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11話 依頼内容

「……なんだ、君は? 離しなさい」


「なんだ、はこっちのセリフだよ。自分が何してんのか分かってんのか?」


「分かっているとも。これは私たちの問題だ。部外者は手を出さないで貰いたい」


「あぁ? 目の前で知り合いが殴られてんのに、黙って見てるわけねえだろうが」


 男は俺を冷淡な瞳で見下げて溜息をついた後、掴んでいたレティの髪から手を離した。俺も男から手を離し、レティを隠すように対峙する。


「……まあいい。不問としよう。今後は気をつけなさい」


 こくりとレティが小さく頷いた。ざわつく周囲の招待客に男が流麗な一礼をすると、招待客たちは目を逸らしてまた歓談に戻っていく。


 散乱した料理を片付ける職員に多額のチップを渡す男。誰も彼もが、今この場に起きた騒動を何もなかったかのように振る舞っている。


 ……なんだ、こいつら。気持ちが悪い。


 この場にノーマンか他の勇者がいれば注意の一つくらいはしてくれただろう。だが、広いホール内でかつ歓談の声が絶えないこの場では彼らの元へ届かなかったようだ。


 確か、イノセント家と言っていた。聞き覚えがある。レティ、レティと呼んでいたからすっぽり忘れていたが、レティの家名だ。


 周囲の貴族が無視した理由が分かった。イノセント家といえば、歴代勇者の多くを支援してきた名門貴族の一つ。勇者の歴史と共に歩んできたその地位は盤石で、各国、ことグランヘルト帝国内においては政治的に強い権力を持っている。そんな権力者に真っ向から刃向かえるものはここにはいない。


 頭の中が急速に冷えていくのを感じる。権力、金、名声……俺が嫌いな人種たちがこの場に存在する事実を再確認して、喉から痰を吐き出したいほど強い不快感を覚えた。


 男は優雅にグラスを傾けて中身を飲み干し、こちらに顔をむけて。


「……勇者活動は順調か? くれぐれも家の評判は落とさないように」


 レティは返事をしなかった。男も返事は期待してなかったのか、鼻を鳴らして立ち去ろうとする。


「待てよ」


 俺は自分よりも大きな男の肩を掴んで、呼び止めた。


「どうしたのかな?」


 男は振り向いた。口の端は上がってにこやかな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥は侮蔑に塗れている。


