8話 パーティー会場
勇者一堂が集結する当日を迎えた。
指定された場所へと向かい、エントランスで受付を済ませて、一時的にレティと別れて俺だけ入場する。案内に従って歩くこと少し、目的地に到着した。
広やかなホール内はパーティー会場のようになっていた。招待客だろうか。上品な身なりに整えた人物が多い。普段通りの服装で来た俺の場違い感がえぐい。
肩身の狭い思いをしていると、対角線上にいた白髪の男が俺に気付き、話を切り上げてこちらに歩いてくる。
「来て頂いてありがとうございます。レティノアさんは一緒じゃないのですか?」
「招待どうも。レティは着替えてからくるってよ」
その男――ノーマンは納得したように頷いた。レティもああ見えて貴族のご息女だからな。勇者としても色々と体裁があるのだろう。俺とは違って。
対面するノーマンもきちっとしたドレスコードに身を包んでいる。いつものラフな格好できたのは間違いなく俺くらいだ。周囲からの「何あいつ?」みたいな奇異の視線がやばいんだわ。思わず冷や汗でちゃう。
「なあ。招待客が来るなんて聞いてなかったんだけど」
てっきり勇者たちと俺だけだと思っていた。手軽な服装で大丈夫って聞いてたし、こんなガチめなパーティー会場だとも思ってなかった。聞いてたのと違う。
「おや? レティノアさんには伝えておいたはずですが……」
どうやらあのアホが伝え忘れていたらしい。許せませんねぇ!
「はは、すみません。本来なら我々のみだったのですが、押し切られてしまいまして」
「まあ……勇者と関わりを持ちたいって奴らは多いしな」
「教会としても蔑ろにできないんですよ。力を持っている貴族の方が多いですから……」
周りを見渡す。俺でも一度は聞いたことのあるくらい有名な貴族ばかり。会場の周辺も護衛がわんさかいたし警戒レベルも天元突破。いまこの場は各国で影響力を持つ重鎮が集まっていると言っても過言ではない。
それほど、各貴族が勇者との繋がりを重要視しているということだ。勇者のパトロンになることでその勇者が魔王を倒した際に得る利潤を考えれば、お釣りどころか有り余る金と更なる躍進が望める。こぞって関わりを持とうとするのは当然だ。
国に所属する勇者もいれば、所属せずフリーの勇者もいる。確か、レティとノーマン以外は所属してないはずだから、それを狙ってきたのだろう。
そういや……レティはどこに所属してるんだろうか。
無所属ではないと知っているだけで、詳しく調べてはいないから知らなかった。レティとそういう話題を話すわけでもないし(というよりあいつは口を開けばパーティー勧誘しかしてこないのだが)、レティがどんな勇者活動をしているのかも知らない。
……考えて見れば俺ってレティのこと、ほとんど知らないな。
「あまり固くならず、この場を楽しんでください。後ほど別室で我々のみで集まります」
そう言ってノーマンは離れようとする前に「ああ、そうです」と振り返って。
「どこかでカアスさんを見かけたら、連れてきて頂ければ助かります」
「カアスって確か……【呪】の勇者か。まだ来てないのか?」
「おそらく。存在感が薄くて居るかどうか分からない人ですので……もしかしたら迷っているのかもしれません。何考えているか分からない方ですし」
「そ、そうか」
随分ひどい言い草だ。方向音痴なのか遅刻魔なのか。変人なのは間違いない。
では、とノーマンは一礼して離れる。もしかしたら、肩身の狭い俺を気を遣ってくれたのかもしれない。心の中で感謝を述べて、テーブルに並べられているごちそうに遠慮なく手を伸ばす。
「うっま⁉ うまっこれうま‼」
今日はラフィネもイヴもいない。二人はお留守番だ。この場には勇者たちと招待客である貴族たち、特例としてD級冒険者の俺だけ。ならば、気楽に過ごした方が得というもの。お言葉通り楽しませて貰う! おっほおおタダ飯うめえ!
