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エピローグ 帰ってきた日常

「おーい、起きてるか?」


 コンコンと、ドアをノックして呼びかける。


「おきてるぞー」


 するとそんな幼い声が中から聞こえて、俺はがちゃり、とドアを開けた。


 ここは数日前に新しく借りた宿屋の一室だ。広い室内を見回すと、綺麗なクローゼットとソファなど生活に便利な家具が配置してある。窓はピカピカ、床もピカピカ、もちろん壁もピッカピカ。


 リヴルヒイロの宿屋――【銀の衣】。前回の宿屋と違って内装も各種サービスも色々とグレードアップ、その分お値段もグレードアップ、俺のお財布はクールダウン。


 そんな高級宿屋だが、宿屋をここに決めたのは内装が豪華だからとかサービスが手厚く丁寧とかそんな理由じゃない。


 ベッドが、めちゃくちゃでかかったからである。


「起きてて大丈夫なのか? まだ寝てた方が……」


「んー、だいじょうぶ」


「もしかして起こしたか? 悪いな」


「ううん、だいじょうぶだー」


 クソデカベッドの上で小さく返事をする少女――レティ。


 その服装は病人とかが着る病衣。上体を起こし、ふっかふかの毛布を身体にかけながら、小さな手でくしくしと目をこすっている。その仕草を見るに起こしてしまったようだ。


 できるだけ起きてる時間帯にと思って昼過ぎに来たんだが……申し訳ないことをした。

 



 ――あれから、まるまる五日が経過した。


 結果的にあのあと、レティの魂を作り出すことに成功した。


 しかし、人知を超えたこの力でも完全にゼロから作り出すのは無理だったらしい。だから俺は自分の魂の一部を削って、それを元にレティの魂を作り出した。


 そのせいで五年くらい俺の寿命が減った気がするが気のせいだと思いたい。心なしか心臓がキリキリする気がする……。


 俺の魂から作っているため、魂から生み出されるレティの体内魔力オドは俺とかなり似た性質をしている。俺の親族かってくらい同じだ。妹か子供だと思われてもおかしくない事態になってしまった。


 植え付けられていた【勇者因子】を取り除いて身体の一部も作り変えたので、もう身体が耐えれずに死ぬ危険もない。こうして無事、普通に生きられるようになったのだ。


 しかし、あの日からレティは目を覚ますことはなく、ずっと眠ったままだった。


 だが、俺はレティがいずれ起きることを確信していた。なので、より回復を速めるためにできるだけいいベッドがある宿屋を予約した、ということである。


 その結果として、俺は金が足らなくなって金策に走り回ることになり、しかも自分の部屋は借りれずに毎日野宿で過ごすハメになった。


 仮にもレティは女の子だ、身体拭きなどの世話は男の俺には荷が重すぎる……だからイヴとラフィネに任せることにした。


「いやマジで……早く起きてくれてよかった……」


 買ってきた果実をナイフでしゅるしゅる剥きながらしみじみと呟く。


 ラフィネたちも宿賃を折半で出してくれているが、それでも万年金欠の俺からしたら高額も高額だ。全額出してもらうのは気が引けるし、何もせず寝転がってるのもなんかなと思ったのである。


 だがそこは面倒くさがりの極地の俺、始めて一時間で止めたくなった。


 この地獄がいつまで続くんだ……と絶望していたところでちょうど今日、レティは起きてくれたのだ。仕事中、ラフィネたちから急いで連絡を貰ったときは涙が出た。マジでよかった、本当によかった。もう働かなくて済む……!


