10話 ものまね
「ちょ、ちょっと待ってえー。歩くの速いよお。……でもいいね友達って。すごいなんか、自分がキラキラしてる気がする」
「それはよかった。あ、俺はトイレに寄るから先に行ってくれないか?」
「私も一緒に行く! 友達ってそういうの一緒に行くし、憧れてたんだ……」
「はは、ありがた迷惑すぎぃ~」
親鳥の後ろを引っ付く雛のように付いてくるカアスを引き離そうと試みるが、ふへふへ笑いながら見当違いな返答をしてきて失敗に終わる。
……おかしい。話しかけるなって言ったはずなんだが。さっきから冷たくあしらっているのに嫌われるどころか好感度が上がっている気がする。
「そ、そうだ……! 親友なんだし、お互いにあだ名で呼ぼうよ」
「分かった。じゃあ俺はお前のこと虫って呼ぶな」
「やった! 私はじーじって呼ぶね!」
「よろしくな虫」
「うん! じーじ!」
にぱぁ、嬉しそうな顔のカアス。喜ぶ基準が低すぎる。もはやゴミとか呼ばれても喜ぶんじゃねえのこいつ。つかじーじって何だよ。俺はお前のじじいじゃねえよ。
俺が「さすがに虫は冗談だ」と言うと「そうなの? ふへへ」と破顔する。
うーん……悪いやつじゃなさそうなんだよなぁ……。
会場へ向かう途中の数分ほど。そのあいだでカアスと会話を交わしてみたが、悪いやつではなさそうだった。良くも悪くも天然というか……。
変人度では群を抜いているものの、何か悪影響を及ぼしてくるようには見えない。イマジナリーフレンドと会話をしなければ少し変わった少女のようにも見える。
もちろん、この短時間で見極めれたとは思わない。しかし、なんというか、こいつからは邪念とかそういったものが一切感じられないのだ。
人間、誰しも表面と裏面を持っているものだ。取り繕った自分と素の自分。こいつは話していて素全開って感じで、自分を隠している感じがしない。
友達になりたいとは思わないが……邪険に扱う必要もない気がしてきた。まあ、何か面倒なことになるまでは普通に扱うか。俺に好意的だし、問題を起こさなければいい。
「じーじは冒険者なんだよねえ? いいなあ。私、弱いから魔物と戦えないんだあ。冒険者登録の試験? あれ難しくて落ちたし……」
「……あれって誰でも受かるんじゃねえの?」
「え? でも、ふつうに落ちたけど……」
冒険者登録の際に行う試験では、体力・魔法・適性の測定を行う。簡単なテストを行い、その結果に応じてB~Gの六段階級で区分されるというものだ。
F~G級であれば、一般市民でもほとんど合格する。と言っても、冒険者であることを証明する金属製のプレートが貰えるのはE級からで、それ以下は冒険者ギルドに名前と簡単な情報が記載されるだけ。依頼の受注に有利になることもなく、形だけであまり意味はない。
そんな、余裕も余裕で簡単すぎる試験を、落ちた……だと――!?
「ちなみに何で落ちたんだ?」
「うーん? なんか、体力がなさ過ぎるって言われた……」
「体力テストって確か、中距離走だけだったよな。魔物遭遇時に最低限の逃げる速力と持久力があるかどうかってやつ。え、あれ落ちるん?」
「えっとね、タイムが遅いみたい」
「へー、何秒? さすがにあの距離なら一分くらいか?」
「三十分だった」
「運動神経悪いってレベルじゃねえぞ」
平均三分で子供でも五分ちょいなのにお前。運動しろお前いますぐ。
そうこうしている内に会場へ戻ってきた。
道案内も終わったので、カアスと別れようとする。
「……? 何だよ、離せよ」
が、カアスに腕をガシッと掴まれて足を止めた。
「ひ、人、多くない……? なんか見られてるし……」
「そりゃ、お前が勇者だからだろ。みんな話したいんじゃねえの」
「あんまりそういうのはちょっと……か、代わりに話してくれたりする?」
「するわけないよね。じゃ」
「あ、あぁーっ!?」
素早く腕を振りほどいて離れると、勇者と関係を持ちたい貴族たちがぞろぞろカアスを取り囲む。その中心で、カアスが目を白黒させて助けを求めているのが見えた。頑張れ!
