちを全力で振り切り、見つからないように宿屋に引きこもった。
金が無かったので全力で土下座したら哀れみながら泊めてくれた。優しい店主でよかった。
……いやほんと、マジでめちゃくちゃ質問攻めにされて疲れた。逃げ出してなかったら、あいつらたぶんいつまでも纏わりついてきてたと思う。そのくらいしつこかった。
なぜかウェッドは兄弟とか呼んできて暑苦しいし、カインはなにを思ったのか弟子にしてくれと懇願してきた。当然断った。お前そんなキャラじゃないだろ、と。
レティは「パーティー入るまで離さない!」とかいってしがみついてくるし、イヴはなぜか顔を俯かせて、虚ろな目で睨んできた。なんで?
あと、ラフィネを狙った"紅蓮"の炎の術者も探してはみたが……綺麗に魔術痕跡が消されていて、追うことはできなかった。
だが……おそらく、犯人はリーナだ。
思えば、暗殺者の家系だったし、ラフィネが王女だと知ってから少し雰囲気がおかしかった。それにいつの間にかいなくなってたし……たぶんあいつでしょ。
……まあ、それはもうどうでもいい。いやどうでもよくはないけど。そんなことよりも――
「――それで、子供は何人くらいにしましょう? 私としては、やっぱり世継ぎのためにいっぱい作らなきゃだと思うんです! なので、男の子は10人くらいで女の子は――」
先ほどから、俺の右腕にしがみつきながら、マシンガントークを展開してくる少女―――ラフィネの方が問題だ。
ウェッドたちを振り切って宿屋に引きこもり、久しぶりのベッドで気持ちよくスヤスヤと寝るところまではよかった。
朝になり、目を覚まして窓を開け、「気持ちいい朝だなぁ~」と太陽の光を浴びていると――なにやらベッドでガサゴソと動く音。
すぐさま俺は戦闘態勢に入った。そして、恐る恐る確認したら――よだれを垂らしてスヤスヤ眠るラフィネの姿。
マジでめっちゃびっくりした。だって、さっきまで俺が寝てたベッドに、ネグリジェみたいな官能的な服装でラフィネが寝ていたのだ。ガチで心臓が止まるかと思った。ホラーだろマジで。
昨夜の記憶を思い返してみても、お酒を飲んでて一晩の過ちで……とか思い当たることは一切ない。
そもそも俺、酒飲まないし、そういう経験もない。修行で忙しかったってのと、ぐうたら寝てるほうが好きだからだ。
昔、変な女に「裸見たんだから責任取って!」とか言われて、しつこく追いかけられてめんどくさいことになったから、あれ以降、一切そういう状況にはならないようにしてるのだ。あのときはマジでめんどくさかった。俺は完全に被害者なのに……。
まあそんなこんなで、幸せそうな顔で寝てるラフィネを起こし、ちゃんとした服に着替えて貰って――いま現在に至る、というわけである。
何で俺の寝てるベッドに潜り込んでたんだとか、どうやって俺がここにいると分かったのかとか、いろいろ聞きたいことはあった、
だけどそれよりも、なぜ一国の王女であるラフィネが、D級冒険者の俺にここまで付きまとうのかの方が気になったので、聞いてみた。
ラフィネは「え? なんでそんなこと聞くんですか?」みたいにきょとんとした顔になり、
『だって――ジレイ様と私は結婚する運命でしょう?』
と言った。欠片も疑ってないような顔で。
それを聞いて、俺はたっぷり5分くらいフリーズした。だって何を言っているのかまるで分からなかったから。よく考えてもまったく分からない。結婚? 運命? なんのこと?