 心の底から安堵を抱きつつ、剥き終わってカットした果実をフォークにさしてレティの口に差し出す。


「ほら、口あけろ」


「んあ」


 レティは大きく口を開けてあーん。俺は切れ端をぽいぽいぽいと口の中に投入。しゃくしゃくしゃくっ! と小気味いい咀嚼音。


「うまいか?」


「うほふおいひい」


「そうかうまいか、全部飲み込んでから聞いた方がよかったな」


 リスみたいにもごもごしているレティ。かわいらしい。

 その後、残っている切れ端も全部食べさせたあと、レティははふぅと息を吐く。


 満足したか――っと思ったら、レティはキラキラした目で「もうないのか?」と聞いてきた。もうねえよ高かったんだぞ。


 俺は苦笑して、レティと顔を合わせる。


「レティ、一つ言いたいことがあるんだけどいいか?」


「んー? いいぞ!」


 元気に笑顔で返事をするレティ。俺は「じゃあ遠慮なく」、と口を開いて。


「お前――実験で作られた存在なんだってな」


 レティの笑顔が固まる。


「全部聞いた。勇者として作られたって、人間じゃないってさ」


「あ、う……」


 笑顔が消え、レティはうろたえる。俺は語気を強めて続けた。


「見損なったよ。なんでもっと早く言わなかった?」


 レティは顔を俯かせて、泣きそうな顔で答える。


「だって……」


「あん?」


「私は……まだ、ししょうみたいに強くないから、嫌われたら泣いちゃうかもだから……勇者はそれじゃだめだって思って……」


「……ああ、嫌いになったよ」


 そう答えると、レティはさらに顔をうつむかせて、手をきゅっと握った。


 俺は頭をがしがし掻いたあと、立ち上がる。レティを見下ろして。


「アホかお前は」


 拳をグーの形にして――レティの頭に振り下ろした。


「~~~⁉」


 そんな声にならない声を上げるレティ。頭を両手で抑えて目を白黒させている。


「アホだアホだとは思ってたが、こんなにアホだとは思わなかった。あのなあ……俺がそんなんで、嫌うわけないだろ」


 目を大きく開けるレティ。


「でも、さっき、嫌いって……」


「そりゃ嫌いにはなる、だって何回も聞いたのに言わねえんだから。そんな大事なこと一切相談せず勝手に突っ走ってんだからムカつくだろ。……前にも言ったよな? 俺はお前が犯罪者でもなんでも、見方は変わらないって。お前が人間じゃなくても作られた存在でも、嫌いにはならねえよ」


 レティが「え……」と口を開ける。


「それに、だ。俺みたいに強くないからって? 当たり前だろ、お前は弱いんだから!」


 はっきり断言すると、レティはまた俯いてしまう。俺ははあとため息を吐き、少しだけ声のトーンを落として続ける。


「俺を目標にするのはいい、大いに結構だ、だけどな……」


グッと、レティの両頬を手で挟み込んで顔を上げさせて、目を合わせる。


「お前は、お前だろ」


 レティが、大きく目を見開いた。


「誰かみたいになろうとしなくていい。人はみんな違う、才能も性格も何もかも違う。俺にできることがお前にできなくてもそんなこと気にするな。自分に合わないつらいことを無理に頑張る必要はない」


 だから……俺は息を吸い込んで、


「お前はお前らしく生きて、そんで自分のまま強くなっていけばいいんだ」


 俺はニッと笑い、


「それにな……お前はもう人間だからな?」


「……?」


 理解できていないレティに説明する前に、あることを質問する。


「そうだレティ、お前、勇者として人を笑顔にしたいとか魔王を倒して世界を平和にするとかなんとか言ってただろ、その気持ちに変わりはないか?」


 こくん、レティが頷く。


「なら朗報だ、ノーマンから聞いたんだが、お前の身体には【勇者因子】ってのと、ある思想が刻まれていた。でもどうやらその思想はたった一つなんだってよ。……それは『人を助けたい』って想いだ」


 ――『実はですね……教会の命令でレティノアさんにはすべて植え付けられたもの、と説明していましたが、一つの思想以外の中身の部分……性格や気持ちの部分は後天的なものなのです』


 ……ちなみに、ノーマンにはレティが人間になったと伝え、教会からレティと俺に一切手出ししないことを誓わせた。

 だからレティはもう教会の所有物ではないし、イノセント家の養子でもない。というか俺がノーマンに命令したその日、ちょうどイノセント家の当主は不幸な事故で死んだらしい。運が悪かったですね・・・・・・・・・とノーマンは言っていたが、まあもうどうでもいい。


 試練も任務も教会が用意した嘘だった。そもそもどこまでが教会――というよりノーマンの嘘だったのかが分からない。

 レティが人間になったと知っても「それはそれは……喜ばしいことです」と特に驚かず飄々としていたくらいだ。


 教会としては餌にしたレドニスが死に、セフトの捕獲に失敗した形になったが、「【盗】の力を調べられなかったのは残念です。教会には失敗したと報告しましょう」と言うだけでノーマン自体は特に気にした様子もなかった。


