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22話 卒業試験

 翌日、レドニスは【卒業試験】のために子供たちを広場に呼び出した。


「愛する私の子供たちよ。昨日はよく眠れたかい?」


 レドニスはにっこりと笑いかける。それに対して兄妹たちは「寝れた!」「楽しみで寝れなかった」、などとそれぞれの反応をしている。


 レティノアは寝不足でまだ眠たい目を擦って、辺りを見回す。


 広場にはエレノア以外の兄妹が全員揃っていた。


 長男のダンノアは大斧、次男のバートノアは刺剣、次女のアニーノアは魔導杖……と、それぞれが得意な獲物を持って待ちきれないといったように頬を高揚させている。


 レティノアは手に持った短剣を握る。非力な自分にはこれくらいしか使えないからだ。


 ダンノアが大斧を肩に担いだまま質問する。


「親父、結局【卒業試験】ってのは何をするんだ?」


「すぐ分かるさ。だがその前に――」


 レドニスはダンノアに歩み寄り、両手を広げて抱きしめる。


「な、なんだよ。もう子供じゃねえって」


「私にとっては子供だ。もう会えなくなる、最後にこれくらいはいいだろう?」


 ダンノアは言葉に詰まり、ややあって照れたように頬をかく。


「ほら、レオルノアたちも来なさい」


 そう言われた他の子供たちは、一人は喜びながら、一人は寂しがりながら、一人はちょっとだけ泣きながら、レドニスと別れの抱擁をする。


「レティノア?」


 最後にレティノアの名前が呼ばれて、びくっと顔を上げた。


「どうしたんだい?」


 にこやかに微笑まれ、おずおずとレティノアは近づき、優しく抱擁される。


 暖かい体温。いつもなら嬉しかったその行動が、なぜか今はぞっと鳥肌が走る。


「じゃあ、そろそろ始めようか――"セフト"、入ってくれ」


「あいあーい。やっと俺の出番かよ~」


 そう言って広場に入ってきたのは長身の男。


 枯木のような男だ。手足は細く痩せている。一見すると弱そうに見える男だったが、そのギラギラと輝く肉食獣に似た瞳を見れば、すぐにそんな考えは吹き飛んだ。


 男は首を鳴らしながら肩を回す。そして子供たちを一人一人ゆっくり一瞥した。


「久しぶりの殺しだ。いいんだよな? 本当に」


「……あぁ、だが私の子供たちだ、あまり痛めつけるな」


「分かってるって。俺はこいつらから【勇者因子】を剥ぎ取ればいいんだろ? つか早いとこ俺の身体も作ってくれよ」


「私の計画が完了したら、と言っただろう」


「はいはい、分かりましたよーっと」


 二人のやりとりが理解できず、呆然と立ち尽くす子供たち。


 レドニスは「頼んだ」とだけ男に言って立ち去っていく。


 なにも聞かされていない子供たちは混乱する。


「おい、これは――」


 どういうことだ、そう男に聞こうとダンノアが口を開いて――


「……あ?」


 唖然とした声を漏らす。


 それもそのはずだ。自身の胸に、背後から腕が生えている。


 その手は何か赤黒い変な物体を掴んでいて、その物体はドクドクと脈動していた。


 無造作に腕が引き抜かれる。血が勢いよく噴き出し、地面に赤い血溜まりを作り出す。


 男は倒れ込んだダンノアを歪んだ瞳で見下して、赤黒い物体を手のひらの上で転がして遊ばせる。


 ぐちゃり、その物体――心臓を握り潰して、男は口を歪ませた。



「んじゃ、【卒業試験】を始めるぜえ?」



 それは一瞬の出来事だった。


 広場は瞬く間に地獄と化した。悲鳴を上げる暇もなく、気付けばレティノア以外の兄妹たちが血の海に沈んでいた。


 むせ返る血の臭いに吐き気がこみ上げた。びちゃびちゃと吐瀉物をまき散らし、状況が理解できず、頭がぐるぐると混乱する。


 男は倒れ伏して動かなくなったアニーノアの頭を踏み砕く。飛び散った脳髄が鮮血の絨毯の上に落下して波紋を生み出した。


「どうして、って顔してんなあ?」


 震えるレティノアを見て、男が口の端を上げた。


「つまるとこお前らは捨てられたんだ。卒業試験? 確かに卒業だ、この世からのな!」


 ギャハハ、男が下品に笑った。レティノアの両手に収まっている短剣が恐怖で微動する。


 レティノアは目の前の光景が理解できなかった。


 卒業試験は、勇者になれなくても外の世界に行くことになると言われていた。過去にこの施設にいた人たちもみんな帰ってこなかったと聞いている。なのに――


 ……。


 …………?


 ――帰って、これなかった?


 そこまで思考して、レティノアは理解した。理解してしまった。


「お前らの役割は選ばれた器のためにここで死ぬこと。お前らが死んで、器――エレノアだっけ? は深い絶望に墜ちる。そうすれば【聖剣】が顕現して勇者の力が使えるようになる可能性がある――ってのがお前らのパパが作ったストーリーだ」