「養子……って言ってたな。レティの父親なら、もっと言うべき言葉があるだろ」


「さて、よく分からない。君は何を言いたい?」


「"謝れ"って言ってんだよ。急に来て殴って、家の評判は落とさないように? ふざけんのもいい加減にしろ」


「謝る……? なぜ? 私が?」


 男は表情をまったく動かさない。その視線の先も俺を見ているようで俺を見ていない。同じ人間ではなく、なにか別の……例えるなら路傍の石を見るような目をしていた。


「見当違いなことを言う男だ。私はそこのガラクタの父親ではない。それを勇者として扱うために、致し方なく養子にしているだけだ」


「なんだと――!?」


「それを娘だと思ったことは一度もない。……まさか、それを人だと思っているのか? これは傑作だ。ただの道具を――」


 風を切る音がした。俺の拳が、男の顔面を殴ろうと動いている。


 何も考えず、衝動のままに、俺は最適な選択を選んだ。後悔はしない。細かいことはどうだっていい。ただ俺はこいつを力の限りぶん殴りたかった。


 だが――その拳が届くことはなかった。


「レティ、止めるな」


 男と俺の前に立ちはだかって、レティが俺の拳を受け止めていた。


「ししょー、私はだいじょうぶだ」


「大丈夫なわけっ、ねえだろ! いいからそこをどけ!」


「だいじょうぶ!」


 レティは俺を見上げて、にへらと笑う。


「だいじょうぶだ……」


 いつもの笑みだ。元気が取柄で何も考えていなさそうなアホな笑顔。


 変わらない表情のはずなのに、今ばかりはそれが強烈な違和感を生んでいて、俺は息を呑んで硬直してしまう。


「よくやった。それでこそ道具だ」


 男は去って行く。俺の手はレティに掴まれていて動くことができない。


 男が見えなくなったのを確認して、レティは俺の手を離す。そしてまた、いつも通りの笑みと、いつも通りの言葉を発した。


「ししょー! お腹空いたからあっちのあれ一緒に食べよう!」


 ぐいぐいと俺の背中を押すレティ。元気満点の声。でも俺は、俺を押す小さな手が少しだけ震えているのを見逃せなかった。


 レティは俺が動かないのを見ると、テーブルへ走り料理を取り皿に盛って、こちらに戻ってくる。ご丁寧に俺の分も持ってきて。


 俺は強引に持たされた料理に手をつけず、レティに問いかける。


「なんで、止めたんだよ」


「んー? もが、むがが……」


 口いっぱいに頬張った料理を咀嚼して飲み込むと、笑顔で言った。


「だってししょーが捕まっちゃうから! それは嫌だからな!」


「……俺は別に、それでもよかった。そもそも俺は簡単に捕まるような人間じゃねえよ」


「でも、犯罪した人は勇者パーティーに入れないぞ! それは困る!」


「どっちみち入らないから安心しろ。……なあ、レティ」


「む? あんあ(なんだ)?」


 口に食べ物を入れてふがふが。俺はそんなレティと目線を合わせて、珍しく真面目な顔つきを浮かべた。


「前にも言ったが……何か言いたいことがあれば、言ってもいいんだぞ。隠してることとか、何でも」


「おお! パーティー入ってほしい!」


「それ以外で、だ」


 相変わらずの返答をするレティに苦笑する。


「俺は例えお前にどんな秘密があっても、何も驚かないし対応も変えない。お前はお前だし、俺の中のお前は変わらない。だから……その、あれだ」


 レティはきょとんとした顔。少しして、嬉しそうな顔を浮かべた。


「やっぱり、ししょーはししょーだな!」


「は、はあ? なんだよそれ?」


「でも、教えるのはダメだぞ! 秘密だ!」


「秘密ぅ~? ……レティのくせに生意気だ。おら話せ! おらおら!」


 脇をくすぐられたレティは「わははー」と楽しげに笑う。俺も何だか興が乗ってしまい、周囲の目なんて気にせずに二人して子供みたいにじゃれついた。


「ほらいいだろ。話せよ」


「うーん、やっぱりダメだ」


「強情なやつめ……吐くまでくすぐってやろうか――」


 手をわきわき。周囲から見たら俺は完全にロリコン犯罪者。通報一歩手前である。


 くすぐりを再開しようと手を動かした時、次のレティの言葉で俺は手を止めた。


「私はまだししょーみたいに強くないから」


 だから。そう続けて、レティは小さく笑う。


 それは笑っているはずなのにまるで寂しげな、泣きそうな笑み。


「ししょーにだけは、言えないんだ」


 にへら、レティは朗らかに笑って、拒絶するように背を向けた。


  ◇


 やがてパーティーが終わり、招待客が会場から全員出払ったのを確認したあと、勇者たちと俺はノーマンに呼び出され、別室に集まった。


 ちゃんと人払いの結界は張ってあるようで、この部屋の周囲一帯に俺たち以外の気配はない。これなら盗聴の可能性はないだろう。


 円卓に全員が着席したのを見届けたノーマンが口を開く。


「皆様、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。本日は僭越ですが私、ノーマンが進行を務めさせていただこうかなと……他にやりたい方がいればお願いしようと思いますが、どうでしょうか?」


 手をあげる者はいない。ルーカスは我関せずと瞑目しているし、レティは行儀良く座っている。カアスだけは周りをキョロキョロして落ち着きなく、手をあげたほうがいいのかどうかで迷っている様子だった。