 ノーマンがセフトを捕らえる、というのも嘘なのだろう。一切介入する様子すら見せなかった。そもそもあいつの勇者の力でセフトを止められたとは思えない。


 薄気味悪い奴だ。何を考えているのかがさっぱり分からない。


 だが、ノーマンを殺しはしなかった。許したわけじゃない。教会への牽制の為に生かしてやっただけだ。次はない。


「あとな、【勇者因子】を植え付けられて聖印が発現してるといっても、本人の素質と適性……ちゃんと聖剣に選ばれないと使えないみたいだ」


 はっと、レティが顔をあげる。


「どうだ。まだ聖印、あるか?」


 聞くと、レティは病衣をめくりあげ、自分の右胸元の際まで露出させて――っておい⁉ 顔を背ける直前、少し見えてしまった右胸元には――桃色の印がしっかり刻まれていた。


 いやさあ、仮にも女なんだから男の前で露出するなよ……ここら辺もおいおい教えていこうと決めた俺は、レティが服を直したのを聞いてから顔を戻す。レティは唖然と口を開けて驚いていた。


「俺はお前を人間の身体に作り替えた。当然、【勇者因子】はなくなった。……でも、それなのに聖印が消えてないし気持ちも変わらない。つまり――」


 レティの頭に手を置き、そっと撫でる。


「お前の気持ちは、本物だったってことだ」


 レティが大きく息を呑んで、その薄緑の瞳が揺れる。


 顔を上げて、下げて、目を開いて、閉じて、何かを耐えるように唇を引き締めようとする。


 俺はそんなレティを見て何も言わずレティの背中に右腕を回し、軽く抱き寄せる。ぽすん、とレティが俺の胸の中に収まった。


 しばらくの間、レティはそのまま動かなかった。俺も何をするわけでもなくただ待ち続ける。静かな空間に、秒針を刻む時計の音だけが鳴り響いていた。


 やがてレティは口を開き、小さくか細い声を出した。


「ししょー」


「ん?」


「わたし、頑張ったぞ」


「……ああ」


 くしゃり、俺の服を掴んでいるレティの手が少し強くなる。


「怖かったけど、頑張ったぞ」


「ああ」


「すごいか? えらいか?」


「ああ」


 鼻をずびり、と啜る音がして。


「弱くても、泣いても、いいのかー……?」


 嗚咽混じりのその声は、ひどく弱々しく震えていて。


 俺は、答えた。出したその声色は自分でも驚くほど柔らかかった。


「ああ。――頑張ったな、レティ」





 レティがやっと離れたのは、それからしばらく経ってからだった。


 胸の中で溜まっていた何かをすべてぶつけるように、俺の胸の中でレティは泣いた。子供みたいに声を上げて鼻水と涙を垂らして泣き続けていた。


 そばですーすーと寝息が聞こえる。レティは散々泣いて疲れたのか、いまはベッドで眠りこけている。まるで子供……いや、子供か。


「このやろ、めっちゃ泣き散らしやがって……おかげで俺の一張羅がぐしょぐしょじゃねえか。あとでクリーニング代請求してやろうかマジで……」


 これだからガキは嫌いなんだ……泣いて喚いて面倒くさいったらありゃしない。


 はぁ、と大きなため息を吐いて、あどけない顔で寝ているレティに恨み節を言いつつ、俺はドアの方を振り返って声をかける。


「……おいお前ら、覗き見なんて悪趣味だぞ」


 そこには、少しだけ開いたドアの隙間から覗く四つの眼。声をかけられるとは思ってなかったのか、無理な体勢で覗いていた覗き魔たちは、ドタドタバッターン! と床に思い切り転倒する。


 俺は近づき、ドアを開ける。そこには予想通りの二人――ラフィネとイヴがいた。


 二人はすくっ、と身体を立ち上がらせる。二人がキリッとした顔で言った。


「いえ、私たちはそこの窓を見ていたのです! はい、ええそれは間違いなく‼」


「そう、その通り、別に二人のことは見てなかった、うん」


 完全に開き直っていた。こいつら……!