取り皿片手にテーブルを巡る。こんなごちそうはそうそうお目にかかれない。でかいエビを頭から尻尾ごとバリバリ喰い、高そうな肉をもぐもぐ食べる。口の中が幸せで広がりまくった。俺はいま、幸せを噛みしめている。生きてて良かった。
「……おい」
「あぁ?」
楽しんでいると、トントンと肩を叩かれた。邪魔すんじゃねえ殺すぞ!
振り返り睨む。青筋を立てた男がいた。赤髪、金色の瞳。ルーカスだった。
「後にしてくれ。いま忙しい」
「貴様は体裁というものをしらないのか?」
うるせぇ! んなもん赤子のころに捨ててきたわ!
「苦情が来ている。目の濁った不審人物が食い荒らしているとな」
「失礼な。こっちは招待客だぞ。用意された食事を食べて何が悪いと言うんだ」
それに、どうせこんな機会二度とないんだ。こちとらD級冒険者。コネも金もない。おまけにプライドもない。出禁になってもなんにも痛くなあい!
無視して食事を再開。
ルーカスは俺の態度にあっけに取られたように言葉を呑んで、代わりに冷めた目を向けてきた。
周囲にいる貴族の顔ぶれを見るに、どうせ俺なんかは一生関わりすらしない奴らだ。何を思われても特に問題はない。俺はきっちりしたドレスコードに身を包んでいるわけでもないし、鈍色のプレートを首にぶら下げているD級冒険者だが、最低限のテーブルマナーは守っている。不当な扱いを受ける謂れはないはずだ。
確かに俺の社会的地位は下層も下層、最下層。彼らからしたら下民かもしれない。
だがしかし、俺は招待された側の人間なのだ。
つまり、いまこの状況においては俺と彼らは対等であるべきであり、食事をしているだけで批難されるのはおかしい。そうだ、俺は間違っていない。この社会が間違っている! 目の前のご馳走を貪るために、俺は徹底的に抗議するぞ!
「……まあ、いい。言っても意味がなさそうだ」
ルーカスは近くの壁に背中を預けた。腕を組んで、ぼうっと宙を見やっている。
なんだこいつ……邪魔なんだけど。
「どっかいけよ」
「疲れたんだ。ここは静かでいい」
小さく溜息を零す。どこかうんざりした様子だ。
どこからか視線が刺さる。振り返ると、貴族のご令嬢たちから向けられていた。
なるほど。さっきまで拘束されていたのだろう。俺ほどではないが(俺のほうがイケメンであると自負している)こいつも外見は整ってる。勇者としての人気も高いなら、お近づきになりたい貴族も多いというものだ。
人間、顔がいいと何かと得だからな。俺もイケメンだから何かと……何かと……あれ? 特に得したことが思い当たらない。というかあまり顔を褒められたことがない。おかしいな、俺はイケメンのはずなのだが……?
「貴様は自由でいいな。軽蔑する生き方ではあるが」
「一言余計だ。なら、俺と身体を交替できるっつったらするのか?」
「……ああ、それも悪くはないかもしれん」
「俺はごめんだ。考えただけで鳥肌たつわ」
うへー、と辟易する俺と対照的に、ルーカスはくっくと笑っていた。
十分ほどだろうか。瞑目して休憩していたルーカスは「助かった」とだけ言って立ち去ろうとする……が、その前に、俺は聞きたいことがあったことを思い出して、引き留めた。
「なんだ」
「いや、大したことじゃ無いんだけど。……お前、あのときさ」
「あのとき?」
「俺と闘ったときな。あのときお前……」
何気なく、俺は言った。
「本気、出してなかっただろ」
沈黙が流れた。ルーカスの顔色に変化はない。
「……どういう意味だ?」
「とぼけんなよ。勇者なら分かるだろ」
「分からんな。俺は全力を出した」
「確かに、あの段階ではそうだった。でも、お前にはまだ先があった」
ルーカスは何も言わず背中を向けた。これ以上話すつもりはないらしい。
食えない奴だ。あれほどの力を持っている勇者の聖剣が未覚醒なわけがない。
あの闘いでルーカスは歴代勇者の聖剣しか見せなかった。まだ隠し球があったのは想像に難くない。
ただの対抗戦で本気を出すわけがない、ってことか。舐められているわけではないだろうがムカつくのも事実。俺も本気ではなかったものの、全力を出されたらどうなるか分からない。再戦の予定も、負ける気もさらさらないが。
食事を再開。胃袋を満たしつつ何杯目かの冷たい水を飲むと、ぶるると身体が震えた。
っと、催してしまった。……あれ、トイレってどこだっけ?
