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20話 器

 男はカツ、カツと右手の杖で地面を叩きながら近づいてくる。


「愛しいレティノア、愚かな私を許しておくれ――」

「来るなッ!」


 レティノアは歯を剥いて拒絶。レドニスが悲しそうに瞳を細めた。


「どうしたんだい、パパだよ」


「私にッ! 父親はいない!」


 怒りを剥き出しにして叫ぶ。自分に父はいない。いなくなった。


 レドニスはふらっと倒れそうになり、地面に膝をついて。


「あぁ、あぁ……何てことを言うんだ。……神よ、どうしてこれほどまでの苦難を与えるのですか。私は子供たちを心から愛していたというのに、あんまりではないですか」


 胎児のように体を丸めて啜り泣く。


「世界の為だったんだ……ダンノアも、バートノアも、レオルノアも、アニーノアも……エレノア・・・・も、平和のために必要な犠牲だったんだ……」


 大粒の涙を流す。その表情は本当に心の底から愛しているように悔やみ、懺悔している。


 見下していたセフトが口を開いて。


「で、家族ごっこはもういいか?」


「家族ごっこ、だと……? 私の愛は本物だ!」


「なーにいってんだよ。お前がいう家族ができるまでに何個作り直されたってんだ。不細工な人形は捨てて、綺麗な人形は大事にする。おままごとと一緒じゃん」


「ふざけるな! 元はと言えば貴様が! 貴様がエレノアを殺めたから――」


「あー! うっせえなあ!」


 声を荒げて取り付いてきたレドニスを、セフトが思い切り殴りつける。


「お前は言われた通り俺の器を作ればいいんだよ! ……っつか、痛ってえ~、折れやがった。マジでこの身体不便すぎるな」


 殴った衝撃でぽっきり折れた右手をぶらぶら。レドニスは腹を抱えてうずくまっている。


「ちゃんとお前が言うこと聞いて無事終われば、大好きな家族ごっこさせてやるよ。また同じようなの作ればいんじゃね。知らんけど」


「う、ぅう……」


 髪を掻きむしるレドニス。顔は涙で塗れ、悲しみで歪んでいる。


「今さらやめるなんて言うなよ? お前だってあいつらにやり返したいんじゃねーの?」


 その言葉で一転、レドニスは憎悪に顔を染める。


「……そうだ、帝国のクズどもめ、何が犯罪者だ! 国のために、世界のために行動した私を貶めおって……!」


「そうそう、お前は正しいんだ。俺たちは正義。頭の固い馬鹿どもの世界を変えるために、俺たちが戦わなきゃいけない。そうだろ?」


「あぁ、ああ……!」


 セフトがニヤリと口を歪めて。


「じゃあ、どうすればいいのか分かるな?」


 レドニスは地面に手をついて、よろよろと体を立ち上がらせる。


 そして、レティノアのそばまでやってきて、足を止めた。


「私の子供、愛するレティノア」


 動けないレティノアの頭にそっと手を置いて。


「愚かな私を、許しておくれ――」


 激痛が、襲った。


 レティノアの絶叫が鳴り響く。

 頭の中身をかき混ぜられている感覚。急速に自分の中の何かが外に吸い出されている。死んだ方がいくらかマシと思える激しい痛み。


「これで大体何パーセントくらいだ?」


「九十五、といったところだ。……苦しかったろう、もう大丈夫だ」


 レドニスはレティノアの髪を優しく撫でつける。ぞっと全身を走る鳥肌。吐き気に堪えられず、もう胃液しか出なくなった口からさらに胃液を吐き出した。


 レティノアは開けることすらつらい瞼を上げて、鎖が繋がっている魔方陣を見た。


 さきほど中心部にあった肉の塊のような物体。


 それが今は、まるで人のような形状に変化している。


