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10話 アンデッド・タウン

 それは――あまりにも、非現実的な光景だった。


 空は紅く染まり、上空には霊魂が彷徨い飛び回る。


 家々から漏れ出る光はなく、広々とした街道は誰一人として歩いていなかった――人間は、だが。


 歩いていたのは、朽ち果てた肉体に醜悪な外見の魔物――"ゾンビ"と、カラカラと音を立てる骨の魔物――"スケルトン"などの、アンデッドモンスターたち。


 見える範囲だけで、五百体はいるだろう。街の全域で魔物の魔力を感じるので、五千体は超えてるかもしれない。


 斥候に詳しく聞いた後、俺たちはエタールまで馬車を急がせ、真実なのか確認してみたら、この光景が広がっていた。なにこれ地獄。


 街には入らず、近くの森の茂みに隠れてうかがっているので、アンデッドたちがこちらに気が付いた様子はない。門からこちらに出ようとするアンデットもいたが、エタール内の範囲結界にはじかれ引き返していた。……というか、なんで結界内にモンスターがいるんだ? 結界くん仕事してないじゃん。


「なんだよこれ……ッ! どうなってんだよ……ッッ!!」


 そのあまりにも異様な光景に、冒険者たちは体を震わせる。レティたち勇者パーティーも顔を強張らせ、緊張しているようだった。


 しかし、これほどのアンデッドモンスターの量……自然発生とは思えない。考えたくはないが――


「まさか。これ全部、街の人間か……?」


 実際、こんな数のアンデッドを召喚するなんて芸当は不可能だ。俺も召喚魔法を少し覚えているが、それでも人型で三百体が限界である。小さいネズミとかなら十万くらいいけるけど。使役するのに神経を使うので絶対にやりたくない。前にやって死にかけたし。


「……それ以外、無い。こんな数を召喚できる術者がいるわけない。十中八九、街の人間」


 イヴは僅かに動揺しながらも、冷静にそう告げる。


「だ、大丈夫です! きっとみんな安全な所に隠れているに違いありません! あの人だってきっと――」


「この光景を見て、よくそんな甘えたことが言えるわね? ……誰も、生き残ってるわけないでしょ」


 リーナは冷淡な目付きでフィナを一瞥した。


 フィナは「そんなこと……」「でもあの人なら……!」と自分に言い聞かせるように呟くが……こればかりは、リーナが正しいと思う。だって俺もそう思うもん。どこみてもアンデッドしかいないし。


 俺はもう一度、エタールの街を見渡す。


 老若男女問わず、生前の頃を想起させる姿をしたゾンビ。


 骨となってもなお動き続けるスケルトン。


 紅い空を飛び回る、人の姿をした霊魂――レイス。


 おびただしいほどの血痕の跡と、血肉が点々と落ちている街道。何者かに襲撃されたかのように倒壊した建物。


 そして、何よりも異様なのが――アンデッドたちが人間のように動いていた事。


 貴婦人のような服装をしたゾンビは灯りのついていない喫茶店で談笑し、


 子どもの姿のレイスは楽しそうに宙を飛び回り、


 門番のように鎧を纏ったスケルトンは開放したままの門の前に槍を持って立っていた。


 これが人間たちであれば、ただの街の一風景だったのだろう。それだけに、この光景はあまりにも異常だった。


 至る所にアンデッドが蔓延っているこの光景を見て、まだ街の人間が生きているとは考えられない。少しの生き残りはいるかもしれないが……ほぼ絶望的だろう。


「うーん……ちょっとこれはむずかしいぞ……?」


 難しそうな顔でアンデッドたちを見つめていたレティがそう呟いた。どうやら戦おうと思っていたようだ。その瞳には勇者としての闘志が宿っている。ちなみに俺の瞳の中には闘争(逃走)の二文字が宿っている。もう逃げてもいいすか?


「お、おい! 逃げたほうがいいんじゃないか!?」


 なんかめんどくさいことになったなあと思っていると、カインが怯えながら、震える声で言った。


「で、ですが! もしかしたらまだ生き残りが……!」

「そんなのいるわけが無いだろう!? もうみんな死んだんだ!!」


 カインは「早く逃げよう」としきりに騒ぎ立てる。


 まあ……無理もないか。この異様な光景を見てしまったらしょうがないだろう。俺だってもう帰りたい。帰ってだらだらと無意味な一日を過ごしたい。もう浄化魔法の《ターンアンデッド》でも全域にかけて帰ろうかな。そうしたら多分解決すると思うんだが。


「逃げてぇなら、そうすればいいじゃねえか」


 カインが逃げるなら俺も逃げようかなーとクズみたいなことを考えていると、ウェッドの言葉にギクリとする。まさかこいつ、俺の心を?


