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16話 ラフィネ・オディウム・レフィナード②

「おお、本当に来やがった。……ほらよ、報酬だ」


 いつも通り王城を抜け出し、森の入り口にある抜け穴を通って、秘密基地に行こうと思ったら――抜け穴の前にいたのは、人相の悪い大人の男たち。


 その中でもひと際大きな体躯をした男が、近くにいた薄汚れた服を着ている男に銅貨を投げて渡す。


「情報通り、かなり上等な服を着てるガキだ。こりゃ大層金持ちな貴族サマに違いねぇ。……絞りがいがあるってもんだなァ?」


 大男は顔を醜悪に歪ませ、下卑た表情を浮かべる。


 秘密基地がある森は王城から近かったので、誰にも見られていないと思っていた。


 しかし、少年に会うために毎日通っていたので、見られるのは時間の問題だった。以前は月に数回程度しか行かなかったのが、毎日に変わっていたのだから当然の話だ。


「さて……おいガキ。ちょっと一緒に来てもらおうか?」


 大男はそう言って、ラフィネに近づいてきた。


「やっ……『来ないで』!」


 ラフィネは《言霊魔法》を使用し、大男の体を拘束する。


「ん、だこれ? 身体が動かねぇ……おいクソガキ! 何をしやがった!」


 大男は動かなくなった身体に混乱し、語調を荒げた。ラフィネはそのまま、大男を操作してこの場を切り抜けようとするが――


 ガッ!


 と、頭に強い衝撃を受けて、地面に倒れこんでしまった。


 グラグラと揺れる視界の中、後ろを見て、何が起こったのかを理解した。自分は――殴られたのだと。


(いたい……いたいよ……)


 ただ混乱した。なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか。別に何も悪いことをしていないのにと。


 それと同時に、操作していた魔力が霧散して、大男に掛けていた《言霊魔法》が解除される。


「絞るだけ絞ったら返してやろうと思ったが……止めだ。このクソガキは変態に売り飛ばしてやる。……もうママやパパに会えると思うなよ?」


 大男は下卑た表情で笑い、近くにいた男たちに「口を塞いで拘束しろ」と指示した。


「やだっ……やだやだ!」


 逃げようとするが、大人の力に叶うわけもなく、あっさりと拘束され、口に丸めた布を詰められて、声が出せなくなる。


(たすけて……だれかたすけて!)


 怖くて痛くて、もう誰にも会えないと思うと、涙が溢れてきた。


 父親や使用人たちに会えないのも悲しかったが、一番は、少年の語る物語がもう聞けなくなるのが悲しかった。


 男たちに麻袋の中に詰められ、視界が塞がれて、絶望しそうになったとき――


「……何をしている?」


 あの少年の声が、聞こえた。






「大丈夫か? 痛い所はあるか?」


 あれから少しして、少年と大男が怒鳴りあう声が聞こえた後、何度も破壊音が鳴り響き、収まった頃に少年がラフィネを麻袋から出して、そう問いかけた。


「……あたま、いたい」


 ラフィネがそう訴えると、少年は「《上位治癒(ハイヒール)》」と唱え、痛みをスーッと無くしてくれる。


 ラフィネはさっきの男たちがどうなったのか、周りを見渡そうとする。しかし――


「……見ないほうがいい」


 と、少年に抱きしめられて、視界を塞がれてしまった。


 少年の体温が伝わってきて、暖かい。混乱していた心が、どんどんと溶かされていくようだった。


「あいつらはここらで有名な盗賊団だった。因果応報だ。気にすることはない」


 少年はそう言って、落ち着かせるように、ラフィネの頭を優しく撫でる。その手は僅かに震えていて、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。


 どうやって男たちを倒したのかは分からないが――この少年が、ラフィネを助けてくれたことは分かった。


「なんで……助けてくれたの?」


 ラフィネはふと、疑問に思ったことを聞いた。ただ純粋に、何でか分からなかったから。


 少年はラフィネの言葉に「はぁ?」と意味が分からないと言いたげな声を出し、


「勇者が人を助けるのは――当たり前だろ?」


 と言った。


「……ぁ」


 とくん、と心臓が鼓動する。


 「当たり前のことをやっただけ」と言わんばかりな少年の姿が眩しくて、かっこよくて。


(なに、これ……かおがあつくて……どきどきする……!)