でも、そのあとラフィネの話を聞いていくうちに、だんだんと理解した。ラフィネの言っていた"運命の人"が――俺だったのだと。
しかし、俺が覚えてなかったのも仕方ないといえる。
だってあの頃は、あえて前が見えない仮面型の魔道具で視界を塞いで、《魔力探知》と《熱探知》、《気配察知》の修行をしていたのだから。輪郭は分かっても、顔までは分からなかった。
そもそも、ラフィネは助けて貰ったと言っているが――俺はそんな高尚な理由で助けた訳ではない。
「人を助けまくれば聖印でるんじゃね?」と思って、助けてただけである。おまけに、めっちゃ色んな人を助けまくってたから、一人一人を正確に覚えてなんかいない。
たしか……あのときはユニウェルシア王国近くの森で、めちゃくちゃ強い魔物がいると聞いて、意気揚々と挑みに行ったとき。
めっちゃ探しても見つからなくて、憂さ晴らしにそこら辺の魔物を乱獲し、疲れたから休憩してたときに――なんか生意気な子供がやってきたのだ。
追い払おうとしたら泣かれそうになって、「子供に泣かれるのは勇者ポイントマイナス」だと思い、適当に作った自作物語で泣き止ました。
だが、なぜか懐かれて毎日来るようになり、「この子、友達いないのかなぁ」と思いながら、休憩時間に相手していた。
それで、ようやく探し求めていた魔物を見つけ、死闘したのはいいものの……予想以上に強くて、倒せはしたんだが、死にそうになってしまった。ちょっと事情があって治癒魔法は使えなかったし……あのときはマジで死ぬかと思った。
んで、その子供の家で少しリハビリして(めっちゃ豪華な屋敷だった)、すぐに全快した俺は、ある事を思い出した。
そういえば――明後日が『第56回! 珍☆魔道具オークション♪』の開催日じゃん、と。
思い出した俺はすぐさま走り出して開催地に向かおうとした。
だが、何も言わずに去るのは勇者志望としてどうなのかと思ったので、一応いっておくことにした。
そしたらなぜか自分も行きたいとか言い出した。でもさすがにあの激戦地にはついて来れないと思い、《変幻の指輪》をあげてこれで我慢しろと宥めたのだ。
ちなみに、目当ての魔道具は最後で競り負けて勝ち取れなかった。マジであの高飛車女ゆるさねえからなァ!
……だから、俺はラフィネと結婚の約束なんてしてないし、助けたのは打算込み込みだし、すべてラフィネの勘違いだ。俺は、そんな物語の王子みたいな人間じゃない。自分のことしか考えてない。
「じ、ジレイ様。そんなにじっと見つめられると……照れてしまいます。いえ、決して嫌というわけでは無くてですね! かっこいい顔で見られると恥ずかしくて……! もう! 初夜の時は生まれたままの姿を見せ合うのに、私ったら――」
なので、この世迷言を言っている少女は勘違いしているということだ。これはまずい。早急に誤解を解かなければならない。
「……取り合えず、離れてくれるか? あと、様付けはちょっと止めてもらえると――」
そう言うと、
「あっ! も、申し訳ありません! そうですよね! では、旦那様と……!」
「違う違うそうじゃない。マジでそうじゃない」
何を勘違いしたのかポッと顔を染め、もじもじしながら旦那様とか言ってくるラフィネ。なんか目がハートマークになってるしやばい。どうするよこれ。
……しかし、こうなったのも俺の責任だ。俺にそんな気持ちが無かったとしても、勘違いさせてしまう行動を取ったことは確か。しっかりと誤解を解き、断る必要がある。
…………でも、まあいきなり直球で聞くのもアレだから……ちょっと小手調べにジャブを打つことにしよう。うんそうしよう。
「……ちょっと聞きたいんだが、もし……結婚の約束なんてしてなくて、助けたのも打算しかなかったって言ったら――――どうする?」
俺がそう聞くと、ラフィネはニコッと笑い、
「死にます」
と言った。ああ、死に……え? え??