 頭、胴体、手、足……裸の全身は真っ白で、髪も毛も生えていない。子供が粘土でこね固めたみたいに不格好な姿だったが、それは確かに人の形をしていた。


 今もなお、それは絶え間なく姿を変え続けている。


「んじゃ、あとちょっとってとこか。楽しみだ、これでやっと――この世界が手に入る」


 セフトが不気味な笑みを浮かべた。レティノアが微かに口を動かす。


「どう、いう――」


「おっ、聞きたいか? じゃあ教えてやる。冥土の土産ってやつだ」


 夢を語る少年のようにセフトは嬉々として語り始める。


「俺はさぁ、この腐った世界を変えてやりたいんだよ」


「――?」


「そのためには力が必要じゃん? でも俺の【盗】でいくら力を盗めても、身体がゴミ性能なら使っても耐えられなくてな? 強い身体を手に入れたとしても、老化もするしガタも来る、そしたらまた交換しなきゃいけねえ――だから、作ることにしたんだ」


 セフトはにっこりと無邪気に笑って。


「外側の器作りはレドニスに任せたんだけどよ、神性能の身体を作るためには素材が必要でさ……大量の生命力と体内魔力オドが必要だったんだ」


 セフトは「あぁ、そうだ……」と小さな声でささやく。


「【霊病】って知ってるか? あれ、俺が作ったんだ」


 レティノアは目を見開いた。


「レドニスと会ったときからだから……20年前くらいか。そんくらいから必要な素材を集めるために、俺の【盗】と【呪】で作った【霊病】で奪い続けた。バレないように少しずつ、死んでも誰も気にもとめないゴミどもを狙うように設定してな。お前の身体だって、俺が素材を集めてやったんだぜ? 感謝しろよ?」


 楽しげに、内緒話をするようにセフトは続ける。


「先代の【呪】を奪っておいて良かったって心底思ったね。あいつの呪い、一度かけたら身体を変えても俺が解除するまで解けねえんだ。おかげで手間がかからないったらねえ」


 セフトは自身の身体を見回し「おかげでこいつの【呪】なんて奪う価値すらなくなっちまった。クソ弱えし」と舌打ちした。


「だけど素材集めはもう終わりだ。俺はやっと、奪った力をすべて使える壊れない身体が手に入る! そして、この世界の王になって俺を崇める世界に作り替えるんだ! どうだ、最高だろ⁉」


 レティノアは唖然とした。あまりにも自分勝手な願望だったからだ。


「なんで……」


「なんで? 決まってんだろ、ムカついたからだ。誰も彼もが勇者の存在を当たり前だと思ってやがる。勇者は助けて当然だ? ふざけんじゃねえ!」


 セフトは憎悪に顔を歪ませ、唾を吐き捨てる。


「おかしいだろうが! もっと感謝しろよ、『ありがとうございます勇者様』って土下座してむせび泣くべきだろうがよ!」


「勇者は……みんなを笑顔に――⁉」


 レティノアの頭が勢いよく蹴り飛ばされた。


 セフトはレティノアの髪を無理矢理に掴み、顔を上げさせて。


「それがムカつくんだよ。俺たちは人間だ、金が欲しければ女も抱きたい。勇者に選ばれたせいで、『勇者なんだから助けろ』とか偉そうに抜かす馬鹿が寄ってくる。うんざりだろうが、ええ?」


 ま、作られたガラクタにゃ分かんねーか、とセフトは手を離す。


「その為に――身体を手に入れた後はまず、俺以外の勇者を殺して力を奪う! 偉そうな奴も使えない奴も全員殺して、使える奴だけ俺の世界で生きさせてやる!」


 最高の世界だ、セフトはケタケタ笑う。


 レティノアは手を必死に動かして手枷を外そうとする。だが鎖の音が鳴るだけで拘束が緩まることはない。それでも手を止めなかった。手首の皮が擦り切れて鋭い痛みが走っても、何度も何度も動かし続ける。