俺は急いでお花を摘みに向かった……。
◇
「ふぅ……」
スッキリした顔つきでトイレを出る。迷いまくったけどなんとか間に合った。場所を聞いてからいけば良かった。そう気付いたときには既に迷っていた。
戻りは覚えているから迷いなく行ける。この角を右で突き当たりまで直進。左に曲がってすぐ右で斜め前を左、渡り通路を抜けて二個目の十字路を左でそのまま左右左左右。設計したやつ殴らせろ。
「――」
淀みなく足を動かしていると、どこからか変な音が聞こえてきた。
人の声……か? 物音とかじゃない。女性の声だ。すぐ目の前の一室から聞こえる。
鍵はかかってなく、扉は僅かに開いた状態。
確か、今日この会場は貸し切りのはずだよな。職員か清掃員だろうか? しかし、職員は本会場での対応で忙しいはずだし、清掃中の看板があるわけでもない。
スルーするか迷う。でも不審者だったらまずい。あれだけ警備がいて見落とすなんてないだろうが、万が一ということもある。
俺は近づいて、耳を澄ませてみた。
「――うん、うん。そうかな。そうだよね。同じ勇者なんだから、仲良くできるよね。でも嫌われちゃったらどうしよう……もっと元気に行けば大丈夫って? 私にできるかなあ……うん、分かった。じゃあそうしてみる」
ぼそぼそと覇気のない声。
誰かと会話してるのか? いや、でも声は一つしか聞こえない。声を出してないだけで他に誰かいるのだろうか。
そろり、音を立てないように扉の隙間から覗いてみる。
「元気にってどんな感じかな。うぃーす……こんな感じ? 難しい……そもそも私、陽気な人って苦手だからよく分かんない。自信満々な人みてると自分がゴミに見えて死にたくなる。そっちは気にしなくていいからいいよね。人間関係って大変なんだよ……それにしても、みんな遅いなぁ」
一言で表すなら陰のオーラを凝縮したような女だった。
顔を俯かせているせいで表情は分からない。地面にぺたりと座り、自分の長い髪をぶつぶつと一本一本抜いている。周囲に会話相手はおらず、もし夜中だったら軽くチビってしまいそうなほど怖かった。
関わってはいけない人物だと俺の心が警鐘を鳴らしていた。すぐさま見なかったことにしようと、静かにドアを閉めようとする。
「あ」
が、そのタイミングで女が顔を上げて、ドアの隙間越しに視線が交錯した。
意外にも整った顔だ。
目鼻立ちがくっきりしていて、美人といっても問題ない。スタイルも良く、それだけ見れば大人の美人という印象。それよりも目の下の酷い隈と、身体中の各所に巻かれた血で滲んだ包帯が他の印象を塗りつぶしていたが。
「誰……? 勇者の人……ですか? うぃ、うぃー」
女が軽く手をあげた。親しげに笑みを浮かべたつもりなんだろうが、ぎこちなく顔が歪んでいる。普通に怖いんですけど。
「た、他人です」
思わず敬語になる俺。間違いなく不審者だ。通報しなきゃ。
「あれ……?」
全速力でUターンしようとして、気付く。
よく見たら……というかなんで気付かなかったのかって話だが、髪の色が俺と同じ黒髪じゃないか。しかも瞳の色も黒。珍しい、というか俺以外は初めて見た。
もう一度、改めて女の姿を下から一瞥する。
黒いドレスから覗く艶めかしい胸元。白い肌は不健康的で、細い手足はちゃんと食事をしているのか不安になった。
目線を上げると、ちょうど首元の鎖骨あたりで止まる。
そこにあったのは、濃紫色の特徴的な紋様――【聖印】。
……待てよ。こいつもしかして。
「カアス・エントマ? 勇者の……」
「う、うん。そう……だけど」