9話 【呪】の勇者
俺は自分のことを変わっている人間だと思っていた。
変わっているということは、世間一般から何かが逸脱していて、それは良くも悪くも普通とは違う評価を受ける。
だが、俺にとって人と違うことは褒め言葉である。俺は俺であることを何よりも重んじているし、俺らしく生きるために常日頃から実行しているからだ。
変人と批難されようと、俺は俺の道を往く。そんな人生を送ってきて早18年、俺は俺以上に変わってると思う奴を見たことがなかった。
が、どうやらそれも今日までらしい。
「話しかけた方がいいのかな。でも何を話せばいいんだろう……面白い話とかできないし、つまらない奴って思われたら…………え、あの話なら笑って貰える? 本当に?」
なんせ、目の前の女は俺の目の前でイマジナリーフレンドと会話し始めるほどだ。それに比べたら俺なんて普通すぎる。世界は広いな。この数分でもう関わりたくないって思うとは。
「じゃあ俺はこれで。また機会があればその時は」
「ま、まって」
踵を返そうとしたら、腕をガシッと掴まれる。
「あのぉ……えっとお…………虫とか、好きです……か?」
ふへふへと気味悪く笑いながら、上目遣いでそんなことを聞いてきた。
「き、嫌いじゃないけど好きでもない」
「と、友達になりませんか」
「なんでだよ。嫌だよ」
会話のキャッチボールが百球くらい抜けてんだろ。一人で壁にでも投げてたのかよ。
「き、嫌いって言わない人、初めてだったから……」
カアスは期待に満ちた目で俺を見上げていた。なぜだか分からないが、カアスの中で俺の印象が良くなってしまったらしい。俺は最悪でしたけどね?
「や、やっぱりダメ……? 私が陰気で気持ち悪い死んだ方がマシなゴミだから……」
「そこまでは思ってない」
「じゃ、じゃあ、友達になってくれますか」
「……それは、まあ、持ち帰って慎重に検討させていただくという形で」
「死のうかな。生きてても楽しくないし」
「おい、それは卑怯だぞお前」
最終手段だろそれは!
「子供からは見ただけで逃げられるし、運は悪いし毎日転んでケガするし、仕事でも失敗ばかりで怒られるし、そもそも【呪】の勇者だから呪われるってみんな近づいてすらこないし、友達は使役してる虫たちだけだし……生きてる意味、あるのかな」
「あるって! きっとあるってたぶん! お前の事なんも知らんけどあるって!」
俺が適当に勢いで励ますと、「そうかなあ……?」と俯かせていた顔を上げる。
ネガティブというかなんというか。見た目に違わない奴だ。正直もう関わりたくない。
考えて見れば今代の勇者って変人が多い気がする。どいつもこいつも一癖も二癖もあるようなやつらばかり。その中でもこいつはトップクラスだ。
「……ん? 勇者?」
そうか、考えて見ればこいつも勇者なんだよな。いいこと思いついた。
「なっても、いいぞ」
「え?」
「友達、なってもいいぞ。ただし条件付きだが」
「ほ、ほんと?」
カアスはパァーッと目を輝かせる。本当は勇者なんて火種の元と接点を持つことすら御免だけど、あれを教えてくれるのであればなってもいい。
「レティのすごい秘密、知ってないか? 教えてくれたら友達だ」
俺が聞きたいのはそれだった。ここで聞き出せるのであれば、これ以上俺がここにいる必要もなくなる。こいつも俺もハッピー、全員が幸せ!
「レティノアちゃんのすごい秘密? それを教えたらなってくれるの?」
「ああ。教えてくれればお前と俺は親友だ」
と、言ってはみたものの、よくよく考えれば接点がなさそうなコイツが知っているはずがないか。ならもう関わりたくないし会場に戻ろう。
「なんてな。さすがに知らないだろうし……」
「え? 知ってるけど……」
「……知ってんの?」
「う、うん。すっごい秘密」
ごくり、俺は生唾を飲み込んだ。マジかよ知ってるのかよ。
「……教えて貰えるか?」
「でも、レティノアちゃんも隠したいことだろうし……」
「大丈夫、誰にも言わないから!」
「うーん、でもお……」
その後、押せ押せで押しまくり、でもでもと渋る口を開かせることに成功。
「そのね、実はね……」
「あ、ああ……」
「レティノアちゃんね……」
「ああ……!」
俺の期待が最高潮に達したとき――
「ここらへんね、このくらいの大きなほくろがあったの……!」
自身の右足を持ち上げ、太ももの根元あたりを指さして、そう言った……!
……?
…………??
………………?????
「前にね、勇者同士で集まったときに見たんだけど、普段は隠れてて見えないけど、ちょうど着替えてるときに、見ちゃったんだ……! きっと、レティノアちゃんが隠してるすごい秘密ってこのことだよね……!?」
高揚した顔のカアス。俺は、窓から覗く空を仰ぎ見た。快晴だった。
「こ、これで友達だよね……? ふへ、ふへふへ」
「……ああ、よろしくな親友。友達になった記念にルールを作ろう」
「ルール? いいよお。どんなの?」
「簡単だ。もう二度と俺に話しかけないこと。破ったら絶交な」
「うん! ……あ、あれ?」
追いすがるカアスを気にとめることなく、俺は会場へと向かった。