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14話 ポーション

 夕日が沈みかけた街並みは閑散とし始めていた。


 商店が戸を閉める音が響き、夜を照らす街灯が灯り始める。道行く人々は家路へと足を速めて、家屋から食欲をそそる匂いが風に乗って鼻腔まで運ばれてくる。


 そんな夜になりかけた街を、俺は一人で歩いていた。


「さむっ……」


 吹き抜ける夜風が肌寒く感じて、外套のポケットに手を入れる。暗い空を見上げると、分厚い雲で覆われていて星一つ見えない。少し前まで小雨が降っていたからか、道のくぼみには小さな水溜まりが転々とできていた。


 もう一雨降りそうな天気だ。俺は歩調を速める。


 目的地は【一般区域】を抜けた先――【復興区域】。


 理由は……特にない。

 強いて言うならば、眠れないので少し散歩をしたくなった。そのついでに、【復興区域】にいるであろうレティの様子でも見てこようと思ったのだ。


 入れ違いになる可能性は高いがそれならそれでいい。普通に帰るだけだ。


「うん……?」


 足を進めて少し、道端で開いていた露店に目がとまった。


 地べたに敷物を敷いて、その上に何やら怪しげな小瓶を並べて販売している。傘すらたてておらず野ざらしで、商品はびしょびしょに濡れていた。


 店主の女性は座り込んで膝を抱えた態勢。死んでると思うほど微動だにしない。


 ひじょーに見覚えのある見た目。カアスだった。


「い、いらっしゃ…………あれ、じーじ?」


 カアスはのっそり顔を上げ、俺だと分かると安心したように顔を弛緩させる。「こんな時間にどうしたの?」と首をかしげた。聞きたいのはこっちだ。


「……お前、何してんの?」


「えっと、ポーション売ってるの。……あ、買う? これとかおすすめだよ」


 安くするよお、と小瓶を一つ手に持ち、俺に渡してくる。


「ふーん……これ何のポーションだ? すごい毒々しい見た目だけど」


「それはそうだよー。だって毒だもん。飲んだら少し痺れて動けなくなるけど、ピリッとしてるから料理の隠し味として使えるとおも――ああっ!?」


 俺は小瓶を地面に叩きつけた。なんてもん売ってんだてめえ。


 カアスは「せっかく作ったのに……」と涙目になっている。こいつは自分がテロ行為をしていたことに気付いているのだろうか。


「全部撤去だ。撤去撤去!」


「え、えぇー。まだ一つも売れてない……」


「毒ポーションを調味料として売るな。テロだぞお前」


「致死性の毒じゃないから大丈夫かなって……癖になる味で食卓に合うのに……」


 不満げなカアス。割と本気で駄目なことだと理解していなさそうだった。


 変な奴だとは思っていたがやはり変な奴だ。こんな時間に露店で販売しているのもそうだし、そもそもなんでポーションなんか売ってたんだ。


 諦めたくないのか小瓶を守るように腕で抱き始めたカアスから小瓶を強奪し、全部廃棄処分にしようと両腕を天高く振り上げる。


 すると、小瓶の底に何かが書いてあるのが目に入った。


「【J&G商会】のマーク……?」


 特徴的な刻印。


 ポーション販売の大手であるJ&G商会の商品であることを示す刻印だ。

 魔法文字で刻まれたマークは偽証不可能。使用済みの小瓶に中身を入れて販売するのは当然ながら犯罪である。


「まさかお前、犯罪に手を染めて――!」


「ち、ちちちちちがうよお! わ、私ここで働いてるだけだからっ!」


 通信魔法で通報しようとした手を止める。なんだ違うのか。


 カアスは「ほ、ほらこれ」と懐から手帳を取り出して見せてくる。そこには確かに、商会に所属うんぬんと記載された名刺が入っていた。


「……え、お前って魔法薬調合師だったのか?」


「そうだよお。すごい?」


 カアスはふふーんと胸を張る。


「すごいっつーか、お前が組織に所属できているのが驚きというか」


 おどおどしてて人との会話とかできなさそうだと思っていたんだけど、組織の一員として働いているのか。とても意外である。勇者としても忙しいだろうに……。


「魔法薬調合師って難しいのによくなれたな。やるじゃん」


 少しだけ見直すと、カアスは気まずそうに顔を背けて。


「う、うん。ま、まだ見習いだけどね」


「それでも大したもんだ。仕事とかどんな感じなんだ?」


 少し気になって聞いてみると、カアスは無の顔で固まる。


「……別に? ふつうだけど。回復薬作ってもほぼ毒薬になるから怒られて解雇されそうだし誰とも話せないから陰でひそひそ言われてるけどべつに気にしてないし帰り道で泣いたりとかしてないし私みたいなどんくさい頭わるいゴミは言われて当然だし死にたくなんかならないし――ふへっ、ふへへへ」


「わ、悪かった。俺が悪かったから」


 壊れて笑い出したカアスをなだめる。トラウマを刺激してしまったようだ。社会に適合するのって難しいもんな。ごめんって。


「じゃあこのポーションもお前が作ったんだな。すごいすごいマジですごい」


「そ、そうかなあ……?」


 ふへ、機嫌を直すカアス。ちょろい。


「知り合いに魔法薬作ってるヤツいるけど、結構難しいっていうもんな」


 クソマズポーションを送りつけてくるアイツを思い浮かべる。いま何しているのかはさっぱり分からないが、回復用ポーションをがぶ飲みして10徹くらいする変態だったからきっとまだ作っているのだろう。


