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17話 ラフィネ・オディウム・レフィナード③

 ラフィネは報を聞いた後、すぐさま、会いに行くために準備を急いだ。


 姉達にバレないように情報を操作し、護衛のシオンだけを連れて、貴族の道楽旅行に見せかけるために、豪華な馬車と使用人を用意した。


 そして冒険者ギルドに、依頼人を未公開で護衛依頼を出し、少年に貰った『変幻の指輪』で黒髪の少女に変装した。


『……ゴミが何を言ってもゴミなのは変わらないんだよ。さっさと拾って失せろ』


 準備を調えたラフィネが依頼の集合場所に行くと――何やら揉めているようだった。


 一人はシュトルツ家から送ると言われていたB級の冒険者で、もう一人はだらーっとした、やる気が無さそうな青年だった。


(…………あの人と、同じ……)


 青年はあの少年と同じ、黒髪だった。

 青年の後姿をみて、なんとなく懐かしい感覚になったが――青年の見た目は25くらいの年齢に見えた。あの少年だとしたら、18歳から20歳くらいのはずなので、別人だと考えた。


 B級冒険者の少年が剣を抜いて青年に襲い掛かったので、《言霊魔法》を使って仲裁に入った。しっかりとお灸をすえて、次やったらシュトルツ家に報告すると脅しておいた。


 そして、黒髪の青年に少し話を聞きたかったから――少し怒った後に、適当な理由で強引に馬車に連れ込んで、質問した。


『いや……村に黒髪は俺だけだし、仮面をつけた奇特なやつもいなかったな』


 しかし、青年に思い当たる人物は居ないようだった。ラフィネは少しだけがっかりしたが――これから会う"黒髪勇者"があの人だと確信していたので、すぐに気を取り直した。


 その後、青年が"運命の人"について聞きたいと言ってきた。ラフィネは淑女としての体裁を忘れ、あの人とのなれそめを語った。気付けば何時間も経っていて、熱く語っていた自分がすごく恥ずかしくなった。


 そうして、依頼を開始して少し経った頃……黒髪の青年がD級冒険者にしては色々とおかしいことに気づいた。


 護衛として連れてきた、元S級冒険者であるシオンの実力を見抜く程の異常な観察眼を持ち、


 なぜか次元魔法の《異空間収納(アイテムボックス)》を習得していて、


 有名菓子店『シャルテット』のお菓子をたくさん所持していた。しかも、本店でしか売っていない希少なお菓子を。


 少し変わった青年だったが……それよりもあの少年に会えるという気持ちが大きくて、すぐに気にならなくなった。



 そして――何事も無く、順調に四日ほどが経ち、あと少しでエタールに着くという所まで来た。


 ラフィネは心の底から、早く会いたいという気持ちが溢れていた。しかし、理想の王女として、淑女としての体裁を整えるのに必死だった。気を抜いたら今すぐに走り出してしまいそうだった。


 あと少しであの少年に会える――会える、はずだった。






 それはあまりにも異常だった。地獄のような光景だった。


「だ、大丈夫です! きっとみんな安全な所に隠れているに違いありません! あの人だってきっと――」


 絶望的な惨状から目を背け、自分に言い聞かせるように、そう叫ぶ。あの少年は生きている。絶対に生きているんだと。まだ希望はあった。



『ほら――あそこにいるでショウ?』



 でも――それを見て、僅かな希望がガラガラと崩れ去っていった。視線の先にいた人物は――紛れもなく、黒い髪を持ったゾンビだったから。


「……………………そん、な……」


 もう何も見えなかった。

 目の前が真っ暗になって、頭がぐちゃぐちゃとかき混ぜられたかのように、思考がぐるぐると回っていた。現実を理解したくなかった。


 あの少年が居ない世界になんて、何の意味もない。それならばいっそ――


 そんなことを考えたときだった。


『それコそ――この、エタールの住民すべてだったとしたラ、どうシマスか?』


 一筋の希望が垂らされた。

 生き返る。少年はまだ生き返る。まだ少年に――会える。


「お……お願いします! 助けて、助けてください……!」


 あの少年が生き返るなら何だってできた。どんなことを命令されてもよかった。あの少年とまた会えるのなら、自分の人生なんて捨て石も同然だった。


 D級冒険者の青年は、懇願するラフィネをちらりと一瞥して、


『――《不死浄化(ターンアンデッド)》』


 死の街を、元の街に復元させた。


 意味が分からなかった。なんでそうなるのかの理解ができなかった。

 理解できなさすぎて、ぽかんと口を開けてただ青年の動向を見ることしかできなかった。


 青年はわけのわからないほど強い力で、魔王軍四天王の一人を赤子の手を捻るように圧倒していた。


 そして、人質になったB級冒険者を引きずって逃げようとする骸骨の頭を――


『こうすれば、解けるだろ?』


 ――木っ端みじんに、消滅させた。


 あり得なかった。あの四天王の防護結界は何重にも厚く、さらに《護》の魔道具で強固に覆っていた。

 

