異世界は意外と平和でした
どうやら異世界に来てしまったと分かって早2週間。この国の事の事が大分わかってきた。海賊、という職業の良さは、地理や歴史に詳しいというところだろう。きっと、文明レベルでいったら、私の元いた国の方が高いから。なんでも、この“連合王国”というのは3つもの王国が共同で運営している同盟みたいなものみたい。地図を見せてもらったけれど、四隅に大陸が一つずつあって、今は右上の大陸から右下の大陸まで行く航路の途中らしい。
そして、大きな特徴といえば、精霊様を信仰しているということ。この世界の人達は、神様じゃなくて精霊を信じているらしい。そして、この精霊も魔法の世界みたいに炎の精霊とか水の精霊、とかじゃなくてそれぞれの職業の元を生み出している精霊を信じている、という感じかな。
例えば、海を生業にしている海賊とか漁師は海の精霊を、農民は農具の精霊を、猟師は山の精霊をそれぞれ信仰しているんだって。精霊は、人々の信仰によってそれぞれの恵みをもたらしてくれる、そういうふうに信仰されているみたい。信仰心が形になることもあって、ヴァン様(仮)のワシはその証みたい。
魔法はなくて、話を聞いていると、産業革命前後、って感じかな。この船も、蒸気機関で動いているみたい。
「分かったか?」
顔がまぶしすぎて、内容半分しか入ってませんが。でも、さっさと帰るつもりだからトリビア程度に思っていればいいよね。そうそう、このヴァン様(仮)は海賊の中でもかなり有名な人らしくって、七星の一人なんだって。七星、というのは連合王国が認めた私掠船の制度で、これを持っていたらどんなに悪行してもいい、っていう免罪符みたいなものなんだって。おぉ、江戸時代の悪代官が見えるよ。
「七星はそれぞれ二つ名がついている。例えば俺は“荒鷲”だ。他の連中はな」
黄金郷のマルクス、大波のロロ、鉄火のアン、海図のメアリー、極光のリディ、岩窟のアドルフ、だそうです。
「特に黄金郷のマルクスだけには会わないようにしている。奴は、俺達の中でも一番残虐だからな」
五十歩百歩って言葉知ってます? あえて話さなかったけれど、このヴァン様(仮)はドSにもほどがあった。だって、普通赦してください、って言ってる人の頭を蹴ります? それどころか、笑ってなかったかな、このヴァン様(仮)。うぅ、私の中のヴァン様のイメージが侵食されてくる。違うもん、ヴァン様は光属性のキラキラ王子キャラなんだもの! こんな、顔と声が似ているだけのヴァン様(仮)にイメージ汚されてたまるか。
「領事館の長であるアドルフ殿は、よく分かっている方だ。きっと、お前にどうすればよいのかを教えてくれるだろう」
「あの、アドルフって、七星にいませんでした?」
「そうだ。かつては七星の一人だったが、今はトトリの領事としている」
それって、ヤクザのボスが市長をしている、って感じですよね? それって許されるの? いや、文明レベルが昔だからいいのかな。
私はただのお客さんでいるのも仕方ないので、とりあえず家事を手伝うことにした。だって、ここのごはん美味しくないんだもの! いや、冷蔵庫やレンジがないのはもうほとんど諦めていたけれど、生モノがないのだ。調味料も塩オンリー。せめて、油とかありませんかね。肉も干し肉で、燻製ですらないという。男たちは仕方ない、というように食べているけれど、私はどうしても受け入れがたい。
私、調理師免許持っているもの。
これでも高校は調理科を出ているし、確かにパティシエ志望だけれど、一通りの料理はできるように仕込まれてきた。和、洋、中、何でもござれだ。海の上はとにかく腐敗との戦いなのは分かった。けれど、ビタミンが足りていないのは目に見えて分かっている。レモンが大量にあったのも、その一環だと思う。でも、ここの人達はレモンを生で食べる以外の食べ方を知らないみたい。ジャムもあるし、ジュースにだってできる。特に、レモンに含まれているクエン酸は、疲労回復にも効果がある。力仕事が多い海賊にはうってつけだと思う。ジュースにすれば効率よく飲めるし、ジャムは料理のアクセントにもなる。
やってやろうじゃないの。
異世界でのたれ死ぬなんてまっぴらごめんだわ。