 嫌な思い出を思い返す。カアスは露店の店仕舞いをしつつ、こう聞いてきた。


「魔法薬といえば……じーじは"霊魂酒"って知ってる?」


「霊魂酒? ああ、というかこの前依頼で、材料の霊草を取ってきたぞ」


「あ、そうなんだあ。じゃあ知ってたらでいいんだけど、霊病の患者さんに心当たりってある?」


「まあ……あるけど。それがなんだ?」


 少し前、採った霊草を押し付けたおっさんから、礼を言いたいからとギルド経由で連絡が来たが断った。素性は言ってないんだが、俺が黒髪だからバレたようだ。聞くに霊病を煩っていた子供は順調に快復していってるらしい。


「えっとね……実際に会って病状とか見てみたいなって」


「なんでだよ? 治癒師でもないのに必要ないだろ」


「うん……そうなんだけどぉ……」


 カアスは口をもごもごさせて言いづらそうにし、やがて「内緒だよお」と耳打ちしてきて。


「……霊病が、呪いかもーって言われてるのは知ってる?」


「呪い? あぁ、まあ――」


「し、しっー! だ、誰が聞いてるか分からないから静かにっ」


 口を両手で抑えられる。焦ったように周りをキョロキョロと見渡すカアス。


 確かに、霊病はその病状が呪いに似ていることから、呪いの一種なのではと言われている。だが確証には至っていない。


 発症事例がリヴルヒイロ国内で年に数件程度、他国を合わせても年五十件程度と少ないため、長年調査されず放置されている……が、調査されない理由は他にもあって、単純に呪いの術者を探すのが難しいのと、もし呪いであれば不可解な点がいくつもあるからだ。


「霊病ってかなり前からあるよな? 特定の個人じゃなくて不特定多数の人間に呪いなんてかける意味あるか?」


「な、何か大きな陰謀があって、とか。呪いの種類によるけど、相手の体内魔力オドとか生命力を吸いとることもできるから……それを使って何かしたりとか」


 通常、呪いは特定の人物へ狙って行う。媒介に対象の身体の一部を使用することで呪いは効果を増す。媒介なしで不特定多数に行っても並の術者ならせいぜい軽い風邪程度にしかならない。


 霊病は死に至る病。もし呪いであれば、相当呪術に長けた術者でなければ不可能だ。


 それこそ……【呪】の勇者、とか。


 目の前のカアスを見る。まあ、こいつはするわけないか。


 先代の勇者にも【呪】の勇者はいた。だが既に亡くなっている。


 となるとやはりその線はあまり考えられない。カアスの勘違いだろう。


 念のため、聞いていたおっさんの連絡先を教えておいた。


 その後、露店を片付けたのを見届けたあと(かなり渋っていた)、カアスと別れる。


「……霊病、ねぇ」


 ふと、ルーカスの弟――ヘンリーのことが思い浮かぶ。


 あの少年も霊病で命を落とした。最期まで病に抗い、誇りを捨てずに闘い続けた。


 だけどもしそれが呪い……人為的に起こされたものだったとしたら。


 霊病の患者は子供が多い。もしそうなら、非道で倫理に反している。


「……」


 淡々と足を進ませる。


 しばらくすると【一般区域】を抜けて【復興区域】に繋がる門に到着した。


 手続きをしようと一歩踏み出して、すぐに立ち止まる。


「……やっぱり、帰るか」


 レティの様子を見ようと思ったが、ひとつ調べたいことができた。何かがあと少しで繋がりそうな予感がする。


 Uターンし、身を翻した――その時だった。


「――!」


 こちらに急接近する気配。


 すぐに魔法で襲来者の位置を特定し、自分の周囲に魔力の糸を張り巡らせる。


 北西の方角。凄まじい速度で滑空してきている。警告のためにわざと俺の魔力を触れさせたのに、止まる気配もない。


 滞空魔法を軽々と行使できる実力者。だが俺の懐に潜り込もうとすれば、魔力の糸で一瞬で拘束されるように魔法を組んだ。これでどんなに相手が速かろうと問題ない。


 殺意も敵意も感じないが念のためだ。俺は万全の態勢で身構えるが――


 はたとあることに気付いて、頭をひねった。


 ……ちょっと待てよ。この魔力、どこか見覚えがある。


 行使した魔法を解く。同時にその人物が上空から俺の前に姿を現した。


「ジレイッ! っはぁ……はあ……」


「――アルディ?」


 見た目だけは可愛らしい猫精霊ケット・シー――アルディだ。地面に着地するなりアルディはぜえぜえと息を切らしたまま、野太い声を吐き出す。


「なんだよお前。全然見なかったけど何してたんだ? 魔導機関の議会? とか言ってたけど――」


「んなことどうでもいい! それよりっ!」


「はあ? てか離せよ、暑苦しい」


 両肩を掴まれて、苦言を呈する。だが、アルディは無視し大きく息を吸って。


「このままだと、このままだと――」


 緊迫した表情で、こう叫んだ。


「レティノア嬢が、殺されちまう……!」

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