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7話 看病

「ぉぉおぉおぉぉ……」


 俺は呻き声を上げながら、宿屋の床の上で打ち上げられた魚のように脱力していた。


 全身がだるい。

 身体に力が入らず、猛烈な吐き気がする。


 風邪かってくらい体温も高く、吐く息も荒い。完全に魔力切れの症状だった。


 最悪だ……昨日、調子に乗ってあんなことしなきゃ良かった。 


 絶えず詰めかける獣人たちに、やけになって【復興区域】全体を覆うように《回復魔法》を行使したのがいけなかったのだろうか。


 多くの魔力を必要とする《回復魔法》を同時に行使するのはさすがにダメだったらしい。本職の白魔導士でも五人以上の同時行使は行わないらしいが、これが理由だったと身をもって理解した。


 俺は、《異空間収納》から取り出した魔力回復薬ポーションの蓋を空け、口に含む。


「うえっ……まずぅ……」


 泥臭い草を濃縮しまくった味がした。吐きそう。

 だが、吐き出しては意味がないので一気に流し込む。


 魔力切れは一時的に体内魔力オドがなくなって体調不良を起こしているだけなので、こうしてポーションを飲んで魔力を補充すれば、そのうち身体に魔力が馴染んで風邪のような症状もなくなる。消えるまでの個人差はあるが。


 俺の場合はだいたい、およそ八時間ほどだろうか。


 俺は体内魔力の総量が多いため、身体に魔力が循環するまでに時間がかかる。


 しかも、魔力含有量が多いポーションは材料となる物質の濃度が高いため、それはもう壮絶な味がする。具体的には劇薬の味がする。


 だから魔術師は全員、魔力切れなんて事態は避ける。


 当然、俺もならないようにしていた。だが昨日の俺は終わらない残業地獄に頭がバグっていて、「もうこの辺り一帯にかければいいんじゃね?」と考えて実行してしまった。


 その結果、こうして無事、魔力切れに陥っている。俺はもしかしたらアホかもしれない。


 ……まあどうせ今日一日寝てれば治るし、出かける予定も無かったからいい。


 勇者同士の集まりも明日に迫っていて、そもそも今日は一日引き籠もる予定だった。


 のだが。


「あぁ大変です。こんなにお苦しんで……待っててください、いま楽にして差し上げますからね――」


「大丈夫、大丈夫だから。何もしないでくれればいいから」


至近距離で顔を近づけてくる少女――ラフィネの頭をぐぐぐと押え付けて止める。


 ちなみに、魔力切れの際の対応はもう一つあって、他の魔術師から魔力を分け与えて貰うことでポーションと同じように症状が解消できる。


 方法はお互いの身体の接触。手を繋いだり抱きしめたりするのが一般的で、その中でも一番効果が高く早いのが粘膜同士の接触――つまり、キスである。


「じゃあせめてキスを」


「何がせめてなんだよ。微塵も妥協してないじゃねーか」


 気持ちだけでいい。本当に気持ちだけで。そもそも俺もうポーション飲んだから。


「妥協すればいいんですか?」


「え? あぁ、まあ……」


「では、妥協して膝枕をしますね」


 流されるままに、ラフィネの膝の上に誘導される。あれ……?


 何か詐欺師のテクニックを使われたような……? ……はは、気のせい気のせい。


 すぐに頭をどかそうとする――が、そこで俺は気付いてしまった。


 後頭部の柔らかい感触。包み込むような安心感。


 それはまるで――極上の枕に頭を預けているかのような心地よさだったことに。


 俺の身体は離れようとしているのに、意思が猛烈に拒否を示すほどだ。


 自然と瞼が重くなり、眠くなってくる。


「大丈夫です、もう辛くありませんからね。私がずっとお傍にいます」


 俺の頭を優しく撫でるラフィネ。

 柔らかで聞き心地のいい声色に、全てを預けたくなる衝動にかられる。


「ジレイ様は頑張っててすごいです。でも、自分のこともちゃんと考えないとダメですよ。ぜんぶ一人でやる必要はないんです。辛いときは頼ってください」


「別に俺は」


「こらっ! 返事は『分かった』か『結婚しよう』以外は認めません!」


「横暴だ……」


 ラフィネは口を尖らせて、俺の鼻をちょんと指で押さえる。


「でも、良かったです。倒れたって聞いて心配したんですから」


「それは……すまん」


「すまん、じゃないです! ちゃんと反省してください!」


「う、悪かったよ」


 頬を膨らませてぷんすか怒るラフィネ。俺はたじたじになりながら謝る。


 聞いた話によると。


 俺が倒れたと聞いてラフィネは仕事中にも関わらず駆けつけてくれたらしい。


 ただの魔力切れだと知ってほっとした様子を見せていたが、その後は心配なのか、仕事を休む連絡をして、こうしてずっと傍で看病してくれている。


 いまも、下心とか関係無く心配してくれているのがその表情で分かった。


 心配してくれたのはラフィネだけじゃない。


 イヴもいま、宿屋の厨房を借りて療養食を作ってくれているし。


 レティに至っては「大変だ! 待っててししょう!」と魔力回復薬を買いに街中に飛び出していった。持ってるって言う暇もなかった。人の話は最後まで聞け。


……思えば、誰かに看病されるなんて、初めてかもしれない。


 大怪我しても病気になっても呪いにかかっても、俺は一人でどうにかしてきた。


 頼る相手なんて居なかったし、必要もなかった。


 それが俺だし、これから先もそれでいい。そう思っていた。


 でも……なんだろうな。


「……楽になった。ありがとな」


 ラフィネの膝から頭を起こして礼を言う。ラフィネは「それなら良かったです」と柔らかに笑みを浮かべた。


 その表情に、俺は少しだけ気圧されて顔を背ける。


 なんだろう。なんだか凄く、変な気持ちだ。

 むずがゆいような、照れくさいような。これまで抱いたことがない感情。


 でも、それが不快なわけじゃなくて……どこか心の奥が暖かく感じるような。


「……」


 知らない感情に戸惑う。なんだ、この気持ちは?