「まあいいよ、入りづらかったんだろ? 気を使わせて悪いな」


「いえいえ! 私たちは何も見てませんのでお気になさらず……レティさんにあーんしたり、抱き寄せたあと優しい声で頭なで続けてたりなんて見てませんから‼」


「見てるじゃん、最初からがっつり見てるじゃん」


 おいおいおーい? マジで? 最後の方だけじゃないの? まさかの最初から見られてたとか普通にクソはずいんだけど?


 もし鏡があれば顔面が真っ赤になっていそうだ――って、イヴ、本当に鏡みせてこないでいいから。手鏡ぱっかーんじゃないんだよ、俺を悶え殺したいのかお前は?


「レイ……ありがと」


 イヴは嬉しげな声で、そんなお礼を言ってくる。俺は返答せず顔を背けた。


 これ以上ここにいたらどうにかなってしまいそうだ。他に済ませなきゃいけない用事もあるし、ここは撤退が最適解だ。よし、逃げよう。


「あれ? どこか行かれるんですか?」


「……ああ、ちょっとな。レティを見ててくれるか?」


「……はい、分かりました!」


「ん、任せて」


 頼りになる返答を聞きつつ、俺はドアを開けて廊下に踏み出した。





 宿屋を出て街道に入り、目的の人物がいる場所へ向けて足を進める。


 リヴルヒイロの街並みは活気がよくとても賑わっていた。平和とはまさにこのことだと言える。まさか、数日前に近くで世界を揺るがしかねない騒動が起きていたなんて微塵も考えてすらいないだろう。


 俺はその光景から目を外して、太陽の暖かな光を浴びながら街道を歩く。


 すると――目的の人物とは違う、だが見慣れた顔が目に映った。


「あ、じーじだ……おはよおー」


 露店を広げて座り込んでいたそいつ――どんよりと暗い雰囲気の女性、カアスはふへえ、とおなじみの不気味な笑いを浮かべて、「買っていく?」とオススメだという小瓶を持ち上げて売りつけようとしてくる。


 また性懲りもなく毒薬を――! と言ってすべて撤去したい衝動に駆られたが、手が出る寸前でやめて、代わりに財布を取り出した。


「あ、ああ、一つだけ貰おっかな……」


「え、ほんと? 初めて売れた……!」


 やった、やったと両手を挙げて喜ぶカアス。俺は見ていられなくなり、思わず顔を背けた。


「い、いやあ、でもほんとお前、よく生きてたよな……」


「ふふん……私、運はいい方なんだよ」


「ほんと、よかったよ、割とマジで、うん」


 ちなみにだが、こんなにいつも通りなカアスの身体は全身包帯でぐるぐる巻きである。


 俺の治療のおかげで動けるようにはなっているが、ほんの数日前までは全身の骨がバキボキで両腕の神経は切断、顔面がビビるくらい腫れ上がっていた。


 ぶっちゃけレティよりもこいつが生きてたことが奇跡すぎる。急所は外れていたとはいえ、なんであの怪我で生きてんのこいつ……。


「でも、転移した後からよく覚えてないんだよねえ。じーじは何か知ってる?」


「い、いや……なにも……?」


「じーじが治療してくれなかったら危なかったんでしょ? 命の恩人だよお」


「ま、まあ……キニスンナヨ、ウン」


 キラキラと感謝の眼差しのカアス。ほぼ俺がつけた怪我とはいえない。


 というか俺はてっきり、セフトに身体を乗っ取られたから助からないものかと思っていた。だから全力でパンチしたわけで……だがセフトがカアスの中から離れたおかげで意識が戻って来れたらしい。