 養殖勇者は大変だな、と男が肩をすくめる。


「ひでぇなあ、残酷だよなぁ……かわいそうになあ……」


 レティノアは歯をカチカチと恐怖で鳴らしながら、震える足を動かして逃げようとする。だが腰が抜けているのか立つことすらできない。


「でもさあ、実は俺にも人情ってもんがあんのよ。実は逃がしてあげたいワケ」


 血の海に波紋を生み出しながら男が近づいてくる。


 見逃して貰えるかもしれない、そんな希望を抱いたレティノアの頭に男が手を添えて。


「うっそ~♪」


 髪をガッと掴まれ、思い切り持ち上げられた。ぶちぶちと髪の毛が引き千切られる。


「そんなわけねえだろバアァァ――――カ! なに期待した顔してんの? てめえら道具に人情なんて欠片もねえよ!」


 舌を出して醜悪に笑う男。もう片方の手でレティノアの首を掴んで力を籠め始める。


「あばよー、あー笑いとまんね。うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――――」


 ぎぎぎ、と万力のような力で首が締め上げられる。


 息をできず目の前が真っ暗になって、意識を手放しそうになった――そのときだった。


「ひゃ――?」


 首を掴んでいた男の手が宙を舞った。


 手はくるくると空中を旋回し、血の海に落ちて血飛沫をはねさせる。


「いっっってええぇぇぇぇぇぇ――――⁉」


 男が痛みで地面をのたうちまわる。投げ出されたレティノアは激しく咳き込み、朦朧とする意識で辺りに目を凝らした。


 視界が捉えたのは姉――エレノアの姿だった。





「いてぇ、いてえよおおおおおお! ふざけんじゃねえぞ女ァ‼」


「レティ、立てる? 怪我してない?」


 エレノアは男を無視してレティノアに手を差し伸べる。レティノアの全身をくまなく見て、どこも切り傷がないことを確認してほっと息をついた。


「下がってなさい。あとは私がなんとかするから」


 レティノアが離れたのを確認して、エレノアは男と対峙する。


 手には何の変哲もない一本の長剣のみ。だが頼りないということは決してなく、その後ろ姿は強い安心感を抱かせた。


「事情は分からないけれど……あなたが敵ということは分かるわ」


 なら……そう呟き、全身をバネのように跳ねさせる。


 男は自身に迫る刃に対し剣を顕現させて防いだ。光の粒子を纏ったその剣を見てエレノアが目を見開く。


「それは――聖剣? まさか……勇者なの?」


 エレノアは信じられないと言いたげに呆然と立ち尽くす。すぐにキッと瞳を細めて。


「答えて。どうして勇者が私たちを殺そうとしているのか」


「ま、まぁいいじゃねえか。それより待ってくれ、お前は殺しちゃ駄目なんだよ。…………くそ、どうしてコイツがここに……レドニスは何やってんだ」


 小声でブツブツ呟く男。エレノアの優れた聴覚はそれを見逃さなかった。


「お父さん? どうしてお父さんが出てくるの?」


「やべっ……と、とにかくお前と戦う気はない!」


「……そう、でもね、貴方にはなくても私にはあるのよ」