 帝級の攻撃魔法でもキズが付けられる程度の防護結界を、あんな容易く破壊するなんて――そんなの、御伽噺でしかありえなかった。


「……ぁ」


 とくん、と心臓が鼓動した。青年のその後ろ姿が――なぜかあの少年と重なって。


 "黒髪勇者"があの少年のはずだと思っていた。でも――しばらく、青年から目を離せなかった。


 青年の元に冒険者たちが走って行って、囲まれるのを、ただ茫然と見ていた。


 まさか。もしかして。そんな考えが頭に浮かんだとき――


「――――――え?」


 青年が、鬼気迫る顔でこちらに駆け出した。






「――大丈夫か?」


 青年はラフィネの盾となるように覆いかぶさり、そう言った。


「は……はい……」


 茫然と、呟く。


 一瞬、何が起こったのか分からなかったが……すぐに理解した。自分は――助けられたのだ、と。


 青年はラフィネの頭上に展開された"紅蓮"の炎から守るべく、一瞬でラフィネの前に移動し、身を盾にして守ってくれた。


 とくん、とまた心臓が鼓動した。ドクドクと躍動する心臓がうるさく、青年から目が離せなかった。


「あちゃー……もうこの服着れないなぁ。結構気に入ってたのに……」


 青年の服は、背中の部分がまるまる焼け焦げており、もう使い物にならなさそうだった。それ程の威力をじかに受けてなお、なぜか青年の身体は無傷だった。


「てか背中だけ空いてんのめっちゃかっこ悪っ! もう捨てよこれ! 裸のほうがマシだわ!」


 そう言って青年は、着ていた服を脱ぎ捨て、上半身裸になる。ラフィネはいきなり脱ぎ始めた青年に戸惑い、顔を赤くするが――


「――――え?」


 それを見て、目を疑った。


 青年は均整の取れた、引き締まった肉体をしていた。


 過酷な鍛錬を思わせる、無駄のない筋肉。


 何度も死闘を繰り広げたかのように刻まれた、無数のキズ跡。


 そして――そのキズ跡の中でもひと際大きな、胸全体に残った"何かに引っかかれたような三本のキズ跡"。


「こ、この……キズ、は……」


「ん? …………あー、そういえばそうだった……うわ、なんか恥ずかしいな。あんまり見ないで欲しいんだが」


 青年は少し恥ずかしがりながら、キズ跡を隠すように脱いだ服を胸の前に当てる。


「…………なんで、何で……気づかなかったんでしょう……」


「え? なにが?」


 思えば、ヒントはいくらでもあった。


 そもそも青年は黒髪だったし、色々と規格外な行動もしていた。

 

 でも――"黒髪勇者"があの人だと思い込んで、しっかりと確認することはしなかった。年齢が違うと勝手に決めつけて、何歳なのか聞くこともしなかった。


「どうした? じっと見て……あ、俺がイケメンすぎるって気づいちゃったか? ふふ、照れるな……!」


 青年は手を顎にあててかっこつけたポーズをし、フッとニヒルに笑う。


「……はい。ほんとに、ほんとにかっこいいです」


 青年の濁った瞳は、クールで知的に、


 やる気のない態度は、落ち着いて余裕がある紳士に、


 少し変な言動は、人を笑わせたい心優しい善人に、


 ラフィネにはそう見えた。乙女フィルターを通して、そう変換された。


「え、そうか? いやぁ……面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいな……! まあ俺はイケメンだからしょうがないんだけど、あんまり言われたことないか――――へ?」


 青年が頭を掻いて照れ照れしている所を――ラフィネはぎゅっと力強く抱き着き、体を押し付けた。


 青年は「え?」「なにこれ?」「どゆこと?」と混乱しているようだ。


 ラフィネは密着した青年――ジレイ・ラーロのぬくもりを身体で感じつつ、こう言った。

 

「やっと、やっと会えました……! 私の――"運命の人"!」

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