「そうだ……お礼したいから今度、いい場所を紹介するね。私のお気に入りの虫がたくさんいるんだあ。この近くの森にもあるからいまからでも――あれ、どこいくの?」


 俺は心の中で全力謝罪しながら全力で逃走した。





 全力疾走のあと、目的の場所に到着した。


 場所は【復興区域】の外れ。《探知》で探したところ、その人物はどうやらここにいるらしい。


 こんなところに何をしに来たのか……そう思いながら魔力を辿り、周囲に顔を巡らせること数分、視界の中にそいつを見つけた。


 そいつはとある民家の前で、そこの住民らしき人物と会話をしている。


 獣人の男。頬は痩せこけ、全身の毛は艶がない。


 距離が離れているせいで声は聞こえない。だが、遠目でもその様子は穏やかではないことが分かった。


 男が何かを叫び、そいつを殴りつける。そいつは何も抵抗することなく、身体に防護魔法を纏うことすらせず、ただ黙って頭を下げ続けている。


 やがて、男がまた何かを叫んでから民家に戻っていった。俺の読唇術では「二度と顔を見せるな」と口が動いていた。


 そいつはゆらゆらと立ち上がり、腕を抱えながら歩き出す。


「何やってんだお前」


 近づいた俺の声に反応し、そいつは赤髪を揺らしながら顔を向けてくる。


 そいつ――ルーカスは、虚ろな瞳で俺を見上げた。


「……貴様か」


平坦で色のない声。ルーカスは顔をうつむかせて、俺を無視して通り過ぎようとする。


「待てって」


 肩を掴んで引き止めた。無感情な顔を上げるルーカス。


 実はあのあと、こいつも一命を取り留めた。俺がレティとカアスを連れて脱出しようとしたとき、いちおうこいつも確認して見たら生きていたのだ。


 致命傷だったはずだが、勇者の生命力はやはり凄まじい。死んでたら捨てていこうと思ってたのに、仕方なく治癒して持ち帰ることになってしまった。あのまま死ねば良かったのに。死ねば良かったのに。


 ルーカスは言った。


「俺は……自分の罪を贖罪しなくてはならない」


「はあ?」


「貴様もそれを望んでいるのだろう。そうでなければ俺を生かした理由がない」


 ……どうやら、こいつはそう捉えたらしい。なるほどな、馬鹿じゃねーの?


「何を勘違いしてんのか知らんけどさ、そんなのどうでもいいんだが」


「……なに?」


「俺は、お前が死んでなかったから持ち帰っただけだ。謝れとか思ってないし、俺に迷惑をかけなければ何してもいい。……あーでも、レティにはちゃんと謝っとけよ。あんだけ迷惑かけたんだから」


「……目を覚ましたのか?」


「ああ、元気にピーピー泣いてた」


「…………そうか、そうか――」


 ルーカスはうつむいたまま何度も頷く。その様子はどこか安堵しているように見えた。


「【攻】は、俺を許すだろうか」


「知らね、でもレティならアホだから許すだろ。許してほしいのかよ?」


「……分からない」


 その曖昧な返答に俺は少しイラッとした。だから不機嫌さを隠すことなく言う。


「お前はマッッッジでムカつく奴だな。許すかどうか? 考えても仕方ないだろ、ぐだぐだ悩んで人の顔色窺って生きて楽しいか?」


「……」


「もっと自分のために生きろよ。いつまで過去を言い訳にして逃げ続けてんだよ。自分で自分を責めて悲劇ぶってんじゃねえよ」


 ルーカスは答えない。顔をうつむかせているだけだ。


「……俺は強いから、お前の気持ちは分からん。気楽に考えろって言ってすぐできるほど器用じゃないとは思う」


 だから……そう言って、俺は指で後ろを指し示す。


「お前みたいな馬鹿は、一人で生きるな」


 顔を上げてそれを見たルーカスが大きく目を見張る。


 そしてすぐに、後ろからドタドタドタドタ――っと激しい足音が聞こえてきて。


「――ふざけんじゃあああああないわよおおおおおおおおお!!!!」


 ルーカスの腹にドロップキック。


「急に勇者パーティー解散とかどういうつもり⁉ 私、白魔導士から無職になっちゃったんですけど⁉ なんとか言いなさいよ! ねえ!!!」


「ま、待て! 若が死んでしまう! 若、若ァ――――!」


 現れたその人物たちは、ドロップキックをもろにみぞおちに喰らって悶えているルーカスを双方向から揺さぶっている。


 殺人ドロップキックを何の躊躇もなく放った紫髪の少女はイヴの友人――マーヤで、おろおろとしながらシェイクしまくって止めを刺しているのに気付いていない狼獣人ウェアウルフの男がルーカスの側近――ウィズダムだ。