「死ぬって……?」
「舌を噛み切って死にます」
いや、具体的な死に方じゃなくて。
「……ジレイ様がいない世界なんて――考えられませんから。あと、私以外の女性に靡くのも駄目ですよ? 私だけを見て下さい」
ラフィネは更に俺の腕に強くしがみつき、言う。
冷や汗がダラダラと出てきた。さっきから呼吸が安定しない。どうするよこれ。どうすんだよこれ。
「だって、ジレイ様と私は――結婚する運命ですもんね?」
ラフィネの瞳は完全にいっちゃってるヤバい奴だった。「それ以外ありえないし認めない」と眼が語っていた。
やばいやばいやばいマジでどうしようこれ。
え? 俺が「実は嘘でしたぁ~ドッキリ大成功~」とか言ったら舌噛み切って自殺すんの? 嘘だよね? 頼むから嘘だといってくれない? お願いしますほんとに。
俺がガクガク震えながら動揺していると、
「ジレイ様? なんで答えてくれないんですか? もしかして……他に女性が? そんなわけないですよね??」
ラフィネが光の無い暗い瞳でそう詰め寄ってきた。
「あ、あ、あ…………アタリマエジャナイカー。ソンナワケナイダロハニー」
「……そうですよね! 清廉潔白なジレイ様がそんなことする訳無いですもの! あ、でも妾も作っちゃだめですよ? 私がぜんぶ満足させますので! それでももし作ったら……分かってますよね?」
俺は思わず、ビビッて片言で返事してしまった。ラフィネは顔をパッと明るくさせたり顔を赤くしたり目のハイライト無くなったりで百面相していた。やばい。
……どうしよう、ほんとにどうしよう。俺のせいで死なれるのも嫌だし、結婚したら王様激務ルート一直線。それは絶対に嫌だ。俺は老人になって死ぬまでぐうたらして人生を終えたい。
「…………あ!」
そこで、閃いた。もうこれしかないと。
「ラフィネ、ちょっと頼みがあるんだが……」
「はい! なんなりと!」
心底嬉しそうに、返事をするラフィネ。……うっ、心が痛い……。
「その……前にあげた《変幻の指輪》だけどさ。…………返してくれないか?」
俺がそう言うと、
「……どうしてですか? これは私とジレイ様との婚約指輪で、思い出の品で……なんでですか? もしかして他の女に渡すために――」
「い、いや違う! そうじゃない!」
目の光を失っていくラフィネを慌てて止める。
……本当は俺もこんなことやりたくない。やりたくないが――
「……あっ」
俺はラフィネをベッドの上に押し倒し、
「だって……これからはずっと、一緒だろ? だからこんなの――もう、必要ない」
上から覆いかぶさる壁ドンみたいなポーズになり、めっちゃイケボでそう言った。やばい自分で言ってて鳥肌たってきた。
「は、はう……そ、そうでしゅ……」
ラフィネは顔を真っ赤にして、目をぐるぐると回していた。よし、言質とった。
俺は「じゃあ返してもらうね」とラフィネの左手人差し指に付けている《変幻の指輪》を抜き取る。いいぞいいぞ。
「じゃ、じゃあちょっと俺、トイレいってくるから――」
「はう……あ、待ってください! 私もご一緒します!」
なぜか付いてこようとするラフィネ。
「い、いやそれはさすがに……」
「で、でも……! これからはお互いの全てを見せ合うんですし……!」
「……そ、そういうのは徐々にしよう? な?」
必死に、ついてこようとするのを止める。ラフィネは「えへへ、そうですね。これからは――ずっと一緒ですもの」と笑った。やっべえ。
俺は「お、そうだな! じゃあ行ってくるわ!」とドアを開け、すぐに閉める。
「……よし、逃げるか」
俺は逃げることにした。
だって結婚して王様になるなんて冗談じゃない。
なんかいろいろと勘違いしてるし、俺のせいで死なれるのも嫌だし……た、たぶん時間が経てば熱も冷めるだろう。そうだ。そうに違いない。そうであってくれ。
でも――どこに逃げる?
まず、近くの国は論外。
グランヘーロは――あいつがいるからダメ。
エストゥディオッソは――あの変態に絡まれそうだから却下。
なら――――そうだ。あそこなら。
ちょうどお菓子の感想を聞きたいって手紙が来てたし、そのまま数カ月か数年くらい居候させてもらおう。
迷惑がられたら「過去に襲われそうになったの騎士団にいうけど? いいの?」とでも言えばいい。うん。そうだ、そうしよう。
俺は《高速演算》で必死に頭を回転させ、一秒で結論を出した。
「――ジレイ様? もうお帰りになったんですか? あ! もしかしてやっぱり私と少しでも離れたくなくて……それならそうと言って下されば――」
「――やっべ!」
一秒しか経ってないのに、ラフィネがそう言ってきた。早すぎるだろ。
俺はすぐさま《変幻の指輪》で黒髪を赤髪に変え、宿屋の廊下を走り出した。
シャルがいる国――マギコスマイアへ。全速力で。