一人になれたのでひと息つき、周囲を見渡す。
広い会場内は招待客で密集していた。その中でも多くの貴族たちが固まっている場所は勇者が居るところだろう。
人混みが嫌いな俺としては最悪だが、俺の周囲は人払いの結界でも張ってあるかのように誰もいないから一安心だ。何もしてないのになぜだ……? 俺から滲み出る風格に恐れを成しているのかな? きっとそうだな。それ以外ないしな。
「……あれ、あの人の周りもいないな」
よく見渡すと、俺と同じで周囲に誰もいない人がいた。
少女だ。背丈は低く、年齢は13歳ほどに見える。顔立ちは幼くあどけないが、落ち着いた大人のような印象もある。身を包むドレスと、少女が目を伏せて物憂げな表情をしていたからそう見えたのかもしれない。
髪色は目立つ桃色。瞳の色は薄翠で――って。
「レティ」
近づいて声をかける。その少女――【攻】の勇者のレティはこちらに顔を向けて、俺だと気付くと顔をぱっと明るくさせた。
「ししょうだ! おはよう!」
「もう昼だぞ。お前は今日も元気いっぱいだな」
「勇者だからな! そうだししょう、これ美味しいから食べろ! これ!」
「わかったわかった」
でかい肉の塊を指さして、食え食えと押してくるレティ。その顔は見ていて釣られるほど元気満点の笑顔。
……うん、レティだ。いつも通りのレティだな。
「でも、そのドレス割と似合ってるな。一瞬、別人かと思ったよ」
「ん? 私は私だぞ?」
「いやま、そうなんだけど。やっぱりレティも貴族のご令嬢なんだなってことだ」
これまで、勇者姿のレティしか見たことないからなおさら驚いた。気品や礼節とは正反対だと思っていたが、こうしてみると中々にそれっぽい。
しかし、レティはあまり浮かない顔をしていた。
「んだよ、せっかく褒めてんのに」
「……だって私は勇者だから、お嬢様じゃなくていいんだ」
「なんだそりゃ」
「こういう場所では静かにって言われたからしてるだけだぞ。だから、"お姉ちゃん"の真似してるんだ」
「お姉ちゃん? へぇ、レティって姉がいたのか」
「ああ! お姉ちゃんはすごかった! 色々教えてくれたからな!」
レティの姉か。真似してたってことはさっきのレティみたいな人だろうか。レティがこんだけやかましいのに姉は真逆とか想像できねえ……。
しかし、意外な特技だ。レティはものまねとかできないと思ってた。
「他にもなにか真似できるのか?」
「できるぞ!」
「おー、見せてくれよ」
快く承諾するレティ。
どんな真似をしてくれるのか見ていると……。
雰囲気が、ガラッと変化した。
瞳は暗く濁り、眼差しは達観したように冷めている。その、別人になったと錯覚する急変に俺の体がぞくりと震える。
「……れ、レティ?」
「……」
レティは俺を一瞥だけし、視線を宙に向けた。
急変具合にさすがに心配になり、俺はレティの身体を軽くさする。
「だ、大丈夫か。何か洗脳魔法とか受けてるんじゃ……」
「――静かにしろ」
口を抑えられる。やんごとなき雰囲気を醸し出している。
「"奴ら"がすぐそこまで来ている。死にたくなければ口を塞げ」
俺は口を塞いだ。な、なんだと――! 奴らが……奴らって誰だか分からないがとにかく奴らがすぐそこまで!?
俺は周囲一帯に《探知魔法》を行使する。だが、これといって行動に違和感がある人物を発見することはできなかった。
「い、いったい誰が俺たちを……」
ゴクリ、緊張の面持ちで生唾を飲み込む。
「あぁ、それは――」
レティは鷹揚に頷いて、こう答えた。
「【深淵】だ」
「あ、アビ――――……うん?」
…………あれ、なんだか悪寒が。
「俺は"理から外れた呪われし存在"――フッ……因果なものだ。【深淵の監視者】として陰に潜む俺が、光の者である"勇者"を目指しているなんてな。……いや、むしろそれこそが必然だったのやもしれ――」
「キャアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッッッ!!!???(俺の声)」
ちょ、ちょっとォ! ちょっとちょっとォオオ!??
