プロローグ 「勇者になりたい」そう思っていた時期もあった
――俺は昔、勇者になりたいと思っていた。
光り輝く聖剣を持って魔物を屠り、やがて魔王を倒したあとは王女と結婚し、王様になって幸せに暮らす。
小さい子供の頃は、そんな英雄譚に憧れていた。
他の子供たちは、「勇者になって世界を救う!」「勇者になればモテモテ!」とか意気込んでいたが、俺の動機はそうじゃなかった。
『王様になって幸せに暮らす』
俺――ジレイ・ラーロにはここが魅力的に感じた。
というのも、俺は昔から超が付くほどにめんどくさがりで、「王様になれば毎日ぐうたらと過ごせるじゃん!」と思ったのだ。
実際に、勇者が魔王を倒して王様になった例は過去に何度もある。ならば俺でもなれる。王様になってぐうたらできる!
その日から、俺は死ぬほど努力した。実際に死んで蘇生したこともあった。あのときはガチで死ぬかと思った。
幼い体には無謀とも言えるトレーニングを積み重ね、限界を超えるために明らかに格上のモンスターに挑んで死闘を繰り広げ、勇者には魔法も必要だと思って必死に独学で勉強した。
そして十数年後、俺は強くなった。
S級冒険者が束になってやっと倒せると言う龍種を単独で倒せるほどには強くなった。
あとは聖剣に選ばれた証である【聖印】が体のどこかに刻まれれば勇者になれる、という段階まで来た。あと少しで悲願が叶う。勇者になれるのだ。
そんなある日、クソ不味い魔力増強剤を飲み干し、定食屋で口直しをしていたときに、ある会話が耳に入ってきた。
「――勇者様も大変だよな。聞いた話によると、毎日、休日も取らずに魔物討伐してるんだってよ。しかも、深夜に近くの村が襲われたりしたら寝る暇もないらしいぞ。いくら聖剣の加護があるっていっても、きっついよなあ……」
「俺たちがこうして平和に暮らせるのも、勇者様と騎士団が魔物を減らしてくれてるおかげだもんな……」
「おいおい、冒険者も魔物を減らしてるぜ?」
「冒険者なんて当てになんねえだろ。あいつら、金を積まないと動かねえじゃねえか。騒ぎ起こして騎士様にしょっぴかれてるとこ見ると、とても頼りには出来ねえって」
「そりゃ違いねえ、でも本当、勇者様はすげえよなあ。俺も昔は目指してたんだが、魔王を倒して王様になっても忙しいのは変わらんって聞いてやめちまったよ」
「バカヤロー、昼間から酒飲んでぐーたらしてるやつが勇者になれるかっての」
男たちはガハハと赤ら顔で笑い、楽しげに談笑している。
「…………うそ、だろ」
会話を聞いた俺は、頭が真っ白になっていた。
勇者は寝る暇もない? 王様になっても忙しい?
それじゃ……それじゃあ、俺の努力は何だったんだ。
「…………よし、決めた」
頭がショートして茫然自失になってから数時間後。
「適当に仕事しながら、だらだら過ごそう」
俺は手に持っていた魔力増強剤を地面に叩きつけ、引き籠れる物件を探すために、魔導不動産に向けて走り出した。