「レティノア……止めなさい。いま、こちらの器に力を移している。安心するんだ、次は普通の身体を用意してあげるから……」


 ガチャガチャと手枷の音が鳴る。外れない、外れてくれない。


「よかったなぁ、最期に俺の役に立てるんだぜ? もうお前は出来損ないじゃない、俺の一部として生まれ変われる。お前はこのために産まれたんだ」


「ちがう――!」


「何が違うって? そうだろうがよ、道具として産まれたんだから――」


 ガキンッ! 硬質な音が響く。


 セフトは目を見開いた。


「おい……あれで、力がほぼ残ってないってか?」


「……ない、はずだ」


 目の前の事態を信じられず、息を呑むレドニス。


 手枷は役割を放棄して地面に転がっている。繋ぎ止める対象はない。


 レティノアの両手から赤い血が滴った。


 手首から先、両手の肉がごっそり抉られていた。赤黒く剥き出しになった表面。滴る血が足下に血溜りを作り続けている。


「無理矢理、外したのか――」


 強引に抜け出したせいで小指と薬指は不自然に内側へ折れている。


「まもるんだ、わたしが……みんなを――」


 レティノアは聖剣を顕現させる。両手に握ろうとして刺すような激痛が走り、地面に取り落としてしまう。膝を曲げて震える手を伸ばす。


 今度は落とさないようにしっかりと握りしめる。増した痛みに顔をしかめて息を漏らすが、離すことはなかった。


 瞬間、地面を思い切り踏み込む。


「はや――」


 一足で眼前に迫ってきた刃をセフトは身を翻して避ける。だが体であるカアスの身体能力が低いからか完全に躱すことはできず、左腕の腱が切断される。


 レティノアは冷静に態勢を立て直す。


 セフトの右腕はレドニスを殴打したせいで折れていて使えない。左腕も使えなくした。これでもう足を使うしか攻撃の手段はない。


 セフトが両腕を力無く垂れさせて、顔を引きつらせる。


「お……おい。ちょっと待てよ嘘だろ? わ、悪かった、謝るからさ、なあ……」


 媚びた笑みを浮かべ、後ずさる。レティは聖剣を握りしめ直した。


 跳躍。瞬く間に両者の距離がゼロに変わる。狙う先は――首。


「っ……⁉」


 しかし――セフトの首を落とすことはなく、寸前で別の剣に弾かれた。


 返す刀で自身の首に迫る凶刃。レティノアは首を捻って狙いをずらすものの、右頬を深く切り裂かれて血が宙に飛び散る。


「っち……遅えんだよ」


「文句を言われる謂れはない」


 聖剣を軽々と弾いた赤髪の男はそう吐き捨てる。


 レティノアは奥歯を噛みしめた。裏切られた怒りと……男への恐怖を封じ込めるために。


 赤髪の男――ルーカスは聖剣を払い、刀身に付着した血を無感情に振り落とす。





 レティノアの聖剣から魔力がほとばしる。両手に握った聖剣グランベルジュが魔力の粒子をまとい、光輝き始めた。


 変質し、形を変える。身の丈を越えるほど巨大だった大剣はさらに大きく、剣身は延びて幅広に広がり、その破壊力を増す。


「一撃で決めるつもりか」


 ルーカスの言葉と同時、レティノアの姿が掻き消える。


 背後。一瞬で移動したレティノアは聖剣を振り下ろす。圧倒的なスピード。知覚したときには手遅れなほど速効の一撃。


 【攻】の聖印の能力は単純だ。身体能力と筋力の増大。さらに自身が攻撃するとき、何倍にも破壊力を増大させる。


 できる最大の力を籠めた。たとえS級指定の魔物であっても一撃で屠れるだろう。


 ルーカスの首筋に刃が迫る。反応はない。あと一秒もかからず首を切断できる。


「遅い」


 ルーカスは圧倒的な反応速度と力で対応した。寸前で首と聖剣の間に剣を差し込み、防いでいる。


「う――⁉」


 止めたのは片手の剣一本。空いた手でレティノアの腹に肘を打ち込む。吹き飛ばされたレティノアが壁に激突し、肺の空気が吐き出された。


 たったそれだけの動作で、格の違いを理解させられる。

 自分が弱っているなんて言い訳にならない、たとえ万全の状態であっても、手も足もでないと思ってしまうほどの強さだった。


「【攻】、諦めろ」