「んー? どうしたししょー?」
「どうしたじゃねーよ! おま、それ俺の真似じゃねーか!?」
地面をビタンビタンのたうち回る俺。一言一句違えない過去俺のセリフに、忘れかけていた古傷がフラッシュバック。俺の心にクリティカルヒット。もう過呼吸です。
心臓を抑えてなんとか耐える俺に、レティは当然のごとく「そうだぞ?」と答えやがった。
「頼むから忘れろ……つか前から思ってたけど何でそんな覚えてんだよっ……!」
「だってかっこよかったから! 大切な思い出だから絶対に忘れないぞ!」
「俺の醜態を大切な思い出にすんじゃねえっ……!」
満点笑顔のレティ。俺は苦渋の顔。普通に絶望しそう。
荒くなった息を深呼吸してなんとか抑える。「もう真似はいい。ほんとにいい」と言う。レティは「そうかー? もっとできるのに……」と残念そうな顔。
いかん。これ以上は俺の精神衛生上よくない。世界を破滅させたくなる前に話題を変えるべきだろう。っつかマジで何で俺の黒歴史を一言一句暗記してんだコイツは。
「他の話をしよう。……そうだ、レティってどこに所属してる勇者なんだ?」
「む? うーん……よく分からない! 貴族の人のところって聞いた!」
「なんだその適当さ。支援とかしてくれる所なんだから知っておけよ。自分で決めたんだろ?」
基本的に、勇者に選ばれた者は魔王を倒す使命があるというだけで、それ以外はあまり決まった規則などはない。便宜上、勇者教会が勇者の管理を担っている形にはなっているものの、強制的な拘束力は実はなかったりする。
だから別に今回のような召集命令をされても従う必要はなく、勇者の裁量に任せられる。
……まあ、といっても勇者は期待されて周りに持ち上げられ、断れば冷たい目を浴びせられることも多いから、実質的には強制みたいなもんなんだが。他にも魔物討伐とか人助けとかはやって当然と思われて、聞いた話だと勇者をおつかいに使った事例もあるらしい。ひっでえ。
しかもほとんどの場合は無給。
あくせく働いても冒険者のように報酬を得ることはできない。そのくせ年中休み無しときた。ブラックギルドもびっくりの勤務形態だ。
しかし、その代わり勇者には支援してくれるパトロンが付くケースが多い。
それは国、貴族、商会と様々だが、将来有望な勇者なら年換算で巨額の支援を受けられるとか。
レティも勇者序列は高い。なら、相当有名な大貴族が支援してくれているのかと思ったのだが――
「自分で決めたわけじゃないぞ?」
「え? いや、向こうから支援させて欲しいって来たんじゃないのか?」
「ちがうぞ。私が勇者として活動するために必要だからなったんだ」
「ふーん、よく分からんけど、騙されてるわけじゃないよな」
レティはアホだから少し心配になる。セールスに「勇者ならこれを買っておくべきで~」とか怪しいツボを売られたら普通に買いそうだ。って、それは昔の俺じゃん! はっはっは(泣)。
レティは胸に手を添えて、堂々と答えた。
「大丈夫だ! お金も何も貰ってないからな!」
「大丈夫じゃないよ?」
額にツーッと脂汗が流れる。マジか、マジかお前。すんごい心配になってきたよ俺。
「レティ、悪いことは言わない。そこは止めた方が良い。今すぐ」
「でも、そのおかげで私は勇者になれたぞ?」
「勇者になれたって何だ。勇者なんて【聖印】が出れば誰でもなれるわ。いいから止めとけ。俺はお前のためを想って言っている」
肩に手を置いて説得するも、レティは納得いってない表情。
「まあ、レティは金に頓着とかないのかもしれないけどな、だからって人に搾取されていいわけじゃない。人が良いだけのイエスマンは便利に扱き使われるだけだ。自分のためを思うならちゃんと将来を考えていいところに所属しないと。つまり要約すると、貰ったその金を俺に渡せばいいってことだ」
完璧な論理。結局のところ貰った金を俺が欲しいということを相手を心配しながらも説明しているだけなのだが、アホなレティはきっと分かっていない。俺はきっと詐欺師とか向いてると思う。やらんけど。
いつものレティなら「そ、そうだったのかー! 分かったそうする!」とか言ってどこかに走り去っていくと考えていた。それを俺が止めて、今度はちゃんと冗談とか言わずに懇切丁寧に説明するつもりだった。
レティは顔を俯かせて、ただこれだけを口にした。
「それは、できないんだ。私は勇者だから」
明確な拒絶の言葉に、俺は呆気にとられる。
瞳を伏せたその姿はいつもと違い元気がなく、弱々しい。
「……どういうことだよ。別に勇者とかそんなの――」
問いただそうとレティに手を伸ばした、その時だった。
「――レティノア、私に挨拶がないとは何事だ?」
背後から威圧的な声と共に、大きな人影が床に投影される。
俺は振り向く。そこにいたのは見るからに上品な身なりの、見上げるほどの大男。
レティが小さく息を呑んだ。
自分を守るように右手で左腕を掴み、無言で俯いている。顔を伏せる一瞬、見えた瞳は俺の見間違いでなければ、ひどく不安げに揺れていた。
「お前が、我がイノセント家の養子になれたのは誰のおかげだ? 言ってみなさい」
「……」
男は黙り込んだレティに近づき――無造作に桃色の髪を掴み、乱暴に引っ張った。
レティが投げ出されるように倒れこみ、テーブルに衝突して豪華な食事といくつものグラスが無残に地面に撒き散らされる。
「"ガラクタ"には言葉では分からないか。いいだろう――」
レティの髪を掴んで強引に立ち上がらせた男は、勢いのままに拳を振り上げる。
「やめろ」
その拳が振り下ろされる直前――俺の手は、男の腕を強く掴んでいた。