 周囲の惨状を一瞥するエレノア。その瞳は怒りで震えている。


「死になさい」


 数瞬後、激しい剣戟が繰り広げられる。エレノアの踊るような猛攻。男は聖剣で防ぎ続けるが決して余裕ではないのか、額には脂汗が浮かんでいる。


「あぶねっ――⁉」


 防ぎきれない凶刃を避けようと上半身を後ろに逸らす。狙いが逸れた剣は男の鼻先をわずかに掠り、翻った前髪をばっさりと切り落とした。


「っち……しょうがねえ――」


 男は舌打ちして聖剣を勢いよく地面に突き立てた。黒い魔力が立ち上って変容し、いくつもの魔力の剣となって男の周囲に浮遊する。


「"女"を殺せ!」


 その声と共に魔力の剣が放出され、エレノアに襲いかかる。


 百を超える剣刃。エレノアは焦ることなく冷静に対処した。


 襲い来る魔力の剣に、滑らかにかつ正確に剣先を触れさせて軌道を逸らし、できた隙間に身体を入れて掻い潜り続ける。


 美しさすら感じる剣技。傷一つつけられることなく全てを躱しきったエレノアは、足に魔力を籠めて反撃に出ようとして。


「――!」


 逸らした魔力の剣がまだ動いていることに気付いて、はっと振り返る。


 魔力の剣は弾かれて霧散することも壁に突き刺さることもなく、追尾するように弧を描いてある一点へ向かっていた――レティノアの方へ。


 エレノアは一足で踏み込み、魔力の剣よりも寸秒早くレティノアの元へ到着する。


 襲い来る刃を剣で逸らそうとするが、レティノアを守るように立っていたせいで身体を翻すことができず、全てを躱しきれずに何本かがエレノアの身体に深く突き刺さった。


 次の瞬間、こみ上げる血が勢いよく口から吐き出る。


 口の端に血泡が浮かぶほどの吐血。エレノアは顔を動かし、それを見て納得した。一本の剣が、寸分違わず胸元――心臓に突き刺さっている。


 ヒュンッ、風を切る音が耳に届いて。


「れ――」


 エレノアはレティノアに手を伸ばそうとして、身体が動かないことに気付く。おまけに自身の視野が妙に高い。俯瞰して見えたレティノアの顔は驚愕に目を剥いている。


 びちゃり。胴体と切り離されたエレノアの首が地面に落ちて、血飛沫をあげた。





「あぁ、ああ……エレノアだけは殺すなとあれほど……」


「抵抗されたんだからしょうがねえだろ! 第一、何で俺のところに来てんだよ、てめえと一緒にいるはずだっただろうが!」


「ではなぜ聖剣を使った……! エレノアの【破壊】を奪うつもりだったのだろう! 貴様が聖剣で殺したせいで【破壊】の勇者因子も回収できなくなったではないか!」


「違えって! 不可抗力だっつの! ああしなきゃ俺が死んでたんだ‼」


 駆けつけて惨状を見たレドニスが嘆き、男と口論し始めた。


 膝を抱えるレティノア。手指の震えが止まらない、恐怖だけが思考を支配していた。


 すぐそばに転がるエレノアの首。瞳は暗く光が灯っていない。レティノアが手を伸ばしても、血の海に沈んだ胴体が抱き返してくれることはない。ただ変わり果てた姿でそこに転がっているだけだった。