「カアスさん、どうしました?」


「えっ……えっと、そのお……それってやった方がいいやつですか……?」


「強制ではないですが……やりますか?」


「え、い、いえ……いいです……」


 そうですか、とノーマンは了承し、俺たちに向けて紳士な一礼。


「では、私が務めさせていただきます――」


 そう言ってノーマンは、招集した目的である"依頼"について話し始めた……。



「まず、依頼概要からお話いたします。内容は"護送依頼"。目的地は迷宮ダンジョン【怨嗟の谷】――失礼しました。【試練の谷】となります」


 おずおずとカアスが手をあげる。


「ご、護送依頼で、そんなところに行くんですか? 依頼人さんが危険なんじゃ……」


「もっともなご質問ですね。ですがこの依頼は依頼人を護衛するものではありません」


「え、じゃあ何を……?」


「皆様にお願いしたいのは二つです。一つがある人物を【試練の谷】の最深部まで"無事送り届ける"こと。二つ目がその人物を、最深部に"置き去り"にすること」


 ノーマンは平然とした顔で、異常な事を発言した。両目を覆っている白い布と歪んだ口が発言の異質さを際立たせる。


 理解できずに目をぐるぐるさせるカアス。ルーカスは顔色一つ変えず瞑目したままで、レティも変わらず静かに座っている。


 俺は軽く挙手をして。


「質問したい。その人物ってのは"罪人"か?」


「ざいにん……? 何で罪人なの?」


「【試練の谷】はかつて【怨嗟の谷】って呼ばれていた。じゃあなんで、【怨嗟の谷】って名前だったと思う?」


「えっと……なんでだろ……危ないから、名前を怖くして人が来ないように……とか」


「正解は、人の恨み、絶望……怨嗟が谷の底から聞こえてくるからだ」


「な、なんで? 怖あ……行きたくない……」


「諸説あるが、最も有力なのはその昔、グランヘルト帝国が罪人の処刑に使っていて迷宮化したと言われてる。実際どうだったのかは分からないけどな」


「おっしゃる通りです。……ですが、驚きましたね」


「まあ、このくらいはな」


「いえ、そのことではなく……」


 ノーマンはほう、と顎に手を当てて俺を見て……? ん? いや俺じゃなくて俺の少し右――?


「カアスさんとそこまで仲がよろしいとは……」


 俺の右、正確には真右、俺の服に隠れるように縮こまっていたカアスを指さすノーマン。


「お、おい。話し合い中だ。どうしたんだよ」


 広い円卓に勇者たちが対角線になるように座っていたというのに、気付けばカアスは勝手にイスを動かして俺の隣に陣取っていた。何してんだお前ェ!


「わ、私お化けとか怖い話って苦手で……」


「そんなの知るか。ほら、あっちいけ」


「し、親友が困ってるときは助けてくれても――わああーっ⁉」


 最後の抵抗を見せるカアスを強制的に引き剥がし、離れた場所に座らせる。ガタガタと震えているのを見るに、本当にこの手の話がダメなようである。むしろ俺は虚弱すぎるお前が怖い。


「……よく、仲良くなれましたね」


「な、何だかんだでな。俺はいつ絶縁しても構わないが」


「まあ、変な方ですからね……」


 本人を前にして失礼すぎる会話。しかしカアスは自分の世界に入ってイマジナリーフレンドと会話をし始めたから聞こえていないようだ。ほんとそれ怖いからやめろ。


「……会話を戻そう。罪人なのは間違いないんだな?」


「はい。彼の懲役として、これ以上相応しい場所はないと上が判断しました」


「……罪人の名前は?」


 唾を飲み込んで質問する。ノーマンは答えた。


「"レドニス・テリコス"。歴史に名を残した学者であり、大罪人――」


 そして、次の言葉で、俺は大きく目を見開いた。


「レティノアさんの、"父親"だった男です」

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