14話 四天王《死喰のカーフェス》戦③
「……お、終わりだ……もう終わりだ……」
わなわなと絶望的な表情で震える冒険者たち。
俺は炎球を見ながら少し考え、呟く。
「まあ……多分大丈夫だろ」
右手にグッと魔力を込める。
そして、上空にある炎球の方向に手のひらを向け――
「……………………は?」
――術式に干渉して、パッと消滅させた。
「……な、ななななッ、なにそれぇ!? えぇ!? なんで!? なんでなんでどういうことぉ!?!?」
骸骨はぽかーんと間抜けな顔になったあと、理解できないと言いたげに喚く。……あれ? なんかお前キャラ変わってない? そんなんだっけ?
「お前……口調……?」
指摘すると、骸骨はハッとした顔になり、
「く……クク、何デモナイデス……」
と言った。心無しかさっきよりも口調にカタカナが増えた気がする。
ごまかすようにゴホゴホと咳ばらいをする骸骨。
「い……意味が分カラナイデス……何なンデスかアナタ? 本当に人間デスカ?? もしかして魔人だったんデスカ???」
「いや……どこからどう見ても人間だろ。おら見ろこのイケメンフェイス。俺のどこが魔人なんだよ」
角も生えてない。肌も健康的な肌色。尻尾も翼もない。おまけにこんなイケメンである。
なぜか「顔はいいけど眼が濁ってるからマイナス!」と評価される事が多いけど、そんなことは些細な問題だ。
言ってきたやつの財布盗んで勝手に全額孤児院に寄付したりしたが、ほんとに一ミリも気にしてない。ほんとに気にしてない。
骸骨は「イケメン……?」と疑問符を頭に浮かべているが、誰が何と言おうと俺はイケメンである。イケメンなのである!!!
というか、そんなことよりもこいつ、
「……お前、もう魔力なくね?」
「……? ……ッッッッ!?!?!?」
「え?」みたいな顔から「あ……ああああああ!!」と今気づいたような顔に変える骸骨。
「そ……そんなこトないですヨ? ほ、ほらいっぱい魔力あるし……まだまだ魔法撃てるし……!」
「……」
一歩近づく。骸骨が一歩下がる。
「………………」
今度は三歩近づく。骸骨が六歩下がる。
「ちょ、ちょぉーっと待ったぁ! ……ンンッ、い、一旦止まりマショウ。………………何でこんなことに……わたしが人間なんかに負けるわけが…………人間? あっ!」
停戦を提案した後に小声でぼそぼそと呟き、閃いたと言わんばかりに顔をパッと明るくさせる骸骨。
「ククク……そうデス。アナタも所詮は"人間"。でハ……これはドうでしョウ?」
骸骨はそう言って、指をパチンと鳴らす。すると――
「……ぁ……あぁ……!」
重力魔法で抑えられていた男――カインが立ち上がり、骸骨を守るように立ちはだかった。
「ち、違う! 僕は……僕はこんなこと……!!」
カインは自分の意に反して動く体に混乱し、恐怖に顔を歪ませる。
「クク……アナタも所詮は"人間"。残魔力で《操作魔法》を使いましたガ……ちょうど良く魔力が少ない、脆弱な人間がいテ助かりましたヨォ。どうデス? 仲間を人質にされて、何も出来ないでショウ?」
骸骨はさっきまでの様子と一転させ、愉悦に笑った。
倒れ伏している冒険者たちも、沈痛そうな、悔しそうな顔で骸骨を睨んでいる。いや、ていうか……。
俺は一呼吸おいて、言った。
「――別に、そいつ仲間じゃないぞ」
「……………………え?」
俺の言葉で、場がシンと静まり返った……。
¶
「…………は? いやいや、仲間でしょウ。……え? 仲間じゃない? ……アナタ仲間じゃないんですカ??」