 初めての感情だった。

 顔が赤くなって、心臓がドキドキと少年に聞こえちゃうんじゃないかというくらい、激しく、鼓動していた。


「ん……どうした? 体温が高いみたいだが……風邪か?」


 少年は近づいてきて、自らとラフィネの額を合わせ、「ちょっとだけ熱いな」と呟く。ラフィネは顔を真っ赤にして、心臓が爆発しそうになった。


 その後、少年はラフィネが風邪をひいてると思い、おんぶをして家の近くまで送ってくれることになった。


「……お兄ちゃんは……ゆうしゃさまなの?」


 ラフィネは少年の背中でちょこんと抱えられながら、少年に問いかける。


「……いや、まだ勇者じゃない。でも必ずなる。なってみせる。俺には――夢があるから」


 少年は前を見て歩きながら、決意を込めた声でそう言った。


 ラフィネはこのとき、自分の抱いているこの感情が何なのかを理解した。これは物語で王女様が抱いていた感情と同じ――"恋"なのだと。


 ラフィネは少年の暖かい背中にぎゅっと抱き着き、


「らふぃねも、らふぃねもおうえんする! お兄ちゃんならぜったいになれる!」


 と言葉を吐き出した。少年が勇者になって魔王を倒してくれれば――自分と結婚できるかもしれない。そんな事を思ったから。


 この瞬間から、ラフィネは理想の王女様になるために努力し始めた。


 王族としての作法や振舞いを学び、


 市民に愛されるために護衛を連れて街へ出て、積極的に話しかけ、


 使用人たちに悪戯することもすっかりなくなった。


 そんなラフィネを見て、周囲の人間も少しずつ変わっていった。


 使用人たちは、まだぎこちないながらも、向こうから話しかけてくれるようになったし、街を歩けばよく声を掛けられるようになった。


 父親であるピラールも、さらにラフィネを溺愛するようになった。その反面、姉達の態度も冷たくなっていったけども。


 相変わらず、王城を抜け出して少年に会いに行っていたが、使用人たちに聞かれても「かくれんぼしてた」と誤魔化していた。

 



 そんな日々を送り、数カ月ほど経ったころ。


 いつものようにラフィネは鼻歌を歌いながら、秘密基地に向かった。すると、目を疑うような光景が視界に入った。


「――っっ!?」


 少年が、血だらけで倒れていた。


 身体はズタズタに無数のキズ跡があり、その中でもひと際大きな、何かに引っかかれたような三本の赤黒いキズ跡が、胸全体に残っていた。


 吐き出す息も弱々しく、いまにも死んでしまいそうなほど憔悴していた。


 ラフィネはすぐに王城に戻って人を呼び、部外者を入れるわけにはいかないと渋る兵士を説得して、治療室に運んだ。 


(なんで……どうしてきかないの!?)


 王宮お抱えの白魔導士たちで治療に当たっても、何らかの魔法で邪魔されているように、なぜか少年に治癒魔法が掛かることはなかった。何度掛けようとしても、少年に行使する直前で魔法が掻き消されてしまうのだ。


(神さま……おねがいします。らふぃねにできることなら何でもします……! どうか、どうか助けて……!)


 何の治療も出来ず、半死半生で生死を彷徨う少年に、ラフィネは祈ることしかできなかった。


 そして、ラフィネの願いが通じたのか……少年は奇跡的に一命をとりとめた。本来であれば間違いなく死んでいた筈の大怪我だったのにも関わらず。


 驚異的な回復力で本来一年はかかるはずのリハビリを僅か一週間で終え、少年はいつものように物語を語ってくれるほどに回復した。


 ラフィネは喜んだ。これからも変わらず、また少年と過ごすことができると思っていた。だが――


「明日からはもう、ここには来ない」


 告げられたのは、突然の別れの言葉だった。


 ラフィネは食い下がった。「どうして」「行かないで」「ずっとここにいて」と少年を説得した。


「行かなきゃいけないんだ。とても大事な――戦いに」


 しかし、少年の決意は揺らがず、悲し気に空を見上げてそう言った。


 ラフィネはそんな少年の姿を見て、理解した。少年は――魔王を倒す旅にでるのだと。


 少年にはまだ、聖印も出ていないはず。でも正義感の強い少年のことだ。おそらく、少しでも早く魔王を倒して人々を安心させたいのだろう。少年なら旅の途中で聖印が現れるのは間違いない。

 