 ルーカスは痛みが収まってきたのか、声をだす。


「お、お前ら……なぜ……」


「なぜじゃないでしょ⁉ なに勝手にパーティー解散してんのよ! するならあたしの許可を得てからかもしくは別の勇者を連れてきなさいよ!」


 マーヤは横暴すぎる事を言いながらルーカスに掴みかかる。ルーカスはひどく狼狽していた。


「か、勝手に他の勇者の元へ行けばいいだろう」


「はあああ――?? 頭腐ってんのあんた⁉ なんで私が自分から行かなくちゃ行けないのよ! それに分かってんの? 私あんたにクビにされたのよ? 他の勇者パーティーに志望しても"クビにされた白魔導士"だから容姿も能力も完璧だけど性格に難アリって見られて採用されないでしょうが!!!」


「そ、それは事実だ――」


「はあああぁあん⁉ もう一度言ってみなさいよおおおお!」


 ルーカスの顔面をグーで容赦なく殴りまくるマーヤ。性格に難アリまくりだった。


 抵抗することなく、ルーカスは甘んじて受けて……うん? というよりあれ、意識飛んでね? ちょちょちょちょストップ、ストオォーップ!


 強制的にストップをかけて二人を引き剥がす。マーヤが「あァ?」とそれだけで人を殺せる眼光で睨んできた。怖すぎる。


「若……若はああいいましたが、私はやはり引き下がれません。どうか……どうか、騎士団とパーティーに戻ってきてはいただけないでしょうか!」


 ウィズダムは膝と額を地面につけてそう言った。どうでもいいけどお前の主人、顔ボコボコだぞ。お前がもっと早く止めろよ。


「うぃふはふ――」


 見てられなかったので《治癒》を使ってルーカスを治療する。腫れが引き、まともにしゃべれるようになった。


「だが、俺はお前らを――」


「関係ありません! 私は若がこんなに小さなときから世話役として務めさせていただきました。たとえ何を言われようとも、降りるつもりはありません!」


「しかし……」


「というか、あんたに拒否権なんてないから。私、イヴに『魔王を倒すのは私のパーティー』って大口叩いたんだからね。あんたがやりたくなくても関係ないわ、魔王を倒すまで続けなさい!」


 ビシィ! とマーヤは命令する。ルーカスは押し黙った。


 俺は肩をすくめて、言った。


「と、いうわけだ。せいぜい頑張って倒せよ。……ああ、あと」


 俺はあるものを取り出し、ルーカスに投げつける。


「落とし物だ、もうなくすなよ」


 ルーカスがキャッチする。そしてそれをみて、驚いた顔になる。


「"ヘンリー"――⁉」


 それは【霊剣】、ヘンリーの魂が入った儀礼剣だった。


 ……まったく、湖の底に沈んでいて探すのに苦労した。


《探知魔法》で横方向に広く探してもてんで見つからないのだ。仕方なく上下左右全域で魔力をフル活用して探してようやく見つけることができた。まる一日潰れたんだぞチクショウ。


「じゃあな」


 俺は踵を返し、背を向ける。さっさと帰ろうと歩き出すと、「待て!」とルーカスが呼び止めてくる。


「なんだよ?」


 振り返らず首だけを向けて返答する。


「貴様は……いや、お前は……」


 ルーカスは何かを言おうとするも言葉に詰まり、飲み込む。はあ?


 逡巡した様子を見せて、やっと言葉を発した。


「名前は」


「は?」


「名前は、なんだ」


 よく分からなくて首をかしげる。名前……? なんでんなこと聞くんだよ。


 少しだけ考えるも面倒くさくなり、普通に答える。


「ジレイだ。ジレイ・ラーロ」


 それだけ言って今度こそ背を向ける。やれやれ、無駄な時間を使ってしまった――っと? なんだ?