骸骨がカインに向けて問う。カインは必死そうに首を横にブンブンと振っている。
「じ……ジレイ! カインはもう仲間だろ!? こんなときに冗談言ってんじゃねぇよ!!」
ウェッドが倒れ伏しながら叫ぶ。
……え。仲間だったのか? 普通にこのクエスト限りの関係だし、よくて知人で悪くて他人だと思ってたんだが。
そもそも俺、仲間とか友人とか、修行で忙しくてできたこと無いし……そうか、これって仲間だったのか。
「な、なんて非道な奴デス……! まるで悪魔みたいな人間デス!!」
「お前、鏡みたことある?」
骨だしエタール壊滅させるしでお前の方が悪魔だろ。
「く、クク……で、ですが……さすガにアナタも、人質がこの男だけジャナイとしたラどうデス? それコそ――この、エタールの住民すべてだったとしたラ、どうシマスか?」
骸骨は死の街と化したエタールを一瞥して、そう言った。
「は? ……ああ、そういうことか」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、エタールをちらりと見渡して、すぐに理解する。
「――《虚言結界》か。たしかに、条件は満たしてるな」
「ほウ、なかなか頭が切れル……その通りデス! 準備に時間ガ掛かりましタガ……素晴らしいデショウ?」
――《虚言結界》
それはその名の通り、指定範囲に嘘の理を作り出す結界。
結界内に捕らわれた者は、術者の作り出した世界の理に従うことを強制され、幻想の世界で踊り続ける。
指定する理に応じて、条件がある魔法だが……なるほど、そういうことか。だからアンデッドたちが……
「条件は【紅き空】【倒壊した建物】【夥しい血痕】【転々と落ちた肉塊】指定した理は……"死生逆転"か? ずいぶん悪趣味だな、お前」
《虚言結界》は強力な幻術結界だ。
もちろん、強力な魔法の分、その行使にはいくつもの条件がかかる。
その一つが、指定する理に合った幻惑を演出すること。
この結界の理は"死生逆転"なので、
本来、生きているはずが死んでいることになり、
死んでいるのに、生前のように動けてしまう。
本来は、不慮の事故などで死んでしまった者を生き返らせ、想い残した事を無くし、悪霊とならないように使う理だが……今回はその逆だ。
この骸骨は、自らでこの惨状を演出し、エタールの住民たちに《虚言結界》をかけて、アンデッドの街にさせたのだろう。ちぐはぐで異様な光景だったのはそういうことだったのだ。
《虚言結界》は継続的に魔力を消費する。これほどの広範囲に幻惑をかけて、持続させるとなると、莫大な魔力を使用するはずだ。
だが、魔力がほぼ切れた骸骨にそんなことはできない。であれば……街のどこかに幻惑を見せる魔道具でも設置しているのだろう。
あと、"聖印"の加護を持つ勇者には効かない筈なんだが……あの"黒髪勇者"はなぜかゾンビになっている。もしかして偽物だったのか? 聖印を偽造して勇者を名乗るのは犯罪なんだが……。
「……ぇ? た……助かるんですか?」
骸骨の言葉を聞いたラフィネの瞳に、光が戻る。
「お……お願いします! 助けて、助けてください……!」
「おヤ? おヤおヤおヤァ?? どうヤラ、助けたい人ガいるみたいデスねェェ? まァ……そこノ男次第ですケドォ?」
骸骨は懇願するラフィネを見て、心底愉快そうに笑う。
ラフィネは倒れ伏したまま、俺に顔を向けて、
「私には……あの人がいなきゃ、ダメなんです。何でもします! あの人が生き返るなら、どんなことでもします! ……だから……だからお願いします……!」