 もしや、これが恋だろうか。……いや、でも本にはドキドキして相手の事で頭がいっぱいになると書いてあった。間違いなく違う。


 愛おしく想う気持ちでもない……気がする。愛も違うだろう。


 ぼんやりとした頭で考えるも、答えはでない。


 やがて、考え疲れたのか魔力切れのせいか、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。


 その感覚は……なぜだか不思議と懐かしく感じた。




 目が覚ますと、辺り一帯がビンで囲まれていた。


 正確には、魔力回復薬のポーションで包囲されていた。


「なんだこれ……しかもなんか重い……」


 身体を起こそうとするも、ずっしりと何かがのしかかっているのか動けない。


 頭を上げて顔だけ向ける。桃色のぴょこんと跳ねたアホ毛が見えた。


「レティ、重いから起きろ。おーい」


 起こそうとぺしぺし頭をはたく。さらに強くしがみつきやがった。


 レティは能天気にぐーすか寝ていて、悩みとかなさそうな顔。おまけに口を開けているから俺の服がよだれまみれである。きったねえ。


 すぐ横にはラフィネの姿。こちらも静かに寝息を立てている。


「ああ、もう夜か……」


 窓から覗く空を見ると暗くなっていた。……どうやら、俺はかなり長く寝ていたらしい。二人が寝ているのも当然のことだった。


 俺は起こさないようにレティの拘束から抜け出す。ついでに、ポーションのビンをレティの周りに配置しておいた。なんかの儀式みたいな感じで。


 ……というか買ってきすぎだろ。三十本以上あるけどこんな飲めねーよ。


 見てみるに、色々な種類の魔力回復薬。どう考えても一つの店で買いそろえることはできないほどの多さ。街中を走り回りでもしたんだろうか……後で礼だけ言っておこう。飲まないけど。


「と……うん、大分よくなったな」


 ぐっすり寝たおかげで体調も良く、魔力も七割は戻った。まだ少しだるさが残っているが、少ししたら万全の状態になるはずだ。


「あ……起きた?」


 よだれまみれの服から着替えていると、後ろから声が聞こえて振り返る。


「イヴか。おはよう」


「おはよう……じゃないと思う、けど」


 外を見てイヴは首をかしげる。確かにおやすみの時間ですね。


「まだ起きてたんだな。今から寝るのか?」


「うん。……あとちょっとしたら寝ようかなって思ってた」


 イヴの様子はどこか弱々しい。何かを気に病んでいるかのように目を伏せていた。


 その様子にピンと来る。


「もしかして……今回のこと気にしてるのか?」


 問うと、イヴはさらに顔に影を落として、小さく頷いた。


「無理に、お願いしちゃったから……ごめんなさい」


 どうやら俺の予想通りだったようで、イヴは沈痛な顔で落ち込む。


 確かに、何も聞かずに連れられた結果、こうなっているのは事実だ。


 だが……。


「バカたれ」


 コツン、とイヴの頭を小突いた。イヴは目を白黒させて驚いている。


「俺が承諾して、俺が勝手に無理したからこうなってんだ」


「でも……私が誘ったから」


「だとしても、だ。俺が決めたことに変わりはない。だから、お前が責任を感じる必要なんて微塵もない。勝手に自分のせいにしてんじゃねーよ」


 現在の自分は過去の積み重ね。どんなことであろうと、自分の行動が招いた結果だ。ならそれを他人のせいにするのはお門違いで、結局は全部自分のせいになる。


 そもそも、断ることもできたのに引き受けたのは俺だ。イヴは何も悪くない。


「迷惑かけるかもって思ったけど、俺がいればもっとたくさんの人を治療できると思って頼んできたんだろ?」


「うん……」


「じゃあ、それでいいんだよ。自分の思った通りにすればいい」


 迷惑でも何でも、言ってみるだけならタダだ。引き受けるも受けないも相手の自由、そこから先は相手しだい。


「……ありがと」


 俺の言葉で気が軽くなったのか、イヴは顔を上げて微笑む。


「そうだ……腹減ったんだが、何か作ってくれてたよな。貰ってもいいか?」


「あ……うん。いま持ってくるね」


 そう言って、イヴはぱたぱたと階段を降りて厨房に行き、温め直した療養食をトレイにのせて盛ってきてくれる。


「あーんして。食べさせるから」


「や、自分で食うから。赤ちゃんじゃないし」


「あーんして」


「自分で食うって」


 少し元気になったイヴと何回かそんなやりとりをして、普通に全部自分で食べた。


 ……おい、ちょっと不満そうな顔するな。

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