「――レドニス様!」


 死臭が蔓延した広場に、焦った様子で白衣の男が入ってくる。その男は強烈な匂いに顔をしかめるがすぐに持ち直し、レドニスの元に駆け寄る。


「至急、ご報告したいことがあります」


「なんだ、今はそれどころじゃない。あとに――」


「予定よりも早く、追手がこの施設に向かってきています」


 レドニスは息を呑む。


「……人数は?」


「確認できただけで二十は……魔力量を見るにいずれも相当な実力者かと」


「さっさと逃げようぜ。まあまたやり直せばいいだろ?」


「ぐっ……!」


 レドニスはセフトを射殺さんばかりに睨みながら歯噛みして、悔しそうに決断する。


「勇者因子を持って撤退する。施設ごと焼却して証拠を残すな」


 白衣の男が了承して駆けていく。


「セフト、子供たちから勇者因子は引き剥がしたか?」


「ああ、ほらよ」


 セフトはレドニスに何かを四つ投げつける。それは刻印――【聖印】が刻まれた子供たちの皮膚だった。


「あいつはどうするよ?」


 男――セフトが指し示したのは震えるレティノアの姿。

 レドニスはああ……と頷き、レティノアに近づいてにっこりと微笑む。


「見なかったことにできるかい?」


 レティノアは首を振る。レドニスはそうか……と残念そうに眉を下げて。


「じゃあ仕方ない、処分しよう」


 当然のようにそう言った。


「いいのかよ? 【攻】の【勇者因子】は捨てるのか?」


「一つ残しておけば攪乱になる。時間稼ぎになるはずだ」


「おっけ、じゃあ殺して――」


「待て、私の愛する子供を目の前で殺そうとするんじゃない。それに父親として、最期は家族と共にいさせてやりたい」


「……? じゃあどうすんだよ」


「あの場所へ連れて行け。エレノアとダンノアたちも一緒に」


「あー……処分って、廃棄処分ってことな」


 りょーかい、セフトは落ちていたエレノアの頭を拾い、楽しげに手で回し始めた。





 目隠しをされて、レティノアは荷台に載せられた。


 手足は縛られ、口には猿轡をつけられて動くことすらできない。唯一使える鼻で呼吸をするたびに、すぐ近くから酷い血のにおいする。ガタゴトと揺れて一緒に乗せられた物体が何度も身体にぶつかってきた。


 しばらくして荷台が止まる。息をつく暇もなく地面に投げ出された。


「ひとーつ」


 セフトの気の抜けた声。同時に何かが落ちていくような音。


「ふたーつ、みぃーっつ――」


 よぉーっつ、いつーつ……そんな声と共に鳴る同じ音。


「ここはさ、廃棄場なんだ」


「ぅ――ッ」


 ぐいっと、髪を引っ張られ、どこかに連れて行かれて、強引に立たされた。


 パラパラと足下の何かが崩れる音と、全身に吹き付ける冷たい風。


 足が子鹿のように震えた。涙は涸れてもうでない。


 怖い、怖い、怖い――


「昔から罪人とか投げ捨ててたみたいでさ、俺たちもちょうどいいやーって思って、ここにゴミとかいろんなもん捨ててたのな」


 猿轡が外される。声を出せるようになっても、歯の根が鳴るだけだ。


「んで、素体を使い回せないような失敗作は【勇者因子】を引き剥がしてよくここに捨ててたんだ。レドニスいわく家族が一緒の場所にいられるようにーってな。家族ごっこも大概にしろっての」


 手足の拘束が外れた。動けるようになっても恐怖で逃げ出せない。


「でも、実はさ、俺ここ結構好きなんだよ。普通に殺すのも好きなんだけど、何よりも俺が見たいのは表情なんだ。死ぬ間際の顔、無力に死んでいく様が最高に大好きでさ……ここに落とす度に、あいつらは毎回いい顔で落ちていくんだよ」


 目隠しが外された。レティノアの視界が露わになる。



 穴。



 それは大きな、黒い穴だった。


 底が見えない深い奈落。それがいま、自分の眼前に広がっている。


「だから、お前もいい顔で落ちてくれよ?」


 トン、後ろから押されて、身体が前に倒れ始める。


 振り返った。セフトはこちらを見て顔を歪めて笑っている。


 全身を包み込む浮遊感。手を伸ばすも取る者はおらず、あっけなく宙を切る。


 徐々に視界の光が小さくなっていく。どこか他人事のように、それを眺めている自分。


 やっと気づき、口を開いたときには闇が身体を覆い隠していて……。


 何もできず呆然と、深い奈落の底へ飲まれていくことしかできなかった。

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