 後ろから何かを投げられて、振り返ってキャッチする。


 ……なんだこれ、装飾品? 金色のクソ高そうな装飾が施されたブローチだ。


 俺は怪訝な顔でルーカスを見る。


「それを、やる」


「はあ? いらねえけど……」


「【フォルテ独立国】で見せれば入国証になる。ベスティア大陸内であればエーデルフ騎士団の団員が各地に点在している。これを出せば皆、力になるだろう」


「ふーん……」


 まじまじと見る。まあ、正直いらないんだけどくれるなら貰っとくか。


 ブローチを《異空間収納アイテムボックス》に放り込む。今度こそ帰ろうとするが、また呼び止められてちょっとイラつきながら「なんだよ⁉」と振り返る。


「じ……」


「じ?」


 ルーカスは何かを迷ったように顔を何度も動かして。


 やっと顔をこちらに向けて、言葉を発する。


「ラーロ」


 予想だにしてなかった言葉に、俺は思わず驚いて目を見張った。


 そして、ルーカスは相変わらずの無愛想な顔で言った。


「ありがとう」


 俺は背を向けて、ただこれだけ答えた。


「おうよ」





 レティがいる宿屋に戻り、部屋に入ろうと扉に手をかけると、何やら中から話し声と可愛らしい笑い声が聞こえてきた。


 俺の話題? だろうか。ところどころ、レイとかジレイ様とかししょうとかの単語が聞こえてくる。レティとイヴとラフィネの声。レティはどうやら起きたらしい。


「なんだよお前ら、俺の悪口でも言ってたのか?」


「ししょー! 帰ってきた!」


「あ、おい、まだ寝てろって!」


 レティはベッドから降りてぱたぱたと元気に俺の方へ寄ってくる。病み上がりみたいなもんなんだからちゃんと寝てろよ!


 だがレティは聞こえていない(というよりも無視)ようで、俺の右腕に「ししょう!」と抱きついてくる。重たい、すんごい邪魔です。


「さっきな、パーティーの今後について話し合ってたんだ!」


「聞いてください! 私がレティさんのパーティーに入ることになりました!」


「どんどんぱふぱふー、わーわーいえーい」


「えぇ……」


 ぱちぱち拍手するイヴと、どどんと胸を張るラフィネ。それだいじょぶなのぉ……?


「いや……ラフィネ最近、仮にも自分が一国の王女だって忘れてないか? さすがにそれは止めておいたほうが――」


「『気にすんな、約束しといて九年も待たせるような奴だ、少し自分勝手なくらいでちょうどいいだろ』」


「ンギィィイイイィイィィ――⁉」


 過去俺が放った無責任バンチがクリーンヒット。くっ、くっ、くっ……! ちくしょう何も言い返せねえ‼


 私強いですから大丈夫です! とラフィネは意気揚々。すごい不安なんだけど。


「まあ……いいか」


「……? なんで他人事なの?」


「いやだって俺には関係ないし……」


「ししょーも入るんだぞ?」


「??????」


 頭の中が疑問符で埋まる。何を言っていらっしゃる?


「だって、ししょー言ってた! 私が勇者になったらパーティーに入ってほしいって聞いたとき、『そうだな……そのときに俺が勇者に選ばれてなくて、お前が泣かなくなって強い奴になったら入ってやってもいい。まあ俺が勇者になれないなんてこと、天地がひっくり返っても――"ありえない"』って!」


 キザなボーズつきで再現するレティ。俺の背中に悪寒が走る。


 ……い、言ったっけ? いやんなこと言ってな――言ったわ、うん言ったわ。


 頭を抱える。うおおおおおおお何やってんの俺えええええええええ????


 記憶を思いだした事を激しく後悔した。もう一度忘れられないだろうか。頭思いっきり打ったら忘れるかな? やってみようかな?


「で、でもちょっと待て! お前さっき泣いてたじゃねえか! 強くねえし!」


「さっき、泣いてもいいって言った! 弱くてもいいって言ってた! 私は私のままでいいって言ってた! じゃあ入ってくれるってことだ!」


「なんだその超論理! ムリムリムリィゼッタイムリィィイ!」


「いやだ! やだやだやだやだ!! 入る!! 絶対入る!!!」


 しがみついて離さないレティを引き剥がそうとしながら、俺は拒否しまくる。


 無理だ無理、絶対にムリ! 魔王なんて絶対倒したくない!!!


 だがしかし、こうなったレティはクッソしつこい。それはこれまでの経験で身に染みて分かっている。実は【粘】の聖印とかが発現しててもおかしくない、こいつのしつこさはまさに勇者級だ。


