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21話 子供たち

 帰ってきたパパに、子供たちが大喜びで駆け寄っていく。


「――パパだ! 俺さ俺さ、今日、新しい剣技覚えたんだ! すげえだろ!」


「私ね、パパが教えてくれた魔法使えるようになったんだよ」


「ははは、二人ともすごいじゃないか。誇らしいよ」


 パパ――レドニスは柔和に笑って二人の頭を撫でる。褒められたアニーノアとレオルノアは嬉しげな表情を浮かべた。


 エレノアはそんな二人に苦笑しながらレドニスを出迎える。


「お帰りなさい、お父さん」


「ありがとう。みんないい子にしてたかい?」


「ええ、元気で困っちゃうくらい」


「なんだ、いいことじゃないか」


「元気すぎて喧嘩しちゃう悪い子もいるのよ?」


 ちらり、エレノアはわざとらしく目線を横に向ける。心当たりしかない少年と少女は顔を逸らした。冷や汗をかきながら口笛をひゅ~と吹いている。


「レティノアもいい子だったかい?」


 レドニスが膝を折り、レティノアと目線を合わせる。ぶんぶんっ! と頷いた。


 その子供らしい仕草に笑みを深くして、レドニスは微笑む。


「今日は時間があるのかしら?」


「いや……実はもう行かなければいけないんだ」


「えー、久しぶりに遊びたかったのになぁー……」


「わがまま言わないの。お父さんも忙しいんだから」


 ちぇーっ、と頬を膨らましてむくれるレオルノア。


「すまない……次は時間を作っておくよ。何をしたいか考えておいてくれ」


「やった! じゃあボール遊び!」


「あっずるい! 私だって遊んで欲しかったのに……」


「早いもの勝ちでーっす。フッフゥー!」


 大喜びのレオルノアと悔しそうな顔のアニーノア。それをレドニスが暖かい目で見守っている。


 レドニスは帰ろうと扉に手をかけて、はたと振り返り。


「――そうだ、明日なんだが……そろそろ【卒業試験】をしたいと思ってる」


 きょとんとする子供たち。


 そして少しして、喜びと期待に満ち溢れた顔を浮かべた。


「うおおおおおマジ? じゃあようやく俺も勇者になれるのか!」


「よくそんな自信持てるわね……【聖剣】が顕現するかも分からないのに……」


「これで俺も勇者かあ。勇者になったら外の世界でもモテモテかな?」


「聞いてないし……でも、外の世界は楽しみ」


 レオルノアは喜びを発散するように部屋を走り回る。アニーノアはそれを呆れた顔で見ていたが、実は嬉しいのか、そわそわと髪の毛先を弄っている。


 だが、二人が喜ぶのも当然だった。二人――というよりもこの施設にいる者は、それを目標に努力してきたのだから。


 【卒業試験】はその名の通り、この施設から卒業するときに行う試験。


 この施設の目的は"勇者になる人材を育てる"こと。卒業試験はその最終テストでもある。


 どんな内容なのかは知らされていない。ただひとつ聞いているのは、そのときに勇者になれるか否かが決まる、と子供たちは説明されていた。


 つまりそれは、聖剣が顕現して勇者の力が手に入るのだと、そう子供たちは考えていた。


 また、試験の結果にかかわらず、試験が終わればこの施設を卒業して外の世界に行けるとも聞かされている。外の世界のことはほとんど知らなかったが、自分たちより前、この施設にいた者に会ったことがない。つまり外の世界に出て帰ってこないということで、それは外の世界が魅力的であると思わせていた。