「じゃあ……らふぃねも! らふぃねも連れてって!」


 役に立てる自信はあった。

 《言霊魔法》も5人までなら同時に行使出来るようになったし、他にも色々な魔法を使えるようになった。まだ初級程度だが、それでも少しの補佐程度ならできると思った。


「駄目だ。足手まといだからついてくるんじゃない」


 だが、少年は冷たく、切り捨てるように言った。


「………………ぇ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。そして少し経って、ようやく頭が理解した。自分が、少年には必要ないと言われたのだと。


 頭が真っ白になって、何も考えられなかった。何だかんだ優しくしてくれる少年が、断るとは思わなかったから。


 そんなラフィネの様子を見た少年は、懐から何かをガサゴソと取り出し、


「お前じゃついてこれない……だから、これをやる」


 と、わっかのような物体をラフィネの手に握らせた。


「……ゆびわ?」


「ああ、魔道具の『変幻の指輪』だ。お前にそれをやる」


 それは、シンプルな指輪だった。でもなぜ自分にくれたのかが分からない。


(……っ!)


 ラフィネは少し考え、真意に気付いた。そして、顔をボンっと赤面させる。


 だって気付いてしまったから、これは――少年なりのプロポーズなのだと。


 少年はきっと、初めからラフィネが王女だと気づいていたのだ。

 思えば、少年が語る物語は最終的に王様になるものが多かった。あれは遠回しに、ラフィネと結婚して王様になりたいと言っていたに違いない。


「俺は必ず勝ち取ってくる。だから――お前はそれで我慢してくれ」


 この言葉も、『魔王を倒して平和を勝ち取ってくる』と言っているのだろう。


 『変幻の指輪』をくれたのも、婚約指輪として、それまで待っていて欲しいということ。


「どんなに人が多くても俺は絶対に勝ち取ってみせる。そう、絶対に――」


 聖印が現れて勇者となる人物は一人ではない。


 『何人現れても自身が魔王を倒し、ラフィネと結婚してみせる』。少年は間違いなくそう言っていた。ラフィネにはそう聞こえた。


「ずっと……ずっと待ってる! 待ってるから!」


 少年はそう叫ぶラフィネの頭をポンポンと叩き、優しく笑う。


 そして――もう秘密基地に来ることはなくなった。


 ラフィネは次の日から、さらにお稽古や習い事をするようになった。


 将来的に少年と結婚することを考え、料理も、作法も、経済も、思いつくことを全部学んだ。すべては少年と過ごす未来のために。


 魔王から人々を救った勇者には、治める国と結婚する王女を決める権利がある。

 あの少年に至っては考えられないが、もしかしたら、数億万分の一程度の確率でも、姉たちを選んでしまうかもしれない。


 だから、理想の王女になるために努力した。

 お淑やかに、上品に、市民にも優しく――そんな物語の王女様のようになって、少年に選ばれるために。


 魔法の習得にも力を入れた。

 元々生まれ持っていた《言霊魔法》を中心として、《生活魔法》《補助魔法》《五大元素系魔法》など……特に、少年がいまどこにいるのか知りたかったので、《探知魔法》の習得に一番力を入れた。


 そして、少年が去ってから月日が経ち……一年が経った。まだ魔王が倒されたという話は聞こえてこない。


 二年が経った。勇者は誕生したが、黒髪ではない。


 三年が経った。なぜか市民が暴動を起こしたが、ピラールが収めていた。


 四、五年と時が過ぎていき……ついに、九年もの歳月が流れた。


 ラフィネは美しい、可憐な少女になっていた。


 街を歩けば市民から積極的に話しかけられ、王城内の使用人たちからは忠誠を誓われていた。物語の王女様のような、理想の王女になっていた。

 

 でもラフィネには、そんなことどうでもよかった。だって――あの少年にさえ良く思って貰えればそれでいいのだから。 


 修練し続けた《探知魔法》は最上位である《千里眼》になっていた。でも、それでも少年を見つけることは出来なかった。


(どうして、なんで見つからないの!? 条件は合ってるはずなのに……!)


 まさか――と不安が頭に過った。が、すぐに頭を振って、考えを消す。あの少年がそんなことになるわけがない。きっとどこかで生きているはずだ。


 《千里眼》で"黒髪"の人物を探して、しらみつぶしに探したりもした。しかし、そのどれもが空振りだった。


 不安は日に日に強くなっていった。「そんなわけがない」「あの人なら」と自分を言い聞かせていたが、心身ともに擦り減っていて、もはや限界に近かった。


 憔悴し、疲れ切っていたとき。ラフィネの耳に、ある一報が入ってきた。



 『隣国のエタールで"黒髪の勇者"が現れた』、と。


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