「い、いや、別に逃げようなんて――」


 弁明しようとすると、


「カイン、お前はまだ若い。別に逃げても何も思わねえよ」


 と、どうやら俺に言ったわけではなさそうだ。心が読めるゴリラじゃなくてよかった。


「で、でも……僕たちが戦っても無駄死にだろう!? 何ができるって言うんだ!!」


「……確かにあまり意味はねえかもしれねえ。だが、これほどの魔物の量だ。こいつらがどうやって侵入したかは分からねえが……幸い、今はエタールの範囲結界の中で抑えられてる。……だが、結界が壊れたらどうなる? この魔物たちはどこに向かうと思う?」


「…………え? ま、まさか……!」


 カインはウェッドの言葉に目を見開き、信じられないと言ったように身体を震わせる。


 周りを見てみると、冒険者たちやレティのパーティーメンバー、フィナたちも分かっていたようで、なんか達観したような、これから死地に向かう騎士のような顔でみんな決意を固めていた。


 レティは「?」みたいなあどけない表情をしていて、俺と目があったらにぱーっと笑いかけてきた。かわいい。


 ……どうやら気づいていなかったのはレティとカインと俺だけだったようだ。ま、まあ考えてみたらそうだよなぁ! 実は俺もそうじゃないかなって思ってたんだよ。マジでマジで。


 ウェッドはカインをちらりと一瞥して、


「十中八九――周辺の国や街に向かうだろうな。トゥルケーゼ、デモーニオ、オーラヴァ……一番近いのは、ユニウェルシア王国か? 何にせよ、あそこには家族がいる。……逃げるわけには、行かねえんだよ」


 ウェッドは拳を強く握って怯えを押し殺し、闘志を宿した瞳で、自分を鼓舞するように言葉を吐き出す。


「ジレイ。カインと依頼主の嬢ちゃんを連れて逃げてくれるか? 勇者様は……悪いが、俺たちと戦ってほしい」


 俺が腕組みをして壁に背中を立てかけ、「まるで魔物氾濫(スタンピード)だな……」と呟いて初めから分かってた風に強者の風格を醸し出していると、ウェッドがそう言ってきた。え、逃げていいの? マジで? ほんとに?


「いえ……私は残ります。どうしても調べなきゃいけないことが、ありますので」


 逃走ルートを思案していたら、フィナがキリっとした顔でそう返答する。


「……な、何でみんな、逃げないんだ!? 怖くないのか!? 命が、惜しくないのかッ!!」


 カインは理解できないといったように周りを見渡し、震え声で叫ぶ。いやみんなじゃないよ。ここに逃げたい人いるよ。


 ウェッドたち冒険者は「怖えよ。でも、大切な人を失う方が怖いだろ?」とか「へへっ、ヒーローになるのも悪くねえかもな」とか言っていた。


 カインはそれを見て顔を俯かせ、少しの間、逡巡するように沈黙する。


 そして、怯えが混じった掠れ声で、


「…………僕でも、役に立てるだろうか?」


 と言った。


 震える身体を必死に抑えながら、それでもカインの瞳には勇気の灯があるのが分かった。だがちょっと待って欲しい。お前が逃げないなら俺は――。


 ウェッドはカインの言葉に驚いて目を見開き、


「……んだよ。根性あるじゃねえか。もちろん、大歓迎だ」


 と照れくさそうに笑った。他の冒険者たちも暖かい目で見守っていて、少し柔らかな空気になる。


 だが、カインが逃げない。ということは、逃げる候補は必然的に俺とフィナが連れてきた従者たちだけとなってしまうわけで……。


 ――俺に「お前はどうする?」と言わんばかりの視線が集中したのは、言うまでもない。


「……お、おう。俺も戦うわ」


 結局、俺も戦うことになった。てか、この流れで帰るとか心臓に毛が生えてないと無理だろ。逃げれる雰囲気じゃないじゃんこれ。



 こうして。


 ウェッド率いる、C~A級の冒険者たち。


 《攻》の勇者、レティとそのパーティー。


 《言霊魔法》を使いこなす少女、フィナ。


 なんか強そうなフィナの護衛の仮面女。


 ついでに俺(D級冒険者、やる気ゼロ)。


 の『エタールアンデッド討伐隊』が編成された。


 そして、非戦闘要員が帰還するのを見届けた後(護衛と情報の伝達のために、少し冒険者を付けて帰らせた。俺もそっちが良かった)、作戦会議をする事になったのだった……。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 言霊魔法が言令魔法にクラスチェンジしました?
[一言] テンプレ的な感動シーンだけど、主人公の立ち位置だけ致命的におかしいな。モブだろ、これ。
[気になる点] 前書きでネタバレするのは、萎える。
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