 倒れ伏したまま、レティノアは落ちた聖剣に手を伸ばす。


「諦めろ、と言っている」


 ルーカスは移動し、その聖剣を蹴り飛ばした。

 カラカラと転がっていく。レティノアは体を引き摺りながら聖剣を取ろうと地を這う。


 手が無慈悲に踏み潰される。掠れた悲鳴と骨が折れる音。


「お前は弱い。無駄なことは止めろ」


 レティノアは、ボロボロだった。


 身体はとうの昔に悲鳴を上げ続けている。頭の中で絶えず鳴り響く怨嗟の歌。勇者の力は秒を重ねるごとに薄れて、立っているだけで耐えがたい吐き気と激痛が走る。


 だけど、それでも、レティノアは諦めなかった。


 震える指を動かしてルーカスの靴に触れる。掴もうとして力が入らず、爪を立てることしかできなくても抗い続ける。


「……もう、いいだろう」


 ルーカスは無機質な目で見下げる。


「理不尽でどうにもならないことはある。お前はよくやった方だ」


 だから、諦めろ。ルーカスは言外にそう言っていた。


「い――」


 掠れた声を吐き出す。


「いやだ」


「……なに?」


「わたしは……きめた、んだ。もう、にげない……って。まだ――」


「……」


 ルーカスは無言で拳を握りしめる。血が滲んで滴った。顔を苦痛に歪ませて、激情を抑えようとしている。


「あーうっぜーなあッ! 道具が勇者様の邪魔すんじゃねえ!」


 遠巻きに観戦していたセフトが走り寄り、レティノアの頭を足蹴にする。


「てめーは! この為だけに生まれた存在なんだよ! さっさと諦めて死ねっつーの!」


「ち、がう……」


 ガンガンと何度も踏みつける。レティノアはもう手すらも上がらない。


「何が違う? 作られたガラクタがよ。ノアの模造品なんだよお前は。その大層な正義感だって、植え付けられた偽物だろうが!」


「ちがう……わたしは……」


 セフトが足を振り下ろそうとして――中断する。


「止めろ」


「あ? んだよ文句あんのか?」


「こいつはもう動けない。これ以上は無駄だ」


「……ちッ」


 舌打ちして離れる。不服ではあったが、ルーカスの機嫌を損ねると危険だと判断した。いまのセフトの身体では勝ち目がない。ここで敵対されたら計画は頓挫してしまう。


「俺の器ができたらお前も用済みだ。いいんだろ? 【盗】で奪っても」


「……ああ。この世界に未練はない」


「けけけ、そりゃ助かるねえ――おいレドニス! お前のガキが暴れて迷惑してる。これ以上動けないようになんとかしろ!」


 セフトは不気味に笑い、レドニスを呼びつける。駆け寄ったレドニスが悲痛な顔でレティノアを抱きかかえた。


「あぁ、可哀想に……」


 レティノアは撥ねのけようとした。でも、身体が動かない。


「私のせいだ……勇者としての思想が、レティノアを苦しめてしまった……」


 レドニスはボロボロと涙を流し、懺悔する。


 レティノアの頬をそっと撫でる。慈愛の瞳。愛する娘を見る瞳だ。


「大丈夫、もう苦しむことはない。記憶を消して――すべて無かったことにしよう」


 レティノアの思考が一瞬止まる。記憶を……消す?


「嫌なことは全部忘れよう。そしてまた、家族に戻るんだ」


 涙を流しながら、レドニスは笑みを浮かべていた。


 今まで出会った人たちの姿が頭に浮かんだ。


 勇者として人を助けて感謝されている記憶。

 勇者パーティーのイヴたちと一緒に冒険した記憶。

 尊敬する――師匠が、頭を撫でてくれて嬉しかった記憶。


 大切な記憶。それが……消されようとしている。


 いやだ……嫌だ!


 レドニスの手が近づいてくる。動かない。身体が、動いてくれない。


 抗うこともできず、その手が髪に触れて――


 黒い魔力がレティノアを包み込んだ。

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[気になる点] ルーカス来てるけど、ジレイまだ? 早く来ないとレティちゃんがーー
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