 っつーか、あんな目にあっておいて勇者を辞めないのかよ。俺だったら絶対に一秒くらいで辞めてるぞ。アホなのかよ、アホだったよ。


 だから、俺は早々に言い合いを切り上げて対抗策を出す。


「分かった、じゃあ入ってやる。入ってやるから」


「ほんとか⁉」


 パアーッと顔を輝かせるレティ。両手をあげてバンザイしようとして。


「ただし、条件がある! それを達成できたら仕方なく入ってやってもいい!」


 えぇーっ、露骨にブーブー不満を垂れるレティ。


「条件って、なに?」


 イヴが首をかしげて聞いてくる。俺は答えた。


「簡単だ、俺より強くなったらパーティーに入る! でなきゃ入らん!」


 レティは一瞬、呆気にとられた顔をするが、すぐに顔をしかめさせて抗議してくる。


「むぐッ……それはずるい! ずるいぞ!」


「なーにがずるいだ! 俺より弱い奴に従うなんてできないね! 文句があるなら俺より強くなってから来い!」


「むぅううううう~! 分かった! じゃあ約束だぞ! 今度こそ絶対だぞ!」


「あぁいいぜ、何年、何十年かかるか分からないけどな!」


 むぐぐぐぐぐぐ、とレティは頬を膨らませる。あーよかった、アホだから助かった。


 レティが俺より強くなる? ほんと、それこそ何十年かかるって話だ。何億万分の一程度の天文学的な確率だろう。それならまだ、「俺が実は……女性でした~!」って方が信じられる。つまり何があってもありえない。


「まっ、時間はあるんだ。のんびり気長に待つとするよ」


 その言葉に、レティが少しだけぽかんとして、やがてやる気十分と言ったような百点満点の笑顔を浮かべる。


 ……そう、時間はたくさんある。


 十年、二十年、五十年……その生まれた時間で勝手に魔王でも倒してくれ。


 レティはむぐぐと顔をしかめさせて、しぶしぶと言った体で「じゃあ、この契約書にサインしてくれ!」と一枚の魔術契約書を渡してくる。キミ用意めっちゃいいね?


「……」


 ペンと魔術契約書を持つ。レティがすぐ横でじーっと、今すぐサインしろとでも言いたげな無言の圧力をかけてくる。う、ううん……書きたくなぁい! 口約束でいいっしょ‼


「あーっ⁉」


 俺は契約書を破り捨てた。とてもすがすがしい気分だった。


 そして、俺はにっといい笑顔を浮かべた。レティもにぱっと笑う。そして当然のように、新しい契約書を取り出して差し出してきた。ビリリリィイ! 俺は破いた。


「待てー! サイン! サインするんだー!」


 俺とレティはドタバタと部屋の中を駆け回る。宿屋から苦情が届くのも時間の問題だ。


 イヴとラフィネがそんな俺たちをみてクスクスと笑って、なぜか二人も参加して追い掛けてきた。え、いや……なんで?


 俺は逃げ場を失って壁に追い込まれる。じりじりと詰め寄る三人。


 くそっ……ええい、弁償になるが仕方ない!


 部屋の窓枠に足をかけて、硝子を破って外に脱出する。後ろから驚いた声が聞こえた。


 三階から華麗に着地。そのまま足を止めることなく走り出す。


「ししょー!」


 快走しながら首だけ振り返ると、窓から顔を出したレティが見える。


 レティは大きく息を吸い込み、ありったけのでかい声で叫ぶ。


 それはレティのお決まりの台詞で、何回も聞かされたフレーズ。俺は思わず、笑った。



「ししょーより強くなって――私のパーティーに、入ってもらう!」

























 …………しかし、一つだけ頭に引っかかることがある。


 なんで俺がレティとの記憶を間違えて覚えていたのか。忘れていたと思おうとしても、それがどうにも腑に落ちない。


 記憶を忘れていたというよりは、何かと勘違いしていたような感覚。


 もともとあったものが、違うものになっていたような感覚だ。


 奈落の底で会ったのはレティだ。今ではそれ以外ありえない。でも、なぜか違う人物だと思い込んでいたような気がする。


 頭をひねって必死に思い出そうとする。


 誰だったか――そう、その人物は、俺にとって妹のような存在で――



 ……。



 …………。




 ……………………。
























 ………………………………!







 あぁ、そうだ。思い出した。


 あれは、確か――



シャル・・・、だった……ような」





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― 新着の感想 ―
[一言] 放置されたシャルがやっと登場 そしてどんどん追い回す人が増えてくると
[一言] 4章はシャルの話って前に言ってましたもんね。めっちゃ楽しみです!
[良い点] 良い終わりでした。 レティも元気になって良かった。 [気になる点] 妹? あれ両親いないんじゃなかったっけ?
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