 喜ぶ二人を見て、レティノアは少し顔をうつむかせる。

 レティノアはあまり嬉しくなかった。もちろん期待もあったが……それよりも、エレノアたちやパパが離れてしまうかも、という不安があったからだ。


 エレノアはレティノアと一緒にいる、と言ってくれていたものの、不安は消えなかった。外には色々な人たちがいる。もしかしたら、弱い自分は見限られてしまうかもしれない。


 怖くなってエレノアに抱きつくと、なにも言わず頭を撫でてくれる。その手は優しげで暖かく、少しだけ落ち着いた。


 にっこりと笑みを浮かべて、レドニスが言う。


「ダンノアたちの了承も得てきた。みんな、期待しているよ」


 あぁ、それと……エレノアに顔を向けて。


「エレノアはしなくていい」


「……どうして?」


「人数が五人までなんだ。エレノアの卒業試験はまた後日行う、いいかい?」


「じゃあ……レティも後日にできない? この子が怪我しちゃわないか心配なの」


 首を振るレドニス。有無を言わせない口調で答える。


「決まったことだ。すまない」


「……分かったわ」


 エレノアはどこか納得していない顔で頷いた。



 ◇



 その日の深夜。


 みんなが寝静まっている中、尿意を催して起きたレティノアは眠たい目を擦りながら、とてとてトイレに向かっていた。


 いつもなら付き添って貰っていたエレノアは隣にいない。起こそうとして思い留まり、一人で行くことにしたのだ。


 明日は卒業試験。そのとき傍にエレノアはいない。いつまでも一人でトイレに行けないようでは卒業したとしても心配させてしまう、そう考えたゆえの行動だった。


 暗い廊下をびくびくしながら歩くうちに、やがてトイレに到着した。用を済ませ、帰り道を戻る。


「――」


 達成できて誇らしい気持ちで廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。


 声の出所に顔を向ける。これは――パパの声だ。


 廊下の分かれ道、いつもは塞がれている通路が通れるようになっている。

 その先に見える扉の隙間からわずかに明りが漏れていた。


 レティノアは興味本位で近寄り、扉の前に立つ。


 ひょいっと覗いてみると、そこには予想通りレドニスがいて、もう一人、白衣を着た男性――お友達もいた。


 二人は何か話をしていた。声が遠くて聞こえづらく、レティノアは耳を澄ませる。


「――レドニス様、"あの失敗作"のことですが」


「なんだ?」


「現段階で身体能力・魔法力が適正値に達していません。精神面も未熟で、特に"勇気"のスコアが著しく低いです」


「器の年齢設定が低い、精神が未熟なのは仕方ないだろう」


「また、現段階で言語の読み書き・言葉の理解はできますが発話ができていません。異常値を示していないので精神障害では無さそうですが……何かしらの問題があるかと」


 男は「意思疎通するだけであれば問題ありませんが」と補足して。


「特出しているのは記憶力だけ……これ以上は時間の無駄かと思われます」


「……何を言いたい?」


「作り直すべきです。貴重な【攻】の【勇者因子】を使っているのですから」


 レティノアは首をかしげた。よく分からない、何の話をしているんだろう。


 レドニスは悲しそうに額に手をあてて。


「その必要はない……明日、卒業試験を行うことにした。あの子たちには酷だが……エレノアと世界のためだ。致し方あるまい」


「なんと……そういうことであれば。では、エレノアに決められたのですね」


「ああ。現時点で力・精神、どれも完璧なスコアに近いからな。容姿、性格、勇気……ノアに一番近いエレノアなら【聖剣】が使えるようになる可能性が高い。それもエレノアは【破壊】の【勇者因子】だ。ノアと同等の力を手に入れるだろう」


 男がおぉ……とどよめく。


「失った素体はまたセフトの【呪】で用意する。予定通りなら、二十を越える素体の元と生命力が手に入る。何個か【勇者因子】の移植に拒絶反応を起こすだろうが、それだけあればまた"私の子供たち"を作り出せる。だが――」


 ツーッと、レドニスの頬に涙が流れる。


「子供たちを失うのは慣れないものだ。あぁ、なぜ【聖剣】が顕現しない……! 私の理論は完璧だったはずだ! 【聖印】も機能していて、拒絶反応もないのになぜ……⁉」


「レドニス様、落ち着いてください」


「落ち着けるものか! 私の大事な子供たちだぞ!」


「これもすべて完璧な勇者を創り出し、世界を救うための犠牲と仰っていたではありませんか。あの男と手を組んだことも台無しになってしまいます」


「……そうだったな。すまない、取り乱した」


 男が「いえ、お気持ちは分かります」と答える。


「計画が終わればセフトとは手を切る。あの男の身体を作るとは言ったが、終われば用済みだ。……それにしても解せん、なぜあの男が勇者に選ばれたのだ。正義の欠片すらない畜生め」


「大丈夫ですか? 激情して何をしでかすか……」


「そのときは私の子供――エレノアが対処するだろう。明日の試験以降、聖剣が顕現さえすればあの男など問題ない」


「……顕現するでしょうか?」


「するはずだ。聖剣の覚醒と同様、強いストレスを与えて精神的に変化させれば、【聖剣】と【破壊】の力が使えるようになる可能性は極めて高い。現時点のエレノアのスコアであれば、何かしらの変化は訪れるだろう」


「分かりました……では、明日の試験であの男が来るということですね?」


「ああ、セフトの魔力を追って奴らもここに気付くだろう。また場所を変える準備をしておけ。【勇者因子】がある限りどうとでもなる」


 レドニスは話は終わりだ、と切り上げる。


 そして、カツカツと靴音を鳴らして扉の方へ近づいてきた。


「……気のせいか」


「どうしました?」


 何でもない、そう言ってレドニスは部屋に戻っていく。レティノアは扉の裏で息をすませて、鳴り響く心臓をぎゅっと押え付ける。


 レドニスはいつも優しい。だが今はいつもと雰囲気が違って、レティノアはそれが怖くてとっさに隠れてしまった。


 足音をたてないように寝室に戻ったレティノアは、布団に入り、頭から被って包まる。


 その晩、レティノアはなぜだか、嫌な感覚でよく眠れなかった。 

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