と言った。
……どうやら、混乱しているようだ。そもそもこの骸骨がそんな約束守るわけがないのに。魔物だし。反故にするに決まってるだろう。
それに、そんなことしなくても――
「――《不死浄化》」
俺はエタール全域に、ちょっとアレンジした《不死浄化》をかけた。すると――
「……あれ? 俺、さっきまで何してたんだっけ?」
「頭いてぇ……うおっ!? なんでこんなとこで寝てんだ!? なんか変な夢見ちまったし……アンデッドになるとか縁起が悪すぎるっての……」
「お、おい! なんで門が空きっぱなしなんだ! すぐに閉めるぞ!!」
エタールの住民たちは死者から生者に戻り、
倒壊した建物は元の綺麗な街並みに修復され、
紅く染まっていた空は、雲一つない晴天になった。
ラフィネの言っていた"黒髪勇者"も「んぁ? ……あれ、寝てたのか」と呑気そうにあくびをしている。
住民たちは何事も無かったかのように、それぞれの日常に戻っていく。
こちらを視認できないように《妨害魔法》をかけておいたので、俺たちに気が付いた様子もない。
「な、なにを……した、の……?」
骸骨は唖然とした声を出す。いや、お前また口調が……。
「口調……」
「そんなのもうどうだっていいの! なに! いまの何!?」
「何って……《不死浄化》だけど」
「そうじゃなくて! ……いやそれもおかしいけど! なんで、なんでわたしの《虚言結界》が効いてないの!」
骸骨はまるで少女のような口調で声を荒げる。いや、そんなの――。
「《虚言結界》の前提条件を崩せばいいだけだろ? だから少しアレンジした《不死浄化》で晴天にして、壊れた街を修復して、住民を生者に戻した。それだけだ」
「そ、そんなのあり得ない! そもそも街には《幻術》の《古代遺物》を設置しておいたはず! それなのにどうして――」
骸骨はそれでもと、食い下がる。いや、だから――。
「俺が"それより多い魔力で上書きした"。それだけだろ?」
簡単な話だ。魔法は基本的には魔力量がモノをいう。
同じ性質の魔法であれば、魔力量がより高い魔法が勝つのは当然のこと。
俺だって伊達に、血反吐を吐きながら修行してきたわけではない。
クソ不味い魔力増強剤を朝昼晩、食前に必ず飲んでいたのだ。そりゃ魔力量も上がってるだろう。そうじゃなきゃおかしい。
しかも、俺が飲んでいる魔力増強剤は特に効果が強い特注品。
だがその分クソ不味い。マジで不味い。製作者が「何でそれ飲めるの? 味覚壊れてるの?」と驚くほどに不味い。
しかもそいつ、何を勘違いしたのか、年々、更にクソ不味いポーションを仕上げて送ってくるのだ。
もう勇者になる気も無いのに、お礼とか言って送ってくる。もはや嫌がらせにしか思えない。
何回も「もう要らないから!」と送り返しても、「君のお陰だから! お礼だから!」とか言って送ってくる。そのうち送り返すのもめんどくさくなってもう諦めた。
……そんな事情があり、俺の魔力量はけっこう多い。
正確にどのくらいあるかは分からないが、測ってみようと買ってみた結構お高めの魔力測定器がぶっ壊れたから、Sランク以上あることは間違いない。そして俺が涙目になったのは言うまでもない。あれ百万リエンもしたのに……。
「な……ならっ! こいつも道連れにするから! わたし殺したらこいつも死ぬから!!」
骸骨はカインを盾にして、崩れたままの口調でそう叫ぶ。なんかさっきから幼児退行してない?
「ふふ……さ、さすがに仲間じゃなくても、自分の手で殺すのは嫌でしょ? できないでしょ? …………できないよね? ね?」
骸骨はカインを人質に、後ずさって逃げようとする。
「ぼっ……僕のことはッ……き、気にしなくていい! 負担になるくらいなら……ここで、こいつもろとも殺してくれ!!」
カインはガクガクと震え、顔面蒼白になりながらも、そう言った。
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! 余計な事言うんじゃないの!」
「ぼ、僕は、誰にも必要とされなかった。ならここで死んでも……死んでも、いい!」
カインは震えながらも、自分が犠牲になると訴える。瞳に決意と勇気の光を宿して。
完全にカインを犠牲にして骸骨もろとも倒す雰囲気になってるが……ちょっと、勘違いしているようだ。
「別に……お前を死なせるつもりなんてないぞ」
「……………え?」
カインを見ながら、そういった。なんたってこいつには――まだやって貰わなくちゃいけないことがある。
「……確かにお前は高飛車で自分第一なクソ野郎だ。でもまだ俺には必要だ。だから、死なせない」
だって――まだこいつにお菓子の感想を聞いていない。それが済むまではむざむざ殺させない。貴族の男の意見は貴重だと思うからな。
カインは俺の言葉に顔をくしゃくしゃにさせ、泣きそうになり、「どうして……」と言いたげに目を見開く。
「で、でも生殺与奪の権利はわたしにあるから! 《操作魔法》は途中で割り込めないからね!」
そう言い、少しだけ得意げになる骸骨。
確かに《操作魔法》は一度掛けたら他の術者が割り込むことはできない。
いや、厳密にはできるっちゃできる。無理に割り込むと操作している対象が魔力に耐えられなくなって爆散してしまうというだけで。
緻密で繊細な魔力操作で術式を乗っ取れれば、爆散することはない。だが俺には無理だ。そんな職人技できない。めんどくさすぎる。
「まあ、割り込むのは無理だな」
「でしょ! じゃあわたし帰るから――」
骸骨はカインを引きずって、我先にと逃げ出そうとする。
「割り込むのは無理だが――」
右手を骸骨に向けて、
「こうすれば、解けるだろ?」
――圧縮した魔力弾で、骸骨の頭を消滅させた。
そりゃあもう、跡形もなく。
¶
「……ふぅ」
頭が吹き飛び、身体を保てなくなった骸骨が霧散していくのを横目で見ながら、「やっと終わったぁ……」とため息をつく。
周りをチラリとみると、ウェッドたち冒険者と、イヴとリーナ、ラフィネとシオンが、ぽかんと口を空けてこっちを見ていた。レティだけは鼻息荒く、目をキラキラとさせてこっち見てた。
……あれ、もう重力魔法も解けてるはずなんだが。なんで倒れたままなんだこいつら。
そんなことを思っていると、
「じ、じれ……ジレイィーーーッッ!!」
ウェッドが立ち上がってすごい勢いでこっちに走ってき……って顔こわッ! ちょま――。
逃げようとするが、
「お、おま! そんなに強かったのかよ!! なんでD級なんだよお前! もうほんとに俺。ここで死ぬと思ってぇ――」
太い腕に抱きしめられ、身動きが取れなくなった。胸板が堅いし汗臭い。なんで俺は罰ゲームを受けているのだろう。
他の冒険者やレティも走り寄ってきて、「やっぱり師匠はすごい!」とか「なんで隠してたんだよ!」と囲まれる。
いやちょっと待て。そんな一辺に言われても分から……アッー♂! オイいま尻さわったのどいつだ! 出て来いゴラァ!!
ドタバタと叫び、囲んでくる冒険者たちに辟易する。マジでめんどい。
………………でもまあ、たまにはこういうのも悪くないのかもしれないな。
エタールも戻ったし、四天王も倒した。これで一件落着だ。
「――――!」
しかし、そう思った瞬間。強烈な殺気を感じた。
どこか歪で、濃厚な殺意。
興味のような、敵意のような、喜びのような……色んな感情が混ざり合っている。なんだこれは?
周りを見渡す――新たな敵が現れた様子はない。
そもそもこの殺気――俺に向けられていない。じゃあ誰に?
もう一度周りをよく見渡す。今度は《魔力探知》を使用して。
「――ッ!」
魔力の元を探知して、俺はすぐさま走り出した。
「――――――え?」
ラフィネの頭上に展開された、"紅蓮"の炎に向けて。